王様のお妃様⁉ それは無理でしゅね4
「美味しいでしゅ。みりあは、お茶を淹れるのが上手なんでしゅね」
ミリアが淹れてくれたお茶をひと口飲んで、その美味しさに驚く。
「ありがとうございます。お疲れかなと思って、少し甘みの強いお茶を選んだのですが、聖女様のお口に合ったのならよかったです」
えへへと笑うミリアのしっぽがふるふると揺れる。
褒められて嬉しいってことなのかな。
ふふ、かわいい。
思わず撫でたくなる衝動をなんとか抑えながら、お菓子もいただく。
お菓子はほとんど植物性の材料だからか、人間のものとそう変わりない。
「えと、これからみりあは、私の専属侍女になってくれりゅ、ってことなんでしゅよね? それなら、その〝聖女様〟って呼び方はやめてくれましぇんか?」
え?とミリアが首を傾げる。
猫耳がぴこぴこと動いてかわいい。
「よかったら、りーなと呼んでくだしゃい。護衛してくれた騎士さんの中にも、そう呼んでくださった方がいましたし」
「は、はい。では、リーナ様と。これからよろしくお願いします、リーナ様!」
元気で素直なミリアとは、これから仲良くやっていけそうだ。
アレクさんたち騎士のみんなもいい人たちばかりだったし、あとは……。
「では、そろそろ陛下との謁見の準備をしましょうか。あ、えっと、謁見ってわかりますか?」
そう、それだ。
ついにこの時が来てしまった。
「は、はい、わかりました。えと、じゃぁ、お願いしましゅ……」
観念して身だしなみを整える。
髪や服も綺麗にしてもらうと、扉の外からそろそろお時間ですと声をかけられた。
「では参りましょうかリーナ様」
「は、ははははははい」
ミリアが謁見の間まで案内してくれるのだが、緊張で手と足が一緒に出てしまっている。
情けないなと思いつつも粗相をしないかしらと不安でいっぱいになっていると、ミリアがそっと声をかけてくれた。
「大丈夫ですか? 陛下は、その、見た目はちょっと怖そうですけど、けっこう大らかなところがおありですし、リーナ様にひどいことをしたり言ったりはしないと思いますよ」
「しょ、しょうなんでしゅね、ちょっと安心しまちた……」
見た目はちょっと怖いのか。
じゃあ最初に怖々しないように気を付けないと。
獣人族の王様だし、ライオンとかクマとか、そんな感じの大きくて強い獣人さんなのかな?
元々獣人族は大きい人が多いし、すっごい大男だったりして……。
私の中でどんどん国王陛下のイメージが勝手に作られていく。
そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に謁見の間に着いてしまった。
「聖女エヴァリーナ様、到着されました」
ミリアが扉の前にいた騎士にそう声をかけると、騎士たちは扉を開けてくれた。
さあ、ここが正念場だ。
ごくりと息を吞む。
とりあえずまずは転ばないように、それでいておどおどせずに、お淑やかに歩くこと。
そう自分に言い聞かせながら、開かれた扉の中へと歩いて行く。
しずしずと紅いカーペットの上を少し俯きながら進むと、少しうしろからついてきてくれていたミリアが、そのあたりで止まるようにと小声で教えてくれた。
そしてそのままミリアは退室していった。
ここからは、私だけ。
よし、と一度息をつき、そっと跪く。
すると、檀上から勇ましい、低い声が聞こえてきた。
「聖女殿。顔を上げてくれ」
言われた通り、顔を上げていいのよね?
貴族令嬢としての嗜みで知識として知ってはいても、実践するのは初めてなので不安になる。
少し迷いながらも、ゆっくりと顔を上げると、そこには三人の男性がいた。
ひとりは、アレクさん。
私と目が合うと、少し微笑んでくれた。
そして私から向かって右側にいるのが、私に似た銀色の長髪の男性。
騎士服とはちょっと違う、文官に近い格好をしている。
そして銀色のふわっとした毛並みの耳としっぽが生えていて、知的で中性的な美貌も相まって神秘的な雰囲気がある。
最後に中央の玉座に座る男性。
漆黒の短髪で褐色の肌、毛皮つきのマントを羽織ってアレクさんよりも豪奢な騎士っぽい服を着ている。
背は高そうだが、大男というより、しなやかな長身のスラリとしたイメージだ。
しっぽはよく見えないが、黒くて丸い耳がある。
顔は凛々しいイケメンだが、為政者らしい威圧感も感じる。
間違いなくこの方が、先ほどの声の持ち主、獣人国国王陛下だろう。
「我が獣人国にようこそ、聖女殿。俺が国王のエルネスティ・ブラックだ。長旅の後すぐに呼び出して、すまなかったな」
なんと、国王ともあろう方に先に名乗られてしまった。
貴族のマナーとしては、下の身分の者から先に名乗らなくてはいけないのに……!
「とんでもございましぇん。ご挨拶が遅れまちて申ち訳ありましぇん、わたくしは、エヴァリーナ・オーガスティン。くろばーら国より、獣人国との和平のため、馳せ参じまちた」
スカートの端を持ってそう挨拶する。
軽く頭を下げているため、陛下の表情は見えない。
「ああ、これからよろしく頼む」
そっと顔を上げると、陛下と目が合った。
よく見ると、まだ若い国王様だ。
二十代半ばくらいかな?
アレクさんともう一人の銀髪の男性も同じくらいに見える。
側近、ってやつだろうか。
「こちらこそ、よろしくお願いしましゅ」
ぺこりともう一度頭を下げる。
すると檀上からくくっと笑い声が聞こえてきた。
それに反射的に頭を上げると、陛下が手のひらで顔を覆ってぷるぷると震えていた。
――笑って、る?