絶望的対決
リラ・カタン2等兵はこの世に神はいない、或いはいたとしても自分の味方ではないことを悟った。
戦車の撃破に満足して立ち去ってくれることを願っていた95式攻撃機が、こちらに向かって降下してきたからである。
「銃撃をかけるつもりだな」
フェンディル・ガレット兵曹が敵機の機動を見て唸った。急降下爆撃にしては降下角度が浅い。あの動きは恐らく、機首機銃による銃撃の為だというのだ。
敵機の機動からそこまで見抜けるとは、流石下士官だとリラは思ったが、同時にそんなことが分かっても意味がないとも思った。
敵機がどちらの攻撃法を取った所で、自分たちが死ぬことに変わりはないではないか。
「戦闘機は、味方戦闘機は来ないのか?」
リラの隣ではイゾ・ヨーディク1等兵が喚き散らしている。微かに異臭がするのは、彼が失禁した為らしい。
リラは練兵場での偉そうな態度との落差に呆れ果てたが、特に揶揄はしなかった。もうすぐ死ぬ人間同士で貶め合っても仕方がない。
なお彼が言う味方戦闘機であるが、来る筈がないとリラは推測していた。トラックでの移動中、リラは空を飛んでいる味方航空機の姿を一度も見ていない。代わりに航空基地だった場所から大量の黒煙が上がっている様子は嫌と言うほど見た。
多分〈帝国〉空軍機の大群が開戦と同時に殺到し、〈王国〉軍航空機は地上で一掃されてしまったのだろう。
だからリラは味方機が来援に来てくれることを願いも祈りもしなかった。そんなものに縋るのは、ただの神頼みと大差ない。
代わりにリラはずしりと重い銃を伏せ撃ちの形で構えると、照準器にずれが無いかを素早く確認した。一応、最後まで足掻いてやるつもりだった。
リラが持っている銃は設計者の名にちなんでゲレン小銃と呼ばれている。このゲレンには2つのタイプがあり、1つ目はガレットやヨーディクが持っている短型。そしてもう1つが、分隊選抜射手のリラが持っている長型である。
と言っても両者に設計上の違いは殆どない。違いは銃身の長さと照準器だけであった。ゲレン長型はその名の通り銃身が長く、照準器の作りがより複雑かつ精巧にできているのだ。
なおしばしば勘違いされることであるが、ゲレン小銃の中で最初に作られたのは、〈王国〉軍兵士の大多数が装備している短型ではない。
ゲレン技師はあくまで長型を本命と考えており、短型を改悪品と呼んで嫌っていた。弾薬の性能に合致した性能を持つのは長型であり、銃身の短い短型は威力でも弾道特性でも劣っていたからだ。
しかし設計者の意に反して、軍が主力小銃として採用したのは短型であった。
銃身の長い長型はトーチカ内や塹壕内で取り回しにくいという苦情が、銃を渡された試験部隊から出たからである。国境地帯での陣地戦を基本戦略とする〈王国〉軍にとっては深刻な問題だった。
また長く精密な銃身と高性能な照準器を持つ長型は、〈王国〉の国力では量産しにくいのではないかという意見まで国防省から上がっていた。
ゲレン長型小銃は「銃」として見ればとても優れていたが、国情も考慮した「兵器」としては微妙な製品だったのである。
一方の短型は狭い場所でも扱いやすく、生産性も高い銃として高評価を受けていた。
こうしてゲレン技師自身の評価とは裏腹に、〈王国〉陸軍は短型の方を主力小銃として採用した。ゲレン技師はこの決定を聞いて大いに嘆いたという。
