第五章:蝶の羽ばたき
展覧会から半年が過ぎた。
蝶子の生活は、大きく変わっていた。彼女の作品は高い評価を受け、次々と展覧会への招待が舞い込んでくる。しかし、彼女は慎重に選んで参加していた。
「忙しくなりすぎて、大切なものを見失わないように」
そう自分に言い聞かせながら、蝶子は創作を続けていた。
ある日の午後、蝶子は月光堂書店を訪れていた。
「やあ、蝶子さん。元気そうだね」
守が、にこやかに出迎えた。
「はい、おかげさまで」
「それで、今日はどんな用事かな?」
蝶子は、おもむろに一枚の絵を取り出した。
「これ…… 見ていただけますか?」
守は、絵を受け取って凝視した。そこには、鏡の中から現れる蝶が描かれていた。その蝶の羽には、様々な風景が映り込んでいる。
「これは…… 素晴らしい」
守の目が輝いた。
「でも、なぜこれを私に?」
「実は……」
蝶子は少し言葉を躊躇った後、続けた。
「私、鏡の力を使って、過去を旅することができるんです」
守は、驚きの表情を浮かべた。
「そうか。それで、この絵は……」
「はい。過去の風景を、この絵に込めました」
守は、静かに頷いた。
「君の家系の力は、本当に不思議だね。でも、それを正しく使えるのは、君しかいない」
「はい。だからこそ、私はこの力を大切に使いたいんです」
蝶子は、決意に満ちた表情で言った。
「過去を知り、そして未来を創る。それが、私の使命だと思うんです」
守は、暖かな笑みを浮かべた。
「その通りだ。君なら、きっとできる」
その夜。
蝶子は、自宅の画室で鏡を覗き込んでいた。
鏡の中に、様々な時代の風景が映し出される。そして、そこには家族の姿もあった。
曾祖父母、祖父母、そして両親。
彼らの人生、喜びや苦しみ、そして愛。すべてが、蝶子の中に流れ込んでくる。
「みなさん、ありがとう」
蝶子は、静かに呟いた。
そのとき、ノックの音が響いた。
「どうぞ」
扉が開き、耕平が顔を覗かせた。
「やあ、蝶子君。邪魔じゃないかい?」
「いいえ、ちょうどいいところよ」
蝶子は立ち上がり、耕平を迎え入れた。
「実は、君に見せたいものがあってね」
耕平は、一冊の本を取り出した。
「私の新作小説だ。君にインスパイアされて書いたんだ」
蝶子は、驚きと喜びの表情を浮かべた。
「まあ、嬉しい! ありがとう、耕平さん」
二人は、静かに寄り添った。
「ねえ、蝶子君」
「はい?」
「これからも、一緒に創作を続けていこう。君の絵と、私の言葉で」
蝶子は、優しく微笑んだ。
「ええ、そうしましょう」
その瞬間、鏡が不思議な輝きを放った。
蝶子と耕平は、驚いて鏡を覗き込む。
そこには、二人の未来が映し出されていた。共に歩む姿、創作に没頭する姿、そして幸せに満ちた生活。
「これは……」
耕平が、息を呑む。
「私たちの未来ね」
蝶子が、静かに言った。
「でも、これは可能性の一つにすぎないわ。私たち次第で、この未来は変わるかもしれない」
耕平は、蝶子の手を取った。
「そうだね。だからこそ、一緒に歩んでいこう」
二人は見つめ合い、そして優しく微笑んだ。
窓の外では、一羽の蝶が舞っていた。
それは、新たな物語の始まりを告げるかのようだった。