表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

東部国境戦役

 セレス港陥落から2日後、〈帝国〉タタ方面軍は東部国境を抜けて〈王国〉領への侵入を開始した。〈帝国〉軍による〈王国〉領侵攻計画における主作戦、「群青」が本格的に幕を開けたのだ。

 予定では〈帝国〉タタ方面軍は5日で東部国境からセレス港に到達、そこで海軍による補給を受ける予定であった。

 

 しかしそこで思わぬ事態が発生した。〈帝国〉軍は事前に予想していたより、遥かに大規模で組織だった抵抗を受けたのだ。

 

 「壮観だな」

 

 ダート・カジムント〈帝国〉空軍中尉は95式攻撃機の機上で、不謹慎ともとれる言葉を呟いた。

 眼下の国境付近では〈帝国〉タタ方面軍と〈王国〉軍が、大規模な死闘を繰り広げている。

 青灰色の波となって敵を分断・包囲しようとする〈帝国〉軍。対して緑色の塊となってそれに抵抗する〈王国〉軍。時々混じる赤は炎もしくは血の色。その下で何が起きているかさえ考えなければ、美しいとさえ言える光景だった。

 

 だが本来、これはあってはならない光景でもあった。〈帝国〉タタ方面軍は〈王国〉に対して奇襲をかける予定であり、出くわす抵抗を国境警備隊程度と予想していたのだ。

 しかし現実にタタ山脈を超えた先には、〈王国〉の大軍が待ち構えていた。これは一体どうしたことだろうと、カジムントとしては思う所だ。

 〈王国〉軍はどう見ても、〈帝国〉軍の意図を読んでいたとしか思えない。もしや「群青」計画の内容が、スパイもしくは秘密偵察によって〈王国〉側に漏れていたのだろうか。

 



 なお後に判明したことだが、真相は遥かに単純であった。〈王国〉東部防衛を担当する第2軍集団司令官のザオ・キャッセル元帥は、何か特別な情報源を持っていた訳では無い。

 彼が〈帝国〉軍の「群青」計画の内容を看破したのは、〈帝国〉軍自身の過誤によるものだった。

 

 その過誤とはタタ方面軍の規模そのもの、及びあまりにあからさまな欺瞞工作である。

 

 幾ら分散と秘匿に努めようと、大規模軍の新編はいずれ敵に見抜かれる。軍隊自体は隠せても、その生存に必要な物資の流れまでは隠せないからだ。

 石啓教暦1897年5月の段階で、〈王国〉軍は〈帝国〉が新たな軍を編制してタタ山脈付近に配置したことを察知していた。

 その新たな軍が、従来最大の脅威と見做されていた〈帝国〉アテスク方面軍からの精鋭部隊引き抜きによって成り立っていることもだ。


 またアテスク方面軍は数的には増強されているが、中身は形骸化しつつあるという報告もあった。

 司令官が良い評判を聞いたことが無いカズリナ・リーン大将で、新規兵力も新兵や儀仗兵中心の部隊だったからだ。つまりアテスク方面軍の脅威度は低下していると、〈王国〉では見ていた。

 これは一見、自分たちは戦争を考えていないという〈帝国〉からのメッセージとも解釈できる。実際、〈帝国〉軍はまさにその効果を狙って、アテスク方面軍の新規兵力を新兵中心の編制にしていた。

 

 しかしこの欺瞞工作は裏目に出た。〈王国の情報収集能力は〈帝国〉軍の予想を上回っており、東部国境で明らかな通信量増大や領空侵犯増加が見られることを認識していたのだ。

 〈帝国〉がどうやら、武力行使を前提として動いているらしいことも〈王国〉は認識していた。キャッセル元帥はここから次の結論を導き出した。


1.〈帝国〉軍は〈王国〉が動員を完了する前の奇襲によって戦争を開始しようとしている。


2.〈帝国〉軍の最終的な意図は、アテスク半島南東部にある〈王国〉首都の攻略による政権転覆である。


3.〈帝国〉軍は比較的少数の軍を使って、東部国境から電撃戦をかけてくる。その兵力は最大40万程度で、補給は空輸に頼るものと思われる。


4.〈帝国〉軍はタタ山脈西部から中央街道を通って南進してくる。

 

