五日目 三島貴子 1
神島を再び後にする。波は少しましになってきているが、変わらず、荒い。
その波に身体を持っていかれないようにしっかりと柵を掴みながら、俺はその日のことを思い出し始める。
貴子とはじめて会った日。それは、高校一年生の、体育祭の打ち上げだった。
高校一年の体育祭といえば、高校生活でははじめての、クラスをあげてのイベントだ。普段はクラスメートと遊ぶことの少ない、俺や秀司でさえ、葵に引っ張られるように、気合を入れて臨んだ。
身体を動かすことは好きだし、盛り上がっていれば、家に帰る理由もない。
終了後、みんなでカラオケに行って、晩飯を食べながら盛り上がる。さすがに徹夜はできないと、そこそこの時間でお開きになったが、どこにも馬鹿はいる。何人かで海岸で花火をする、という話が出て、葵が帰った後も俺は連中についていった。秀司はクラスが別なので、さすがにいない。
特に騒ぎたいわけじゃない。ただ、時間が潰せるなら、潰そう、と思っていただけだ。
ところが、海岸には先客がいた。同じ一年の、別のクラスの有志たちだ。考えることは同じか、なんて思いながら、合流すると、そこにそいつはいた。
人形のような、と形容するにふさわしい、美人ではあるものの、表情の少ない顔。
学年一、いや、学校一の才媛と名高い、三島貴子だ。
俺でも名前と顔の一致する有名人が参加していることに驚いたが、さらに驚くべきことがあった。
花火に照らされたその横顔は、どこかで見たことのあるものだった。
俺が思わず見つめていると、貴子はこちらを向いて、しばらく俺の顔を眺めていた。
二人の視線がぶつかる。
それは、お互いに甘い意味を込めていない。お互いに確認しているだけだ。
目の前のこいつは、同類か、と。
しばらくして、先に口を開いたのは貴子だった。
「あなた、名前は?」
「北見。北見良介」
淡々としたその口調に、俺も淡々と返す。右手に持っていた花火が、灰となって砂浜に落ちる。
俺たちの周囲の暗さが増すが、貴子は気にも留めずに続ける。
「そう。わたしは三島貴子」
「知ってる」
あんた有名人だろ。そう言った俺に、貴子は唇の端を歪めてみせた。
「あなたみたいな人でも、知っているのね」
それは、挑発か? それとも、最終確認か?
「どういう意味だ?」
「周りの景色が歪んで見える人」
その唇に浮かぶ嘲笑は、誰に向けてのものか。俺も同じ笑みを作る。向けている先も、恐らくは同じ。
「あんたがそれを言うのか?」
俺の返した言葉は、貴子を満足させるものだったらしい。ざ、とわずかに砂を踏みしめて、歩き始める。
「ちょっと、歩きましょうか」
周囲では馬鹿騒ぎが続いているが、俺は躊躇なく頷いた。
二人で並んで、喧騒の場を離れる。誰も、いなくなったことに気づかないのか、冷やかしの声も聞こえてこない。
花火の光が届かなくなり、砂浜から頼りない街灯の灯りの下へ、無言で歩いていく。
俺は柄にもなく、気分が昂ぶっているのを感じていた。
街灯の真下で、貴子は身体ごと俺に向き直った。
そして、言う。嘲笑ではない、笑みを浮かべて。
「はじめまして、お仲間さん」
それに俺は思ったんだ。こいつは、明るい花火の灯りよりも、薄暗い街灯が、よく似合う、って。
「あっているのか。あんたみたいな有名人が」
「あっている。間違いようもないでしょう」
俺たちは、笑みを交わす。暗く明るい笑みを。
そう、多分。いや、間違いなく。
浮かれていたんだ。
俺も、貴子も――
――仲間を見つけたことに。
それからの俺と貴子は学校ではごく普通の顔見知りといった関係だったが、放課後は一緒にいることが多くなった。
秀司や葵を紹介し、まとまって遊ぶことも多かったものの、葵は大学の練習に参加しており、それなりに忙しかったし、秀司は秀司でふらりと出かけることがあった。
そして、俺と貴子は必然的に二人でいることが、それなりの時間続いた。
俺は家に帰りたくない。貴子の家には誰もいない。
だから、泊まることも増えていった。
けれど、過ちを犯すことだけはない。
俺たちは二人とも、その関係――身体と身体がつながる関係――を、憎んでいたから。
潔癖な、けれども歪んだ子供が二人いる空間。お互いがお互いを認め、必要とし、傍にいる。
その小さな世界で、一人が呟いた。
「家、帰らなくていいの?」
「知ってるだろうが」
もう一人、つまり俺が、気だるそうに答えた。そのまま、逆に尋ねる。
「お前は何でここにいる? 親を追っかければいいだけだろ?」
「知ってるでしょう? 行ったところで、あの二人はわたしを見ない。あいつらにわたしは邪魔でしかない」
何度となく繰り返し、だらだらとお互いを肯定するだけの、状況。
知り合って、一月が経ち、俺と同じくらいの歪さを持っている貴子が、噂どおりに頭が良く、葵と同じく、輝ける才能を持っていることに気づいた。
そして考える。
俺とは違って、こいつは這い上がらなきゃいけない。学校一の才媛なんて言われている奴が、どうして。
どうして、俺なんかと同じところにいなきゃいけないんだ?
考えろ。考えろ。
こいつをここから追い出すためには、どうすればいい?
そして思いつく。
かつて父親が見せてくれた、一つのもの。葵や秀司にも教えていない、俺の一番大切なもの。
どうしようもなく落ち込んだとき、全てが嫌になる夜を、何度も超えさせてくれたもの。
あの景色を、貴子に見せよう。
無断でテレビをつける。貴子が音に反応して、ちらりと視線を向けたが、すぐに戻した。
俺は特に何も説明せず、知りたかったことを確認し終えると、テレビの電源を落とした。再び、部屋が無言で満たされる。
「なあ、明日朝一、出かけようぜ」
「いいけど。学校は?」
「サボる。付き合え」
俺の身も蓋もない誘いに、それでも貴子は表情を変えることなく、乗ってきた。
「わかったわ」
「よし、じゃあ、三時な」
「待ちなさい」
今度は乗ってこなかった。流石にダメか。俺の感想をよそに、貴子が問い詰めてくる。
「説明しなさい」
「お前に一つ、いいものをやる」
俺の答えに貴子はさらに眉をひそめた。そりゃそうか。
「わけがわからないわ。いいものをくれるから、三時に起きろと?」
「そうだ」
「馬鹿じゃないの?」
その言葉に、俺は歪んだ笑みを浮かべる。
「馬鹿やろうぜ。どうせ俺たちは、歪んでいるんだ」
同類であることをアピールされたせいか、貴子も歪んだ笑みを作った。自分を、相手をあざ笑い、蔑み――
それでも、仲間を失いたくない、感情を込めてだろうか。
「いいわ。あなたの馬鹿に付き合ってあげる」
貴子は、俺の目論見どおり、肯定の返事をした。
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