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セレス港陥落

 リラ・カタン2等兵が95式攻撃機相手に絶望的な戦いを強いられていた頃、その南東にあるケラ海岸は数えきれない程の舟艇で埋め尽くされていた。〈帝国〉海軍陸戦隊が、ケラ海岸に人員と装備を揚陸し始めたのだ。


 「船が9に海が1といった所だな」

 

 地下壕の出入口から様子を眺めていたカセス・コッテス〈王国〉海軍中将は、絶望とも感嘆ともつかない呻きを発した。

 海岸に向かってくる〈帝国〉軍上陸用舟艇、及びその後方の揚陸艦や火力支援艦は、そう言いたくなるほどの数だったのだ。

 これまで「巨大」という漠然とした言葉だけで表現されていた〈帝国〉の国力、それを初めて生の現実として突きつけられた思いだ。

 

 「あれだけ哨戒機が飛び回っているようでは、こちらの砲は撃てて数回でしょうな」

 

 隣の参謀が寝不足で隈ができた眼を擦りながら言った。

 〈帝国〉軍の艦隊と船団の上には、数十機の飛行機が常時張り付いている。88式哨戒機と呼ばれる機体だ。

 複葉で固定脚という古めかしい外観の機体で、飛行機としての性能は大したことが無いという。要は中等練習機の実戦仕様とでも言うべき代物で、別に高い性能を狙って作られている訳では無いからだ。

 

 だが飛行機としては旧式の88式哨戒機は、現在の〈王国〉海軍にとっては恐るべき脅威だった。

 あの機体は恐らく、着弾観測機として活動している。沖合の〈帝国〉海軍戦艦部隊に〈王国〉側の砲やトーチカの位置、及び着弾結果を知らせているのだ。

 空襲からの復旧を進めていた〈王国〉軍陣地には、先ほどから巨弾の雨が降り注いでいる。参謀の言う通り、空襲で壊滅状態の〈王国〉軍砲兵部隊が戦力を回復しても、撃った傍から艦砲で潰されるだけだろう。 

 

 「畜生、こっちに戦闘機があれば、あんな哨戒機など容易に追い散らせるものを」

 

 隣にいる別の参謀が毒づいた。

 88式哨戒機の最高速度は105里刻(約420 km/時)だ。複葉機としては速い方だが、流石に単葉戦闘機とは比べるべくもない。

 戦争が始まってもいないうちから性能不足が指摘されていた〈王国〉海空軍のシグル1型戦闘機でも、88式哨戒機には余裕で勝てるだろう。

 

 しかし現実として、今セレス港上空を飛んでいるのは〈帝国〉軍機だけだった。昨夜と今朝の空襲によって、セレス港の〈王国〉軍機は一掃されてしまったからだ。



 また〈帝国〉軍はセレス港空襲と並行して、〈王国〉全体に大規模な航空撃滅戦を仕掛けてきた。のべ3000機以上の〈帝国〉軍機が〈王国〉主領土のアテスク半島に来襲し、飛行場を中心に爆弾の雨を降らせたのだ。

 特にセレス港があるアテスク半島南東部の被害は甚大で、全ての飛行場が何らかの被害を受けた。中には空挺部隊に占領されてしまった飛行場もある。

 故に現在の〈王国〉空軍には、セレス港救援に飛ばせる戦闘機が無い。〈帝国〉軍の88式哨戒機が跳梁するのを、ただ見ているしかないのが現状だった。

 

 なお〈王国〉には空軍戦闘機隊の他に海軍の空母艦載機隊があり、合計して80機程の戦闘機が配備されていた。

 これが手元にあれば非常に役だったはずだが、彼らも今や失われていた。

 今朝の戦闘で空母どころか艦隊ごと〈帝国〉海軍に拿捕されるという、〈王国〉近代海軍始まって以来最大の醜態を晒したからだ。今頃〈帝国〉海軍は歓喜に沸いているだろう。

 

 

 (所詮は二流海軍だったのだろうな。我々は)

 

 コッテスは自嘲した。

 コッテスは以前から、セレス港の位置が〈帝国〉本土に近すぎることを懸念していた。国境から見た〈帝国〉軍攻撃機の行動圏内に、セレス港はあったからだ。

 コッテスとしてはもっと南方に、艦隊と航空隊の主力を移動させるべきだと考えており、海軍上層部にそう意見を具申もした。

 

