黄金
『魔法』―古から人間と共に在った能力。日々の生活にも日常として使われ、戦争や国の強大さを見せる為にも魔法はとても重要なものとなっていた。
『神聖力』―神から授かった癒しの力。使い手によっては、どんな傷でも病でも癒してしまうという。
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「ご主人様の容体はいかがですか…?」
「…良くなる気配が全く無い…。何故だ…高位の神官の神聖力を持ってもこうも全く良くならないとは…。」
カーテンの閉められた豪華なこの部屋では、一人の執事と見られる老人と若い騎士が一人。二人の目線の先には、苦しそうに小さく息をしてベッドで寝ている男。とても深刻な顔をしている二人の元に、全身が黒で包まれた何者かが膝を付いて登場した。
「…何か情報が手に入ったのか?」
「確かではありませんが先月、シエラ病院で両足を失くした騎士を神聖力で再び足を取り戻させたほどの力を持った司祭が居たそうです。」
「成る程…どこの神殿に属している司祭殿か。」
「…ショアレーヌ神殿です。」
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『ショアレーヌ神殿』
神殿の中では規模が小さいほうだが、それなりに実力者が多い神殿でもある。現在最強と言ってもいい程の強大国であるルクホーウェン帝国の北に位置する為年中寒い場所だ。なのでわざわざここまで祈りを上げに来る人は少ない…が、今日にいたってはとても珍しい来客に神殿内も少し騒がしかった。
「メイリアー?あれ、どこだろう…。」
神殿の服を着た少女が誰かを探しに小走りする。神殿の中庭にある長椅子に白銀の髪が視界に映った。
「見つけた!メイリア!」
名前を呼ばれた少女はくるっとこちらを向いた。綺麗に靡く白銀の長い髪に琥珀の瞳。その長い髪を軽く後ろで束ねている。
「何?どうしたの?」
「大司教様が呼んでるわ。結構急用っぽかったけど。」
「えぇ…?私一昨日チトアから帰って来たばかりなんだけど…。」
「しょうがないじゃない。私は頼まれただけなんだから。文句は大司教様に言って頂戴。」
メイリアは不服そうな顔をしてるが、ため息を一つついてとぼとぼと歩き出した。ほどなくして大司教の待つ部屋に着いたメイリアは軽くノックをして入った。そこには、机に両膝を付いて神妙な顔の前に両手を握ってる大司教。そして来客用ソファに腰掛け茶を飲んでる老人が居た。
この図は何なの…?それに大司教様があんな顔をする時って碌な話じゃない時…。
「メイリア、そこに座りなさい。」
大司教にそう促され、私は老人の向かいのソファに腰掛けた。身なりからしてどこか貴族の執事のようだ。それにここは滅多に人が来ない場所だ。貴族なら尚更帝国内にある神殿に行くだろうし、そっちの方が力のある人達が多いだろうに、と不思議に思うメイリア。
「それで、私はどんな用で呼ばれたんですか?」
「それが…。」
「私が説明しましょう。」
老人の執事がじっとメイリアの方を見詰め話し出した。
「私はデイムレイク大公殿下にお仕えする執事のリゲルと申します。」
デイムレイク大公!?私でも知ってる戦神の異名を持つ帝国一の魔法と剣を使う人物。その人に仕える執事って…。
「…実は今大公殿下が病で伏せていまして…。治していただきたいのです。」
「病…?帝国には優秀な医者や神官が何人も居るじゃないですか。うちの神殿よりそちらの方が何倍もいいと思いますけど。」
「こら、メイリア…!」
「疑問に思うのも無理はありません。実は主人の病はただの病では無いのです。何人もの優秀な医者や神官達に見てもらっても全く良くならず…そこで貴方の噂を聞いてここに来ました。」
「噂…?」
はて…?と思っていると大司教の方から鋭い視線が送られるのを感じた。チラと見ると何やら怒っているような顔をしていた。
「何やらお前が、こないだ癒しを施した騎士に失った足をまた生えさせたそうじゃないか、ん?」
…………ああ!こないだのチトア行った時に!余りにも痛々しくて治したんだった…神聖力をあまり使い過ぎるなと言われていたのに……。それでかなりお怒りなのね大司教様…。
「そー…でしたっけ?」
「どうかお願いです。一度だけでいいので見てもらえないでしょうか…!」
「…申し訳ありません。メイリアはその時神聖力をかなり使ったので、今は回復の時が必要なのです。その子の後見人としても許可できません。ここまで来ていただいて申し訳ないですが…。」
「お願いします!大神官を待っている時間も無いのです…!もう時間が…!報酬はいくらでもお出しします!」
リゲルはメイリアと大司教二人に向け頭を下げ土下座をする。大事な主人の為とはいえ、こんな簡素で寒い所にまで来てこうして頭を下げるのも大したものだ。それ程大事な主と思われる。
神聖力は魔法と違って使える力の量は祝福を受けた時に人によって大体決まる。魔法は大気中のマナを取り込めば回復が早いが、神聖力に限ってはそうはいかないのだ。なので、大司教が言っている事も分からなくともない。普通足を生えさせる程の神聖力を使うと、その後気を失ったりする。〝普通〟の司祭や神官なら…の話ではあるが。
「…大司教、私行きますよ。」
「メイリア…!」
「大丈夫です。神聖力も回復してますから。その代わり…コレ、頼みますね。」
お金ポーズを取ると大司教に盛大な溜め息をつかれたが、気にしない。大公となればかなりの報酬が貰えるはず。そうしたら暫くは生活に困らない!どんな病でも治してみせる!
