リラ・カタンの戦争
リラ・カタン2等兵は貨物のようにトラックの荷台に詰め込まれ、輸送されていた。車列の行先は知らされていないが、大体の検討はつく。セレス港である。
〈帝国〉軍機の大群と大艦隊がセレス港に来寇したという話は、既に無線放送と新聞で流れていた。現地の〈王国〉軍は、空挺降下及び上陸してきた敵軍を相手に勇戦していると。
(ということは、苦戦中なのだろうな。もしかしたら、もう負けているのかもしれない)
リラは半ば投げやりな気分だった。状況が優勢であれば、各情報媒体は「敵軍を撃破」、「〈帝国〉軍を追撃中」等と喜び勇んで報道する筈だ。
それが「勇戦」とだけ報道されているということは、戦況についておおよその推測はつく。セレス港の〈王国〉軍は〈帝国〉軍を撃退できていないのである。
自分が乗る軍用トラックの列は、そのセレス港の方向に向かっていると、方向感覚のいいリラには分かった。多分現地の〈王国〉軍は既に大損害を受けており、リラたちはその穴埋めに投入されるのだろう。
「全員下車、ここからは戦車に跨乗して移動する」
リラの推測は、次に来た命令でほぼ確信へと変わった。戦車をここでトランスポーターから降ろすから、リラたちはその上に乗って移動しろというのだ。
「おいおい正気か? 何でそんなことするんだよ?」
リラと一緒に班を組むイゾ・ヨーディク1等兵が困惑と呆れが混在した口調で呻いた。
戦車というのは長距離を走るのに適した乗り物ではないし、ましてや上に歩兵を載せて運ぶものでもない。その禁忌を敢えて冒すとはどういうつもりかと、ヨーディク1等兵は言いたいのだろう。
リラは黙っていた。ヨーディクと違ってリラには理由の推測が付く。多分この先の道路が〈帝国〉軍の爆撃で破壊され、装軌車両(履帯で走る車両)以外の車両が通行できなくなったのだ。負け戦ではよくあることである。
しかしそんなことをヨーディクに説明する義理はリラには無かった。ヨーディクは普段リラを嫌っていた、というか露骨に苛めの対象にしていたからである。
リラが射撃訓練でヨーディクを遥かに上回る成績を収め、故に2等兵ながら分隊選抜射手に選ばれたのが許せなかったらしい。
それからは指導と称してリラを殴打したり皆の前で侮辱したりが、ヨーディクの日課となっている。全く以て小人物だとリラは思うし、そんな人間に何かを教えてやるつもりもなかった。
「おい、小娘! 何を黙ってにやにやしている?」
しかしヨーディクはもはやお馴染みの蔑称とともに向こうから絡んできた。こんな人物でも1階級上なので、無視する訳にもいかない。リラは仕方なく説明した。
「恐らくこの先の道路が破壊されたのだと思います。戦車は舗装道路で無い場所も走れますが、トラックはそういう訳にはいきませんから」
「……ああそうか」
ヨーディクは一瞬だけ感心したようだったが、すぐに怒りの表情に変わった。1等兵の自分が2等兵のリラより無知だったという恥の感情が、瞬時にリラへの憎悪に転化したらしい。
「それじゃあ何で、俺たちはトラックで運ばれてたんだ? こういう場合を考えて履帯のついた輸送車両を作っておけば、わざわざ戦車の上に乗らずに済んだんじゃないか?」
ヨーディクがリラの返答に対して質問の名を借りた難癖を付け始め、リラは内心で呆れ果てた。
一応〈王国〉軍に1年以上いる筈なのに、そんなことも分からないのだろうか。
「装軌車両は値段が高いからです。数を揃えられません」
リラはほとほとうんざりしながら答えた。履帯で走る輸送車両を作ること自体は、技術的に可能だ。戦車を製造できる国ならどこでも、作ろうと思えば作れるだろう。
しかし問題は価格であった。装軌車両は装輪車両より、製造費も維持費も遥かに高い。大量に作ればその輸送車両自体が軍予算を食い潰してしまい、輸送すべき兵器や弾薬の調達ができないという本末転倒な事態になる。
だからリラたちは軍用トラックで運ばれていたのだ。トラックなら民生用のそれと大部分の部品を共有でき、価格が安上がりで済むのである。
ちょうど今のように、道路が破壊された場合に走れないという重大な欠点はあるが。
「ふん」
ヨーディクは憤然とした様子で黙り込んだ。これ以上の口論は勝ち目が無いと判断したようだ。
