四日目 榊美香 4
「相変わらず馬鹿なことしているみたいね」
通話ボタンを押してすぐに俺の耳に届いたのは、そんな罵倒の言葉だった。
「ほっとけ。何の用だ?」
「その馬鹿なことについての確認」
電話先の主、貴子はそう言って、平坦な声で尋ねてきた。
「ホテルに入ったの?」
「入ってねえ。というか、お前耳早すぎねえ?」
「写真の向きはどうだった? あんたの背中か、正面か、どっち?」
俺の突っ込みは無視された。だがまあ、いつものことだ。追加の質問に頭を絞って答える。
「正面、だったな。顔ばっちりだったからな」
「ふうん」
おい、それだけか。
「北見良介。あんた、退学になりたいの?」
「いや、別になりたいわけじゃないが。これが一番よさそうだからな」
俺の返事に、貴子は無言だった。小声で罵られた気もするが、多分気のせいだろう。
「あんた、今からわたしの家に来なさい」
「は?」
いや、ちょっと待ってくれ。何でそうなる。お前頭の回転速すぎだ。もうちょっと加減してくれ。そもそも俺謹慎中だし。
俺がそう口にしても、貴子は取り合わない。
「それはわかっている。それでも来なさい」
「いや、一応な、これ以上波風立てたら、色々と俺の行動が台無しになるかもだろうが」
「いいから」
俺の反論に一切耳を貸さない。
「みんないるから。必ず来なさい」
その言葉を最後に、一方的に電話を切られた。かけなおしても、絶対出ないだろ、お前。
それでも、みんないる、という言葉が気になって、俺は十分後には、家を出た。
貴子の家は自転車で一時間ほどだ。牡鹿山脈に近い、旧家が立ち並ぶ高級住宅街にある。
相変わらず、でけえな。
門の前に自転車を置き、俺は改めてそんな感想を抱いた。
武家屋敷のようなその家は、正門の横に監視カメラがあり、セキュリティ会社のシールが貼ってある。
初めて見たときは何事かと思ったが、もう慣れている俺は普通に呼び鈴を押し、門を開けてもらい、中に入る。枯山水のような白い砂利を使った庭園を横目に見ながら、母屋まで歩くと、貴子が立っていた。
俺と視線が合うと、くるり、と無言で踵を返す。どうせ行き先はいつもの居間だろうが。
靴を脱いで上がりこみ、貴子に先導されて着いたのは、やはり予想通り。
ふすまを開けたそこにいるのは秀司、葵。そして、美香。
なんで美香がいる? 美香と貴子に接点なんてなかったと思うが。
だが、俺の疑問をよそに、美香はいつも通り、声をかけてくる。化粧で隠しているが、目の下の隈が痛々しい。いや、俺のせいかもしれんが。
「こんにちは、良介」
「よう」
正直、普段どおり返事が出来ているかまったく自信がない。
「今朝、わたしのところに来たのよ」
貴子が端的に説明する。しかし疑問は膨らむばかりだ。
なんで、貴子の所に来る?
なんで、全員そろっている?
もちろん俺の内心には誰も答えてくれず、貴子が口を開く。
「あんた、どうにも馬鹿なことをしているみたいね」
しつこいな。電話でも言ってきただろ、それ。
「退学になっても、構わないらしいわね」
「ん、まあ。しょうがねえだろ」
それも電話で喋っただろ。
俺が睨んでも、貴子は微動だにしない。
「辻」
ただ、秀司の名前を呼んだ。秀司は無言で頷いて、俺の前まで歩いてきた。
そして、俺の肩を叩いて――
俺は、殴り飛ばされていた。
美香の親父さんよりもはるかに強烈な一撃に、俺はたたらを踏む。……てぇな。
「何しやがる!」
俺の怒声に、しかし誰も反応しない。秀司すら、無表情のままだ。
「簡単に」
貴子だけが俺と会話をするつもりらしい。静かだが、不思議とよく通る声が、部屋に満ちる。
「簡単に、自棄を起こすんじゃない!」
その静かな声が瞬時に、先程の俺を上回る怒声に変わった。
「葵のときもそうだったらしいわね! あんたって奴は!」
いや、言いたいことは分かるが、なんで貴子が切れるんだ?
