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一日目 終わりの始まり 4

 美香が時間に来ないのはいつものことなので、誰も特に文句も言わない。

 葵が騒ぎ、俺が茶々をいれ、秀司が混ぜっ返して、貴子が苦笑する。当たり前の、いつもの光景。俺たちは特に何をするわけでもなく、いつもこうしていたんだ。

 理由もなく集まって、とりとめのない話をする。

 都会と違って娯楽の少ない俺たちの、ささやかな楽しみ。


「あっ! 美香だ! 美香ー!」


 そうやって時間を潰していると、不意に葵がその高い視点からいち早く美香を見つけ、大声で声をかける。俺たちも葵の視線を追う。

 まだアーチの下を歩いていた美香は、その大声にびっくりしたように一瞬立ち止まって、またゆっくりと歩き出す。決して走ったりしない。

 遅刻でも気にすることなく悠然と、美香は歩いて来る。


「おはよー!」


 堤防の下まで来ると、美香は明るい声を上げた。そのまま、スカートにもかかわらず登ってくる。

 上がってきた美香は、いつものふわりと軽く巻いた茶色の髪に、チェックのキャスケットを被っていた。それにあわせるように、服は薄いピンクのカットソーにデニムミニのスカートという組み合わせの上から、白いカーディガンを羽織っていた。


「おまたせー!」

「おまたせー、じゃないって。お前これで何回目の遅刻だ?」


 秀司が悪戯っぽく言うと、美香は悪びれもせず、言い返した。


「いいじゃない。男は待つのが役目よ、秀司」

「女もいるわよ」


 貴子が突っ込むが、美香は動じた様子もなく、ひょい、とビニール袋を俺に渡してくる。


「なーんで突っ立ってんの? はいこれ、みんなにお土産」


 袋の中を見ると、入っていたのはゴーフレット。神戸の有名なやつだ。


「美香、美香! また神戸行ってたの? いつ帰ってきたの?」


 葵が尋ねると、美香は今朝の電車で帰ってきたと答える。

 今朝だって?


「すっごい疲れたー。朝四時起きだよ、今日」


 大仰に言いながらも、美香の顔に疲れた様子はない。俺にはそれが、ひどく眩しい。

 神戸は美香の進路である、デザイン事務所がある。美香はそこに就職を決めてから、暇を見つけては通っている。

 俺たちの中で、一番普通の人間。俺たち以外のグループとも接点が色々ある、女の子らしい女の子、榊美香は――その見た目と裏腹に夢に向かって貪欲で、強い。

 そして、そんな女だが、俺たちの絆をとても大切に思っている。俺たちが集まる約束をすると、必ずやってくる。今日のように、かなりの無理を押してでも。

 それは、当たり前なのかもしれない。

 なぜなら、このグループができたのは――俺と、美香のためだったんだから。


「どしたの? 良介? この帽子欲しいの? 良介には小さいよー」


 眼の前で手をパタパタと振る美香は、どこまでもいつもと同じ様子で。

 それがやっぱり少し、寂しいのは、しょうがないだろう?