トラックから降りたリラは、隣の戦車に設けられた手摺に掴まると、身体と武器をその上に引っ張り上げた。もちろんヨーディクも一緒である。
他の兵も続々とトラックから降車し、トランスポーターから降ろされた戦車に乗っている。何も知らない人間から見れば、割と勇壮な光景に見えるだろう。
全ての兵が跨乗し終わった後、戦車たちは轟音とともに走り始めた。
乗り心地はもちろん最悪である。軍用トラックもさして乗員の居住性に配慮した乗り物ではないが、それでも一応人間が乗ることを前提に作られている。
対する戦車は上に人間を乗せることなど想定されていない。背骨が砕けそうな縦振動と、悪意を持って振り落とそうとしているかのような横揺れが、リラの身体を揺さぶった。
戦車の駆動系が目的地まで持ち堪えたとして、乗っている自分たち歩兵の方はどうなるのだろう。そんな考えがリラの脳裏をよぎった。全員が疲れ切り、行軍や戦闘などできない状態になっているのではないだろうか。
不意に悲鳴が上がり、続いて何かが砕ける音が聞こえた。振り返ると道端に、軍服を着た人間の上半身だけが絶叫しながら転がっている。彼の下半身だったものは、後続の戦車の履帯に絡みついていた。
何が起きたかは聞くまでもない。落車した歩兵がすぐ後ろを走っていた別の戦車に轢かれたのである。
「……あの、止まらないんですか?」
同じ戦車に乗っている2等兵の1人が恐る恐ると言った口調で、分隊指揮官のフェンディル・ガレット兵曹に質問した。
彼の言う通り、戦車群は傍らで起きている陰惨な状況など無かったかのように進み続けている。或いは見て見ぬふりをしながらと言うべきか。
「どうせあいつは助からん。死体の回収より目的地への到着が優先だ」
ガレットがかぶりを振った。これが平時の訓練なら即座に演習中止が命じられる一大事だが、今は戦時だ。タイムスケジュールを守ることが何より優先されるというのだ。
(あの人は僕と同じ初等学校を出たと言っていたな)
まだ戦闘が始まってもいないうちから「戦死」にカウントされてしまった兵。彼の断末魔の顔を見てしまったリラは、不意にそんなことを思い出した。
そう言えばリラへの苛めを傍観はしていたが、加担まではしていなかった人物だ。あれは同郷の好だったのかもしれない。名前は、ああ思い出せない。
「て、敵機来襲! 敵機であります」
味方戦車に轢き潰された兵の名前をリラが思い出す前に、さっきの2等兵が絶叫する。
見上げると4機の双発機が飛んでいた。開戦前から何度も見ていた飛行機、〈帝国〉空軍の95式攻撃機だ。
数瞬後、無数の爆竹が弾けるような音が鳴り響いた。閃光が走り、硝煙が鼻を突く。
リラが跨乗している車両を含む戦車隊が、機銃を95式攻撃機に向かって撃ち始めたのだ。
「戦車の奴ら。無駄弾を撃ちやがって」
それを見たガレット兵曹が顔をしかめながら言った。戦車に搭載されている機銃は敵歩兵を追い払う為の装備であり、飛行機に向かって撃ってもまず当たらない。こんな射撃は貴重な弾薬をただ無駄遣いしているだけだというのだ。
案の定、95式攻撃機は撃墜されるどころか、怯んだ様子さえ見せなかった。神経をかきむしるようなプロペラ音とともに、こちらへと一直線に向かってくる。
「ぶ、分隊長殿! 逃げ…… いや戦車から降りないと」
「愚か者! 今は走行中だぞ。飛び降りたら脚を折って、さっきの奴みたいに轢き殺されるだけだ!」
今度はヨーディク1等兵が叫び、ガレット兵曹が即座に怒鳴り返す。これは全く以てその通りだろうとリラも思う所だ。
「それに動いている戦車に向かって飛行機から爆弾を落としても、そうそう当たりはせんよ」
ガレット兵曹がそう言い終わった瞬間、95式攻撃機の1機が太い筒のようなものを投下するのがリラには見えた。
筒は空中で弾けたかと思うと、数十の細長い塊に変わる。塊たちは先頭を走る戦車を包み込むように落下し、一瞬の光とともに爆発音と白煙を撒き散らした。
そしてリラは見た。その戦車に跨乗していた歩兵たちが弾けて神隠しのように消え、続いて戦車全体が炎に包まれるのを。
「……当たりましたね」
「ああ」
ヨーディクが呆けたような顔で言い、ガレットが顔を引き攣らせながら頷いた。
