国際義勇航空隊
カーリ・ドヴィン中尉は梯子と整備兵の助けを借りてシグル2型戦闘機のコクピットに乗り込むと、まずは翼端灯のスイッチを押した。赤い点滅信号が灯り、「前方注意」を伝える。整備兵その他が回転するプロペラに巻き込まれないようにする為の警告である。
続いて計器類が正常であることを確認すると、起動ペダルを2度押しして畜霊器と霊動機の絶縁状態を解除する。これでドヴィンのシグルは、いつでも離陸できる状態になった。
アクセルペダルを僅かに踏み込んでプロペラが回転することを確認した後、翼端灯を「離陸準備よし」を意味する赤色常灯信号に切り替える。
全てが夜間飛行訓練でやり慣れた動作であるが、いつもと違う点が1つだけある。これが実戦、紛れもない戦争であることだ。
(大丈夫だろうか)
シグルの脚部に置かれていた車輪止めが外され、管制員が「離陸許可」を伝える緑色発光信号を送ってくる。それを見ながらドヴィンは急に不安を感じ、そのことに自分でも驚いた。
戦意でも操縦技能でも人後に落ちないと自負していた筈の自分が今実戦を前にして、明らかな恐怖を感じている。それに対する驚きである。ついさっき、カザン大佐に向かって啖呵を切ったのが嘘のようだ。
しかしもはや後戻りはできなかった。ドヴィンの駆るシグル2型は管制員の指示に従って第4滑走路に移動、離陸準備に入る。ドヴィンは覚悟を決めて、アクセルペダルを大きく踏み込んだ。
1650馬力の出力を持つシグル2型の霊動機が甲高い音とともにプロペラを回転させ、機体を前進させる。速度が規定値に達したのを確認したドヴィンは昇降舵を引いた。足元からの振動がなくなり、探照灯に照らされていた滑走路が小さくなっていくのを感じる。
ドヴィンのシグル2型は、実戦における初の離陸を果たしたのだ。小隊の後続機も続いて離陸を完了、ドヴィン機の後ろについた。
「全機、可能な限り上昇せよ。奴らを上から迎え撃つ」
無線機から中隊長機の命令が入る。〈帝国〉軍の重爆は半里(約2000 m)程の空域を進撃している。重爆撃機の飛行高度としては非常に低い。
多分〈王国〉軍の霊波探知機による発見を遅らせる為だろうが、お陰でこちらにはチャンスが生まれたと、中隊長は述べた。これなら敵機の上空で待ち受け、上から一撃を加えるという迎撃戦の常套手段が使えると。
それからしばらくは単調な飛行が続いた。暗闇の中、翼端灯と霊波探知機画面を見て列機との衝突を防ぎつつ、霊動機を全速で回して上昇するのだ。
と言っても、これは言うほど簡単なことではない。翼端灯の小さな灯りはともすれば見失いそうになるし、飛行しながら無線と霊波探知機を操作するのは全力疾走しながらテストを解くようなものだ。
「来たぞ。敵重爆だ」
四苦八苦しながら指定された高度への上昇を終えたドヴィンの耳に、突然中隊長の声が届いた。
下を見ると、探照灯の明かりに照らされながら堂々と空中を進撃してくる敵重爆の姿がある。既に爆撃を開始しているようで、地上には火災炎も見えた。
(美的センスでは〈帝国〉の方が上だな)
探照灯と火災炎の中に浮かび上がる敵重爆の姿を見ながら、ドヴィンは妙な感想を抱いた。
〈諸侯連合〉軍のハギラ重爆撃機はお世辞にもスマートな機体とは言い難い。太い胴体の上にグライダーのような無暗に長い翼が付き、胴体の下からは支柱兼霊動機架が伸びて翼を支えている。
軍が要求するような大航続距離と大量の爆弾搭載量を実現するにはこうするしかなかったというのがメーカーの言い分だが、どうも洗練に欠ける印象は否めない。
よく言えば堅実な機体だが、悪くというか率直に言えば新しい旧世代機でしかない飛行機。それが「首都を攻撃できる爆撃機」として〈帝国〉に恐れられているハギラの正体だった。
