愚弄
「中隊長! 中隊長!」
副長が俺の天幕に転がりこんできたのは、起床のラッパが鳴る前だった。
俺はいつのまにか眠りに落ちていた。しかし、たたごとではない副長の剣幕に、がばりと身体を跳ね起こす。
「どうした……!」
副長は、血走った眼で荒い息をついていた。そして、つばをごくりと飲みこむ。
「空野二尉が、帰ってきました……」
「何だと!」
俺は副長を突き飛ばすと、天幕を跳び出た。信じられない。左腕をほとんど失うような負傷。砂漠に吸い込まれていく大量の血。
いや、どうであろうと空野は帰ってきたのだ。営門のあたりに、警備の隊員が数人集まっている。あそこにちがいない。
うっすらと、朝日が漆黒の夜を紫色に消し去ろうとしていた。
「空野!」
警備を押しのける。
空野の顔が横たわっていた。
顔だけがそこにあった。
首から下は、ない。
空野のじゃがいも頭が、転がっていた。
サッカーボールほどの大きさの空野の頭は、ふざけた粘土細工のように、生きている感じがしなかった。ただのモノだった。
白く濁った眼に、ぼんやりと口が開いている。
「五時の巡察のときに、発見しました。営門の外から投げ込まれたものと思われます」
警備司令の声が震えていた。
空野に最悪の事態が起こることは覚悟していた。しかし、空野を辱め、俺たちをここまで愚弄するような相手だとは思っていなかった。
最悪を想定すると言いながら、最悪は俺の常識を越えていた。
俺の甘さが、つくづく情けない。
「空野……」
俺は、空野の頭を抱え上げた。ずっしりと重い。首から血は流れていなかった。斬られてから、だいぶ時間が経っているのだろう。
警備が、俺から一歩下がる。無理もない。自衛隊は、警察や消防と比べると死体を見る機会は格段に少ない。
空野を、いつまでも地面の上に放置しておきたくなかった。
医官の天幕に、ゆっくりと歩いていく。
これからすべきことは。
群長に報告。
部下への伝達とメンタルヘルスケア。
空野の親父と恋人への説明を考える。
馬鹿な。
そんなものは、平時の事務仕事だ。
武器を持つ俺たちが、仲間を殺されてすべきことはただひとつ。
殲滅だ。
いつしか、空野の頭をぐっと抱えていた。
氷塊のように不動の意志が、俺の全身を満たしていた。