 だが海軍上層部はこの意見を無視した。彼らはセレス港に〈帝国〉の海空軍が襲来したとしても、致命的な事態が起きる前に迎撃準備は可能だとしたのだ。

 潜水艦による哨戒網と地上の霊波探知機があるので、〈帝国〉軍の接近は早期に察知できる。それから艦隊を出港させるなり、迎撃機を上げるなりすればいいのだと。

 一理はある見解だったので、コッテスはそれ以上言わなかった。

 

 それに現実問題として、〈王国〉海軍主力を収容・整備できる軍港はセレス港しか無かったことも、コッテスの南方移動案にとって不利だった。

 艦隊というものは母港から出すだけで膨大な出費がいるし、母港を離れれば徐々に消耗していく。つまり艦隊を本気で南に移そうとするなら、そこに新たな港を建設する必要があるのだ。

 そこまでして艦隊を動かすべきかは、コッテスとしても確信が持てなかった。

 新たに港を作るより、その費用で軍艦を作った方が抑止力が大きい。海軍内部で主流だったこの意見にも頷ける部分は大きいと、当時のコッテスは考えていたのだ。

 

 

 しかし自分の認識は全く以て甘かったとコッテスは思う。

 セレス港に集中されていた〈王国〉軍艦隊、及び海軍航空隊は結果として、籠に詰められた卵のように〈帝国〉軍に叩き潰された。

 これは数百機単位での夜間空襲という、〈帝国〉軍の新戦術が優れていた為でもあるだろう。

 

 だが根本的には自分を含めた〈王国〉海軍自体の問題であると、コッテスは思っていた。

 

 〈王国〉海軍は正面戦力こそそれなりに揃えていたが、近代海軍としては致命的な弱点を抱えていた。

 軍艦の数を揃えることに拘るあまり、後方支援艦艇や陸上設備、訓練などが疎かになっていたのだ。

 

 大型艦の建造・整備ができるドックがセレス港にしか無い。

 補給艦や工作艦といった艦種が配備されておらず、艦隊を長時間行動させることができない。

 燃料と弾薬の不足で兵員の訓練ができておらず、練度が非常に拙い。

 こうしたないないづくしの状態で、〈王国〉海軍は戦争を迎えた。


 他に港があれば、艦隊を〈帝国〉軍攻撃機が飛んでこない場所に避難させることができただろう。

 或いは補給艦と工作艦があれば、事前に艦隊を洋上に出しておくこともできたかもしれない。

 もっと訓練状態が良ければ、戦艦を擁する艦隊が〈帝国〉軍水雷戦隊に負けるという無様を晒すことも無かっただろう。

 

 

 しかし今更それらを嘆いた所でどうしようもないことも、コッテスは知っていた。〈王国〉海軍は規模の小さい一流海軍ではなく、規模の大きい二流海軍を自ら指向したからだ。

 国力の小さい〈王国〉にとって、巨大な〈帝国〉海軍を凌駕する質・量の海軍を持つのは不可能。ならば量だけでも揃え、〈帝国〉海軍への抑止力とする。

 戦争が起こってしまった場合は、〈帝国〉海軍に昼間の接近戦(将兵の練度差が比較的出にくい)を挑み、相打ちに持ち込む。

 〈王国〉海軍とはこうした戦略の元に作られた組織である。


 なお誰も〈帝国〉海軍が昼間接近戦に乗らなかったらどうするかという疑問は発しなかった。

 昼間接近戦以外に勝ち筋が無い以上、それ以外のことを考えても仕方がない。近代〈王国〉海軍はそんな空気の中で編制されたからだ。

 相手が強すぎる以上、第2案以降を考える意味はないとされ、昼間接近戦のみを考えた装備・訓練大系が〈王国〉海軍では連綿と維持された。

 最も分のいい賭けに全振りする。そんな発想で〈王国〉海軍は作られたのだ。

 

 しかし賭けの結果は最悪だったと、コッテスは認めざるを得なかった。

 〈帝国〉は夜間空襲と潜水艦・水雷戦隊による夜襲という、〈王国〉海軍が考えても見なかった戦法を取った。昼間接近戦しか考えていなかった〈王国〉海軍艦隊はこの戦法に全く太刀打ちできず、セレス港沖合で集団降伏を強いられたのだった。

 



