告白が決定的
伊奈沙織との出会いはまさに運命的であった、と笠松悟は思っている。
笠松はついこの前、高校に入学したばかりである。
しかし、今まで肩を並べられたことがない程に優秀であり、他者への興味を失いつつあった。
そんな笠松が人生において始めて出会った自らよりも優秀な伊奈に運命を感じ、同じ部活へ入ったのは当然といえよう。
笠松は二人しかいない哲学部の部室の中で、長机を挟んで座る伊奈を盗み見た。
伊奈は高校の三年生であり、すらりと背が高く、勢いのある清流のような綺麗な瞳が色白で静かな顔によく似合う少女である。
伊奈は手元の本のページをめくると、口を開いた。
「ねぇ」
その、千里眼のような真っすぐな目に見つめられて、笠松は急いで目を逸らす。
「なんですか?」
「心と体って繋がっていると思う?」
「んー、どうでしょうね」
そう言って、顎に手を付けた。
笠松が入部してから二週間、伊奈との会話はいつも突然始まり、内容も的を射ない。しかし、笠松はそんな会話が好きであった。天才の会話は抽象的であると思っていたし、自分たちだけが通じ合っているような背徳感があるからだ。
少し悩む素振りをしてから笠松が言う。
「俺は繋がってないと思いますよ」
「なんで?」
「心が温かい人は手先が冷たい、とかって言うじゃないですか。だから、繋がってないのかなぁって。伊奈先輩はどう思うんですか?」
「私は繋がってると思う」
「なんでですか?」
「だって、心の暖かい人の目元はいつだって暖かいもの」
伊奈はそれだけ言うと、時計をチラリと見て部室の鍵を手に取った。
「そろそろ、時間だから帰ろう。鍵返してくる」
その声に笠松は少しの間、声に成れきれなかった空気を出してから、なんとか上ずった声を出した。
「あ、じゃぁ良かったら一緒に帰りましょう」
心臓のうるさい笠松に対して、伊奈は冷静に頷くと「じゃぁ、鍵返したら行くから昇降口で待ってて」、とだけ言った。笠松は内心笑顔になりながらも、何事もなかったように部室を出た。
***
笠松が新しい制服に慣れてきたその日も、伊奈が口を開いたのは突然だった。
「恋って何だと思う?」
「恋⁉」
「どうしたの、そんな驚いて」
「沙織さんがそんなこと言うの珍しいなって思って」
慣れた口で言う笠松に伊奈は持っていた本を閉じた。
「そう? それよりどう思う?」
そのまま、目を細めて笠松を見た。笠松は自分達の距離がそんな話をするまで縮まったことにほくそ笑みながらも、顎杖をつく。
「どうなんでしょ。俺も中学まではしたことなかったんで、んー」
伊奈は一度だけ深い瞬きをして、真っすぐに笠松を見る。
「この人ともっと一緒にいたい、って思うことじゃないですかね?」
そう、何か、自分の中を反芻するように、絞り出すように言う。
「じゃぁ、愛は?」
踏み込んだ問いに笠松は再度目を見開く。
「一生一緒にいても後悔しない、みたいな気持ちじゃないですか? 何かと理由付けて少しでも話したい、みたいな」
「なるほどね」
伊奈の目を見つめて言う笠原にそう、小さく頷いた。
「沙織さんはどう思うんですか?」
「私は、恋は言葉にする前に自分の中にあふれてくるものだと思う。言葉になんかできない気持ち。きっと、言葉なんかで変わるよう気持でも、関係じゃないの。もし、変わってしまうならそれは恋じゃない。偽物なんだよ。だから恋人っていうのはあんな神秘的なんだ」
笠原はどこか違う世界にいるようなまま、伊奈の方を見ている。
「愛は、多分あふれ出てしまった恋。自分だけじゃ抱えきれなくて、相手が必要なの。でも、どんどん湧き出てきて抑えきれなくて、きっとこれ以上なく寂しいんだと思う。だから、愛する人で愛人って書くんじゃないかな」
そこまで言って、伊奈は机の上に本をぽさ、と置く。
「ねぇ、付き合う?」
「…………え?」
「だから、付き合う?」
「え、いいんですか⁉」
伊奈は乾いたような冷たい笑みを返した。
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