四日目 榊美香 5
しばらくの間続いた沈黙を破ったのは、貴子だった。
「問題の写真についてはあたしが調べるわ。幸い今は夏休みだし、処分の決定にはまだ時間があるはず」
そう言い放つ貴子の瞳が冷たく輝いた気がした。
「それじゃあ、ルールを決めましょうか」
は? 何のルールだ。突然変わったテンションについていけん。
俺が疑問を口に出すよりも先に、秀司が解説を入れてくれる。
「まあ、何だ。三島から連絡を受けて俺たちはすぐに集まってな。色々考えたんだ」
「それで! 出た結論が、あたしたちでサークルを作っちゃおう、ってことなのさ!」
葵が元気よく後を引き継ぐ。が、まだよくわからん。視線を貴子に向けるが、解説は秀司がするようだった。
「俺たち五人で、つるんで、遊んで。居心地のいい時間を過ごそう、ってことさ。言っとくが、良介のためだけじゃないぜ? 俺たちのためだ」
ああ、なるほど。
俺はようやく納得した。歪なのは俺だが、ここにいる全員が、何か欠けているんだ。だからそれを、欠けている者同士で埋めようってことか。
俺なんかのために、ありがたいな。いや、俺と美香のためか。
「ってことで、サークル名はいらないが、なんか縛りがあったほうがいいだろ?」
確かに。ちょっと強制的に縛ったほうが、楽しいかもな。
「ということで、一人一つずつルールを追加していく。まず俺からな」
秀司が胸を張って、口にしたのは。
「活動日は全員が参加できる日とする。ただし、ずる休み厳禁。ずる休みした奴の家へ、全員でおしかける」
ふむ。普通だな。仲良しグループと、サークルとして縛る違い、か。
「じゃあ次はあたし!」
元気よく手をあげたのは、葵だ。大学の練習で忙しいだろうに、まだ俺につきあってくれるのか。ありがとうな。
「えー、あー」
早く言え。なんで顔が赤いんだ。
「さささ、参加者は! お互い名前で呼び合うこと! なんかすっごい仲いい感じになるから!」
おお。これもいいんじゃないか? けど、どもりすぎだろ。
「おお、葵ナイスアイデア。賛成賛成」
「でしょ! あたしはバッチリな子だからね!」
秀司が頷いて、他の誰も反対しない。これも決定だな。
さて、次は。全員が貴子を見た。本日の緊急集会を開いた女帝は、艶然と微笑んで、告げる。
「誰かが困っていたら、残りが全力で助ける。お節介でも、お節介をすること」
その言葉に、全員の視線が貴子から俺に動いてくる。いや、恥ずかしいな。流石に。
でも、ありがたい。
だから、俺も、自分の望みを言う。
「活動は、楽しいことで埋めようぜ。バカでもいいから。楽しいことで」
あれ、俺の声ちょっとしんみりしすぎ? 誰か突っ込めよ。
無言が承認となって、俺たちは美香に視線を向ける。
そこでようやく、俺は気づいた。
美香の身体が、震えていることに。さっきまでの全員に、美香は含まれていないことに。
彼女は、俺たちを見ていなかったことに。
しまった。俺は歯噛みする。ありがたさに、優しさに浮かれていた。
俺は、こいつの前で、悪役として振舞ったんだ。酷いことを言って、離れたはずなんだ。
それなのに、こいつを拒絶したのに。
誰かを受け入れる場面を見せて、どうするんだ?
けれど美香は、その瞳から雫を零さない。震えても、それを見せることはない。
懸命に、本音を隠している。
「ここにきて、よかった。三島さんも、高橋さんも、辻君も。とっても友達思いで」
美香が俺に視線をあわせてくる。叫びだしたいだろうに、穏やかに、声をかけてくる。
「あたしじゃ無理だったけど。良介にそう言われちゃったのも納得だよ」
貴子の殺意を込めた視線が俺に突き刺さる。秀司と葵からもきつい視線が飛んでくる。
「良介には、ちゃんといるんだね」
瞳は揺れている。でも、美香はそれを零すことを自分に許さないまま。
「さよなら」
最後の言葉を紡いで、走り出した。
誰も動けない。もちろん、俺も。
「あたしが行く!」
美香の姿が消える、数秒とも永遠とも思える沈黙を破ったのは、葵だった。宣言とともに素晴らしい速度で駆けだす。
俺も、と走り出そうとした俺に、葵が振り返った。
「きた……良介は来るんじゃない! あたしがちゃんと、女の子同士の話をつける!」
そう言われてしまっては、俺は足を止めざるを得ない。
再び固まった俺の腹に、秀司が結構な勢いでパンチを入れてくる。
「自分の駄目さ加減がわかったか?」
「……ああ、身に染みた」
「たっぷり反省しろよ」
そうだな。お前の言うとおりだ。こんなくだんない俺だけど。
まだ全然自分が好きじゃないけど。俺が馬鹿なことをしたら、傷つく奴がいるんだって。傲慢かもしれないけど、そう思ったら――もう自虐的なことなんて、できねえよ。
苦い思いを噛み締めて、けど口にするのは別のこと。じゃれあうための、こと。
「タバコくんねえ?」
「タバコで落ち着ける段階はもう過ぎた、とかほざいたのは誰だった?」
「……うっせえな」
ちゃんと乗ってくれるのが、ありがたい。
俺と秀司が、二人だけにわかる笑みを交わす。
「禁煙よ」
……ちゃんと乗ってくれるのは、ほんとありがてえなあ。
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