一日目 終わりの始まり 2
その辺に放り出してあったジーンズと黒色のTシャツを着てから、俺は朝食を作ることにした。
親戚から貰った煙牧場の手作りソーセージを朝から遠慮なく、がっつりと食べていると、ドアベルが鳴った。
ぴんぽーん。
その音を聞くなり俺は箸をテーブルの上において玄関にダッシュした。この瞬間、俺はマッハを超えたかもしれない。
「連打はよせ」
がちゃり、とドアを開けながら、そこにいるはずの人物に声をかける。
予想通り、そいつはそこで、今まさにドアベルを連打する体勢を取っていた。
ブルーのジーンズに白地に黒のストライプの半袖シャツを着た、こいつの名前は辻秀司。俺とは中学以来のつき合いだが、なぜかボタンを見ると連打したがる悪癖を持っている。
「おお、無茶苦茶速かったな。なんかスプリンターみたいになってきているぞ」
俺の玄関まで来るスピードに大げさに驚く悪友に、俺は悪態をついた。
「誰のせいだ、誰の? 朝っぱらからけたたましい音響かせるのは葵一人で十分だ」
その言葉に、秀司の顔がにやにやとしたものに変わっていく。
「ふーん。相変わらず甲斐甲斐しいなあ、あいつ」
「どういう意味だよ?」
「言葉通りだけど? わからんか?」
秀司の言葉も当然といえば当然だ。葵は約束のある度に絶対電話をかけてくる。
それがいつからだったか思い出して、俺は秀司に表情を見せないように回れ右をした。
「ま、とにかく。上がれよ」
「おう。コーヒーくれ」
「自分で淹れろ」
秀司も追及せずに軽口を叩いてくれる。無闇に引っ張らないのが、コイツのいいところだ。
ペーパーフィルターで二人分のコーヒーを淹れる間、俺は洗面所に向かった。
美香の言っていたやたら手のかかる髪形ではなく、ワックスをつけて適当にくしゃりとするだけの簡単な髪型だ。適当に指で捻りを入れて、素早くセットを終えると、秀司がコーヒーにミルクを入れていた。
俺は砂糖を少しだけ入れて、自分の席に持っていく。
「つか、今日何するんだ?」
向かいの席に座った秀司に言われてから気づいた。
俺も知らねーや。
「貴子から連絡ってなかったっけ?」
俺が尋ねると秀司は首を横に振った。
「なかった。いつもみたいにガチガチに固めないように気使ってるんだろ」
俺はなるほどな、と頷いた。あいつでもちょっとは気にするんだな。
感心している気持ちとは裏腹に、俺は軽口を叩く。
「あいつが固めてもどうせ美香と葵が引っ掻き回すだろ」
「まあな。そりゃそうだ」
二人して笑う。よかった。こいつとの会話はいつも通りだ。
俺が安心していると、秀司と眼が合った。
そして、わかってしまう。
秀司もほっとしていることが。
たぶん秀司にもわかっただろう。
「……参ったな」
「ま、しょうがねえさ」
俺たちは苦笑しあうと、後は無言でコーヒーをすすった。
三月下旬だし、微妙な雲なので、と俺はハンガーにかけてあったオフホワイトのパーカーを着て、自転車で走り始めた。通学にも使っている、ごく普通のものだ。
秀司も似たような通学用自転車ですぐ後に続く。
車はあまり走っていない。俺たちは段々とスピードを上げ、風を切って進んでいった。
俺たちの住む街、神津市は人口約八万人。いわゆる地方都市の一つだが、急速に過疎化が進んでいる。
直近の政令指定都市まで電車で一時間、と立地的に悪くはないのだが、終電の時間が夜十一時前と致命的に早い。しかも折からの原油高で地場産業である漁業も壊滅的な打撃を受けている。秀司の父親も漁師でありながら秀司が漁師を継ぐのに反対、というどうしようもない状況だ。
住み心地もあまりよくない。市の東側は海に面していて、マリンスポーツはそれなりに盛んだが、平野部の標高がほぼ0メートルである上に、中部地方には珍しく台風の通り道でもあるため、常に浸水被害の心配がある。
加えて、市の西側にある牡鹿山脈からは冬場、吹き降ろしの寒風がやってくる。
夏暑く、冬寒い。悪いところを挙げればきりがない。
市全体に厭世的な空気が蔓延し、俺たちの少し前の世代から、流出が相次いでいる。そういう意味では俺たち全員がこの街を出る選択をしたことは、それほど珍しいことでもない。
ただ、俺は。
実はそれほどこの街が嫌いじゃないんだ。
街の東側にある海水浴場、御殿場海岸だってそれなりに海は綺麗だしな。
そりゃあ、白浜とまではいかないが。
それに何より、この海岸から見える島、神島。
朝日を受けて輝くこの島は、本当に綺麗なんだぜ。これはいつもの五人組の中でも、俺とあと一人しか知らないことだがな。
物思いに耽りながら信号の少ない道を三十分ほど走っていると、アーチ型の看板が見えた。
『ようこそ御殿場海岸へ』
ポケットから携帯を取り出して時間を見る。まだ十時になっていない。
「よーし、ばっちり時間前」
「お前一人じゃ無理なくせに」
秀司の突っ込みは、聞こえなかったことにした。
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