「この子に言われて初めて知ったのよ、わたし達! 困っているなら、言ってきなさい!」
そこで俺は気づいた。秀司も、葵も、声こそ出さないが、貴子と同じ顔をしている。
すげえ、怒っている。でも、なんでだ? ちょっと遊ぶ機会は減るけど、しょうがないじゃないか。
俺の居場所なんて、どこにもないことを、再確認したんだからさ。
だが、いつも付きまとう、そんな諦念を吹き飛ばすように――
「わたし達は! 友達でしょうが!」
「!」
貴子の言葉が、強く響いた。
どくん、と自分の心臓が跳ねる音が聞こえた。
友達。友達は大事だ。まあ、こいつらしかいないわけだが。
なんで大事かっていうと、みんな俺みたいなカスじゃなくて、頑張っていて、眩しいからだ。
だからこいつらのためなら、俺は自分のことはどうでもいい。
でも、こいつらが俺に何かしてくれるのは、望んじゃいけない。
俺みたいに歪んだ奴のために、こいつらが犠牲になることは、ない。
「この阿呆」
いつの間にか、貴子がすぐ目の前まで来ていた。声は平静に戻っていたが、ギロリ、と下から睨みつけられる。
「また自棄を自己犠牲なんて言葉で弁護して、くだらない自己満足に浸ってたんでしょう」
ふう、と大仰に溜息をつかれる。
「あんたの母親と、一緒ね」
その言葉は俺を瞬時に沸騰させた。思わず、貴子の胸倉を引っつかむ。
「てめえ! 今なんつった!」
「三島さん! それは言い過ぎだよ!」
俺の状態を知っている美香が、貴子を責める。恐らく、事情を知らないと思っているのだろう。
だが、貴子たちは知っている。特に貴子は、それが俺にとってどれほどの地雷かもわかっているはずだ。
だから、俺の行動も計算済み。貴子は表情を動かすこともない。
「一緒じゃないの。自分一人で満足して、周りの人間がどれだけ傷つくか、考えもしない」
貴子が俺の腕を振り払う。
「どこがどう違うのか、言ってみなさいよ!」
再び、怒号。それに俺も怒声で返す。抑えきれない感情のまま、怒鳴り散らす。
「誰が傷つくってんだ! 俺みたいなカスが一人退学になったところで! 担任も、あの女も! 満足そうに頷いてやがったんだぞ!」
「わたしが傷つく! 困っている友達を助けるどころか、相談もされないなんてね!」
その言葉に、息が詰まる。もしかして――
「辻も、葵も傷ついている! 何のための親友なのかって!」
もしかして、俺は、俺のこの考えは――
「何よりも、この榊って子が! 接点もない、彼氏の女友達の家に、一人で! どういう気持ちで来たか、わかってるの!」
――もしかして、俺は、間違っているのか?
頼っても、いいのか? こいつらに、望んでもいいのか?
俺がこいつらをそう思うように、こいつらも俺をかけがえのないものだと思ってくれてるんだ、なんて。
そんな都合のいいことを、考えても、いいのか?
俺の中に灯った、小さくも暖かな火種。それを燃え上がらせるように、貴子は続ける。
「あんたの居場所はちゃんとある! ここに、わたしたちが作ってやる!」
背筋が震えた。身体中に電気が走った。
俺は顔を下に向けた。みっともない、と心のどこかが囁いたが、どうしようもなかった。
「困ったときは頼ればいい。わたしたちが力になってあげる」
俺にかけられたその声は、優しかった。だから俺は、
「悪い。ちょっと助けてくれるか」
顔をあげられなかったけど、そう口にすることができた。
「……すごいな、榊さん」
美香が呟いた。そうだな、俺もそう思う。
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