第九話 〜〜遂に死ねる時が来たと思ったんですけど?あんたら誰ですか?〜〜
「着弾致しました!流石は坊っちゃま!!」
スーツの様な黒い衣服を纏った老人は、草原を吹き抜ける風に白髪を揺らしながら忙しなく手を叩いて言った。仕立ての良い服に姿勢の良い立ち姿が如何にも誰かに仕える執事然としているのに、そのはしゃぎ様と言動のせいで全てを台無しにしていた。
すると、執事が賛辞を送る先から人影が現れた。
「なんだ?何か言ったか、セバス」
見るからに大掛かりな装置から出て来た人物は両耳に付けていた物を取りながら言う。彼の身なりは、セバスと呼ばれた執事よりも更に質の良い物で、その細部に至るまで格調高い刺繍と気品ある色彩が施された衣服やアクセサリーを身に纏っている。
そして、彼が草原に足を踏み下ろす前に側仕え達が敷物を広げて道を作っていった。セバスは当然傍に駆け寄って付き添うようにして歩くが決して敷物には足を踏み入れず、その者の呼び掛けに答えていった。
「見事、命中に御座います。坊っちゃまには射撃の才能も御有りとは、私感動で胸が一杯であります!」
「そう大袈裟に誉めてくれなくてもいいぞ。何せ当然の事だからな。それで、一つ言うとしたらセバス。俺を坊っちゃまと呼ぶな。何度言えばお前はその癖を直すんだ」
「これはまた!この老いぼれとしたことが、なんと大変無礼を働いてしまったことかっ!マーゼル第一王子の御名前を呼ばずして何が執事たることか……。ぁぁ、なんと無念。自分が不甲斐なくて仕方がない。度重なる注意を頂いたにも関わらず、未だ己を律する事も出来ていないとはッ。ああ、この私にどうか裁きをっ!いえ、裁きを王子賜ることすら烏滸がましい!かくなる上は、私目が喋れなくなるよう、どうかこの入れ歯ふぉふぉりふぁへてふだふぁい!」
「うわっ馬鹿者っ!そんな物差し出されても要らぬわっ!老人から入れ歯なんぞ取り上げて悦に入られる王族がどこにいるものか!良いから早くそれを納めろ。俺の執事が何を言ってるか分からぬのではそれこそ話にならんではないか」
「まーふぇるふぁふぁぁぁあ!」
マーゼル第一王子と呼ばれた人物は差し出された入れ歯に顔を青くしながら全力でセバスに返却申し立てをし、対するセバスは感涙しながら主の名を呼び、黄金の果実でも口にするように入れ歯を再装着するのであった。
そんな汚い絵面に目もくれず、マーゼルは先程自分が乗り込んでいた装置のその後方でうるさく指示を飛ばしている人物の元へと歩を進めていく。
「私の言った通りであろう?こんなカラクリ、扱うのは容易いとな」
「ああ?」
マーゼルがわざと嫌みたらしく言うと、彼と同じ歳ほどの男が苛立ちも隠さず振り返りズカズカと近寄って来た。
「何が言った通りだって?あ?魔導機を手荒に扱いやがって整備するこっちの身にもなれってんだ!動力だって胸糞悪りぃもん使ってんだ。あんたの気まぐれで振り回されちゃ堪んねえんだよ!」
男は被っていた帽子を脱ぎ捨てるように取ると握り潰しながら抗議した。そこには王子に対する敬意や礼節はどこにもない。当然、王子の側仕えは睨むように男を捉え、近衛たちは腰に下げた剣の柄へと手を掛けてゆく。近衛の一人が我慢ならず男に向かっていくのを王子は「猫に噛みつかれただけ」と言いたげな笑みを向けて、それを制した。
「あんまり刺激しないでくれないか。長旅に次ぐ行軍をしている彼ら兵士は常に気を張っていなければならないのだ。たかが、魔導機の整備員の分際で手を煩わせないでくれ」
「てめ、誰がたかがだと…………っく」
腹を立てる男は、しかし、剣を抜いて見せた近衛を視界に入れ、遂に口を噤んでしまった。
「よしよし。そうだ。それでいい。ようやくハボック整備長も規律というものが分かってきたようだね。貴様の馬鹿な親どもも今の貴様のようにいつまでも賢くあれば、あの世に逝かずに済んだ。なあ、そうだろう?ハボックゥウ?」
「…………っ」
「なんだ?何か言いたそうだな。どうした、申してみるが良い。俺が発言を許しているのだ。ほら、早く述べよ」
「……いえ。…………なんでも、ございません」
ハボックと呼ばれた男は喉まで出掛かる感情を歯を食いしばりながら押さえ込み、絞り出すようにそう言った。
