ましゃかの左遷!? 獣人国ってどんなところでしゅ?3
「耳、はえてる……」
思わず声に出てしまい、慌てて口を閉じた。
そしてちらりともう一度獣人たちの方を見る。
耳がはえていたり、しっぽがあったりはしているが、それ以外の外見は人間族の私たちと変わらない。
これなら、前世のテレビで見た、都会のハロウィンの仮装なんかにいそうな感じだから、そんなに怖くないかも。
知識として姿形は知っていたけれど、実際に見てどうかはまた違うもの。
神殿の人たちは獣人のことを、おぞましい姿とか、恐ろしくて見るに堪えないとか、そんな風に言っていたけれど、私は嫌悪感とか恐怖心は感じない。
いやむしろ、コスプレっぽくてちょっとかわいい。
……って、ぼーっとしていたら失礼よね。
ええと、そういえば挨拶とか、乗り換えた後どうするかとかなにも聞いていなかったけれど、とりあえず自己紹介からかしら?
今さらながら事前情報をなにも教わってこなかったことを後悔しつつ、オーガスティン家で教わっていた挨拶を思い出しながら、スカートの裾を軽く持ち上げる。
「はじめまちて。エヴァリーナ・オーガスティンと申ちましゅ。これからよろしくお願いいたしましゅ」
でしゅましゅは直らないけれど、なんとか名前は噛まずに言えた!
自分の名前ながら、本当に言いにくい。
でもさすがに侯爵令嬢として自分の名前がちゃんと発音できないのは格好がつかないとのことで、家庭教師とみっちり練習しておいて良かった。
とりあえず挨拶はきちんと習っておいて良かったと思いながら顔を上げると、獣人たちが驚いた顔をして惚けていた。
……あれ? 私、なにか間違った⁉
そう焦った時、ひとりの男性が前に歩み出てきたため、その人の顔を見上げた。
「……丁寧なご挨拶、ありがとうございます。聖女様」
い、いいいいイケメンさんだ!!!!!
「大変失礼いたしました。聖女様の所作がとても美しかったため、皆も見惚れてしまったようです」
そうしてイケメンがぺこりと頭を下げると、少し癖のある見事な赤色の長髪がさらりと流れた。
顔を上げた瞳の色は、金色。
騎士だろうか、黒い軍服に黒い手袋をしている。
それにしても黒い軍服に鮮やかな赤毛がとても映えている。
ほえーっと見惚れていたが、なにか話さなければと我に返る。
「いえ、その、舌っ足らじゅで申し訳ありません。聞き苦しいとは存じましゅが、ご容赦くだしゃい」
幼女の拙い挨拶を指摘せず、むしろ褒めてくれた騎士さんに、こちらもぺこりとお礼をする。
一応こんなのでも聖女だから、きっと礼を尽くしてくれているのだろう。
するとなぜか、また獣人たちからざわめきが起きた。
はてなと首を傾げると、赤毛の騎士さんは驚いた表情をした。
「……あのぅ? その、私、なにかおかしいでしゅか?」
先ほどから獣人たちの反応の意味がよく分からなくて困惑する。
あ、ひょっとして、獣人族と人間族とでは、挨拶のマナーが違うとか!?
「あ、いえ、すみません。不安だらけの中、幼いながらにしっかりとしようとなさる姿勢に、驚いてしまいまして……」
騎士さんの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。
よかった。
出会って早々に粗相を犯したのでは、和平協定にヒビが入りかねないもの。
それに。
「まだまだ幼く未熟ではありましゅが、精一杯お力になれるよう、がんばりましゅ。どうぞよろしくお願いいたしましゅ」
第一印象は大事だ。丁寧すぎる、少し堅苦しい言葉をあえて使っておこう。
謙虚な姿勢くらいはアピールしておきたい。
計算高いかもしれないが、今後の獣人国での生活がかかっている。
この騎士さんには良い印象を持ってもらいたい。
今のところ、獣人族の人たちは噂のような粗暴な感じには見えないけれど、それは私が聖女で、期待を持たれているからかもしれない。
使えない上に傲慢な奴だと思われたら、対応が変わる可能性だってある。
獣人国行きが決まった後、しばらくして冷静になった私は、とりあえず身の安全を確保しなくてはということに思い至った。
どうがんばっても、上級や中級聖女のような力は使えないのだ。
それなら、大した能力はないけど、まぁ害はないし、成長したらもうちょっと使えるようになるかもしれないから、ちょっと様子見ておくか~くらいに思ってもらえるようにしよう、そう考えた。
だから、とりあえず謙虚で面倒くさくないアピールをしておきたい。
そうして努めてにこやかに微笑むと、赤毛の騎士さんも頬を緩めてくれた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。申し遅れました、私は獣人国王宮専属騎士団所属、第一部隊隊長の、アレクシス・ウィングと申します。今回、あなた様を王宮までお連れする護衛として派遣されました」
赤毛の騎士さんは、アレクシスさんというのか。
いや、ここはウィング卿と呼ぶべきね。
「ありがとうございましゅ、うぃんぎゅきょぉ……!」
う、うまく名前が発音できない!?
「しゅ、しゅみません、えと、うぃんぎゅ、うぃん……」
「くっ。くくっ」
焦って何度か言い直そうとしていると、頭上から笑い声が響いた。
わ、笑われた!?
いや、名前がちゃんと呼べないって、ものすごく失礼だったよね⁉
ど、どうしよう……。
「も、申し訳ありません。……ふっ」
……とりあえず怒ってはいないみたい。
ただ、笑いを収めようとしてるけど、収めきれていませんよ。
ふと周りを見ると、他の獣人たちも視線を逸らしてぷるぷる震えている。
こ、これは……。絶対私のこと、笑ってるよね⁉
「部下たちが失礼しました。おい、おまえたち、そこまでにしておけ」
いや、部下たちを窘めていますけどあなたも笑ってましたよね。
そ、そりゃちゃんと発音できない私が悪いんですけども!
恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
そんな気持ちで真っ赤に染まっているであろう顔を俯かせる。
「聖女様」
そう下を向いていると、先ほどよりも近い位置から声がして、驚きぱっと顔を上げた。すると、ウィング卿がしゃがんでくれていて、ちょうど目線が私と同じくらいのところにあった。
「どうぞ私のことは、アレクシスと。それも呼び辛ければ、アレクでも構いません」
優しい声と表情。悪い人には見えない。
「……では、えと、あれくしゅす……」
駄目だ、やっぱりサ行がうまく言えない!
「………………しゅみません、あれくしゃま、でもよろしぃでしゅか?」
「だ、だいじょ……ふっ、ぶ、です。いえ、様もいりませんよ、ふふっ」
あああああ、また笑われてしまった。
もう周りも見れない、絶対みんなに笑われてるもの!
「では、あれくしゃんと。本当に申し訳ないでしゅ……」
必死に笑いをかみ殺しているアレクさんに、自分が情けなさすぎてがっくりと肩を落とす。
もう中身が大人だというプライドはずたぼろだ。
しかし、アレクさん的には警戒が少し緩んだみたいなので、一応結果オーライ?