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四日目 榊美香 1

この子ほんとむずかしい

 またしても朝一番の便で神島に向かった俺たちは、神津市の更に向こう、牡鹿山脈を覆う黒い雲に目をやった。


「うわー! 真っ黒だね!」

「帰りの海は荒れるかもな」


 何が楽しいのか、はしゃぐ葵をよそに、秀司が真剣な表情で呟いた。こいつは漁師の息子だからな。海の怖さを一番知っている。今日は早めに引き上げたほうがいいかもしれん。

 とはいえ、今向かっている神島は薄い雲がかかっているだけだ。今のところは何も問題ないってことだ。


「じゃあ頼むわね」


 神島に着くとすぐに、あっさりと一言だけを残して、貴子は山へ登る道を歩き始めた。葵が待ってよー、と慌ててついていく。


「襲うなよ」

「同じネタは感心しねーな」


 秀司の捨て台詞を切って捨て、俺と美香は民家のある通りへ出ようと歩き始めた。同時に、秀司も山へ向かう。

 しばらく歩くと、僅かに広い道に出る。古いコンクリートの道を進んでいくと、商店が一つ、ぽつんと建っていた。


「こんにちはー」


 美香は躊躇せず、挨拶しながら店のドアを開けた。がらがら、と音を立てて店の中が見えるようになる。

 中は暗くはないが、明るくもない。年季を感じさせるレイアウトだった。もう販売中止になっていそうな駄菓子があり、食料品や日用品が雑多に並んでいる。

 レジにはお婆さんが一人。

 美香はうっすらとほこりのかかった懐中電灯を手にとって、お婆さんに話しかける。


「今日天気悪くなるんですかね?」

「そうだねえ、午後から崩れるみたいだねえ」


 愛想のいい若い娘と話せるのが嬉しいのか、お婆さんはニコニコと答える。

 美香はすぐに買う、とは言わず世間話を続ける。俺が黙って聞いていると、十分ほどで美香はお茶をご馳走になり始めた。こいつは、ほんとに人当たりがいいな。

 しばらく話を続けて、美香は目当ての話題に移行していく。


「空真珠って、神島でも取れるんですか?」

「ああ。数は少ないけれど。ずうっと昔の洞窟に、空真珠の絵が描いてあったりもするよ」


 ちらり、と美香が俺を見た。俺は軽く頷く。一発目で当たりとは、ついているな。

 美香はあくまで笑顔を崩さず、お婆さんに質問する。


「あの、それってどの辺にあるんですか?」




 店を出た後、俺は早速貴子に電話をかけようとした。もちろん、聞いたことを伝えるためだ。


「待って」


 しかし、俺の携帯を持つ腕を美香が引っ張り、引き止めてくる。


「何だ?」


 疑問を口にする俺に、美香はいたずらっぽい表情で提案してくる。


「ねえ、あたしたちで、先に行ってみない? まだ合流の時間じゃないし。貴子たちには内緒で」


 内緒で行く意味もないかと思ったが、昨日の決意が俺の頭に甦る。

 ここで、きちっとしとくべきかもな。


「オッケー。行っとくか」


 俺の内心を知ってか、知らずか。美香はその返事にぱっ、と明るい笑顔を浮かべた。




 教えてもらった場所は、山の上ではなく、ちょうどその下になる海辺だった。美香はビニール傘の代わりに買った懐中電灯をぶらぶらさせながら、俺についてくる。

 しばらく歩くと、岩で出来た海岸に沿うようにカーブしている道に出た。初日に歩いた、外周部の道路だ。海岸沿いに設置されているガードレールの隙間から堤防に出て、俺と美香は岩場に下りた。見上げると、昨日登った天美山が真上にある。二百メートルはある崖は白く、そして大きく、その威容を堂々と見せている。その崖に、波が叩きつけられている。


「あのへんだな」

「うん、多分」


 鞄から空真珠を取り出しても、相変わらず何の反応もない。俺はそれをすぐ取り出せるようにポケットにねじこんで、崖下へと歩き出す。足元は不安定な岩場だが、海で遊ぶことも多い俺たちにはどうということもない。決して運動神経がいいとはいえない美香も、危なげなくついてくる。

 崖下には長い年月が創り上げた洞窟がいくつかあった。通路のほとんどは海水が入り込んでいるが、左右には人が歩ける程度の地面が残っている。一方で、天井からは氷柱のように形を変えた岩が、大小取混ぜて伸びている。


「鍾乳洞……」

「思っていたより、本格的だな」


 美香が驚きの声を上げるのに応じて、俺も自分の感想を口にした。

 ほんのお遊び程度のはずだったが、どうにも本格的な何かが、俺たちを待っているかもしれない。

 そう思うと、わくわくする。早く確かめたい。

 視線を感じて横を見ると、いつの間にか美香が俺に並ぶように移動していた。微笑みの意味がわからん。


「良介、すっごい楽しそうだね」


 そうか?ああ俺、笑っているのか。


「ん、まあちょっとな」

「あたしと二人っきりでさっきまで歩いていたのに、今の方が楽しそうだねー」


 ほっぺをつねられる。やめい。

 俺が何か言おうと振り返ると、すっ、と人差し指で唇を塞がれた。


「反論はなし。ね?」


 上目遣いで俺を見てくる美香は、昔のままだ。付き合っていたときと、少しも変わらないような気がする。けど、なんでだ? なんでまだ俺に好意を持っていられる?


「はいこれ」


 考えている間に美香が懐中電灯を手渡して来る。そりゃまあ、俺が先に入るべきだな。

 とはいえ、どれから行くか。三つほど口を開けている鍾乳洞の入り口を順番に照らして、俺は一番小さなものへと足を向けた。


「貴子が何か、色々企んでるみたいだけど」


 慎重に足を踏み入れる俺に、すぐ後ろから声がかかる。


「良介に、あたしの本音が聞きだせるかなあ?」


 声が、鍾乳洞に響く。小さな声でも反響する。

 まったく、こいつは手強いからな。見た目の女の子らしさに反して、強かで、計算だってする。いや、それも含めて、女の子らしい、なのかもしれんが。

 貴子に対抗できるのはこいつだけだし。俺には難易度の高すぎる相手かもしれん。


「聞き出してくれたら、ちょっと嬉しいけどね」


 ごく小さな声も、鍾乳洞はきちんと捉えて、増幅する。

 だから、外でなら絶対聞こえないようなそんな呟きも、俺の耳にはちゃんと届く。

 問題は、美香がそれをわざとやっているのか、やっていないのか、わからんってことだ。

 まあ、俺に傷つけられたんだ。美香は何も悪くない。

 だから、美香の狙いが何であっても――

 決着は、俺からつけるべきだよな。

 ぴちゃり、ぴちゃり、と水音の響く洞窟で、懐中電灯だけが、俺たちの歩む先を照らす。

 数メートル先も見えない暗闇の中、俺は話を切り出すタイミングを探す。

お読みくださりありがとうございます。

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