第八話 〜〜流れに流されて気がつけば死ぬ時間がなかったんですけど〜〜
生前の世界で多くの人が『人』という種類を事あるごとになにかと喩えていた。
人とは所謂なんだどうだのと色々な論説や自論、自説を語って評論めいた「自分だけは全て知ってるんです」的なことを達観しながら言うのだ。
すると結果、どうなるのか。
『人』という生き物は大きく別けて『二種類』に振り分けることができる。なんて常套句染みたことを口から滑るように嘯き始めるのだ。
いや、だがしかして、それを本当に口にするのはアニメや漫画の中のキャラクターがほとんどであり、本当にそれらしく言うのは偉人や権力者であり、さら言えば強者弱者の関係を築く上での上位の人間しか実際には口にしないセリフだ。
だけれど、俺はその二種類という大雑把な人間の分類方法には一理あるのではないかと今思い始めている。
特定の条件下に於いての二分化として利用するならば、この例えはかなり有効なのではないだろうか。
ここまで長く前置きをしておいて一体俺は何が言いたいのかというと、それは《コミュ力》についてだ。
ほら、人は一人では生きていけない、とか。人は群衆の中で社会を形成してお互いを縛りながら生きる特異な動物だ、とか。色々言うでしょ?
一人でいることが普通で俺に関わりを持とうとする人間を異常だと思っている俺は、この《コミュ力》というパラメータが自身のステータス欄から既に消失している状態であることに、特にそれを今更どうにかしようなんて全く思いやしないのだが、セリナやダンクトンの件を考えるといわんや思うところが出てきてしまったというわけだ。
ーーーでは、早速。
『人が人生の中で必要とするコミュ力を命題にした時、人は二種類に分類することが出来る。それは《生涯、自分自身のためだけに時間を使う人間》と《自分自身の時間を他者に使うことが出来る人間》の二つである』
前者は一人大好き自分勝手な自己中。
後者はみんなで集まってウェイでイェイな奴ら。
まあ、俺は確実に前者だな。この世界では特に。前世は人並み程度だったとだけ言っておく。
反対に、俺に世話を焼くセリナやさっき初めて見知ったダンクトンは後者だ。別段、ウェイでイェイな感じではないが、他者を気遣い誰かのために行動を起こせる時点でそう判断できる。
考えれば考えるほど凄いことだなと、とてつもなく他人事のように感心してしまう俺がいる。寿命が有限である限り、人はそれを有効に使える時間もまた有限なのである。自分で無駄にするのは勝手だが、他人に関わって無駄になるのは愚の骨頂ではないか?と俺は思ってしまうのだ。
いやほら、死ぬ事だけを目標に生きている人間に関わりを持とうとしてくる奴らがいるんだぜ?常識人なら絶対に近づかないし、一緒にいたくもないだろ?時間の無駄だと思うでしょ?
それなのに、セリナは何度言っても家に来るし、俺の噂だけを聞いてダンクトンみたいな知らない奴が家に押しかけてきたりする。
みんなどうかしてる。
俺を頼ってどうしようってんだか。
まともな奴はこの世界にそこら中にいるだろうて。
俺がダンクトンの頼みを聞いてセリナに応援されるままに家を飛び出したのは、言うなれば「流されて」という奴だ。普段の冷静な俺であればきっぱり断っていた事だろう。そして、人助けもそっちのけで軍隊に突っ込み俺を殺せる兵器はないか、どうかそれで殺してくれないかと懇願しながら戦地を回ったに違いない。
ーーーああ、まったく。
「俺は何やってんだ」
進軍中のゼランダ軍を真昼間の平原で見つけるや障壁兼結界で覆い尽くし、勢い殺さず港町に到着してからは町の住人を好き勝手蹂躙していた敵兵たちを一人残らず捉え、空間転移魔法の恐ろしさを語り聞かせながら俺は彼らがした非道を反省するまで魔法を行使していっていた。
空間転移魔法とその論説も片手間に、俺はなぜ今こんな自分らしくもない事をしているのかを考えていたというわけである。
それで《コミュ力》に於ける、人生の時間の利用法が人の本質を分けているのではないのかと考え始めていたのだ。
結論から言うと、俺が自殺をそっちのけに人助けしているのは気紛れにしか過ぎないという答えを出したのだった。
「も、もう勘弁してくれ……もうしない、誰にも手を出さないから、お願いだ、俺たちを解放してくれ」
「俺たちは上からの命令で仕方なく戦争に駆り出されただけなんだ」
「……ぁぁそのとおりだ……地面に潜るのはやめてくれ、水の中も嫌だ……助けてくれ」
「……空が、青い。水の中は薄暗い。土の中は……」
「おい、しっかりしろお前らこんなクソ野郎に何言ってやがんだ」
「ぅるせぇ、もう俺は嫌だ、何かが俺の中から消えてくんだぞ!」
「暗い、暗い、俺は今地面の上にいるのか……それとも」
「あああ゛やめろぉお助けてくれ!解放してくれええ!」
「なあ頼む……死にたがりの魔法使い。俺たちはもう悔いている。反省してるんだ……」
「国に返してくれ!返せえええ!!」