 そしてセレス港鎮守府の運命も旦夕に迫っていた。〈帝国〉海軍はケラ海岸に設置されていた機雷原を掃海艇で突破し、白昼堂々と上陸用舟艇を乗り上げさせている。

 セレス港鎮守府には陸戦隊もいるが、制海権と制空権を握っている〈帝国〉軍相手に勝てるとは思えない。コッテスたちが身を潜めている自然洞窟に、〈帝国〉軍が突入してくるのも時間の問題だろう。

 

 「仕方ないな。行くか」

 

 コッテスは呟きじみた命令を発した。

 本来なら哨戒機が飛んでいない夜間に出撃したい所だが、夜になるのを待っていればセレス港全域が〈帝国〉軍の手に落ちる。不本意ながら、昼間に出撃せざるを得ないだろう。

 

 「そうですな。行きましょう」

 

 着任してからずっと性格が合わず、コッテスと対立ばかりしていた首席参謀が頷く。昨夜も航空隊の出撃を巡ってコッテスと議論を戦わせた人物だが、今回は意見が一致したようだ。

 

 「やれやれ、どうせ突っ込むなら戦艦でやりたかったですな」

 

 別の参謀が苦笑する。その言葉でコッテスは今一度、〈王国〉海軍が本来指向していた昼間の艦隊決戦を思い浮かべた。

 〈帝国〉軍の大艦隊に向かって突入する〈王国〉軍戦艦部隊、立ち並ぶ砲撃の水柱と敵艦撃沈の報告、自分がもっと有能な指揮官であればあり得たかもしれない未来。

 

 しかし今やそれは夢の中にしか存在しなかった。〈王国〉軍戦艦部隊は全て撃沈されるか、〈帝国〉軍に降伏している。コッテスの手元に残っている戦力は、足元のちっぽけな舟艇だけだった。

 

 この舟艇はその名をシュルペ雷撃艇と言う。要するに航空機用霊動機を搭載した高速ボートで、2本の3尺(約54 cm)魚雷を懐に抱えている。

 ちなみに装甲はなく、極めて脆い兵器だ。夜間の島影に隠れて敵輸送船が通りかかるのを待ち、雷撃を加えて逃げる。それが本来の用途であり、正面切って戦うことなど想定されていないからだ。

 実際、戦況が許すなら、コッテスとしてもシュルペを輸送船への夜間襲撃に使ったことだろう。

 或いは少なくとも鉄道線が生きているなら、鉄道で南部に逃がした所だ。南部の方が海岸線が複雑で島も多く、シュルペ雷撃艇の性能を生かしやすいからだ。

 

 だが戦争とはままならぬものだった。〈帝国〉軍は〈王国〉側が想定するより遥かに早く、ケラ海岸に橋頭保を設置しつつある。 愚図愚図していてはシュルペの出撃基地自体が占領されてしまうだろう。

 また南部に艇と乗員を逃がすことも不可能だった。セレス港に繋がる鉄道線はどこも切断されるか、或いは〈帝国〉軍空挺部隊に占領されている。鉄道による移動はできないということだ。

 そしてシュルペには、独力で南部の基地に移動できるような航続距離も航法能力も無い。であれば敵艦攻撃の為に今出撃させるしかないと、コッテスは判断した。〈帝国〉海軍に対し、シュルペ雷撃艇による昼間強襲をかけるのだ。

 


 なおこの命令を発したとき、コッテスはシュルペの乗員が素直に従うかを心配していた。

 〈王国〉海軍というのは歴史的に見ても、戦意旺盛な軍隊とは言い難い。今朝〈帝国〉海軍への集団降伏という恥辱を晒した艦隊主力などはその象徴だ。

 しかも開戦以来の連戦連敗で、軍の士気と司令部への信頼度は地に落ちていると思われる。


 その〈王国〉海軍軍人が、殆ど自殺行為に等しい命令を遂行してくれるだろうか。コッテスはそう危ぶんでいたのだ。


 実際シュルペの出撃基地にコッテス及び参謀たちが乗り込んだ時、隊員たちが発した言葉は「督戦でもしにきたのですか?」という敵意に満ちたものだった。

 最後の実戦部隊であるシュルペ雷撃艇部隊に出撃命令を出した後、コッテスたち司令部は降伏するのではないか。シュルペの乗員たちはそう疑っていたらしい。

 

