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セレス港上陸作戦

 石啓教暦1897年7月18日の朝、セレス港〈王国〉軍基地は照りつける太陽の下に無残な骸を晒していた。

 滑走路や格納庫の中で無傷のものは1つもなく、全てが大穴を開けられるか完全に爆砕されるかしている。その中で工兵や整備兵が僅かでも使える部品を回収しようと動き回っている様子は、大型昆虫の死骸に群がる蟻を連想させた。

 基地内に残された僅かな樹木の上では蝉の大群が泣き叫ぶように歌を奏でている。あたかもセレス港の死を悼んでいるようだった。

 

 死臭と硝煙と金属の焼ける臭いを放出しているのは陸上だけではない。沖合でも膨大な黒煙が上がり、断続的な爆発が発生している。セレス港に停泊していた〈王国〉海軍主力部隊の成れの果てだった。

 

 「〈帝国〉軍がこれ程の力を持っているとは……」

 

 地下司令部にいた為に被災を免れたセレス港鎮守府長官のカセス・コッテス中将は、暗然と愕然が同居したような表情で呟いた。

 〈王国〉随一の軍港として知られていたセレス港は開戦後1日で、停泊していた艦隊もろとも機能を失った。

 

 〈諸侯連合〉軍機と合わせて468機が配備されていた海空軍機のほぼ全ては滑走路上か格納庫内で破壊され、何機が修理可能かは不明。現在の稼働機に至っては正確に零である。

 ゼードラ夜間戦闘機及び独断で出撃したシグル2型戦闘機は地上撃破を免れていたが、彼らも現時点では動けない。滑走路を破壊されたせいで浜辺への胴体着陸を余儀なくされ、大なり小なり機体に損傷を受けたからだ。

 4発重爆400機以上と中型機300機以上による精密爆撃の威力は、かくも圧倒的だった。

 

 

 航空戦力が文字通りの全滅を迎えた後、今度は艦隊戦力が壊滅した。爆撃を逃れる為に港の外に出た彼らは、沖合に大量展開していた〈帝国〉軍潜水艦部隊と水雷戦隊による待ち伏せ攻撃を受けたのだ。

 この戦闘で戦艦1隻を含む9隻の艦が沈没し、更に8隻が被雷して這うような速度でしか動けなくなった。

 そして損傷艦を抱えながら南方に避難しようとしていた〈王国〉軍艦隊に、今度は〈帝国〉海軍の空母艦載機の大群が襲い掛かった。

 陸上航空戦力が壊滅し、空母も被雷して発艦不能になっていた〈王国〉海軍はこれに全く対応できず、セレス港にほど近い海域で実質的な死を迎えた。重巡以上の艦は全てが戦闘不能になり、軽巡と駆逐艦のうち生き残った艦は損傷艦を見捨てて逃走してしまったのだ。

 敵前逃亡そのものだが、コッテスは彼らを責める気にはなれなかった。もしその場に残って損傷艦の護衛や沈没艦の乗員救助を行っていれば、〈帝国〉海軍機の第2波によって全艦が沈められていたと思われるからだ。

 名誉を捨て、戦友を見捨ててでも、逃げるべき場合というものはあるのだった。

 

 その〈帝国〉海軍機第2波はセレス港に生き残った僅かな砲を徹底破壊し、ついでにセレス港に通じる鉄道と幹線道路全てを爆破して飛び去って行った。

 故に現在のセレス港は孤立状態にあり、基地修復の為の人員や物資を運び込むこともできない状態だ。艦隊が壊滅してしまった今、セレス港の復旧に意味があるのか自体が不明だが。

 

 

 それにしても恐るべきは〈帝国〉軍の力だった。〈王国〉は大国ではないにせよ、世界で十指に入る程度の軍事力は持っている。

 その〈王国〉の主要軍港を、〈帝国〉軍はたった1日で海軍主力ごと壊滅させてしまったのだ。まるで格の違う相手だったと、コッテスは認めざるを得なかった。


 「し、司令官。一大事であります」

 

 そこにまだ10代と思われる若い兵が駆けこんできた。どうやら伝令らしい。

 

 「この上何が起きた?」

 

 コッテスは自分でも驚くほどに疲れた声で尋ねた。何もかもが終わった。もはや何が起きようがどうでもいい。そんな軍人にあるまじき虚脱感が頭の中を支配しているのを感じる。

 

 「敵空挺部隊です! 恐らくは軍団級の空挺部隊が降下してきました! 更に見張り所は大規模な敵艦隊及び上陸船団の接近を確認したとのことです!」


 