ただ彼にとって救いとなったのは、ゲレン長型小銃の価値を認める者が皆無では無かったことだ。威力と命中率が高いこの銃は〈諸侯連合〉や〈帝国〉で射的競技や狩猟の愛好家に好まれ、〈王国〉にとっては貴重な外貨獲得源になっていた。
特に〈帝国〉の猟師に愛用され、弾薬ともども同国に大量輸出されていたのは、現在の両国間関係を考えれば皮肉な話ではあるが。
また一度はゲレン長型小銃を蹴った〈王国〉軍だが、その後に少数であるが軍の制式装備として採用すると、ゲレン技師に通達した。
確かに長くて前線で扱いにくい銃ではあったが、狙撃兵の装備としては使えそうだと判断されたのだ。
その後狙撃兵部隊だけではなく一般部隊でも、1個分隊に1-2丁程度のゲレン長型小銃が配備されるようになった。分隊選抜射手の武器としてである。
分隊選抜射手は〈王国〉軍特有の兵種で、敵の小部隊指揮官や軽機関銃兵などを射殺するのが任務だ。その分隊選抜射手が持つ銃として、有効射程が長いゲレン長型小銃は最適だったのだ。
こうした経緯により、分隊選抜射手のリラはゲレン長型小銃を腕に抱えている。リラはこの銃を頼りに、95式攻撃機に立ち向かうつもりだった。
(まあ戦いになるかも怪しいけどね)
リラは照準を合わせながら自嘲した。
ゲレン長型小銃には一応、空中の目標を射撃する為の対空照尺がついている。しかしこの対空照尺は敵の観測機を追い払う為の装備で、双発攻撃機との対決など想定されていない。
最高速度60里刻(約時速240 km)程度の観測機を撃つのと、地表付近でも速度130里刻(約時速520 km)に達する攻撃機を撃つのでは難易度が段違いだ。
また仮に命中したとして、半寸(約7.5 mm)弾1発で頑丈な〈帝国〉軍機が落とせるとは思えなかった。
だがリラはそれ以上考えなかった。どんなに非力であれ、自分には戦う為の手段が与えられている。ならばそれを使って最善を尽くすのが、リラの生き方だった。
敵兵の1人が小銃を構える様子を、ダート・カジムント〈帝国〉空軍中尉は憐れむような眼で見た。〈王国〉軍にも勇敢な兵がいることは分かったが、その武器が小銃ではどうにもならないだろう。特にこの95式攻撃機が相手では
95式攻撃機は94式重爆と同じ18試中爆計画から生まれた、言わば妹である。比較的小柄な機体に現在の〈帝国〉で最強の2080馬力霊動機を搭載し、高速重武装を実現するという設計思想も同じだ。
また機体構造も、95式攻撃機は94式重爆とほぼ同様だった。
コクピットと畜霊器が入った前部胴体、それに霊動機支持架を含む主翼内翼部を鋼製の外板兼装甲板とし、一体成型の繭(正確には複数の部品を最中合わせで組み立てる)にした構造である。
この構造は胴体前部から内翼までの外板を一体構造とするので軽量・頑丈、かつ生産にかかる工数も少なかった。
18試中爆計画で要求された、四半里(約1 km)先から発射された1寸半(約23 mm)弾に耐えられる防御力を実現し、なおかつ高速で飛べるようにするにはこれしか無かったとも言える。
なおこの一体成型方式であるが、難点ももちろんある。
まず1枚の鋼板を複雑な形に切り出して成型する必要があるので、高度な金属加工技術は必須である。また防弾鋼板が外板を兼ねているので、錆を防ぐ為の高品質塗料も必要とされる。