何と言ってもこのショアレーヌ神殿、滅多に人が来ないのもそうだが、僅かな支援金でギリギリの生活を毎日送っているのだ。なので、要請があればどんな所でも行くようになっている。
その後メイリアは身支度を整えルクホーウェン家の馬車に乗り帝国へ向かった。
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ショアレーヌ神殿から4時間程かけやっと大公領に入り屋敷に到着した。屋敷と言ってもほぼ城みたいなものだ。それにしても、まさかこんなに時間がかかるとは思わず、体の節々に痛みを感じるメイリア。疲労感が凄く部屋で早く休もうと、エスコートされながら早く馬車を降りる。そして、屋敷の門の前に立った瞬間、目を疑った。
これは…何…!?
それは、屋敷全体から醸し出されている禍々しい黒いオーラ。メイリアの全身がこの屋敷に入る事を拒絶している。足を踏み入れたくない、気持ち悪い、そんなおぞましい気持ちになる。
どうなっているの…?どうしてこうなって……。病だけでこうなる…?
「メイリア様?いかがされました?」
表情が強張っているメイリアを見て、心配そうに尋ねるリゲル。周りの人が何故平気そうなのかメイリアには不思議だった。
「いえ、何でも…。リゲル様、部屋で休んでからと思っていましたがこのまま大公様の元へ案内して頂いてもよろしいですか?」
「畏まりました。」
これは、直ぐに会いに行った方がいいかもしれない…。
屋敷に入って思った事。やはり、中まで黒いオーラで充満していて底知れない沼に引きずられているようだ。あと、帝国では一人しかいない大公の屋敷というのに使用人の人数が少なすぎる気がする。そして、一際黒いオーラが強い部屋がある。そこに大公がいるのだろう。
「…こちらです。」
リゲルに扉を開けてもらい中に入る。あまりに濃い黒いオーラに袖で口元を覆った。ベッドの方へ歩みを進める。黒い髪のかなり整った顔立ちであろう男が、苦痛に顔を歪め息を上げている。そっと顔の前に手を翳して体内のマナの流れを読もうとするメイリア。体中のマナはとても濁っており、魔力枯渇症も起こしている。魔力の暴走でこの黒いオーラが溢れてしまっているのかと思ったが、マナが流れる中心。心臓に刻まれた刻印を見つけた。
「リゲル様…無礼を承知でお聞きしますが、大公様は悪魔召喚や闇魔法などに手を出したりしていませんよね?」
「もっ、勿論でございます!帝国に厚き忠誠を誓う由緒正しいデイムレイク家の主がそんな事するはずがありません!神に誓って!」
…そうよね。まあ悪魔召喚や闇魔法で心臓に刻印が出る事なんで聞いた事ないし…それにこれは神殿にある書物で見たことがある…。
「…これは病ではありません。『呪い』です。」
「呪い…ですと!?」
「それも強力な。恐らくここまでの呪いを掛けれるのは魔女…もしくは闇魔法を究極に極めた者。心当たりはありませんか?」
「魔女…ですか…。申し訳ありません、私の知る所では該当する者はおりません。ご主人様は、秘密裏に行動されるときも私を通して下の者を動かしますので、知らないはずが無いです。…しかし、呪いなら神聖力で…。」
「……呪いは神聖力では完全に消し去る事は出来ません。」
「なっ…!ではどうすれば…!」
「落ち着いてください。完全に消せはしないですが、私なら威力を弱める事は出来ます。ついでにこの地の浄化をするので今から見る事は他言無用でお願いします。」
「浄化…?それは一体どういう…。」
「時間が無いのであとで説明します。」
そう言えばリゲルは何一つ言葉を発さなくなった。色々意味を汲み取ってくれたらしい。出来た執事である。メイリアは手をパンッと叩くと、メイリアを中心に淡く光る輪が広がる。すると、一人、また一人と人前には中々出てこないで有名な精霊が数体現れた。見た目は子供の用で、宙にふわふわと浮いている。そのまま嬉しそうにメイリアに抱き着いた。