 〈帝国〉第4艦隊司令官のセティア・レイ中将は拍子抜けしたような顔で、目の前の敵艦隊、というよりは敵艦隊だったものを見ていた。

 艦上構造物が完全に破壊されている戦艦、魚雷を撃ち込まれて大傾斜している巡洋艦、機関を損傷して洋上に停止している駆逐艦。無傷の艦は一隻もいない。さながら軍艦の壊れ方の見本市である。

 

 「敵艦隊に降伏勧告を行いましょう」

 「そうだな。敵全艦に降伏を勧告したまえ」

 

 第4艦隊の副司令官で実質的な司令官であるカト・コボロス少将が提案し、セティアはオウム返しのように追認した。敵の司令官がまともな人物であれば、この状況では降伏しか無いと分かる筈だ。

 

 セティア・レイ中将はアテスク方面軍司令官のカズリナ・リーン大将の妹に当たる。と言っても年齢は同じ19歳で、生まれた日も3か月ほどしか違わない。

 理由は簡単で、母親が違うからである。彼女たちの父親に当たる〈帝国〉皇太子はそこそこ優秀な人物として知られていたが、大量の側室を抱えたがる悪癖の持ち主でもあった。

 まあ皇室の血が途絶えないようにすることも皇太子の仕事なので、一概に悪いとも言えないが。

 

 なおセティアとカズリナは、異母姉妹とは思えない程に似ていることで有名だった。恐らく皇太子が無意識のうちに、似たような外見的特徴を持つ女性を選んでいるからだろう。

 

 セティアは姉カズリナの道を継ぐように軍に入ったが、微妙な対抗心もあって陸軍ではなく海軍を選んだ。カズリナの母親の趣味が乗馬だったのに対し、セティアの母親が好むのは水泳だったことも、もしかしたら関係しているのかもしれない。

 

 そのセティアは現在、皇族系軍人の例に漏れずお飾りの将官となり、現在の第4艦隊司令官の地位を得ている。

 もっとも実際に戦闘や訓練を取り仕切るのは副司令官であり、セティアは極端に言えば彼のやることを追認するだけである。 

 〈帝国〉社会特有の歪んだ組織構造とも言えるが、こうした人事は見た目よりは害が少なかった。経験豊富な副司令官が実際の軍務を取り仕切り、皇族という肩書を持つ司令官は主に政治面の仕事をするという役割分担は、その逆よりは余程マシであるからだ。

 

 「ああそうだ。敵艦隊には私が皇族である旨と、捕虜の安全を皇室の名誉にかけて保証すると伝えてくれ」

 

 セティアは早速、その政治面の仕事をこなすことにした。敵艦隊が自暴自棄の抵抗を試みないように説得することである。

 もっとも目の前の軍艦たちに、その力が残っているとは思えないが。

 

 「敵艦隊、降伏信号を送っています!」

 

 およそ四半刻後、セティアは対〈王国〉戦争における自分の役割が終わったことを知らされた。

 〈王国〉海軍の一線級戦力は戦艦6、空母2、巡洋艦16、駆逐艦45の計68隻だった。そのうち9隻は潜水艦と水雷戦隊による夜襲で沈み、今朝第3艦隊と第5艦隊が実施した空襲で更に13隻が後を追った。

 そして今、セティアの目の前で降伏した艦が合計33隻。残るは2隻の巡洋艦と11隻の駆逐艦しかいない。〈王国〉海軍は今後10年は、歴史上の存在としてのみ記憶されることになるだろう。

 


 「結局、私の出番は無かったか」

 

 各艦に〈王国〉軍沈没艦の溺者救助を命じつつ、セティアは呟いた。

 今回の作戦に当たって最大の障害とされた〈王国〉海軍は、〈帝国〉海軍第3艦隊と第5艦隊の航空隊、それに潜水艦と水雷戦隊のみによって無力化された。第4艦隊と第7艦隊の主力である戦艦の出番は無かったのだ。

 

 「一応、我々第4艦隊が出てきた意味はあったと考えます。戦艦4隻を前面に押し立てたからこそ、敵は素直に降伏したのでしょうし」

 

 コボロス少将がセティアを宥めるように言った。直接戦闘を行うことだけでなく、武威を示すことで戦わずして勝つのも、軍隊の大切な仕事だ。それを第4艦隊は見事に達成したのだから、役目は十分に果たしたと考えるべきだというのだ。