マーゼルはそれを見て口の端を釣り上げ、見る人が見れば酷く不愉快な笑みを作った。
「そうか。ならば良い。仕事に戻ることを許そう」
男は視界にマーゼルの顔を映さんとしながら元いた場所へと踵を返した。
「あっ!マーゼル様っ!」
すると、側仕えの侍女の一人が声をあげたのが背中越しに聞こえ、次いで何かが自分の背と肩にのしかかって来た。
それがマーゼルであると振り向かずに分かったのは、見せびらかす様に腕や手に身に付けられた装飾品のお陰だった。
だから、背筋をぞっとさせるハボックは次いで耳元で囁かれた言葉に遂に身を凍りつかせた。
「貴様はいつまで利口でいられるか。俺に頼めば直ぐにでも馬鹿親の元に送ってやる。遠慮するなよ」
マーゼルはすっとハボックの背中から離れると、慌てふためく侍女の元へと帰っていった。「お召し物が汚れてしまいました。早く着替えを」という侍女とそれを断るマーゼルの楽しげな声。そして、ようやく感涙が収まって駆けつけたセバスの絶叫が賑やかしく草原に広がっていった。
「整備長……」
当て付けのように地獄を聞かされていたハボックは、その弱々しい呼び掛けでようやく我に帰った。
「……メリダか。どうした。何か問題か」
「実は先程の砲撃で荷電圧クォーツと動力シャフトがーーー」
ハボックは気持ちを切り替え、彼の両親が生前まで心力を注いでいた魔導機の整備へと戻っていくのだった。
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「ガスタード総隊長!至急、報告です!」
ランフラーブス大陸上陸作戦を終え、間髪入れずにとある目的地へ向けて進軍していたゼランダ軍は、人間と思しき飛翔する魔導師に仕掛けの分からない魔法を掛けられその場から身動きが取れなくなってしまっていた。
一万の兵を率いることを任されたガスタード・フォルグス少将はこれを良しとばかりに早々に野営のテントを築き、身を休めていたところだった。
普段であれば進軍から開戦、さらにまた進軍などといった事で疲れを感じる身体ではない。と、そう自負していたガスタードだったが、今回は異例のプラスアルファを押し付けられたせいで心労がその比ではなかった。
「分かった。入れ」
「……は!」
覇気の無い声に部下が一瞬の困惑を見せながら入って来て、自分の前に起立する。ガスタードはそれでようやく自分にもスイッチが入った。
若い者に習わされる日が来るとはね。
そんな事を内心でゴチてしまう。
「至急要件とやらを聞こう」
「先程、暇を持て余していたマーゼル第一王子が例の魔導機を使用し、実地初となる起動及び照射を行いました。その影響かは分かりませんが、謎の魔導師が施した見えない壁の消失を確認。いつでも進軍可能、と第一小隊より伝令がありました」
我々を覆っていた壁が消えたか。
剣でも槍でもびくともせず、更にはこちらで保有する最高位の魔導師部隊とその高位魔法を以ってしても破れなかったというのに。
「まさか、たかが見てくれだけのカラクリごときで壊れるとはな。あれは伊達では無いということか」
「そのようで」
「そうだ。君も知っている通り、あれでも列記とした王子だ。暇を持て余していたなんて言葉を聞かれたら何されるか分からんから今後は最新の注意を払い、かつ敬意を持って発言するように」
「はっ!失礼致しました。ご忠告、感謝致します!」
「それは私もなんだけどな」
何にせよ、あのどうしようもない王子一行に一本取られるとは思いもよらなかった。
そう思うガスタードはふと、気になった事を部下に訊いた。
「ところで、マーゼル様は何を狙って撃ったんだ?あの方の事だ。何も無い虚空にただ撃つとは考えられん」
あからさまな比喩だが、あの王子はいい性格をしていることで有名だ。お忍びで行った街の中で、すれ違う子供が自分の衣服を掠めただけで近衛に処罰を命じたほどである。それも対象はその子供の親だ。
人にトラウマを与え、悦に入る。
いじめる相手から恨まれて、また悦に入る。
そんな人間が邪魔な荷物を解いて空を狙ったのだ。さぞ、大層な物を標的にしたに違いない。
「鳥、だそうです」
鳥?
