五日目深夜 それぞれの想い
「ふう」
二人を玄関で見送って、わたしの口から漏れたのは溜息だった。彼女たちがあいつに好意、いや恋心を持っているのはもちろん知っている。
けれど、それならどうしてわたしのところに来たのだろうか。わたしは彼女達にとって、最大の障害のはずだ。楽園の中で、わたしは一番あいつに近い位置にいたのだから。
だったら、わたしとあいつが揉めたことなど、放っておけばいい。
楽園だって、もう終わるのだから。
わたしなら、放っておく。一番自分に有利な状況を作るために。
「バカね、二人とも」
感想を、口に出して呟いてみる。その声音に優しさしか込められないことに、あたしは苦笑した。
理由は、分かっている。
わたしも、バカだから。
結局二人の言葉に、心に押されてわたしは明日の計画に乗ってしまった。いつも計画を立てていたあたしじゃない、二人の大切な親友が立てた計画に。
それは、わたしには辛い結末を引き出すだろう。もちろんそれは、あいつを突き放したあたしのせい。
わたしが望み、あいつとの鎖を絶ったせい。
わかっている。
もちろん、わかっている。
だから、受け止めよう。明日、何が起きても。
それで受ける痛みは、あいつを痛めつけた、わたしへの罰なのだから。
家のドアに手をかけながら、何気なく見上げた空には、月が輝いていた。
できれば、太陽が見たいな。
柄にもなくそんなことを考えて、わたしは思った。
――ああ、やっぱり、わたしもバカだ。
貴子からのメールを読み終えても、俺は携帯を離さなかった。右手に握り締めたまま、息を深く吸って、吐く。
三回ほど繰り返して、画面を見つめる。ゆっくりと指を動かす。発信ボタンを押して、耳に当てる。
「はいはーい」
「よう」
相手はすぐに出た。俺は短く挨拶し、要件を告げる。
「話があるんだ。これから会えないか?」
「こんな時間に? 明日じゃダメなの?」
「明日じゃ遅いんだよな」
俺の返事に、電話口の相手は僅かに沈黙した。
「いいよ。でも、何の用?」
多分、わかって聞いてきているのだろう。相手はそんなに鈍いやつじゃないことを、俺は誰よりも知っている。
「みんな動いているのに、俺だけ動かないのはおかしいだろ?」
「あー、やっぱりそういうこと? 良介にはマイナスだね、それ」
俺もそう思う。引っ掻き回すことになるだけだ。けれど。
「あいつはいいって言ってたぜ?」
「うわー、何それ、サイテー」
相手の文句ももっともだ。けれど、それでも。
「まあ、あいつが何て言っても関係ない。これは完璧に、俺の問題だ」
俺は力を込めて言う。相手は沈黙して、続きを待っている。
最後の最後で、引っ掻き回すことになるだけだ。相手を、困らせるだけかもしれない。
けれど。それでも。
――伝えたい、想いがある。
「周りのことなんて関係ない。俺はお前がーー」
――この胸に、熱く、熱く、もうずっと。
「……会って、ちゃんと聞くよ」
相手の口調から、ふざけた調子が消えた。
「ああ、ありがとな」
待ち合わせ場所を決めて、通話を終える。
俺は俯くこともなく、ただ携帯をポケットに入れて、歩き始める。
力強く、前へ、前へと足を運ぶ。
俺の歩みは段々と速くなり、やがて駆け出した。
向かう先はもちろん、ただ一つ。
榊美香のいる場所へ。
いつか彼と話したファーストフード店で、あたしは彼を待っていた。甘い炭酸飲料を口に含むけど、何の味もしない。
彼の気持ちには気づいていた。
きっと、ここで話した時から、その気持ちを育てていってくれたんだと思う。
苦しかっただろう。辛かっただろう。
あたしは、けれど気づいて甘えていた。
それは、彼じゃない別の男の子を振り向かせるために、あるいはもう一度振り向かせるために必死だったから。余裕がなかったから。
でも全部、言い訳なんだ。
あたしも言い訳しながら、楽園で遊んでいたんだ。