 

 「まあ我らが海軍は規模が取り柄だからな。だからこんな、平時の訓練のような編制でも何とかなった訳だ」

 

 セティアは少しばかりではない皮肉とともに呟いた。言うまでもなく、自分の第4艦隊を含む〈帝国〉海軍各艦隊の編制を当て擦っているのだ。

 

 〈帝国〉海軍は今回の作戦に、南西方面艦隊と総称される部隊を投入している。戦力的には立派なもので、戦闘部隊だけで300隻を超える。

 敵の3倍以上の戦力を戦場に投入して一気に勝負を決めてしまうのが作戦家の理想だが、その理想に合致した戦力を〈帝国〉海軍はセレス港周辺に集めたのだ。結果として敵主力の殲滅に成功したのだから、何も文句はつけようが無いように見える。

 

 しかし細部を眺めると、〈帝国〉式官僚主義が所々に顔をもたげていると、セティアには思えた。

 その一例が、主力部隊の編制の仕方である。南西方面艦隊主力は先述のように、第3、第4、第5、第7の4個艦隊からなる。このうち第3艦隊と第5艦隊が空母を主力とする航空打撃部隊で、第4艦隊と第7艦隊が戦艦を主力とする砲戦部隊だ。

 そこまではいいとして、これらの艦隊には奇妙な特徴があった。どの艦隊も編制が同じなのだ。各艦隊は全て主力艦(空母または戦艦)1個戦隊を持ち、それを巡洋艦2個戦隊と2個水雷戦隊で護衛している。

 ついでに言うと各艦隊が司令部の他に副司令部を持ち、必要な場合は2個分艦隊に分割できる所までが同じである。


 平時の訓練では最適な編制の仕方だろうが、それをそのまま前線に持ち込むというのはいかがなものか。セティアにはそう思えてならなかった。

 この編制の仕方を考えた人物は、海軍の艦隊を陸軍の軍団のようなものと勘違いしているのでは無いだろうか。

 

 一応、こうした編制にした方にも言い分はあった。全艦隊を同じような編制にしておけば、前線配備と整備のローテーションを組みやすくなり、継戦能力が向上するというのだ。

 またどの艦隊も同じ編制なら、補給計画や作戦計画も立てやすくなると。

 こうした意見にも一理はあるのだろうが、どうも硬直化した編制の弊害を無視した論理だ。セティアとしてはそう思う所であった。各艦隊の規模が戦術的必要性というより、後方の都合で決められているのだから。

 

 実際、この硬直的編制のせいで現場では様々なトラブルが発生していた。

 予定では同時攻撃をかける筈だった第3艦隊と第5艦隊の艦載機隊は空中集合に失敗し、結局バラバラに攻撃している。

 また各艦隊から抽出された水雷戦隊も同時に敵艦隊を襲う筈が、第7艦隊所属部隊だけが真っ先に接敵する形となった。要は各艦隊の連携が碌に取れていなかったのだ。


 〈帝国〉海軍の1個艦隊は先述の艦たちの他に自前の補給・整備部隊や警戒部隊を持ち、独立した作戦行動が取れる戦力単位となっている。

 それがかえって災いしたのではないかと、セティアは考えていた。なまじ自己完結した行動が取れるが故に、ソフト面でもハード面でも他の艦隊と協同できないのでは無いかと。 

 

 「方面艦隊司令部の機能をもっと強化するべきですな」

 

 セティアの言わんとするところを悟ったらしく、コボロス少将が言った。現状の南西方面艦隊は、ただの艦隊と陸戦隊の寄せ集めだ。統合された戦力単位とはとても呼べない。

 これで勝てたのは、要するに相手が弱かったからに過ぎなかった。〈王国〉海軍の総戦力が〈帝国〉海軍1個艦隊程度しかなかったから、〈帝国〉側は各艦隊がバラバラに戦っても勝てたのだ。

 〈帝国〉海軍と互角の戦力を持つ〈諸侯連合〉海軍との戦いで、現在の編制が通用するとは思えない。

 

 「しかし今は、目の前の作戦について考えるときですな」

 

 続いてコボロス少将は窘めるように言った。セレス港には現在、空軍の2個空挺師団が降下中だ。そしてセレス港に隣接するケラ海岸には、南西方面艦隊所属の海軍陸戦隊10個旅団が進撃を開始していた。

 

 「群青」計画の第一段階にして対〈王国〉戦争計画における最高機密、セレス港上陸作戦の始まりだった。

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