家族
電車を乗り継いで、官舎の最寄り駅で降りる。コンビニに立ち寄った。
息子ふたりにはシュークリームを、妻のためにプリンアラモードを買う。飲んで遅くなる日は、いつもこうしていた。先輩から教わった生活の知恵だ。
コンビニから官舎へと続く道には、桜並木がある。もうとっくに花は散り、新緑の葉も次第に色を濃くし始めていた。
かほりに言われたことを思い出すと、まだふつふつと怒りが湧いてくる。昔は正面切って自衛隊の存在を否定されることもあったと聞いていたが、防衛大学に入学してから十数年、あからさまに面罵されたことはなかった。
ある意味、いい時代なのだろう。それだけに、かほりの極端な意見が情けなかったし、腹が立った。少なくとも、この短時間では自分も悪かったと思うことはできない。
官舎の狭い階段を、四階まで上がる。踊り場には、古くなった蛍光灯が明滅している。チャイムは押さずに、そっと鍵を開けた。
「ただいま」
居間で、妻がクッションに座ってテレビを見ていた。子供たちは、とっくに寝ている時間だ。
「おかえり。同窓会、楽しかった?」
「まあ、普通」
妻には、いまだ腹の底で煮えたぎる怒りを見せたくなかった。そういう配慮をしようと思うだけ、かほりよりは妻を愛しているのだと思う。
「おみやげ」
テーブルの上にプリンを置き、子供たちのシュークリームは冷蔵庫にしまう。
「なによ、太っちゃうじゃない」
そう言いながらも、すでに喜色を浮かべカップを開けて食べようとしている。正直、ふくよかな妻が好きだった。
「お風呂、沸かしなおしといたから」
帰る時間を伝えてもいないのに、妻の勘は冴えている。
そう深酒だったわけでもないが、風呂にはさっと入るだけにしておいた。
「おやすみ」
家族の寝部屋にしている八畳間には、布団が三枚敷かれている。すでに八歳と五歳の息子たちは、自由な寝相で気ままに散らばっていた。自分の布団に横たわる。
スマホを出して、会員制のSNSアプリを起動する。かほりに対して失望と怒りを同じ程度に感じながらも、無関心ではいられなかった。かほりのページを開く。
つい十分ほど前に投稿された記事があった。
俺が一時間前までいた居酒屋の座敷で、同級生たちが集まった写真が掲載されていた。
記事を読む。最初は久しぶりの同窓会が楽しかったなどと書いてあったが、ほとんどは俺との口論について書かれていた。
女は大抵そうだが、自分が何をしたかは一切説明せず、相手に何をされたか、相手がいかに自分を傷つけたかを延々と書いてあった。今から店に戻って、テーブルをひっくり返したくなる。
しかも、俺が三等陸佐で、リビアに行くことまで書いてあった。
顔をしかめる。準備命令は秘密区分があり、そう厳しくはないが限定された隊員しか見ることができない。もちろん不用意に口にした俺が悪いのだが、規則を厳密に適用すれば違反として処分される可能性はゼロではない。
最近は、SNSによる情報漏洩に防衛省もピリピリしている。もしかしたら調査の手が伸びてくるかもしれない。
初恋の相手への失望と、これから起こるであろう面倒に、俺はすべてを忘れてふて寝することに決めた。