《メイリア何ココー。》
《とっっても臭いわ!》
「ごめんなさい。でも地の浄化は貴方達の方が優れているから。それとこの屋敷全体に結界を張ってくれる?ちょっと加減が出来そうにないの。」
《メイリアの頼みなら全然いいけど…その人間の為なの?》
《もう無駄そうだけど。》
「そんな事言わないの。とにかく、お願いね!」
精霊たちはメイリアを囲うように位置について、メイリアは両手を大公の上に翳す。意識をどんどん刻印に向けていく。相反する力の神聖力に抵抗するようにバチッと反応するが、どんどん力の量を増やしていく。すると、メイリアから出る神聖力の色が新緑色から黄金色に変わっていく。そして琥珀の瞳がキラキラと光る。刻印を覆う様に力を注いでいく。最終までかかった時一気に力を入れた。その瞬間、眩い黄金色の優しい光が屋敷全体を包み込んだ。
光が晴れると、先程より穏やかな顔つきになった大公が静かに息をしていた。屋敷全体に充満していた黒いオーラも消え、清々しい空気が屋敷を通り抜ける。
「ふぅ…取り敢えずこれで一難は去ったでしょう。」
「ありがとうございます…!なんとお礼を言ったらいいか…!」
「お礼の数は報酬に上乗せでお願いします。貴方達もありがとう。綺麗に浄化できたわ。」
《メイリアの為だもの!》
《メイリア大好きだもの!》
「ふふ、今度お礼するわね。」
精霊達はメイリアの額に口付けすると自分達の世界に帰って行った。久しぶりに神聖力を大量に使ったので流石に疲れたようだ。
「リゲル様、一つお願いがあるんですけれど。」
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かなり長い年月の眠りから覚めるように目を少しずつ開ける。横に気配を感じ視線をそちらに向けると安堵した表情のリゲルがベッドのすぐ横で待機していた。
「…どうやら苦労をかけたようだな。」
「本当に一時はどうなるこかと思いました。爺は何度心臓を抉られた事か…。」
かなりオーバーなリアクションのように見受けられるが、今の自分の状態もしっかり分からないのでリゲルに説明を求めた。大公こと、『ロアニス・ド・デイムレイク』はベッドから起き上がり上着を着て隣の書斎に移った。
「ご主人様、起き上がって大丈夫ですか?」
「ああ、驚くほどすっきりしている。問題ない。」
「ほぉ。あの方は本当素晴らしいですね。」
(あの方…?)
リゲルの言葉に少し驚く。あの滅多に人を褒めない執事が誰かの事をこんな微笑んでいるなんて。実力は確かなようだ。ロアニスはリゲルから渡された報告書を読んでいく。
体調が悪くなり臥せってからの記憶が無い出来事。ありとあらゆる医者や神官達でも治せなかった病が、実は呪いで、それを司祭の少女が類稀な神聖力で治した…と。しかも精霊も呼んでこの地の浄化もしたそうだ。確かに以前より屋敷中が澄んでいる気がする。
「ご主人様。加えて補足させていただきますと私の肩の負傷が、ご主人様につかった神聖力で完全に治りました。なのでまた現役の頃のように剣を振り回せますぞ。」
(何だと…!?リゲルの肩はもう一生治る事が無いと言われ、騎士の道を閉ざされたもの。それをついでのように治しただと…?)
「そして、他言無用に…とのお願いがございました。」
「…?何故だ。司祭にとっては昇格のチャンスもあるだろうに。」
「黄金色でした。」
「黄金色…?」
「神聖力の色です。」
(成る程…。他言無用…それに値する存在という訳か…。しかし黄金色など実際に見た事は無い。伝説の書物でしか知らないもので、嘘ばかりと思っていたが…。)
「…では、司祭殿にお礼の挨拶をしに行くとするか。」