対して現在向こうから飛んできている〈帝国〉94式重爆撃機は、低翼のスリムな飛行機だった。無論目障りな支柱はついていないし、いかにも空気抵抗の少なそうな洗練された翼形と胴体形状をしている。
ハギラが巨大だが鈍重な草食獣とすれば、94式重爆撃機はしなやかな肉食獣を思わせた。
「今だ。攻撃をかけろ」
だが見とれていたのは一瞬だった。次の瞬間には攻撃命令が無線機から流れてくる。
ドヴィンは昇降舵を向こう側に倒すと、霊動機出力を全開にして突撃した。重爆撃機というよりは双発戦闘機の大型版を思わせる94式重爆のスマートな機体が、照準器の中で膨れ上がっていく。
その翼に向かってドヴィンは機銃発射レバーを引いた。シグル2型戦闘機に装備された8丁の半寸(約7.5 mm)機銃が咆哮し、緑色に輝く曳光弾が翼と霊動機に吸い込まれていく。
ほぼ全弾の直撃を確信したドヴィンは再び上昇すると、自分が射弾を浴びせた機体の姿を振り返って確認した。
小口径弾とはいえ8丁分を撃ち込んだのだ。墜落を始めているか、少なくとも速力が低下しているものと確信していたのだが。
「何だと?」
ドヴィンは目を疑った。先ほど確かに射撃を浴びせた筈の94式重爆が、何事もなかったように飛行しているのが目に映ったからだ。
夜間である為に目測を誤り、遠い位置から射撃してしまったのだろうか。
「今度こそ」
しばし唖然としていたドヴィンは無理やり気分を切り替えると、次に飛んできた機に狙いを付けた。霊動機周辺を狙って半寸弾の雨を浴びせ、ついでに胴体にも一撃を入れていく。
ハギラ爆撃機を相手にした演習なら「撃墜確実」と判定されるだけの射弾を、今度こそ撃ち込めた筈だ。
しかし。
「そんな……」
ドヴィンは上昇する機体の中で愕然とした。94式重爆は悠然と飛び続けている。先ほど攻撃を受けたことなど意に介さない、或いは攻撃されたこと自体に気付いていないようにすら見える。
戦場全体を見渡しても、状況は変わらなかった。被弾して墜落を始めている94式重爆の姿は、1機も確認できない。
むしろシグル2型戦闘機の方が大きな被害を受けているようで、3機が損傷して脱落していく様子が探照灯の光の中に映っている。護衛の付いていない重爆を戦闘機が攻撃したにも関わらずだ。
ドヴィンは驚愕しながらも、次の94式重爆に狙いをつけた。最初はスマートで美しく見えた機体だが、今は途轍もない禍々しさを感じさせる。爆撃機ではなく、得体の知れない怪物を相手にしているようだ。
それでもドヴィンは三度目の正直とばかりに94式重爆に銃撃を浴びせたが、結果は「二度あることは三度ある」に終わった。相当数の半寸機銃弾を叩き込んだ筈の敵機は、何事も無かったように飛行を続けている。
ドヴィンは呆気にとられながら、眼下の重爆群を見つめた。爆弾投下は終わったらしく、彼らは帰路に付き始めていた。
爆弾を落として身軽になったせいもあるだろうが、その速度はやたらに速い。戦闘機であるこちらの方が、ともすれば置いていかれそうになるほどだ。
「敵中型機群がセレス港の在泊艦艇に接近中だ。戦闘可能な機体はそいつらを叩け」
ドヴィンは眼下を飛び去って行く重爆たちに4度目の攻撃をかけようとしたが、その前に国際義勇航空隊司令官のカザン大佐からの命令が来た。
中型機、恐らくは〈帝国〉軍の95式攻撃機が、94式重爆に続いて飛来している。爆撃を終えた重爆より、そちらを優先して叩いて欲しいというのだ。
「了解しました」
言うとドヴィンはシグル2型の機体を、港の在泊艦艇がいる方向に飛行させた。視界の利かない夜間飛行で特定の向きに飛ぶのは難しいが、地上の火災炎及び〈帝国〉軍が大量に投下した吊光弾が皮肉にも見晴らしを良くしていた。
上空からはセレス港の全景が炎と吊光弾の光で一望でき、それに頼った飛行が可能だったのだ。
「あいつらか」