 これらの推測であるが、どちらかと言えば間違いの方が多い。

 〈帝国〉軍が考えていたのは102万(タタ方面軍)と29万(セレス港方面軍)を、海路と陸路に頼って輸送する作戦だ。

 要は大兵力による殲滅戦を考えていたのであり、空輸頼みの40万による電撃戦などという危ない橋を渡るつもりは無かった。

 また〈帝国〉軍の主攻線は海岸沿いを通る東方街道であり、中央街道では無かった。

 

 しかしキャッセル元帥が「群青」計画の中で最も重要な部分を外さなかったことも、また事実である。〈帝国〉軍は東部を主攻としており、タタ山脈を通って攻めてくるという部分だ。

 

 キャッセル元帥は〈王国〉西部の第1軍集団を指揮するアデン・ハーカスト元帥と協議し、国防計画を従来の西部重視から東部重視へと改めた。

 従来は第1軍集団の後ろに戦略予備として配備されていた〈王国〉第3軍集団を東部に動かしたのだ。更に7月には演習を名目とした部分動員を開始し、東部に25万の兵力を増強した。


 開戦時の〈帝国〉軍参謀本部は、アテスク半島東部における〈王国〉軍の兵力を30万程度と判断していた。しかし実際には、合計97万(そのうちタタ山脈付近にいたのは70万)もの〈王国〉軍がアテスク半島東部で〈帝国〉軍を待ち受けていたのだ。

 〈王国〉軍は作戦以下の次元で〈帝国〉軍の足元にも及ばなかったが、戦略次元においては若干だが優っていた。或いはそう言えるかもしれない。

 



 その象徴がカジムント中尉が見た、予想より遥かに大規模な〈王国〉軍だった。

 それらはやや不適切な位置に配置されていたが、とにかくタタ山脈周辺には存在した。その〈王国〉軍は、東側を通過していく〈帝国〉タタ方面軍への横撃を試みたのだ。

 一方、作戦階梯以下における索敵能力では〈王国〉軍を遥かに上回る〈帝国〉軍はこれを素早く察知し、各部隊を西側に走らせた。


 こうして両軍はタタ山脈の南で、ほぼ真正面から激突することになった。東部国境戦役と呼ばれる戦いの始まりである。

 

 この戦いではまずタタ山脈からやや南に孤立して存在するタズ峠、及び周囲のタズハカ郡が焦点となった。

 〈帝国〉軍はここが管制高地になると素早く判断し、全て機甲師団からなる第3軍をタズハカ郡に走らせた。

 対する〈王国〉軍は突出してきた〈帝国〉第3軍を分断すべく、第2軍集団直轄の第2、第3及び第4戦車軍団を北進させた。   

 〈帝国〉・〈王国〉戦争史上最初にして最大の戦車戦、タズハカ会戦が始まったのだ。

 

 

 カジムント中尉が見たものは、そのタズハカ会戦であった。もっとも本人たちはそんなことを知る由もなく、ただタタ方面軍の上空援護を担う第3航空軍の一部として戦闘に巻き込まれていったのだが。

 

 「大漁だな」

 

 故にダート・カジムント中尉の口から出たのは、そんなどこか呑気な言葉だった。

 

 ダート・カジムントは、漁師一家の三男として生まれた。家業を継ぐのは長男と決まっていたから、カジムントは自力で仕事を探さなければならない立場であった。

 その中で軍人という職業を志したのは、祖国愛というより経済的理由である。船を新調したカジムント家には金が無く、三男を高等学校に行かせることができなかった。その為学費無料の士官学校を受験して見た所、補欠ながら合格した。

 こうしてダート・カジムントの軍人としての人生は始まったのだ。なお陸海空3軍の士官学校の中で空軍のそれを選んだのは、最も俸給がいいからという身も蓋もない理由である。

