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五日目 三島貴子 3

 ――それは、貴子が調べたこと。

 俺と美香がホテルへ走る写真を、誰が、何の目的で撮ったのかということ。

 貴子は、俺だけに連絡を取ってきた。場所はいつもの貴子の家ではなく、俺の部屋だ。

 それは、夏休み最後の日。八月も終わりだというのに、その年一番の暑さで、べっとりとした空気がやけに気に障ったのをよく覚えている。


「おとなしくしていたみたいね」

「一応謹慎中だからな。変なことして迷惑かけるわけにもいかんだろ」

「賢明ね」


 部屋に上がりこむなり、釘を刺してきた貴子に苦笑しながらも、俺は二人分の麦茶を置いた。といっても、コンビニの紙パックのやつを注いだだけだが。

 ごくり、と音が鳴りそうなぐらい一気に飲んでから、俺はローテーブルの向かい側に座った貴子に声をかける。


「それで、わかったのか?」


 貴子が来たのは、そういうことなんだろう。俺の暗い期待を感じたのか、貴子は珍しく答えない。俺は慌てて言葉を足した。


「そんな、暴れに行ったりしないぜ?」


 今すぐにはな。まあ、きっちり礼はさせてもらうが。


「本当ね」

「本当だっての」


 俺と貴子の視線がぶつかる。二人とも強情なので、眼はどちらからも逸れない。

 ――何だ? 何かおかしい。何か、違和感がある。

 貴子の様子が何かおかしい。

 だが、俺がそれを指摘するよりも早く、貴子は答えを口にした。


「写真を撮ったのは、ケチな探偵。雇ったのは――」


 俺は貴子を気遣うのを忘れて、続く言葉を聞き洩らさないように、集中する。

 そして、知ってしまう。


「あんたの父親よ」


 最低で最悪な、その答えを。

 世界はやっぱり、いいもんなんかじゃないって。思い知ってしまう。


「あんたの父親は浮気の証拠を押さえて、離婚するつもりだったみたいね」


 貴子の解説が虚しく響く。


「その探偵が尾行していたのは、あんたの母親。あんたたちは偶然、スーパーから戻ってきているところを、たまたまあんたの顔を覚えていた探偵が撮った。だから、写真は正面から」


 なるほどな。それでお前はあのとき、写真の向きを気にしていたのか。


「そして、あんたの父親はこう判断した。『これはいい、息子の素行不良を問題にして、母親を呼び出させ、離婚を有利に運ぼう』ってね」


 ……なんだ、と?


「あんたの父親にも別の女がいる。お互いの立場はどっちもどっち。だから、離婚を有利に運ぶために、あんたは使われた」


 そうか、そういうことか。

 あの女がクズなのは知っていたが。父親もカスだった、ってことだ。俺は勝手な幻想を持っていたわけか。まったく、どいつもこいつも。

 俺は黙って立ち上がった。そのまま、勉強机に伏せて置いてあった、写真立てを手に取る。

 ドラマとかなら、投げつけるんだろうな。けど、あんまり腹が立つと、案外無駄なことはできないもんだ。

 俺は写真だけを抜き出した。その中では、俺と、あの男と、あの女が、仲良く笑っている。体操服姿の俺が手に持っているのは、ソースカツサンド。

 置きっぱなしになっていたハサミで、写真を切り刻んでいく。

 何度も、何度も。それがなんだったのか、もうわからないように。

 しばらく、ハサミが写真を斬る音だけが部屋に響く。

 音がやみ、俺がハサミを置くのを待って、貴子は更に続けてくる。


「父親の女が誰か、知りたい?」


 俺は視線だけを向けて、先を促した。全部言え。お前の知っていることは、全部。

 その視線の意味を正確に理解して、貴子はわかった、と言ってから、続けた。


「わたしの母親よ」


 淡々と、あまりにも淡々と、貴子はその、酷過ぎる事実を口にした。

 俺はといえば、頭が飽和状態で、ろくに反応ができない。


「ねえ、良介」


 貴子が立ち上がり、こちらに歩いてくる。


「どうしてわたしたちが真っ当に戻ろうとすると、あいつらは邪魔をするのかしらね」


 そんなことは俺が聞きたい。だが、まあ。

 俺たちは歪でいろ、ってことだろ。


「わたしとあんたは、結局あの歪んだ世界からは、出られないのよ」


 ま、そういうことだな。


「あんたの退学のほうは、何とかしておいた」


 貴子は唐突に話題を変えた。とりあえず、聞くべきことだけを尋ねる。


「どうやってだ?」

「あんたの母親は、校長と浮気している。適当に写真のコピーで脅しておいた」


 ああ、なるほど。通りで学校の動きが速かった上に、あの女が俺より早く来ていたわけだ。

 まあ、そんなことはもうどうでもいい。

 何もかも、もうどうでもいい。

 お前もそうだろ? 貴子。

 せっかく、居場所を作ろうとしてくれたのに。

 投げ出そうとする俺の気持ちを、別の気持ちが押しとどめる。

 それは、秀司が見守り、葵が気づいて、美香が向き合い、貴子が引きずり出したもの。

俺の中に確としてある、頼りなくも折れないその気持ちが、俺に沈み込むことを許さない。

また、自棄を起こすことを、友情に背を向けることを、許さない。

 ――居場所。俺のために作られた、居場所。

 あの打たれ弱い葵が、それを作るために必死で美香を説得して。

 秀司が、俺を殴って、けどいつも通りでいてくれて。

 美香が、俺に散々傷つけられて、振り回されて、ぼろぼろになってもまだ、友達でいてくれて。

 何よりも、目の前のこの歪んだ同類が。一緒に戻るために。

 俺が押し上げた貴子が、今度は俺を押し上げるために、作ってくれた、居場所。

 それを、放り捨てていいのか?

 また閉じた世界にこもっていれば、いいってのか?

 ――――いいわけ、ねえだろ。

 これ以上、友達を傷つけるわけにはいかない。

 離れても、ありがたくも傷つきながらまたついてきてくれるみんなを傷つけないために。

 俺は、歯を食いしばって、立つんだ。あのとき、お前が教えてくれたんだ。

 貴子。


「……楽園」


 俺がつぶやいた言葉に反応して、貴子が視線を向けてくる。俺は構わずに、そのまま続ける。


「楽園を、作ろうぜ。お前が用意してくれた俺の居場所を、俺と、お前と、みんなの楽園にしようぜ。馬鹿な連中はもう、ほっといてさ」


 貴子が嘲りの笑みを浮かべる、しばらく見ていなかった、しかし見慣れた笑み。


「できると思うの?」


 それを、俺は決意で迎える。同調は、しない。


「やるんだ」


 そして、誘いの言葉を、貴子にかける。


「お前も協力しろ」


 救いではなく、ただ誘う。

 俺たちはすぐには戻れない。永遠に、ちょっと歪んだままかもしれない。

 それでも、同類なんだから。ともに進もうと。

 救いではなく、ただ、誘う。

 だって俺たちは、一度進み始めたんだから。行ける所まで、行ってみたいじゃないか。

 もちろん貴子は、溜息とともに、こう答える。


「わかった。あんたの作る楽園を、見せてみなさい」


 きっとこいつも、進みたいから。


お読みくださりありがとうございます。

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よろしくお願いします。

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