しばらく飛行した後、ドヴィンは朧げな光の中に浮かぶ敵機を発見した。双発機多数がセレス港在泊艦艇、重爆の攻撃を免れた霊波探知機、それに飛行場に殺到している。
さっき戦った94式重爆を縮めたようなその姿は、間違いなく〈帝国〉軍の95式攻撃機だ。
(こいつはどうにもならんぞ)
ドヴィンは胸中で呻いた。国際義勇航空隊の戦力はシグル戦闘機1個飛行大隊56機に過ぎない。対する95式攻撃機の数は200、いや300機は確実にいる。全てを阻止するのはどう考えても不可能だ。
だが軍人として、任務の放棄はできない。ドヴィンは火災炎の中で影絵のように浮かぶ95式攻撃機に向かって機体を降下させた。
そのまま射撃位置に達し、引き金を引く。緑色の曳光弾が束となって、95式攻撃機に向かって降り注いだ。
しかしドヴィンは次の瞬間に眼を見張った。95式攻撃機はまるで戦闘機のように急旋回し、ドヴィンの放った射弾の大半を回避したのだ。爆弾を抱えた攻撃機とは思えない素早い機動だった。
数発は当たったように見えたが、敵機の速力その他が低下した様子はない。どうやら外板に浅い角度で当たり、弾かれたらしい。
ドヴィンがやむなく機を再度上昇させている間に、95式攻撃機たちはそれぞれの目標に殺到していた。
生き残っていた霊波探知機が次々と機銃掃射で破壊され、滑走路には爆弾が叩きつけられていく。在泊艦艇にも命中弾があったらしく、赤々と燃える船の姿が目に映った。
「畜生!」
ドヴィンは唸ると、攻撃を終えた敵機を待ち構えるべく、その未来位置に向かって飛行した。1機でもいいから敵機を叩き落とさなければ、カザン大佐に啖呵を切った立場が無い。
だがドヴィン機が攻撃から戻ってくる敵機を待ち構える位置に就いた刹那、視界の隅に赤い光の束が走った。〈帝国〉軍の使用する曳光弾の色だと思う間もなく、機体が大きく揺れる。
赤い光が飛んできた方向を見ると、95式攻撃機と思われる双発機が闇の中を悠然と飛行していた。その胴体上部から放たれた旋回機銃の弾を、ドヴィン機は喰らったのだ。
(しまった!)
ドヴィンは自らの失策を悟った。無意識のうちに頭に血が上っていたドヴィンは、戦場で機体を直線飛行させ続けるというミスを犯した。その結果、敵の待ち伏せ攻撃を喰らってしまったのだ。
ドヴィンは咄嗟に機体を降下させた。敵機銃の射程から逃れる為、及び墜落を偽装する為だ。
降下するにつれて、セレス港の様子が鮮明に見えてくる。その光景を見たドヴィンは思わず息を呑んだ。対空砲や霊波探知機は全滅状態だ。
しかも出撃基地のアタン飛行場を始めとする全ての滑走路に、巨大な破孔が複数開けられている。どこにどうやって着陸すべきかも分からない状況だった。
サザ・ノハリ〈帝国〉空軍中佐は94式重爆の機上で胸を撫で下ろしていた。夜間に単座戦闘機が迎撃してきたときは驚愕したが、幸い、その機数も火力も大したことは無かったようだ。
敵戦闘機による損失は1機もなく、それどころか敵6機を返り討ちで撃墜した。爆撃機が戦闘機と交戦して勝利を収めるという椿事が、セレス港上空で発生したのだった。
「全く頑丈だな。この飛行機は」
ノハリ中佐は自分が乗る機体の性能に感嘆した。機体規模に対する爆弾搭載量の少なさから、「4発戦闘機」ないし「大型中爆」等と揶揄されることもある94式重爆だが、少なくとも乗員にとってはありがたい機体だった。高速で頑丈で自衛火力の大きい、要は生還率の高い飛行機であるからだ。
その性能はセレス港上空で遺憾なく発揮され、戦闘機による損害を0に抑えたのだった。
(まあ元が「大型中爆」だからな。この飛行機は)
94式重爆の綽名を思い出しながら、ノハリ中佐は苦笑した。94式重爆の開発履歴を思い出したのだ。
94式重爆の原型である18試中爆は、元々海軍が空軍に開発を求めた機体だった。海軍が原案で要求したのは陸上基地発進型の中型爆撃機で、当初は双発とされていた。