こうした問題は〈帝国〉の高い技術力のお陰で何とかなったが、どうしようもない欠点として、整備のしにくさがあった。
何しろ一体構造なので、例えば霊動機の重整備や交換の為には内翼と前部胴体の上部を丸ごと外す必要があるのだ。
他にも防弾鋼板兼外板に大きな傷や凹みがついた場合、やはり丸ごと外して交換する必要がある。
お陰で95式攻撃機や94式重爆の整備部隊は、機体規模を考慮してもやたら大規模かつ重機材を揃えたものとなった。生産工数が少ないことによる機体価格の安さの大部分が、整備費で打ち消されていると言われる所以である。
だが整備員はともかく、カジムントのような搭乗員にとっては95式攻撃機はありがたい機体だった。頑丈で撃墜されにくいのはもちろん、事故を起こしたときの生還率も高い(頑丈な「繭」より、機体の他の部分が先に潰れる為)からである。
実際カジムントは一度訓練中に、95式攻撃機での着陸事故を経験したが、機体は大破するも乗員は全員無傷だった。あれが18試中爆計画の第1案、装甲の無い大型双発機だったら、カジムントたちは殉職していただろう。
また昨晩行われた敵飛行場への夜間攻撃でカジムント機は〈王国〉軍が撃ち上げた機関銃弾数発を被弾したが、受けた「被害」は塗料が多少剥げただけだった。95式攻撃機とは、それくらい頑丈で生存性に優れた飛行機なのだ。
更にこの機体は武装も強力だった。機首に2寸(約30 mm)固定機銃2丁、胴体上部と下部にそれぞれに1寸(約15 mm)連装機銃塔2基が搭載されているのだ。
特に機首の2寸機銃は非常に強力で、戦車を含むあらゆる陸上兵器を破壊可能だ。その95式攻撃機に、敵兵は小銃1丁で立ち向かおうとしている。哀れさを通り越して滑稽さを感じさせた。
「さようならだ。勇敢な敵兵さん」
カジムントは2寸機銃の発射ボタンに手をかけながら、地上の敵兵を嘲笑した。ボタンを押した瞬間、敵兵は粉々になって消し飛ぶ筈だった。
不快な衝突音が響き、目の前の防弾ガラスが振動したのはその時だった。1回だけではない、間隔を開けながら2回続けて響く。
「な、当てやがった!?」
信じがたい出来事に、カジムントは一瞬絶句した。小銃というものは敵兵や車両などを撃つのに使う武器で、飛行している航空機を狙うことなど想定されていない筈だ。
しかし現実に、カジムント機のコクピット防弾ガラスには弾痕が2つ刻まれていた。
所詮は小銃弾なので防弾ガラスを砕くほどではないが、命中したことに変わりはない。あの敵兵は、どうやら恐るべき射撃技量の持ち主だったようだ。
だが愕然としていたのは一瞬だった。カジムントは素早く、2寸機銃の発射ボタンを押した。
戦車の上面装甲すら貫通する徹甲弾の雨が、敵兵に向かって降り注いでいく。地表に土煙、そして赤い飛沫が飛び散るのをカジムントは確認した。
「よしよし、これで……」
カジムントが呟いた瞬間、今度は尾部から鈍い衝撃が伝わってきた。言うまでもない。被弾である。
「生きてやがったか」
カジムントは顔をしかめた。2寸機銃弾の雨は敵兵の大多数を肉片に変えたようだが、先ほどカジムント機コクピットに小銃弾を直撃させた名射手は生き残っていた。
その敵兵が再び、カジムント機を射撃したのだ。
(どうする、再攻撃するか?)