 あいにくと俺には、それを口に出す資格がないんだけどな。


「おーい。良介ー。まだ寝ているの?」

「えー! ひどいよ良介! ちゃんと起こしてあげたのに!」


 葵が立ち上がって憤慨すると、美香は葵を見てはしゃいだ声を上げた。


「あ、葵、髪型変えたんだー。かわいー」

「えへへー。似合う?」

「うんうん、すっごい似合ってる!」


 かしましい二人の会話を聞くとはなしに聞いていると、


「なにを考えていたか、当ててあげようか」


 二年前、俺たちのために必死で動いてくれたやつが、相変わらず視線を海に固定したまま、声をかけてきた。


「やめろ」


 俺は当然、拒否した。

 くっくっくっ、と声を抑えて笑う秀司を、とりあえず後ろからはたいておいた。

 さあ、最後の七日間を、はじめようか。




 全員がそろったので、俺と秀司は貴子を見た。


「んで、今日は何するんだ?」

「知らないわ」


 しかし、わがグループの頭脳から返ってきたのはそっけない返事だった。

 秀司が呆れた声を上げる。


「貴子が知らないって。じゃあ誰が企画してんの? 今日」

「葵と美香」


 端的な答えを得ることができたので、俺はその名前の持ち主たちに視線をやった。


「はいはいはい! そう! 今日はあたしプロデュース!」


 ビシッ! と手を挙げたのは葵だ。ぴょん、と堤防から砂浜へ飛び降りて、俺たちを振り返る。


「じゃじゃーん! 今日はビーチバレー!」

「いや、お前とやったら全身ミミズ腫れになるわ」


 俺は即座に突っ込んだ。全員がうんうん、と頷く。

 圧倒的多数で否決されたが、葵は不満の声を上げる。


「えー! ちゃんと加減するよー。大丈夫だって!」

「お前に加減なんて器用なことができるか」


 一刀両断にしてやった。またも全員が頷く。むー、と葵が唸るのを無視して、俺は美香に声をかけた。


「で、美香。お前は?」

「あたし? あたしは花火やりたいなー、って」

「まだ朝の十時だろうが」


 こいつも駄目だ。やりたいことを言ってるだけだ。

 貴子の存在がどれだけ貴重かを再確認した俺は、彼女に視線で問いかけたが、無視された。

 仕方ないので自分で仕切ることにする。


「まいっか。じゃあ適当にダベってようぜ、日が暮れるまで」


 俺の提案も大概ひどいものだと自分でも思うが、全員頷いてくれたのでよしとする。




「えー! 美香、毎週行ってるの?」

「ふっふっふー。実はあたしはできる女なのよー。と言っても、人手不足で雑用だけどねー」


 葵が驚いて大声をあげるのを、美香が明るく笑いながら返し、俺に話題を振ってくる。


「良介は? もう部屋決めたの?」

「ああ。つーか、狭い。そんですげえ高い。東京は異常だ、マジ」

「そうなのか? 俺のところは安いぜ」


 俺の文句に秀司が自慢げに言ってくる。そりゃお前は北海道なんだから、東京砂漠よりは安いだろうよ。秀司は春から北海道の大学に通う。そこの生物学部で、海の生き物の研究をすることになっている。

 この過疎の町で、いつか稼業の漁師を継げるように。この街に漂う倦怠感を吹き払う、何かを探しに行く。いつか秀司はそう言っていた。


「えー、いいなー! あたしは寮だよ!」


 葵が秀司に羨望の言葉を送る。いや、お前どうせほとんど寮にいないんだろ? 遠征とかで。

 葵は九州の大学でバレーボールを集中してやることになっている。スポーツ推薦だから当然だが、辞退したにも関らず再び手に入れたオリンピック候補の切符もあり、ほとんど大学には行かないはずだ。

 葵と秀司がぎゃあぎゃあと、日本の両端について話し始めたのを聞くともなしに聞いていると、いつの間にか美香が隣に座っていた。

 そのまま、小さく声をかけてくる。


「ねえ、良介。あたし仕事で東京行くこともあると思うんだー」

「おお、そいつはいいな。遊ぼうぜ」

「うんうん、もちろん……で、泊めてね?」


 俺は絶句した。あのなあ。


「お前、俺をからかっているだろ?」

「あれ、わかった?」


 悪びれずに舌を出す美香に、俺は言う。


「いくら友達だからって、そんなことばっかり言っていると、いつか襲われるぞ?」


 冗談で釘を刺したつもりだったが。


「良介以外には、こんなこと言わないよ?」


 見事にカウンターを貰った。いかん、美香の方が上手だ。


「ふふふ。赤くなってるよー」


 追撃。俺撃沈。

 ずぶずぶと沈んでいきたい気分になっていると、不意に視線を感じた気がして振り向いた。

 だがそこにいたのは、相変わらず海を眺めている、貴子だけだった。

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