次いでリラは全身が慣性の力で引っ張られるのを感じ、必死で手摺を掴んだ。先頭の戦車がやられた為、他の戦車も衝突を避ける為の急停止を余儀なくされたのだ。
一瞬後、さっきと同じ爆発音が今度は後ろから聞こえた。リラは不快な柔らかさを持つ何かが首筋にへばりついたのを感じ、反射的にそこに手をやった。
黒みがかった赤色の塊、人間の肝臓の破片だった。慌てて振り払う。「それ」が飛んでいった先には、戦車の砲塔だったものが転がっていた。
「戦車が止まったからには降りましょう。次は僕たちがやられます」
リラは血を拭いながら、自分でも奇妙に思える程冷静な声で言った。
敵機が取った行動は航空機による対地攻撃の常道そのものだ。まず先頭車両を破壊して車列を停止させ、次に最後尾の車両を攻撃して後退をも不可能にするのだ。後は停止した車両たちを順繰りに叩いていく訳である。
このまま戦車の上に乗っていれば、リラたちはすぐにさっきの肝臓の持ち主の後を追うことになるだろう。
リラは皆の返答を待たずに重い銃と背嚢を投げ落とすと、その隣に飛び降りた。脚を挫きそうになるが、何とか体を地面に転がすことに成功した。
低くなった視界の隅に旋回中の95式攻撃機が見える。綺麗な4機編隊を組んでおり、練度の高さが伺えた。
「お、おい小娘! 待て! 逃げるな!」
「馬鹿野郎! 貴様もさっさと小娘に続くんだ!」
リラを引き留めようとしたヨーディク1等兵がガレット兵曹に怒鳴られている。その声を後ろにリラは銃と背嚢を抱えると、よたよたとした足取りで脇にある道路のあちこちに開いた爆弾孔に向かって走った。
あの穴の中に入れば、少なくとも破片を浴びずに済む。
すぐにガレットとヨーディク、並びに他の分隊員たちも穴に駆けこんできた。
最後の1人が駆けこんできた刹那、巨大な爆発音とともに無数の金属片と肉片が頭上を抜けていった。95式攻撃機が戦車に向かってあの奇妙な兵器を一斉投下したのだろう。
戦車に跨乗していた歩兵の一部が素早く道路の爆弾孔に逃げ込んだのを、ダート・カジムント〈帝国〉空軍中尉は確認した。
もっとも、本当に一部だけである。大多数の歩兵は戦車もろとも、カジムントたちが投下した新兵器、2号集束爆弾で吹き飛ばされた。
2号集束爆弾とはその名の通り、大量の2貫(約12 kg)爆弾を詰め込んだコンテナである。
投下されるとコンテナは空中で弾け飛び、36発の2貫爆弾が一定の範囲に落下するようにできている。戦車の上面装甲は薄いので、一定以上の高度から投下すれば2貫爆弾でも十分に致命傷を与えることができるのだ。
なおこの2号集束爆弾であるが、実は元々対地攻撃用に作られた兵器という訳では無い。原型はそもそも航空爆弾ですらなく、十数年前に海軍が対潜用に開発した新型爆雷であった。
爆雷攻撃の命中率の低さに悩んでいた当時の海軍は、爆雷を1発ずつ投げ落とすのではなく、敵潜水艦がいそうな場所に一斉投射してはどうかと思いついた。大型の爆雷を1発落とすより、小型の爆雷を大量に投げ込んだ方が命中率が高いのは、誰にでも分かることだからだ。
こうして海軍は、コンテナに詰めた小型爆雷を駆逐艦や哨戒艦の艦首に設けられたカタパルトから射出する研究を始めた。コンテナは射出後に空中で自壊し、内蔵された36発の小型爆雷が円を描く形で海中に落下していくのだ。
この新型爆雷は実験で好成績を示し、今から約10年前に86式爆雷として制式採用された。
海軍は続いて空母艦載機に搭載できる空中投下型の86式爆雷2型を開発し、空軍にも一部を引き渡した。沿岸部の対潜哨戒は〈帝国〉では空軍の任務だったからである。
こうして海軍謹製の新兵器を渡された空軍であるが、当初は86式爆雷2型に大した興味を示さなかった。
空軍は対潜作戦用兵器として全く別の機材を開発中であり、所詮は旧来の兵器の延長線上にある新型爆雷を大々的に使うつもりが無かったのだ。
「繋ぎの兵器としては割と優秀」、とある空軍高官のこの言葉が86式爆雷2型への評価全てを物語っている。
しかし86式爆雷2型は思わぬ所で再評価を受けることになった。86式爆雷の子弾となる小型爆雷は7寸(約105 mm)迫撃砲弾を改造したものなのだが、その点が対地攻撃を研究していた士官の眼に止まったのだ。
