三日目 高橋葵 4
「あのときの良介はかっこよかったねー!」
「んなことないだろ。最後に決めたのはお前だろ」
「いや、あんなのあたし一人じゃ絶対できない! こう見えても気がちっちゃいから!」
そんなことを威張るな。いや、実際その通りだとは思うが。
昔のことを喋りながら歩いていた俺たちは、そろそろ頂上にたどり着こうとしていた。
頂上って言っても、日本アルプスのようなはっきりしたものがあるわけじゃない。単に上り坂が終って、ここより上はない広場、ってだけのものだ。
「とうちゃーく!」
それでも、登りきったのはいい気分だ。うっそうとした林を抜けると、視界がぱっ、と開けて白いカルスト地形と海が見下ろせる。
「んー! 気持ちいいね!」
葵が目を閉じて潮風を感じている。俺は海の方、つまり崖へと歩いていく。雑草を掻き分けていく羽目になるが、気にしない。
「あっ! 待ってよ!」
葵が慌てて追いかけてくる。そして、草の陰にあった何かに足を取られた。
「きゃあっ!」
「おいっ!」
まったく、天才少女が聞いてあきれる。俺は反射的にダッシュして、葵と地面の間に身体を割り込ませた。
「っと!」
押し倒されるなんてバカをするつもりはない。俺はしっかりと葵の身体を抱きとめた。
「あ、ありがと……」
「おう」
真っ赤になりつつもお礼を言ってくる葵に軽く頷いて、俺は葵をちゃんと立たせた。ベタベタな展開は勘弁だ。
俺は葵がつまずいたものを確かめようと、屈もうとした。
「……よく見えないな」
俺が草をよけながら探していると、背後から葵の声がかかった。
「良介ってさ。いつもはマイウェイなのに、いざというとき優しいよね。あのときとか、今こけそうになったときも」
「それはお前の勘違いだっての」
「ううん、そんなことないよ」
茶化した俺に付き合う気はないらしい。参ったね。葵は真剣だ。
俺は草と戯れるのを諦めて、立ち上がった。それが礼儀だろう。
葵はしっかりと俺を見つめていた。いつもの明るさも、時折見せる弱さもない。
透明、とでも表現すればいいんだろうか。
葵は俺の感想などお構い無しに、口を開く。出来れば触れたくなかった言葉が紡がれる。
「あのとき来なかったのも、優しさ?」
あのとき、ってのはやっぱりあのときだろうな。他に思い当たることもないし。
葵が退部してしばらくたって、俺は貴子と知り合った。何かにつけて頭の回るあいつに葵の練習について相談すると、どうやったのか、大学の練習に参加できるようにしてくれた。
その手際のよさに俺と葵は感謝した。そして、葵が俺を遊びに誘ったのは、大学の練習が始まる前の最後の日曜だ。
デートってやつなんだろうが、俺には致命的な欠陥がある。
それは女の子と付き合うのが怖い、ってことだ。それまで友達だった奴と付き合って、何もかもが変わってしまうのが怖い。
いや、本当に怖いのは、付き合って、そして別れることが怖いんだ。親父とあの女のような、見るに耐えない関係になってしまうのが、どうしようもなく恐ろしい。
実際葵に付き合うとかいうつもりはなかったのだろうが、あのときも俺はそんな飛んだことを想像してしまい、前日秀司と徹夜で遊んだ。訪れるかどうかもわからない、恐怖を誤魔化すために。
けれど、無視するつもりはなかったんだ。ただ、明け方に寝てしまって。
――そして葵は電話をかけてこなかった。
「いや、前日遊び過ぎて、寝ちまってた」
「遊んだのって、貴子と?」
何でだよ。俺が秀司だ、と訂正しても、葵は頷くだけだった。あの翌日も言っただろうが。
真剣にあのときの話をするなら、俺にも聞きたいことがある。気まずすぎて以前は聞けなかったが。
「なんで電話くれなかったんだよ?」
「かけられるわけないでしょ!」
途端に葵は爆発した。しかし、どうもいつもの軽い爆発とは違う。
抑えきれない感情を、爆発させている。そう思った。いや、わかった。
「あたしが必死の思いで誘ったのに! 会える日が減るから、最後のチャンスと思って!」
葵の眼は潤んでいる。あれ? 俺が泣かせているのか? なんて、他に誰がやったっていうんだよな。
「来ないことが良介の意思表示なんだ、って思ったら! そんなこと確かめられるわけないでしょ!」
……ああ、そうだったのか。それは、ほんとに、悪い。
でも、お前はそういう気持ちを持っていたんだな。俺は向き合おうとしなかったけれど。。どっちみち俺は、その気持ちに応えることはできなかったんだ。
「今更、それを俺に告白してどうすんだ?」
俺が指摘すると、葵はピタリ、と動きを止めた。
「あ、あれ? あたし今、とんでもないこと言った?」
わたわた、と真っ赤になる。まあ、自分から言えるタイプじゃないよな。
俺はポン、といつか俺より背が高くなった少女の頭を柔らかく叩いた。
「聞かなかったことにするから」
そして葵に背を向けて、再び屈もうとして――
「……聞かなかったことには、しないで」
静かな声が、俺の動きをまたしても止める。
今更、言ってくるなよ。俺の答えは、決まっているんだぜ。
それで、俺たちの関係が変わっちまっても。
いいのか? 葵?
お読みくださりありがとうございます。
面白い、続きが読みたい、と思ってくださった方はぜひブックマーク、下の評価をお願いします。
皆様の評価がモチベーションです。
よろしくお願いします。




