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一日目 終わりの始まり 1

 でろでろでろでろでろでろでろでろでーんでん。

 枕元からそんな音が聞こえ、俺は目を覚ました。物凄く嫌な夢を見た気がするが、きっとこの音楽のせいだろう。俺は不機嫌さをそのまま行為に表すように、枕元にあったそれをスライドした。

 狙い通りまるで呪いのような音楽が止まる。それに安心して、俺は再び惰眠をむさぼろうとしたが。

 でろでろでろでろでろでろでろでろでーんでん。

 二番目のバックアップも消えてしまったかのように、再びその音楽は鳴り始めた。俺は寝ぼけ眼のまま、それを手に取って、今度は緑のアイコンを押してから、耳に当てる。


「ぐぅっどもーにん、良介りょうすけ! モーニングコールだよー! ちゃんと起きてたかなあ?」


 朝からハイテンションな声が響き、俺は意識を無理矢理覚醒させられた。壁にかけてある時計は午前七時前を指している。

 勘弁してくれ。そんな俺の願いをよそに、電話の主は朝からぶっちぎれたテンションで話し続ける。


「起きてたかな? って言ってんでしょーが! どうせまだ半分寝てるでしょ! 起きろー! 起きろ起きろ起きろー!」


 何をどうやれば朝っぱらからそんなテンションになれるのか。クスリでもキメてるんじゃないかと思いたくなるが、この電話の主ほどの健康優良児もそうはいない。残念ながら。


「おーい! 良介ー! 北見きたみ良介くーん! き・た・み・りょ・う・す・けー!」

「うっさい! 人の名前をエンドレスで呼ぶんじゃねえ!」


 俺のフルネームを連呼してやがる電話の相手は高橋葵。何かと一緒にいることの多い五人組の一人。運動神経抜群で、スポーツ推薦をもぎ取るほどの猛者だが、その類稀な体力は現在、俺の名前を呼び倒すことにのみ使われている。


あおい~。朝一からそのテンションは何とかならんか? 何回も聞いているが」

「なっはっはー。ならない。なぜならあたしは朝から超元気だから!」


 俺の抗議はあっさりと却下され、聞いてもいない理由がおまけについてきた。朝のローテンションに拍車をかけるように、俺の気分はどんどんと沈んで行きそうになるが、葵に無理矢理引き上げられる。


「良介、また寝てたでしょ?」

「……おう」

「今日は約束あるの知っているよね?」

「誠に遺憾ながらばっちり記憶しております」


 なぜか低姿勢になる俺。


「良介君に問題です。あたしが起こさなくて、君が約束の時間に遅刻しなかったのはこの三年間で何回あるでしょう?」

「十回くらい、でしょうか?」


 みんなで集まったのは軽く百回を超えるけどな。

 しかし、葵は声に怒りをたぎらせつつ、俺の答えを否定する。


「そんなにないわよ! あんた、まともに起きたのゼロでしょうが!」

「お? そうだっけか? 俺って完璧ゴールデンキーパー?」

「そんないいものじゃないわよ! この逆完封プレイヤーが! あんたに比べたらつば九郎の方が遥かにいい仕事するわよ! せめてバク転決めてみせなさい!」


 ポンポンポン、と言葉が飛んできて俺というモグラは完膚なきまでに叩きのめされる。

 俺が沈黙したのを勝利と受け取ったのか、葵のテンションが若干落ち着く。


「とにかく、今日は朝十時に御殿場ごてんば海岸だからね! 遅れるんじゃないわよ!」

「オーケー了解、任せとけ」

「……凄く当てになんない返事ね」


 胡乱げな声を出す葵に、俺は勢いをつける。


「あのなあ、まだ朝の七時なんだよ。御殿場まで一時間で着くのに、っつーか準備に二時間もいらんわ!」


 俺の突っ込みに今度は葵が下がっていく。


「え? そうなの? 美香みかが今月の良介の髪型は凄く時間かかるから、早めに起こしてあげて、って言ってたんだけど」

「あいつの言うとおりの髪形なんか、面倒くさくてやってられるか」

「うーん。そう言われれば、そうだね!」

「お前はもちっと気を使え」


 お洒落好きで髪形にも時間をかける美香に比べて、葵はショートヘアなこともあってか、寝癖をとっただけだ。それを若干引け目に思っているのか、葵は再び爆発した。


「うっさいわね! ほっときなさい!」

「そんな怒るなよ。ちゃんと遅刻せずに行くからさ」

「当然だよ。じゃあ、後でね」

「ああ、そうだ葵」


 会話が終ろうとしているのをお互いに理解し、俺は葵の名前を改めて呼んだ。これはとても珍しいことだが、葵は即座に尋ね返してきた。


「何よ?」

「いつも悪いな、起こしてもらって」

「……今更。今更そんなこと言うんじゃないわよ! もっと早くに感謝しときなさいよね!」


 葵の声が僅かに詰まった。おっと、柄にもないことは言うもんじゃないな。

 そう思いながらも、俺の口から出たのも、湿り気を帯びたものだった。


「そうだな。俺、タイミングわりーよな」

「ほんとよ、まったく」


 そのまましばらく沈黙が続く。何とも居心地の悪い、時間。

 通話時間が余計に一分過ぎたとき、俺は電話を切るべく無理矢理声を出す。


「じゃあ、後でな」

「うん」


 通話を切って、俺は溜息を吐く。今週はずっとこんな風に、何もかもがぎくしゃくするんだろうな、と思ったから。

 だって今週は、最後の一週間。

 来週俺たちは、全員が散り散りになっていく。

 だから、この最後の一週間は毎日、楽しいことだけして過ごそう。そう決めたんだ。

 決めたはず、なんだよ。


「さーて、今日も楽しくいかないとな」

 決めたことを裏切らないように、俺は一人明るい声を出した。

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