カジムントは上昇する機体の中で考え込んだ。あのような名射手を生かしておけば、今後味方にどんな被害を及ぼすか分からない。面倒だが確実に仕留めておくべきだろうか。
しかし機を旋回させようとしたカジムントは顔色を変えた。方向舵が効かない。レバーをどちらの方向に倒しても反応しないのだ。
「機長、ワイヤーを切られたみたいです」
後部機銃手兼偵察員を務めるユトン・アディブ航空兵曹が慌てたような口調で言った。先ほど命中した銃弾が方向舵を操作する為のワイヤーを切断し、故にカジムント機は横方向の操縦が利かなくなっているというのだ。
「やりやがったな」
カジムントは呻いた。まさか狙ってやったとは思えないが、敵兵の銃弾は重装甲の95式攻撃機の僅かな急所を的確に撃ち抜いていったのだ。
「仕方ない。基地に戻るぞ」
カジムントは舌打ちしながら伝えた。方向舵が効かなくても一応機体は動かせるが、その動きはどうしても粗くなる。繊細な方向操作が必要な対地攻撃をやるのは困難だ。
またあまり認めたくないことだったが、カジムントの中には敵兵に対する恐怖が芽生え始めていた。
あの敵兵はほんの僅かな射撃時間でコクピットに2発、尾部に1発を命中させた。もう一度攻撃すれば、今度は撃墜されるのではないか。そんな恐怖をカジムントは感じていたのだ。部下の手前、口にすることはできないが。
「まだ敵兵は残っておりますが」
「そんな死にぞこないは放っておけ。機を無事に帰還させる方が優先だ」
建前と本音を巧みに入り混ぜながら、カジムントは言った。こうしてカジムントの小隊は「敵戦車1個中隊及び随伴歩兵を撃破」の戦果報告とともに、〈帝国〉南西部へと帰還していった。
リラ・カタン2等兵は遠ざかっていく敵機を見ながら呆然と立ち尽くしていた。
どうやら生き残ったらしいと、しばらく経ってから気付く。敵弾は奇跡的にリラを逸れていったらしい。
だが爆弾孔の中は惨憺たる有様になっていた。
フェンディル・ガレット兵曹もイゾ・ヨーディク1等兵も死んだ。より正確に言えば粉々になって消えた。リラは硝煙に塗れたボロボロの肉片に混ざった階級章から、彼らの死を確認できただけだ。
他にも手足と頭部を失ったトルソーや、いかなる力が働いたのか縦に2つに割られた人体が、孔の中に複数散乱している。僅かに蠢動している赤黒い塊は、持ち主の身体から引きちぎられた内臓だろうか。
「何でだよ? 何でこんなことになったんだよ?」
リラは放心したようにその言葉を繰り返した。自分は精一杯やった。小銃1丁で敵攻撃機に立ち向かい、何発かは確実に直撃させた。それなのに。
(みんな、死んだ)
その言葉がリラの脳裏を埋め尽くす。孔の中に隠れていれば助かる。そう思っていたリラの見通しは甘かった。95式攻撃機が放つ大威力の機銃弾は地面を貫いて爆弾孔に飛び込んできたのだ。
またリラが放った射撃も同じく何の役にも立たなかった。確かにコクピットに命中したはずなのに、敵機は何事も無かったかのように銃撃を続けた。
リラの咄嗟の判断も射撃の腕も、95式攻撃機に対しては全く無意味だったのだ。猛禽に攫われる小動物のように、リラが所属する分隊は狩られた。
突然、赤く染まった爆弾孔の中から人影が立ち上がった。リラは反射的に銃口を向けたが、すぐに降ろした。敵である筈が無いと気付いたのだ。
「こ、小娘。生きてたのか?」
血と泥に塗れた人影は咳き込みながら言った。その声と眼の色から、リラは彼の名前を思い出した。ゾイト・カセティス2等兵。さしていい印象はない。イゾ・ヨーディク1等兵とともに、リラへの苛めによく参加していた人物だ。
「はあ、この通り生きております」
リラは自分でもそう思うほどに間の抜けた声で答えた。してみると、自分は少なくとも自身を含めて2人の生命を救うことには成功したようだ。
どうせならもっとまともな人物が生き残っていればより良かったのだが。
「そ、それでどうするんだ? 小娘?」
カセティスは途方に暮れた様子で言った。この期に及んでもまだその綽名というか蔑称を使うかとリラは思ったが、すぐにそんなことを言っている場合ではないと気付いた。
自分たちが持っているのは僅かな乾パンと水だけだ。さっさと味方と合流しなければ飢え死にである。
「まず通信機を探します。ついてきてください」
リラは血で滑る爆弾孔から這いだしつつ言った。冷静に考えればリラより4歳年上で、入隊したのも2か月早いカセティスが指示を出すべきではないかと思うが、それを口に出しはしなかった。
リラは一応小銃を構えながら、破壊された戦車の所に向かった。もしかしたら、まだ生きている通信機があるかもしれない。