 〈帝国〉軍人、特に士官は熱烈な祖国愛に燃えた精鋭ということになっているが、実態はこんなものであった。

 

 それはともかく、カジムントが眼下の敵軍を見て「大漁」と称したのは理由があった。〈王国〉軍の虎の子たる3個戦車軍団は、戦場の空を支配する〈帝国〉空軍にとって格好の獲物だったのだ。


 何しろ彼らは、対空砲部隊を伴わずに密集隊形で突出してきている。これ程までに叩きやすい敵軍は、演習でも滅多にお目にかかれないだろう。

 

 「まずはあいつらを狙うぞ。ついてこい」

 

 カジムントは薄笑いを浮かべながら指揮下の小隊に命じた。戦闘の焦点となっているタズ峠の横にある小丘陵沿いを進撃する、1個大隊相当の敵戦車部隊が見えたのだ。

 恐らく稜線に隠れて進んだ後、タズ峠の後ろに回り込むつもりだろう。地上からは中々見つけにくい位置を進んでいるが、空中からは丸わかりであった。

 

 「全機爆弾投下。全て使って構わん」

 

 カジムントは小隊員たちに命じた。カジムント率いる小隊は、それぞれ4発の2号集束爆弾を抱えてきている。カジムントはこの計16発の2号集束爆弾を、全て眼下の戦車大隊に投下するつもりだった。


 まずは手本を示すべく、先頭を走る中隊に4発全てを投げ落とす。計144発の子弾が戦車たちを取り囲むように落下し、爆発の閃光が上がる。

 硝煙と土の臭いとともに、微かな金属と血の臭気がカジムントの鼻腔を刺激した。

 

 先頭集団を潰された形の敵戦車部隊は後退を図ろうとしたが、そこに小隊2番機が投下した2号集束爆弾が隊列後部に炸裂した。これで敵は前進も後退もできなくなったということである。

 後は静止目標同然の敵中央部に3番機と4番機の投下した爆弾が降り注いで戦闘、というか一種の冷酷な作業は終わった。

 さっきまで敵戦車大隊だったものは、煙を噴き上げる鉄塊の集合体に過ぎなくなっている。

 


 「次はあの歩兵部隊を攻撃だ。残弾がなくなるまで銃撃し続けろ」

 

 カジムントは次の命令を出すと、目標に向かって自機を降下させた。戦線のやや後ろにある農道をゆっくりと進んできている〈王国〉軍歩兵部隊、今度はそれを狙うつもりだった。

 トラックの荷台の中にいる敵歩兵たちは小銃での迎撃を試みたが、それがカジムント機を捉えることはない。セレス港で遭遇したような名射手など、そうそういるものではないのだ。

 

 「さようならだ」

 

 カジムントは口癖を呟くと、機首に装備された2寸(約30 mm)機銃のトリガーを引いた。機内で射撃音が鳴り響き、太い火箭が目標のトラックに伸びていく。

 トラックは次の瞬間には大爆発を起こし、無数の機械と人体の破片を撒き散らして四散していた。どうやら畜霊器に命中したらしい。

 ついでにアディブ兵曹も別のトラックに向かって旋回機銃を発射し、荷台に乗っていた〈王国〉軍歩兵をバラバラの肉塊に変えた。

 続いて2番機以降が降下し、1機につき最低1両のトラックを銃撃で破壊していく。

 

 


 「上空に敵機だ。一旦集合しろ」

 

 カジムントはそのまま次のトラックを攻撃するつもりだったが、そこに上空で状況を監視している中隊長機からの命令が来た。遅ればせながら、〈王国〉空軍機がやってきたらしい。

 

 「了解」

 

 カジムントは応答すると、自機を上昇させた。

 左斜め上を見ると確かに、〈帝国〉の96式戦闘機とは異なる形状の機影が目に映る。大根のような形状の胴体にテーパーがかかった短い主翼を持つ機体。〈王国〉空軍のシグル戦闘機だ。