 だがコッテスが「共に戦いに来た」と告げると、彼らは破顔一笑した。その言葉が聞きたかったとばかりに酒保からくすねたと思しき肉の缶詰を盛大に開け、基地に隠していた酒を勧めてきたのだ。

 下士官兵のことには疎いコッテスも、これが彼らなりの最上のもてなしであることは理解できた。

 貴族や大商人出身の艦隊指揮官たちと違って平民出身の彼らは、いい意味での〈王国〉気質、豪放な勇敢さを備えていたようだ。もっと早く、彼らのことを知っておくべきだったかもしれない。





 シュルペの霊動機が始動を始め、細身の舟艇たちはコッテスが乗る艇を先頭に洞窟から出た。まず見えたのは太陽の眩しさ、そして夥しい数の敵艦隊と上陸用舟艇。

 

 (あの巡洋艦を狙うか)

 

 コッテスは目標を定めると、他の艇に乗っている参謀たちに手振りで別れを告げた。そのまま操縦手に方向を指示する。

 そこには艦砲射撃の為に、海岸ギリギリまで接近している巡洋艦がいた。およそ1200尺(約216 m)級の大型巡洋艦だ。差し違えるには悪くない相手だろう。

 

 操縦手が了解の頷きを発すると艇を一気に増速させる。コッテスが乗るシュルペの船体は矢のように、敵巡洋艦目掛けて突進した。他のシュルペたちも、思い思いの方向に突撃している。

 

 (まるで短艇競走だな)

 

 コッテスはふと、現在の状況にあまり相応しくない情景が脳裏を過るのを感じた。士官学校時代を思い出したのだ。

 

 〈王国〉海軍士官学校では学生たちの体力や団結心を高める目的で、短艇と呼ばれるボートを使った競走がよく行われていた。

 10代の頃のコッテスは仲間とともにちっぽけな短艇を苦労して漕ぎながら、やがて乗るであろう戦艦や巡洋艦に思いを馳せていたものだ。結局コッテスの軍歴は陸上勤務ばかりで、戦艦にはとうとう乗れずじまいだったが。

 

 コッテスが乗っているシュルペ雷撃艇の細長い船体や滑るような動きは、その短艇競走に使われるボートによく似ていた。もちろん大きさに違いはあるが、戦艦や巡洋艦の巨体と比べれば誤差のようなものだ。

 結局自分の軍歴はボートの上で始まり、ボートの上で終わるらしい。

 


 不意にコッテスはシュルペの船体が振動するのを感じた。見ると見張り員兼機銃員が、シュルペに装備された1寸半(約22.5 mm)機銃を撃ち始めている。

 その曳光弾の先には〈帝国〉軍の識別標識を付けた複葉機が飛んでいた。上空を遊弋していた88式哨戒機がシュルペに気付き、駆けつけてきたらしい。

 

 操舵手もほぼ同時に88式哨戒機に気付き、霊動機出力を増減させながら艇を左右に動かした。銃撃を避ける為の基本的な操縦テクニックである。

 

 続いて触れれば届きそうなほど近くに、小さな水柱群が走る。88式哨戒機が機首機銃を撃ち始めたのだ。

 曳光弾の太さから見るとどうやら1寸(約15 mm)級だ。こちらの機銃より口径は小さいが、装甲の無いシュルペの船体を引き裂くには十分だろう。

 


 コッテス艇を攻撃してきた88式哨戒機は一旦飛び去って行ったが、上空からは別の哨戒機が次々と舞い降りてきている。

 その更に上空からは92式艦上戦闘機と思われる単葉機も降下してきた。どうやらコッテスの艇を発見した機が無線で知らせたらしい。

 まともな機上無線機を持たないまま戦争に突入してしまった〈王国〉海軍とは異なり、〈帝国〉海軍は単座戦闘機でも搭載・運用可能な小型無線機を配備しているということだ。

 コッテスとしては最後の最後まで、自国と〈帝国〉の技術差を見せつけられた思いだった。

 

 「夢のまた夢だったか」

 

 思わず自嘲の呟きが漏れるのをコッテスは感じた。

 〈王国〉海軍が構想していた昼間接近戦は、彼我の航空戦力が優勢ないし拮抗していることを前提とした戦法だった。

 空母艦載機隊と陸上機部隊が連携して〈帝国〉軍空母艦載機隊に挑み、少なくとも〈帝国〉側の観測機と対艦攻撃機が活動できない状況を作る。続いて戦艦による近距離での殴り合いを挑む。