これを航空機から敵地上軍に向けて投げ落とせば、7寸迫撃砲36門の斉射と同じ効果を発揮するのではないか。彼はそう考え、86式爆雷2型の地上投下実験を行った。
結果は予想以上だった。空中から投下された86式爆雷2型は、投下地点の敵歩兵部隊に対して破壊的な効果を持つことが証明されたのだ。
他にも空軍本来の任務である航空撃滅戦において、地上待機中の敵航空機群を一斉破壊するにも有効であることが判明。最初は無視されたも同然だった86式爆雷2型は2号集束爆弾の名を与えられ、一躍空軍の主力兵器の一角を占めることとなった。
そしてカジムント達が示したように、2号集束爆弾は移動中の車両への攻撃にも極めて有効だった。これまでの対地攻撃手段を、全て過去のものとする程に。
1880年代まで〈帝国〉空軍は車両への攻撃法として急降下爆撃と下向き斜め銃による銃撃を検討していたのだが、この2つにはそれぞれ問題があった。
まず急降下爆撃の方であるが、この爆撃法は命中率こそ極めて高かったものの、独特の問題があった。高い操縦技能を必要とする上に、敵戦闘機や地上砲火に対して極めて脆かったのだ。急角度・低速で一定軌道を描いて降下するのだから当然である。
急降下爆撃隊の演習では事故が日常茶飯事だった上、対空砲側写真銃による判定では常に2割以上の被撃墜率が出た。3回出撃しただけで戦力が半減してしまうのだ。
しかもこれは味方制空権下を前提とした話であり、そうでない場合の消耗率は5割を超えるとも言われていた。
長期戦を考えた場合、とても許容できる損耗では無い。空軍はそう判断し、急降下爆撃を短期決戦時の非常手段としてのみ採用することにした。
次に空軍が期待をかけたのが、下向き斜め銃による銃撃である。航空機胴体下部に斜め下向きに機関銃を搭載し、地上に向かって撃ちおろす形で射撃するのだ。
要求される操縦技能は少なくとも急降下爆撃よりは低かったし、攻撃中に敵機に襲われた場合にも逃げやすかった。
だが下向き斜め銃には別の方向からケチがついた。爆弾を搭載できなくなるというのだ。下向き斜め銃の装備位置は、必ず機体の重心付近でなければならない。そうしないと射撃時の反動で機体の挙動が狂うからだ。
しかしその重心付近というのは同時に爆弾を積む場所でもあるのだ。下向き斜め銃を搭載すれば、当然ながら爆弾を搭載する為の場所がなくなる。下向き斜め銃装備機は、事実上の対地銃撃専用機となってしまうのである。
そのような専用機を開発するつもりは、流石の〈帝国〉空軍にも無かった。まあ斜め銃の発想自体は後の対重爆戦に生かされるので、全くの予算の無駄遣いという訳でも無かったが。
このような迷走を続けた〈帝国〉空軍を救ったのが、2号集束爆弾だった。
この爆弾が持つ「面」への制圧能力は、所詮「点」や「線」に過ぎない従来の対車両攻撃を過去にした。〈帝国〉空軍はようやく、有効な対地攻撃手段を手に入れたのだ。
その威力は今、カジムント達の翼下で現出していた。主要道路脇の疎林を走行していた14両の戦車全てが直撃弾を受け、炎上している。その周辺では跨乗歩兵たちが文字通りの意味で散り散りになり、赤黒い斑点として地面を汚していた。
(まあ今回は、爆弾の性能以前の問題だがな)
カジムントは続いて思った。2号集束爆弾による攻撃は一瞬で1個中隊相当の敵戦車群を殲滅したが、別に2号集束爆弾で無ければ上げられなかった戦果という訳では無い。
普通の爆弾による攻撃、或いは95式攻撃機の機首に装備された2寸(約30 mm)機銃による銃撃でも、同じ戦果は上げられただろう。
制空権を持たない軍の地上部隊が、対空砲部隊も伴わずに移動するというのは、それ自体が自殺と同義なのだ。
「中尉、あいつらはどうしますか? 爆弾はもうありませんが」
後部機銃手兼偵察員のユトン・アディブ航空兵曹が、伝声管越しに声をかけてきた。
敵部隊が正確に言うと全滅した訳では無いのは、カジムントも確認している。跨乗歩兵のうち20人ほどが素早く、道路上に開いた孔に逃げ込んでいるのだ。
その敵歩兵をどうするのかと、アディブは聞いてきているのだった。
「一応止めを刺しておくか」
カジムントは答えた。たかが20人の敵歩兵だが、ここで情けをかければ後で味方を1人位は殺す可能性がある。完全に後顧の憂いを絶ってしまうべきだろう。