その任務は陸上基地から敵艦隊にアウトレンジ攻撃を行い、敵戦力を漸減することにあった。要は艦載航空隊の任務を補完する陸上爆撃機を作るよう、海軍は空軍に頼んだのだ。
こうした要請が為された理由は、対〈諸侯連合〉戦争において〈帝国〉海軍が〈諸侯連合〉海軍に戦力で劣るのではないかという危惧によるものだった。
〈帝国〉と〈諸侯連合〉の海軍戦力は大体互角だったが、〈諸侯連合〉には〈王国〉という準同盟国がいた。その〈王国〉が〈諸侯連合〉と共に参戦してきた場合、海軍戦力比は100対75で〈諸侯連合〉側優位となる。この予測は当然ながら〈帝国〉海軍を憂慮させた。
〈王国〉海軍はフネの性能も練度も大したことが無い二流海軍だったが、数は力というのもまた真理であったからだ。戦争になった場合、〈帝国〉海軍は〈諸侯連合〉・〈王国〉連合海軍の数に圧し潰されてしまうのではないか。海軍はそう危惧した。
こうして出てきたのが、件の18試中爆構想である。敵艦隊を発見次第空軍が長距離攻撃をかけ、海軍同士の対決になる前にその戦力を2-3割程度削り取る。その為に計画されたのが18試中爆なのだ。
遠距離から敵を攻撃できる航続距離と、敵艦攻撃に必要な運動性能を両立する為、機体規模は中型双発機とされた。また戦闘機の援護なしに敵艦隊を攻撃する為、これまでの常識を超えた高速と重防御力が必須ともされていた。
〈帝国〉軍は同時期の〈諸侯連合〉で流行っていた戦闘機無用論にそこまで毒されておらず、生半可な性能の爆撃機では戦闘機の迎撃を突破できないと考えていたのだ。
〈諸侯連合〉軍が同時期に開発した低速軽防御の爆撃機たちが後の戦争で大損害を受けたことを考えれば、健全な発想と言っていいだろう。
しかしその健全な発想の結果、メーカーに出された要求は滅茶苦茶なものになった。作戦行動半径250里(約1000 km)、爆弾搭載量350貫(約2.1 t)はまだいい。
しかし海空軍はそこに最高速度140里刻(約時速560 km)、1寸半(約23 mm)機銃弾に耐えられる防御力、1寸(約 15 mm)旋回機銃6丁の自衛火力を要求したのだ。これは当時の技術水準を全く無視したものだった。
なお技術的には無茶なこれら性能要求だが、軍事的にはあながち間違っていなかったことが後に判明する。
戦闘機と対空砲の技術進歩の結果、一線級艦隊に中型双発機が独力で攻撃をかけるには実際にこの程度の能力が必要だと分かったのだ。ある意味で〈帝国〉海軍や〈帝国〉空軍には先見の明があった。
しかし技術的に無い袖は振れないというのもまた事実であった。当時の〈帝国〉で最強だった霊動機は1500馬力級で、試作品を含めても2000馬力級が限界という状況だった。これで性能要求の全てを満たす飛行機を作るのは到底無理だったのだ。
要目のうち2つや3つなら何とかなるが、全て満たす双発爆撃機の作成は物理法則上不可能。それが技術者たちの回答だった。本来であれば18試中爆計画はここで中止されていただろう。
しかし軍とメーカーは諦めなかった。軍は旧式化しつつある86式中爆や87式重爆の後継機を求めていたし、メーカー側は大口の発注を欲していたのだ。
彼らは技術者たちに、多少原案を逸脱してもいいから18試中爆の開発を続けるようにと指示した。
技術者たちはひとしきり頭を抱えた後、3つの案を提示した。
1つ目は比較的原型に近い案で、速度と防御力を妥協して航続距離と爆弾搭載量を確保した大型双発機というものだった。
2つ目は逆に機体を出来る限り引き絞って高速重防御を追求した小型双発機案で、この案では航続距離と爆弾搭載量が原案より削減されていた。
そして3つ目の案は機体を思い切って4発機とするものだった。2000馬力級双発機では無理な要求性能も、2000馬力級4発機なら何とか達成できそうだったからだ。