 そうすれば相打ちには持ち込めるかもしれない。こういった算段の下で、〈王国〉海軍は作られてきたのだ。

 

 しかしそんな考えは甘すぎたようだ。昨夜から今日にかけて現実の〈帝国〉空軍や海軍航空隊を見たコッテスはそう認識せざるを得なかった。


 たとえ昨晩の夜襲が無く、昼間決戦に持ち込めたとしても、惨敗という結果は変わらなかっただろう。

 機上無線を持たない〈王国〉軍航空隊が、霊波兵器運用に長けた〈帝国〉軍航空隊に勝てるとは到底思えない為だ。

 

 〈王国〉軍航空機は艦隊同士の戦闘が始まる前に一掃され、戦場の空は〈帝国〉軍機が支配。その後〈王国〉軍艦隊は、観測機の支援を受けた〈帝国〉軍艦隊によって遠距離砲戦で殲滅される。或いは単に対艦攻撃機によって撃破される。

 〈王国〉海軍が夢見た〈帝国〉海軍との艦隊決戦は、そんな形で幕を閉じた可能性が極めて高い。実際にはその決戦自体が成立しなかったのだが。

 



 悲鳴が上がり、視界に赤と黒と白が飛び散った。続いて機銃の発射音が聞こえなくなる。

 詳細は見なくても分かる。機銃手が敵機、ちょうど今上空を飛び去って行った88式哨戒機に射殺されたのだ。

 

 コッテスは一瞬瞑目すると、肩から腰にかけての位置で分断された機銃手の遺体を海に投げ落とした。海の青に赤が混ざったのが見えたかと思うと、すぐに視界から消えていく。


 コッテスは続いて戦死した機銃手に変わって機銃のハンドルを操作し、発射レバーを引いた。1寸半曳光弾が上空の敵機めがけて舞い上がっていく。

 しかし88式哨戒機は急旋回し、コッテスの射弾を悠々と回避した。古色蒼然とした外観の機体は、コッテスを嘲笑するように陽光を反射しながら上昇していく。

 


 次にコッテスは、首席参謀が乗るシュルペ雷撃艇のいた位置に閃光が走るのを見た。衝撃波が顔を叩くのを感じる。

 魚雷、もしくはシュルペ雷撃艇自体の畜霊器に機銃弾が命中したのだろう。 

 

 これを皮切りにしたように、シュルペ雷撃艇たちは次々と被弾していった。

 単に外板を引き裂かれて沈んでいく艇もあれば、首席参謀が乗っていた艇のように大爆発を起こす艇もある。

 爆発を起こした艇の閃光はすぐに濛々とした白煙に代わり、風に乗って〈帝国〉軍艦隊に向かって流れていった。あたかも、掴みかかろうとしているかのように。

 


 続いてコッテスは途轍もなく巨大な鈍器で胴体を殴打されたような衝撃を覚えた。どうやら機銃弾を数発喰らったようだ。

 衝撃はすぐに耐え難い激痛に変わる。息を吐き出そうとしたが、口から溢れてきたのは鉄の臭いがする生暖かい液体だけだ。 

 視界が白い閃光に覆われ、続いて黒の斑点に蝕まれていく。心臓が鼓動するごとに、全身から生命力が流れ出していくのを感じた。

 

 足元が濡れていたが、それが流入してきた海水なのか自らの血なのかさえ、今のコッテスには判別が付かなかった。いや、もうそんなことはどうでもいい。

 


 全身が海水に浸かり、意識が完全に黒で覆い尽くされる刹那、コッテスは残った僅かな視界の片隅に魚雷命中を示す白い水柱が生じるのを見た。

 それが現実なのか願望が見せた幻覚なのかを知る前に、カセス・コッテス〈王国〉海軍中将は戦死した。


 





 結論から言うと、コッテスが見たものは幻覚では無かった。コッテスが乗るシュルペは雷撃の機会を得ることなく撃沈されたが、たった1隻だけ雷撃に成功したシュルペがいたのだ。

 このシュルペは〈帝国〉軍巡洋艦〈トレスト〉に向かって1里半(約6 km)先から魚雷を発射している。魚雷艇による雷撃の距離としては遠い方だが、艦砲射撃の為に速度を落としていた〈トレスト〉は回避できなかったのだ。

 