「おい今、鳥って言ったか」
「は、はい!その、遥か遠くを飛ぶ黒い鳥だったそうです。……ぁ、あの、少将?」
「がぁっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
俯いて震えるガスタードを心配して部下が声を掛けると、ガスタードは堪え切れずに吹き出した。
「遠くを飛ぶ、鳥っ!がっはははははッ!さぞ、大きな鳥が獲れたんだろうなっ!……っ、くく……すまない、想像を上回っていたからな……しばらく楽にしてくれ、どうも、笑いが収まらんっ」
「しょ、少将……。お茶を用意致します」
「頼む、……がっはっはっはははははっ!鳥だとよ!」
五十も半ばの指揮官は部下が茶を入れ終わるまで腹を抱えて笑っていたという。
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一息付いたガスタードは部下にいつでも進軍再開出来るようにせよ、と言って下がらせた。だが、ガスタードは進軍の準備をせず、未だテントの中で腰掛けていた。
自分の役目は、状況の整理をし、任務完遂への最良の一手を決めること。しかし、判断材料に不明瞭な点がいくつも浮かび上がってしまったせいで取るべき指針を示せないでいた。
進軍再開は必ずしなければならない。それは実に簡単な理由で、夕日が差し掛かり始めているからだ。我々を囲う見えない壁が消失した今、遮蔽物の一つもない見晴らしのいい平原に留まるなど敵国にとっては格好の餌でしかない。であれば、せめて日が沈むまでに身を潜める場所へ移動しなければならないのが定石というものだ。
しかし、それを安易に判断できないのが、不明瞭な点という奴である。
一つは、占領した”マリン“という町から定期連絡を行う伝達役がいつまで経っても来ないこと。
ーーー正体不明な魔法から解放された今、マリンへ向けて兵を送ったところだが、果たして彼らは無事なのか。そして、兵が帰ってくるのを待たずして先に行動に出ていいものか。
二つ目は、現在踏み入っているテイルドジード王国の精鋭騎士団が未だに現れていないということ。
ーーー彼らならばマリンに攻め入った時に待ち構えていそうなものだった。だが、その姿はなく、脆弱な市兵とその場に居合わせただけの傭兵のみでこちらの進行を阻止しようとしてきていた。彼らは今何をしている?
