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第四章:呪いの真相

 展覧会前夜。


 蝶子の画室には、完成した作品が並んでいた。中でも、最後に仕上げた大作が、ひときわ存在感を放っている。


 キャンバスいっぱいに広がる蝶の群れ。その羽には、様々な時代の風景が映り込んでいる。そして中央には、大きな鏡。その中に映るのは、蝶子自身の姿だった。


「これで…… いいのかしら」


 蝶子は、自問自答を繰り返していた。この作品に、自分のすべてを込めたつもりだ。家系の歴史、呪いへの葛藤、そして未来への希望。


 ノックの音が響く。


「どうぞ」


 扉が開き、耕平が顔を覗かせた。


「やあ、蝶子君。準備は順調かい?」


「ええ、何とか」


 耕平は、蝶子の作品を見回した。そして、中央の大作に目が留まる。


「これは…… 素晴らしい!」


 耕平の目が輝いていた。


「この構図、この色使い。そして、何より…… 魂が宿っているようだ」


 蝶子は、照れくさそうに微笑んだ。


「ねえ、蝶子君」


「はい?」


「明日の展覧会が終わったら、君に大事な話があるんだ」


 耕平の表情が、真剣味を帯びる。


「私にも、お話ししたいことがあります」


 二人は見つめ合い、そして優しく微笑んだ。


 翌日。


 展覧会場は、多くの来場者で賑わっていた。


 蝶子の作品の前には、常に人だかりができている。特に、中央の大作の前では、多くの人々が足を止め、感嘆の声を上げていた。


「素晴らしい才能だ」


「この若さで、こんな深みのある作品を……」


 耳に入る言葉の数々に、蝶子は複雑な思いを抱いていた。喜びと同時に、これが呪いを強めることにならないか、という不安。


 そのとき。


「やあ、蝶子さん」


 声をかけてきたのは、月光堂書店の守だった。


「守さん、来てくださったんですね」


「ああ、こんな大切な日、見逃すわけにはいかないからね」


 守は、にこやかに笑った。


「それにしても、素晴らしい作品だ。特に、この中央の絵には驚いたよ」


「そうですか?」


「ああ。これは単なる絵じゃない。君の魂の記録だ」


 守の言葉に、蝶子は息を呑んだ。


「実はね、蝶子さん。君の曾祖父・蝉丸さんも、同じような絵を描いたことがあるんだ」


「えっ?」


「ああ。でも、彼の絵には、どこか暗い影が漂っていた。それに比べて、君の絵には光がある」


 守は、真剣な眼差しで続けた。


「蝶子さん、君は既に、呪いを解く鍵を手に入れているんだよ」


「私が……? でも、どうやって?」


 その時、会場に騒めきが起こった。


「あれは…… 鏑木蓮太郎の作品では?」


 蝶子は、声のする方向を振り向いた。そこには、一枚の絵が展示されていた。間違いなく、父・蓮太郎の作品だ。


「なぜ、ここに……?」


 守が静かに説明を始めた。


「実は、私が持ってきたんだ。蝉丸さんから預かっていたものの一つさ」


 蝶子は、父の絵に近づいた。そこには、鏡の前に立つ一人の女性が描かれていた。よく見ると、その女性は蝶子にそっくりだった。


「これは…… 私?」


「いいや、君のお母さんだ」


 守の言葉に、蝶子は息を呑んだ。


「蓮太郎さんは、この絵を最後に描いたんだ。そして、失踪した」


 蝶子の中で、何かが繋がり始めた。


「守さん、この呪いの正体…… 分かりました」


 蝶子の目に、決意の色が宿る。


「芸術の才能と引き換えに愛する者を失う??。それは、自分自身を失うことだったんです」


「そう、その通りだ」


 守は頷いた。


「芸術に没頭するあまり、大切なものを見失う。それが、君の家系に流れる呪いの正体だったんだ」


 蝶子は、自分の作品を見つめた。


「でも、私は違う。私の絵には、愛する人たちの姿が映っている。そして、その中心にある鏡に映るのは……」


「君自身だ」と守が言葉を継いだ。「君は、芸術と愛を両立させた。それが、呪いを解く鍵だったんだよ」


 その瞬間、蝶子の作品が不思議な輝きを放った。まるで、魂が宿ったかのように。


「蝶子君!」


 駆けつけてきたのは、耕平だった。


「大変だ! 君の絵が……」


 耕平の言葉は、途中で途切れた。彼も、作品の異変に気づいたのだ。


 会場全体が、静寂に包まれる。すべての人々が、蝶子の作品に釘付けになっていた。


 そして??。


 中央の鏡から、一羽の蝶が飛び出した。


「あ……」


 蝶子の声が漏れる。


 蝶は、ゆっくりと会場を舞い、そして蝶子の肩に止まった。


「これは……」


 守が静かに言った。


「呪いが解けた証だ」


 蝶子の目に、涙が浮かんだ。長年、家系を縛り付けていた呪い。それが、今、解かれたのだ。


 耕平が、蝶子の手を取った。


「蝶子君、君は本当にすごいよ」


 二人は見つめ合い、そして優しく抱擁を交わした。


 その光景を見て、守は満足げに頷いた。


「さて、これで一件落着かな」


 守は、静かに会場を後にしようとした。


「守さん!」


 蝶子が呼び止めた。


「ありがとうございます。すべて、守さんのおかげです」


 守は、くすっと笑った。


「いや、すべては君自身の力だよ。私は、ただのきっかけを作っただけさ」


 そう言って、守は去っていった。


 展覧会は大盛況のうちに幕を閉じた。蝶子の作品は、多くの称賛を浴び、彼女の名は一夜にして美術界に轟いた。


 しかし、蝶子にとって最も大切なのは、呪いから解放されたこと。そして、自分の中にある芸術と愛の調和を見出せたことだった。



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