だから、今更、なんて思う資格はあたしにはない。
ちゃんと、受け止めよう。答えを返そう。
それが、あたしのために苦しんでくれた彼に対してできる、あたしの精一杯なんだから。
「待ったか?」
声がかかった。見上げると、いつの間にか彼が来ていた。
息が、弾んでいる。
「外、歩かないか?」
けれどもそれを気づかせないように、平静を装って、彼は誘う。
「ここでいいよ」
あたしはそれを、否定する。凄く嫌な女の子だと思う。でも、そうしないといけない。
だってあたしは、嫌な女の子だから。
「いや、でもな……」
「場所を選ばなきゃ言えない程度の、決意なの?」
相手の逃げ道を塞ぐ。彼が息を飲んで、わかった、と頷いた。
なんて真っ直ぐな男の子。
笑い方も、喋り方も、目の合わせ方まで計算することのあるあたしとは大違い。
――きっと、釣り合わないよ。
そう思っても、もちろん彼は言ってくる。真っ直ぐに。
この最後の一週間で、あたしを含めたみんながそうするように。
楽園のために先延ばしにしてきた自分の気持ちに、一つの決着を。
「俺は、お前のことが好きだ。あいつじゃなくて、俺を見てくれ」
あたしはその彼らしいストレートな言い方に笑顔を浮かべた。
けれど、それであたしの心が彼に向くわけじゃない。
だって、あたしの頭を占めているのは、辻秀司じゃないから。
目を閉じて浮かぶのはいつも同じ顔。
ずっと傷ついてきて、弱くて、放っておけない。でもそれだけじゃない。
本当はとっても優しくて、友達想いの彼の顔。
ごめんね、とまず心の中で謝って――
あたしは答えを返した。
家に帰って、お風呂に入ってから、あたしは一人部屋に戻った。
携帯電話を見ると、もちろんモーニングコールにはまだ早い時間だ。
意味もなく携帯をいじってから、放り投げる。ほとんど音を立てずに携帯はベッドに落ちた。
「あーあ」
あたしがベッドに身を投げると、ぼすん、と音がした。
「結局あたしはピエロだね! しょうがないけどね!」
寝転がったまま、一人で愚痴を吐きこぼす。
そう、あたしはピエロだ。勝手に彼を好きになって、勝手に勘違いして、そして見事に振られた。
二人は、振られていないのに。まだ、選択肢の中にいるのに。
あたしは、焦って答えを求めて振られた。楽園の最後の一週間を、早い時点で台無しにした。
けれど、それももう終わる。一日を残して、明日で多分すべてに決着がつく。
美香が計画して、あたしは賛成した。
それで貴子を説得して、貴子は一つの情報をくれた。
それは多分、あたしにしかできない。
そう、美香にも貴子にもできない。
それは、彼の背中を少し押す、助けになると思う。頭の悪いあたしでも、想像できる。
でも、押す先は、あたし以外の二人の方向なんだ。
それがちょっと、悔しいし、悲しい。
視界が歪んで、泣きそうになっていることに気づく。
みっともないなあ、あたしって。
自分を馬鹿にして叱咤するけど、頬が濡れていく。枕に顔を押し付けて、しばらく無言でいると、一つの言葉が甦った。
――これからも友達としてよろしくね!
そうだ、あたしは確かにそう言った。負け惜しみの部分もあったけど、あの時心からそう思えたから、言ったんだ。
あたしはもう選択肢じゃない。
けれど、友達としてできることはまだあるはずなんだよね。
ねえ、そうでしょ? 良介。
「任せといて! あたしがきっちり、お膳立てしてあげるからね!」
一人そう叫んで、ベッドから勢いよく立ち上がる。
再び、頬を熱いものが伝った。
そして、あたしは決意する。
これを、最後の涙にしよう、って。
しばらく時間が過ぎ、その涙が止まった時、あたしは決意を込めて、スマホを手に取った。
時間はもう深夜を過ぎている。それでもすべてが終わるにはまだ、時間は残っていると信じて。
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