そして、三つ目だ。
我々の進軍を最も容易く阻んだあの魔導師だ。遠目でその姿ははっきりと捉えることが出来なかったが、一見どこにでもいそうな単なる青年だったような気がする。それが我々に魔法を掛けるなり、目にも留まらぬ速さで姿を眩ましてしまったのである。
ーーー奴は一体どこへ向かった。そして、今どこにいる?奴の目的は我々ゼランダ軍への抗いか?流石に腕に自信があるとは言えど、世界に名高い我らゼランダ軍を相手に一人で敵うはずもない。我々を閉じ込めて何をするつもりだったのだ?まさか、奴がたまに噂を聞く者ではないだろうか。
「ははは。それは考えすぎか。奴がそうであるはずがない。目標であるデ・ナウズ・ロックと呼ばれる男はもっと変態的な人間だと報告を受けている。あれは単なる勇敢な一般市民に違いない」
飛行することができる魔法を初めて目の当たりにしたが、あれ程の魔法を使えるということは将来が楽しみではないか。
「若者の生きやすい世界を作るために大人がいるのだ。摘んではなんの意味もなかろう」
(その通りだ。これに何の意味もないのは明白だったではないか)
そうして、ガスタードは身支度を素早く済ませていく。
その動きに、迷いはなかった。
「ガスタード総隊長。全軍いつでも行軍開始可能です!」
「よし。では、伝えろ。全軍、マリンへ向けて撤退を開始せよ」
「全軍、マリンへ……て、撤退、撤退でありますか?!」
駆け寄ってきた伝達役にガスタードが言うと、その兵士は周りの喧騒のせいで聞き間違えたのかと言う反応を示してきた。
ガスタードはその態度を罰する事なく、一度肩をすくめると短く息を吸った。
「無意味なピクニックは終わりだ!全軍撤退せよっ!!以上だ!!!」
赤い夕日が草原の葉を茜色に染め上げていく中、一万人のゼランダ軍はマリンへ向けて出発し始めたのだった。
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「はあ、マリンへ帰るだって?誰だい、そんな馬鹿な案を口にした奴は」
マリンへの撤退命令を聞くや否やマーゼルは口を屁の字に曲げて、伝えてきた侍女に詰め寄った。
「ガスタード総隊長がそう決断されたそうです。あの方はこの軍の舵取りをする方でございますので、その命には私達も従わなければなりません」
「ふーん、この俺に命令を聞けと言うのか。そうかそうか」
「マ、マーゼル様……」
侍女の言葉を笑顔で聞き取ると、次いでマーゼルは目を細めて侍女を蔑むように見ながらその手を彼女の首に掛けた。
「その無能な総隊長とかいう奴のせいで、俺は何もない退屈なここで無意味な時間を取らされたんだぞ。それが撤退だって?貴様の聞き間違えじゃないのか?」
「マー……ゼル、さま、おやめくだ」
「戦争を起こして、侵攻して、殺し合いもせずに帰れって言うのか貴様はッ!!」
「……ゼルさ、……ま」
「これはマーゼル様っ!!どうなされたのですか!」
侍女の意識が無くなるその寸前で甲高い皺枯れた声がテントに響き、その声の名主が血相を変えて駆け寄ってきた。
それを見たマーゼルは瞬時に侍女の首から手を離し、咳き込む彼女をそのまま振り返った。
「セバスか」
「そうです。貴方様の一番の執事、セバス・ヤングバスでございます!もおおお、そんなにお気を逆立ててはなりません。なーりーまーせんっ!どうしてだか、私前にも申し上げたはずですよ!」
「うるさいな」
「そんな冷たいこと言わないでくださいな。いいですか?しかめっ面をしてはせっかくの整った貴方様の顔に皺が出来てしまうのです!それは、つまり国の宝である貴方に消えぬ傷が出来たも同然なのです。次代の王となる貴方にそんな傷があっては国全土が悲しみに暮れることになりましょう。そして更にです!そうなってしまった場合、私はラオゼル王とシュクナ王妃にどう謝罪を申し立てればよろしいのやらっ!老い先短いこの老人の命では詫びるには釣り合いが取れません!いったいどぉしたらよいのやらぁあああああ」