当然ながら機体は大型化して価格が高くなり、対艦攻撃に必要な運動性能が得られるかも怪しかったが、要求通りの性能にするには4発化しかなかったのだ。
これらの案であるが、多分第1案が採用されるとメーカー側は考えていた。機体価格に対する搭載量が最も多いのは第1案だったからだ。
戦闘機や対空砲火に対して脆そうではあるが、それなりの航続距離と爆弾搭載量を持つ機体を一定数揃えられる点では、第1案が最も優れていた。
しかし誰もが驚いたことに、軍は第1案を却下して第2案と第3案を採用すると述べ、それらの開発を継続するよう命じた。低速で装甲を持たない第1案の機体を見た実戦部隊が、同機を「初心者用有人標的機」と呼んで非難したのが原因らしい。
その後の紆余曲折を経て第2案は95式攻撃機となり、第3案が94式重爆撃機となる。死産となるかに見えた18試中爆計画は、性格の異なる双子として実を結んだのだった。
94式重爆撃機とは、こうした経歴を経て完成した飛行機だった。見た目は戦略爆撃機だが、その機体構造と性能は原案にあった対艦攻撃用中型爆撃機の遺伝子を継いでいる。
戦闘機並みの高速、やたらに頑丈な機体、4発機にしては非常に良好な運動性能などだ。これらはどれも、対艦攻撃の為に与えられたものなのだ。なお第2案が結実して誕生した95式攻撃機も、似たような特徴を持っている。
しかしその後、4発機による対艦攻撃は現実的でないという演習結果が続々と出てきて、94式重爆の地位を危うくした。
いかに高速で軽快でも4発機は図体が大きすぎ、対空砲のいい的になってしまう。対艦攻撃演習の結果、そんな意見が続出したのだ。ただでさえ高価に過ぎるとして白眼視されていた94式重爆の存在意義を揺るがしかねない結果だった。
また少し遅れて量産が始まった95式攻撃機の方も、このクラスの機体にしては航続距離や爆弾搭載量が物足りないという批判が相次いだ。
18試中爆系統の機体は結局どちらも使い物にならないのではないか。〈帝国〉軍は一時そんな危惧を抱きさえしたという。
ただ〈帝国〉軍にとって救いとなったのは、94式重爆や95式攻撃機が飛行機としては駄作でなかったことだった。これらの機体は概ね軍が出した性能要求を満たしており、凌駕している部分すらあった。
例えば18試中爆の性能要求では6丁だった防御機銃は、94式重爆では10丁となっている。計画より遥かに大型化した機体にはそれだけの防御火器が必要だと、設計者が判断した結果である。
他にも霊波探知機の標準装備や自動操縦機能など、カタログスペックに出にくい部分にも気を配っていたのが、94式重爆や95式攻撃機の特徴だ。
18試中爆の原案からは大分外れた代物になったが、これはこれでいい機体である。最終的に〈帝国〉空軍はそう判断し、量産継続を命じた。
他に使えそうな機体も無かったし、高速で頑丈な94式重爆と95式攻撃機は、〈帝国〉空軍本来の任務である航空撃滅戦に適していそうではあったからだ。
そしてその判断が正しかったことは、ここセレス港上空で証明された。サザ・ノハリ中佐はそう見ていた。94式重爆は敵双発戦闘機の攻撃をその速度性能で振り切り、続く単発戦闘機の攻撃を防御力で跳ね返したのだ。
もし18試中爆の第1案にあったような機体、翼面積を大きくすることで搭載量を稼いだ大型双発機が採用されていれば、相当数が撃墜されていただろう。
「1番機より司令部。作戦成功。セレス港周辺の主要飛行場全てを完全破壊」
ノハリ中佐は司令部に無線報告を送ると、副操縦士に操縦を代わるよう命じた。暗闇の中で機位を見失った94式重爆や95式攻撃機がいないかを確認し、存在すれば誘導する。それが終わるまで、指揮官機は帰れないのだ。