 

 だがシグルたちがカジムント所属の中隊に向かって突っ込んでくることは無かった。その遥か手前で、細長い胴体と長い楕円形主翼を持つ戦闘機たちが立ちはだかった為だ。〈帝国〉空軍の96式戦闘機である。

 

 (勝負にはならないだろうな)

 

 カジムントは殆ど憐れむような眼で敵のシグル戦闘機たちを見た。


 〈帝国〉空軍は開戦初日に〈王国〉軍主力戦闘機のシグル1型戦闘機を鹵獲し、飛行テストを行っている。その結果は「ほぼあらゆる面で96式戦闘機に劣る」というものだった。

 速度性能こそ大差はないものの、上昇力や運動性能では96式戦闘機が大幅に優っていたのだ。

 しかもシグルには高速で旋回を行うとスピンやフラッターを起こすという悪癖があり、戦闘機動を行うのは困難とまで評価された。

 他にも全般的に視界が悪い、コクピットが窮屈で各種機器やスイッチの操作が難しい、無線機の性能が致命的に低いなど、ありとあらゆる欠点が報告されている。要は欠陥機に近い代物だったということだ。

 

 実際開発元の〈諸侯連合〉空軍では、採用から1年も経っていないシグル1型をもうお払い箱にしていた。

 シグル1型は〈王国〉や衛星国にダンピング価格で売りつけ、自軍には改設計(事実上の新設計)したシグル2型を配備していたのだ。シグル1型とはそれほど酷い飛行機だったということである。

 

 まあそんな調査結果など無くても、シグル1型が低性能な機体であることは〈帝国〉空軍の中で知れ渡っていた。

 〈帝国〉空軍は開戦前から95式攻撃機の偵察型を使って、〈王国〉への偵察活動を行っていた。その一部は〈王国〉空軍に発見されてシグル1型の追跡を受けたのだが、撃墜された機は無かったのだ。

 攻撃機を迎撃できない戦闘機など、存在価値自体が疑わしい。

 

 シグル1型がこんな代物になったのは、恐らく動力源たる霊動機のせいだと〈帝国〉空軍は分析している。

 シグル1型に搭載されている霊動機は、額面上では素晴らしいスペックを持つ。出力こそ1570馬力で96式戦闘機の1710馬力より劣るが、代わりに容積と重量が7割に抑えられているのだ。出力重量比が遥かに大きいということである。

 飛行機の重量や前方投影面積はかなりの部分が霊動機で決まる。霊動機が額面上の性能さえ出せば、シグル1型は傑作機になってもおかしくなかった。

 

 しかし現実のシグル1型は、より大きくて重い96式戦闘機に劣る飛行性能しか出せなかった。

 理由は単純で、霊動機がカタログスペック上の性能を発揮しなかったからである。1570馬力だった筈の霊動機は、実際には1200馬力程度の出力しか出せなかった。どうやら設計に工作技術が追いつかなかったらしい。

 そして1700馬力級戦闘機と1200馬力級戦闘機では、少々機体重量や空気抵抗に差があろうと、前者が飛行性能で優って当然である。

 

 加えて悲惨だったのは、シグル1型が高速以外に取り柄の無い機体として設計されていたことだ。

 ギリギリまで小型化された胴体、胴体後部寄りに設けられた背の低いコクピット、短い主翼等である。これらはいずれも、速度性能を最大限にする為の設計だ。

 こうした設計のお陰で、シグル1型は霊動機出力で500馬力優る96式戦闘機に匹敵する速度が出せたとも言える。

 

 しかしそれは言い換えれば、「馬力の割には速いという以外に特長が無い」ということでもあった。速度以外の性能では圧倒的に96式戦闘機が優っており、空戦では勝負にならなかったのだ。

 


