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三日目 高橋葵 1

 翌日、ずいぶんと早く葵に起こされた。俺は呆れたように声をかける。


「あのなあ、葵」

「なになに?」

「いつも起こしてくれるのはありがたいが、ちっと早過ぎないか?」


 日は昇っているが、薄い雲がかかっているせいか、まだ外は薄暗い。

 だが葵は意にも介さない。


「んー? どの口がそんなこと言うのかな? むかーし、約束をすっぽかした阿呆は誰だ!」

「……すまん。ってお前もしつこいな」


 葵が言っているのはほぼ三年前のことだ。まだ美香とも、貴子とも知り合う前、俺は葵に誘われて、二人で遊びに行く約束をしたが、見事に寝過ごした。携帯にかけてくれればよかったのだが、なぜかそのとき、葵はかけてこなかった。

 翌日学校で謝ると、葵は何ともいえない、今でも忘れられない微妙な表情をして、許してくれた……はずなんだけどな。

 それから、葵は出かける約束があると、絶対に朝電話をかけて起こしてくれるようになった、ってわけだ。

 もう時効だと思わなくもないが、葵にとってはいまだ捜査中の案件であるらしい。


「しつこいとかよく言えるね! 怒るぞ!」

「すまん、落ち着け」


 だが葵は聞いていない。


「こっちがあの時どんな気持ちになったか! 考えたことはあるのか! この、阿呆が!」

「いや、すまん、って」


 どうやら地雷を踏んだらしい俺は二次災害を防ぐべく、低姿勢を保つことに努める。


「罰としてお前は今日昼飯抜きだ! なんか持ってきてもあたしが食べるから!」


 回避行動は無駄だったらしい。

 相手の要求を全面的にのみ、降伏文書に調印した俺は、電話を切った。


「さて、何が出るかね」


 問いかけた空真珠はもちろん、何も答えてはくれなかった。




 特に何事もなく神島につき、俺たちは貴子に言われるままに手分けして探索を始める。


「藪をかき分けてでも探してきなさい」


 容赦のない見送りの言葉を背中に受けつつ、俺と葵は山道へと入った。舗装されていないが、昨日快晴だったので地面は乾いている。

 ところどころに草は生えているものの、ちゃんとした道になっており、俺はほっとした。リュックに入れた鉈は使わずにすみそうだ。


「うーん! 暑からず寒からず! 歩くにはいい日だね!」


 結構なペースで歩いている俺に遅れずに、まったく疲れてない様子でついてくる葵は流石である。

 俺、本来動きは早いんだよ。校内マラソンでも陸上部を抑えて一位だったしな。

 ちなみに女子の一位は当然こいつなわけだが。

 校内最速ペアの俺たちはぐいぐいと山道を登っていく。

 特に手がかりになりそうなものもなく、退屈してきた俺は葵に声をかけた。


「なあ」

「なに?」

「汚れてもいい格好、って言われたのになんでその服装なんだ?」


 今日の葵はリュックこそ背負っているものの、ボーダーのVネックTシャツの上に、黒のタイツ。それに珍しくもカーキ色のスカートをはいている。汚れてもいい服には見えない。


「んふふー。似合う?」


 答えろよ。俺の質問を無視して、葵は得意気に笑顔を浮かべる。

 仕方なく、俺は答えた。ぞんざいに。


「ああ、似合う似合う」

「相変わらず適当な答えだな! コイツは!」


 怒りの声をあげる葵はしかし、どこか楽しそうだった。

 二人でぎゃあぎゃあと言い合いをしていると、ふ、と葵が表情を変えた。

 それは、何かを懐かしんでいるような、どこか遠くを見る表情。


「こうやって二人だけで喋っているとさ、昔を思い出さない?」


 葵の言いたいことはわかる。それは、高校に入ってわりとすぐ。あのころは秀司があまり学校に来てなかったから、俺と葵がつるんでいた。


「昔っていっても、まだ三年前だろ」

「もう、だよ」


 俺の切り返しを、葵はゆったりとした口調で否定する。

 葵のテンションにあわせるように、俺たちの歩調がゆっくりになっていく。


「あのころはお前のバレーの練習につきあってばっかりだったな」

「感謝してるよ」

「たっぷりしろ」


 俺の軽口を、葵は取りあわない。ただ、そうだね、と頷いただけだった。


「あのとき、良介が毎日つきあってくれたから、あたしはここまでなれたんだよ」


 その言葉を俺は否定する。俺の力じゃない。葵の実力は、葵の努力の結果だ。


「お前が頑張ったからだろ」

「頑張れたのは、良介がいたからだよ」


 どうしたんだ、こいつ。

 いや、当たり前か。昨日、来週はないことを再確認してしまったからな。


「あのときあたし、浮いてたからさ」

「ま、それはそうだな。お前はあらゆる意味で目立つからな」


 あのころ、一年にして三年よりも地力のあった葵は、大きな欠点もあわせ持っていた。

 それは、スパイクのコントロールが下手なこと。

 どこへ飛ぶかわからない、脅威のスパイク。練習中に怪我人まで出る始末。周囲の妬みがそのたった一つの欠点をさも欠陥であるかのように扱い、葵は部内でいじめのような扱いを受けていた。

 才能が輝くことを許さない。とてつもなくくだらなく、どうしようもなく醜い、いじめ。

 貴子だったら、返り討ちにしただろう。

 美香だったら、上手く立ち回りながら自分の意志を貫いただろう。

 だけど、葵は二人とは違う。一番アクティブで、一番体力があるけれど。

 周囲の悪意に立ち向かえるほどは強くなく。悪意を逸らすほどは人付き合いの上手くない。

 普通の、女の子だ。

 だから、その時の葵はクラスメートに向ける、明るい笑顔の下で、精神的にボロボロになっていた。

 俺と葵が出会ったのは、そんなある日のことだ

お読みくださりありがとうございます。

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