「ああ、もう分かった。分かったから。セバスは本当に仕方ない奴だ。お前が父様と母様に怒られると言うなら俺もその場に立ち合い、共に怒られよう。弁解なら俺に任せておけ」
「おおおおお!!我が愛しのマーゼル様っ!貴方様は例え大きくなっても私の愛するマーゼル様でございます!!」
「だから、泣くでないわ。意味が分からん。あと喧しい。周りに迷惑をかけるでない」
「ここっ、これはとんだ失礼をっ」
「俺は少し外の様子を見てくる。支度を頼んだ。抜かりなく俺の用意を済ませておけ」
「ははあ〜〜!お任せ下さいませ!」
セバスの相手は疲れる。
お陰で気が削がれてしまった。
だが、これはこれでありだ。
侍女への八つ当たりでは物足りぬというもの。
俺に命令をする例の総隊長殿の顔を見に行こうではないか。
それからしばらくして、未だ戻らないマーゼルを心配してセバスは、やはり発狂するのだった。
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「総隊長はおられるか!話がしたい。声が聞こえたなら来てはくれぬだろうか」
側仕えを引き連れ、用意された高価な敷物で作られた道を歩きながらマーゼルは声を張りあげる。そして、彼は当然のように行軍している波に逆らって進んでいくので、行く端端で兵士達による渋滞が起き、騒ぎを聞き付けてガスタードが現れるまで然程時間は掛からなかった。
「私をお呼びだったと耳にしましたが、どうかなされましたか?」
「おお、貴様が総隊長だな」
「申し遅れ、誠に申し訳ございません。私がこの全隊を任されております総隊長のガスタード・フォルグス少将であります。これまで一度も御目通りできず大変な無礼を働いたこと、謝罪の言葉もございません」
ガスタードが更に深々と首を垂れると、柔和な声が返ってきた。
「安心せい。何ともないことよ。許す。元より、俺への面会は鼻から全て断っていたのでな。貴様がどうしようが関係なかったのだ。会えて嬉しく思うぞ、ガスタード」
「有り難き幸せにございます」
マーゼルはガスタードの方に手を添えると顔を上げるよう促した。
「それでガスタードよ。貴様に一つ聞きたいことがあって俺はわざわざ会いにきてやったのだが、良いか?」
「はは!なんなりとお答え致します」
「よし。では、なぜ軍は後退しておる?」
マーゼルの顔には笑顔が張り付いたままだった。
ガスタードは上げた顔をまた少し俯かせ、意識的にゆっくりと進言をしていった。
「理由には三つございます。一つは、日が暮れ、見晴らしの良すぎるこの地では格好の的になってしまうこと。二つ目は、敵の精鋭と評される騎士団が未だに我々の前に姿を表していないこと。そして、最後に決め手となった一因がマリンからの伝達役が来なくなったことであります。以上、三つのことを踏まえ、我らの進軍はこの先、孤立無援となる事が予想されたからにございます」
「ほう。マリンからの連絡が途絶えたか。そこには姿を見せぬ敵の騎士団がいる可能性もあるとお前は考えているのだな?」
マーゼルの言葉にガスタードは大きく頷いた。
「左様でございます。そうなってしまった場合、この一万からなる隊は、我が国への退路を絶たれた状態となります。このまま進軍をしていけばいずれは疲弊し、最悪の場合、敗戦を期してしまう一因になりかねません。であれば、マリンに敵騎士団がいる可能性も踏まえて駐留部隊と連携を回復し、共に最大の敵を叩くのが現状の最良かと存じます」
「筋は通っているな。確かにマリンに留まっている者達だけでは勝てぬであろう。我らが加勢すれば負けることはない」
「マーゼル王子には度重なる無礼かと存じますが、ここは一度我々と共にマリンへお戻り頂きたくーーー」
「ならん」
恭しく言うガスタードに、マーゼルはピシャリと言葉を遮って言った。
何事も起こさず、この場を切り抜けようとしていたガスタードはその一言に息を呑んだ。