 敵機のパイロットたちはそのシグル1型20機前後を以て、30機以上の96式戦闘機に戦いを挑もうとしている。勇敢さは認めるが、あれでは戦いにもならないだろう。

 せめてセレス港で少数鹵獲されたというシグル2型なら、96式戦闘機に対抗できたかもしれないが。

 

 カジムントが見つめる中、空戦は思ったような進み方をし、思ったように終わった。急上昇して高度を取った96式戦闘機が上空からシグルを攻撃し、最初の一撃で8機を撃墜したのだ。

 シグルは旋回によって射撃を躱そうとするが、殆どは無駄な抵抗に終わった。96式戦闘機はシグルを遥かに上回る運動性能を持っていたからだ。

 しかも驚いたことに、シグル1型は急降下性能でも96式戦闘機に及ばなかった。無理な軽量構造が祟って、一定以上の速度に達するとフラッターを起こすようだ。


 7機にまで撃ち減らされたシグル1型が遁走していくまで、八半刻とかからなかった。 

 


 「さてと皆、狩りに戻れ」

 

 中隊長機が命令してくる。そう、これは戦闘というよりは狩猟だった。反撃できない獲物を狩るだけの作業だ。

 

 (部下たちが慢心しなければいいんだがな)

 

 早速発見した敵戦車を銃撃しながら、カジムントはそんなことまで思った。

 今の所、〈帝国〉軍は連戦連勝している。しかしそれは〈王国〉空軍が機体性能でも機数でも劣っており、制空権をこちらが獲得しているからだ。

 彼らの背後にいる存在、〈諸侯連合〉軍はこんなに甘い相手では無いだろう。

 

 やがて2寸(約30 mm)機銃弾全てを撃ち尽くしたカジムントは帰路についた。

 眼下では見渡す限り一面に、〈王国〉軍車両の残骸が転がっている。焼けた鉄と血の臭気がしばらくの間、カジムントの鼻腔と口の中に沁みついていた。 

 

 




 タズハカ会戦の結果全体も、ほぼカジムントが見た通りだった。〈王国〉軍はタズハカ会戦に戦車2700両以上を投入したが、終了時に残っていた戦車の数は400両に満たなかったのだ。

 兵員の被害も酷いもので、戦闘に参加した12万人のうちで戻ってきたのは4万人以下という惨状を呈していた。〈王国〉軍の誇りであり虎の子であった3個戦車軍団は、タズハカ会戦で永遠に失われたのだ。


 対する〈帝国〉軍の被害は戦車171両喪失、死傷者1万人前後という軽いものだった。

 特に戦車の被害における差が大きいのは、戦闘後に戦場を支配していたのが〈帝国〉軍だったからである。〈王国〉軍は動かない戦車を自爆処分するか置き捨てて帰らざるを得なかったのに対し、〈帝国〉軍は損傷戦車を回収できたのだ。

 

 また〈王国〉軍の人的被害8万の半数以上が回復不能(戦死、捕虜)だったのに対し、〈帝国〉軍は永久損失に限れば2500程の被害しか出していない。

 ほぼ同じ文明レベルにある国の軍隊同士の対決とは思えない程に一方的な戦いとなったのが、このタズハカ会戦であった。

 

 

 なおこの戦いについて〈王国〉人の間では長らく、「〈帝国〉製兵器無敵論」とでも言うべき説が広まっていた。

 

 〈帝国〉軍は世界初の自動小銃である91式小銃を始めとして、96式戦車、95式自走砲等の強力な新兵器をタズハカ会戦に投入していた。

 対して〈王国〉軍は12年前に開発されたケラム戦車と、ボルトアクション式のゲレン小銃で戦わざるを得なかった。故に〈王国〉軍は惨敗を喫したというのだ。

 この説はある意味で〈帝国〉によっても都合が良かった為、その後数十年に渡って流布することになる。

 

 しかし真実は異なっている。

 

 まず96式戦車はタズハカ会戦に1両も投入されていない。〈帝国〉軍がタズハカ会戦に投入した戦車は11年前に制式採用された86式戦車(正確にはその後期生産型)であり、カタログスペック的には〈王国〉のケラム戦車と大差が無かった。