 1本目の魚雷は〈トレスト〉の尾部に命中し、スクリューと舵を吹き飛ばすとともに船体に大穴を開けた。

 ほぼ同時に命中した2本目の魚雷は艦のちょうど中央を抉り、7番霊動機及び11番畜霊器を破壊している。


 この中で特に甚大だったのは最後の損害だった。畜霊器に封じ込められた膨大なエネルギーが一気に放出され、魚雷の弾頭に詰められた炸薬を上回る規模の大爆発を引き起こしたからだ。

 不運にも中央にいた〈トレスト〉の乗員は、目の前の艦内隔壁が巨人に蹴飛ばされたように吹き飛ぶ様子を、今際の光景として見ることになった。

 その一瞬後には彼らの肉体は無数の金属片に混ざりあう形で四散し、硝薬と金属の臭いを含む海水とともに艦底に沈んでいく。


 応急長はすぐさま両舷停止及び生き残った隔壁の閉鎖を命じたが、それが遂行される前に〈トレスト〉は膨大な量の海水を呑み込んでいた。

 艦は大きく左に傾斜する形で沈下しながら、死にかけた生き物が寄ろばうように惰性で前進していく。

 


 生き残っていた乗員たちは続いて、艦全体がヤスリにかけられているような不快な音を聞いた。浅海面を航行していた〈トレスト〉の左側底部が、船体の沈下に伴って海底に接触したのだ。

 この接触によって〈トレスト〉の船体には、魚雷命中で開いた穴とは比較にならない程の大穴が形成された。

 結果として〈トレスト〉は更に沈下を続け、波が殆ど甲板を洗う程になった所でようやく停止した。

 完全な沈没を免れたのは、皮肉にもさっき接触した海底面が船体を支えてくれたお陰である。


 〈トレスト〉は後に工作艦によって引き上げられるが、修理には約8か月を要している。

 

 この巡洋艦〈トレスト〉大破がセレス港攻略作戦において〈帝国〉軍が受けた、最大の物的損害であった。

 なお作戦全体の人的損害については死傷4000名余という集計が後に出ている。初動では全くいい所が無かったセレス港の〈王国〉軍だが、後半は意地を見せたと言えた。

 

 




 しかしこうした損害を考慮してもなお、〈帝国〉軍のセレス港攻略作戦はほぼ完璧に成功した軍事作戦であった。

 やはり緒戦で同地の〈王国〉海空軍殲滅に成功したのは大きく、空挺部隊も陸戦隊もほぼ自由に行動できたのだ。


 その結果。

 

 「まさか無傷で確保できるとはな」

 

 〈帝国〉海軍第4艦隊司令官セティア・レイ中将は、自分が目の前にしているものを見て信じられない思いだった。


 セレス港の船着き場、荷下ろし用クレーン、ドック、発霊機施設。それら港湾設備全てが何の損傷も受けないまま、〈帝国〉軍によって接収されようとしている。

 〈王国〉軍はこれらを破壊する予定だったらしいが、破壊用の爆薬が入っていた弾薬庫は〈帝国〉空軍の爆撃で破壊された。 

 〈王国〉軍は慌てて予備弾薬庫から別の爆薬を取り出そうとしたが、その前に〈帝国〉軍空挺部隊が到来。予備弾薬庫を占領した。

 結果、港湾設備は無傷のまま〈帝国〉軍の手に落ちたのだった。陸戦隊工兵部隊が苦労して仮設港を作るまでもなく、〈帝国〉軍は本物の港を手に入れてしまったのである。

 

 「全くですな。〈王国〉軍はついでに土産物まで残してくれましたし」

 

 副司令官のコボロス少将がセティアと同じ表情を浮かべた。

 南西方面艦隊はケラ湾の浜辺に放置されていたシグル戦闘機とゼードラ双発戦闘爆撃機多数を鹵獲している。どうやら離陸後に全ての飛行場が破壊されたせいで胴体着陸を余儀なくされ、そのまま遺棄されたものらしい。

 特にシグル戦闘機は〈諸侯連合〉空軍主力機の2型であると判明しており、〈諸侯連合〉空軍の実力を確認するまたとない機会であった。

 

 (しかも)

 

 セティアは旗艦〈アズメト〉の艦橋から、セレス港を見つめた。巨大な箱型の構造物を、陸戦隊が取り囲んでいる。

 あの中にはシグル戦闘機以上の「お宝」が眠っていた。

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