「ガスタード。貴様は少将とか言ったよな。甘いなあ。その階級が聞いて呆れる。貴様は大は小を兼ねるという言葉を知らんのか」
「……も、申し訳ございません。勉強不足のようで」
「仕方ないな。その足りない頭でよく聞いとけ」
顔を見ずともマーゼルが笑っていることが分かった。
「遥か昔の異国の言葉らしいのだがな。まさにそのままの意味よ。大を優先し、些末な小など歯牙にもかける必要はないということだ。マリンに残っているものなど捨ておけ。そこに敵軍最強の騎士団がいるならば好都合ではないか。行先にいないのであれば、奴らがいない町や王都はもはや敵ではない。遅れて駆けつけて来た敵騎士団には落ちた国を見せびらかしてやればいい。それは今しか出来ないチャンスではないか。なあ?貴様もそう思うだろ?」
「ですが、仲間を見捨てるなど」
「は?おい、ガスタード。誰が反論して良いって言った。たかが軍人が王族に口出すなよ」
マーゼルはガスタードの短髪を容赦なく鷲掴みにし、顔を無理矢理上げさせた。
「偉いのは俺だ。そもそも貴様には与えられた任務があっただろう。それを優先しろよ。軍人は忠実でなければならないだろ」
「恐れ多くも、それは時と場合によります。今はその時では……ぐはっ!」
すると、我慢の利かなくなったマーゼルはガスタードの顔面に蹴りを入れた。
靴の底で思い切り蹴られたガスタードは後ろに転げるようにして倒れた。
「だからさ、貴様の反論は聞いてないんだよ。俺の時間を無駄にしないでくれないかな。せっかくの戦争なんだからさ、俺は早く人を殺したいんだよ。なあ、いつになったら殺させてくれるんだ?狩りの時間はいつ始まる?王族に無為な散歩させんじゃねえぞ」
この王子がここまで狂っていたとは。
この場の皆が思いもよらず、重い空気が一気にこの場を包んでいった。
「………………」
何をしでかすか分からない。
兵士たちは皆、マーゼルとガスタードの間に割って入る事が出来なかった。
「そうだ。もう夕食の時間だ。手近な村でも襲って“収穫”をしよう。ああ、いいな。今夜はパーティーといこう。ほら、ガスタード。命令だ。地図を寄越せ。仕方ないから俺がお前達のやり易いように先陣を切ってやる」
「……どうなさるおつもりで」
「俺は知ってるんだぞ?お前達があの魔導機のことを邪魔に思ってることを。だからさ、その有用性ってやつをこの王子自らが示してやろうって言ってるんだ」
それを聞いてガスタードはもう成り振りを構わずマーゼルに向き直り、自分よりも背の低い王子を見下ろし襟首を引っ張り上げた。
「鳥を落とす程度しか使えないガラクタを使うために、無闇に人を殺すことなんか出来るわけないだろうが!!」
しかし、その反応はマーゼルの求めるところでしかなかった。
「これだから、頭の悪い下民は嫌だなあ。離せよ、少将殿。俺の服だけで貴様以上の価値があるんだぞ?それとも先にお前が死ぬか?いや、部下を一人ずつ的にしていくのも良いな。貴様らが馬鹿にした魔導機で丁寧に撃ち抜いてってやろう」
「…………っく、度重なる無礼をどうかお許し下さいませ……」
流石のガスタードもそれには逆らえなかった。マーゼルの目は如何にも本気と言わんばかりだったからだ。
そうして、深々と平伏していったガスタードの頭をマーゼルは思いっきり踏み付けた。
「最初からそうしていろよ。なに、心配要らないさ。お前達を撃ったら俺が父様に叱られてしまうからな。殺しはしないさ。それに問題はもう一つあってね。魔導機は特殊な動力を使っているんだが、そろそろ鮮度が保てなくなりそうなんだ。だからさ、使えなくなる前に使おうってハナシなんだよ」
そこまで言うとマーゼルはガスタードの頭から足を離し、再び鷲掴みにした。
「あれの本当の実力を見て腰を抜かすなよ?」
マーゼルの愉快な笑い声が草原に響き渡る中、日は物静かに落ちていった。
かくして、マリンへ進路を取っていた軍隊はその道から外れていくのだった。