 確かに無線機や車内通信機の性能は、86式戦車の方が遥かに高い。しかし主砲の威力ではむしろケラム戦車の方が大きい位なのだ。

 

 だから「ケラムの砲撃は、十六半里(約250 m)からでも〈帝国〉軍戦車に弾き返された」というのは、ただの逸話である。ケラム後期型が装備する52口径4寸(約60 mm)砲は、その距離なら86式戦車の大抵の部分を貫通できる。

 この有名な逸話を残した〈王国〉軍戦車兵は余程運が悪かったか、実際には命中しなかったのを勘違いしただけであろう。

 

 

 次の95式自走砲は一応、タズハカ会戦で使われた記録がある。ただし、たったの80両程がである。

 この時期の〈帝国〉軍は意外なことに自走砲という兵器についてかなり無理解であり、それを「馬匹の要らない牽引砲」程度にしか考えていなかった。

 その為〈帝国〉軍は元々山越えの為に数を減らされていた95式自走砲を、各師団に少数ずつ均等に配備した。戦車部隊とともに集中投入するという発想は無かったのだ。

 そして80両程度の自走砲には、軍規模の激突を左右する力はない。

 

 タズハカ会戦を描いた絵画や両軍の宣伝写真には大抵、95式自走砲が登場するので誤解されがちな所である。

 この兵器はその一種異様な外見から、戦場画家や写真家の注目を否応なく集めた。結果、タズハカ会戦での〈帝国〉軍は95式自走砲を主力兵器としていたという誤った認識が、人々の間に広まってしまったのだった。

 

 

 最後に91式小銃であるが、この自動小銃は確かに纏まった数がタズハカ会戦に投入された。

 しかしこの時の〈帝国〉軍歩兵が装備していた91式小銃は、セミオートでしか撃てない初期型である。91式小銃は本来最初からフルオート射撃できる銃として開発されたのだが、初期型では何とその機能がオミットされていたのだ。

 フルオートで撃てるようにすると、未熟な新兵が乱射で弾を無駄遣いするのではないか。そんな余計な心配を〈帝国〉軍の高官たちが抱いた為だ。

 無論ボルトアクション式のゲレン小銃よりは速射性が高かったが、絶対的な差というよりは程度問題であった。

 


 では何がタズハカ会戦の勝敗を分けたのかと言うと、平凡な結論に落ち着く。〈帝国〉軍の圧倒的な航空優勢である。

 戦場の空は〈帝国〉軍の96式戦闘機が支配しており、しかも自走化されていない〈王国〉軍対空砲部隊は機甲部隊の動きに追随できなかった。その結果、〈帝国〉軍の95式攻撃機と94式重爆撃機は戦場を好きなように飛び回ることができたのだ。


 〈王国〉軍が失った戦車と火砲の大半は、〈帝国〉軍戦車との戦闘ではなく空襲で破壊された。

 また兵員についても似たようなことが言える。彼らの多くは〈帝国〉軍歩兵との銃撃戦で倒れたのではない。行軍中に空爆されるか、航空偵察が無いまま敵陣地への突撃を強いられて迫撃砲と機関銃の射撃を浴びたのだ。

 〈王国〉軍に不足していたのは陸上兵器の数や質というよりは、航空兵器におけるそれらであった。

 



 タズハカ会戦の後も東部国境戦役は続いたが、いずれの戦いもタズハカ会戦と大差ない結果に終わった。〈王国〉軍は自軍より数で優り、何よりも制空権を握っている〈帝国〉軍に敗北し続けたのだ。

 最終的にアテスク半島北東部にいた〈王国〉軍70万の大半が包囲され、殲滅された。〈帝国〉軍にとっては予想外の戦いだった東部国境戦役だが、蓋を開けてみれば大勝に終わったのだ。

 

 それはまた、「群青」作戦が遺漏なく進みそうだということでもある。少なくとも〈帝国〉軍上層部はそう考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