統率のクソもないな。
自分勝手に一気に喋りやがって。
人権蔑ろにしてこの町の人間を好き勝手に弄んだのはお前らだろうに。
きっとコイツらは『二種類の人間』のそのどちらでもない人種なんだろう。人に指図され、自分自身の時間を浪費させられている人間だ。そう言う人間は下手に知識を付け、身内だけで序列を敷いているからタチが悪い。外の世界に出た時に自分が絶対に正しいという固定観念を持ってしまうからだ。そう言う奴らほど、人を見下し、他者をゴミのように扱う。だから、この町の人たちに平気で非人道的なことが出来てしまうのだ。
だからと言って、俺はこんな奴らに道徳を説くことも改心させようという気は持ち得ていない。本来であればこんな奴ら歯牙にも掛けない。
俺を殺せそうな奴も兵器も何もないし、不利益極まりない時間だな。
…………もう帰るか。
「じゃあ、解放してやるよ」
「「「「「ーーーーーー!!」」」」」
言うと、兵士たちが一斉に黙りその疲弊し切った顔に少しだけ安堵を浮かべた。そして俺は、誰かが新たに口を挟む前に間を取らず「ただし!」と声を張った。
「俺がお前らに授業してやった空間転移魔法の注意事項を簡単で良い、正しく答えろ」
どうやら俺は知らず相当に苛立っているらしく、自分でも声に棘があるのが分かり、しかし、それをどうしようもできずに言い切っていた。
兵士たちは口をわなわなさせ、俺が言った事を必死に思い出そうとして、緊張しているのか声を出そうとしては嗚咽をする様に咳き込む音がいくつも聞こえてきた。
間違ったら何をされるか分からない。そう言いたげな表情が彼らに張り付いている。皆、誰が答えるかをお互いに目配せして計らいを立て始めていく。
「早くしろよ。懇切丁寧に教えてやっただろうが。その危険性を踏まえて空間転移を味わったのはどこの誰だ?」
「………………………………」
「……はあ。なんだよ、お前ら軍人だろ?返事の一つも出来ないどころか、物忘れも激しいらしいな。じゃあ、もう一度教えてやるからよく聞け」
「ひっ…………!」
話すのも疲れてくる。
この世界は地球みたいに小さい頃から教育がされているわけじゃないからな。それぞれが受けてきた教育にどうしても格差でてしまうのだ。とは言え、中学高校レベルの簡単な魔法理論も理解できないのは、仕方ないの一言で片付けていいいものなのか。
義務教育ってすごかったんだなあ。
「余計な考えを捨ててちゃんと聞いとけよ?人を人とも思わないクソ野郎ども」
「ぁぁ…………ぁぁぁぁあ」
それは後悔だろうか。
兵士たちはわななく声を口から漏らしながら俺を見上げていた。
「レイト・グレイアンズが提唱した【リベロレイト転換作用の補完法則】だ。魔法を変化・変質させると元の情報の欠落が起こり、失われた情報を取り戻すことができない。しかし、レイトの理論を利用することにより、元情報を予め魔荷に記憶させることによって失った情報を、魔法の再構築時に大気のエーレアを利用して修正・補完することが出来るというものだ。つまりは、だ。空間転移するとだな、お前らは少しずつオリジナルの自分を失い、大気にあるエーレアで自動補完されているってことだ。空間転移に際して失われる度合いはそれぞれで違い、また環境によっても異なる。お前らも地中と海中と上空を旅して何か体に違和感を覚えたんじゃないか?この魔法はな、便利そうに見えて連続で使ってはいけない本当は危険な術式なんだ。俺が自分自身に使わない理由もそれだしな。なあ、どうだ?他者によって自分が自分でなくなる、っつう感覚は?原型が留まらなくなるまでやってやってもいいが、俺も暇じゃねえ。だからさ。なあ、もういいよな?」
相変わらず返事をしない社会人どもだな。本当に軍人かこいつら。
「俺が自分の時間を無駄にして同じことを言うんだ二度と忘れんじゃねえぞ。それと」
二度と来んな。
それが聞こえたかどうかは分からない。
俺は一瞬で彼らを目の前から消し去った。
彼らの自国がある大陸に転移させてやったのである。
俺は片手で頭を乱暴に掻くと、こちらを恐る恐る見ていた住人たちに素っ気なく会釈だけしてその場を立ち去った。平原に残している残党も国に返さにゃならんのである。
全く、二度とこんな頼みは受けたくないものだ。ゼランダ軍の奴ら、大した装備もなく乗り込んできてからに。俺にとっての収穫はゼロどころかストレスを上乗せしてマイナスだ。
さっさと事を終わらせていつもの自殺実験でもしよう。
ちなみに、空間転移魔法に於ける情報欠落についてだが、人体に使用した場合は小数点以下の情報欠損又は損傷が起こる程度であり、命どころか何の問題にもならない。唯一問題があるとすれば、自身の体表に纏うリーフが性質を変えてしまう恐れがあるというものだが。まあ、可能性はほぼゼロに等しいし、奴らが一生魔法を使えないようになったところでどうでもいいことである。むしろ俺から言わせれば、魔法を使える日常が異常だと思っているくらいなのだ。だってそうだろう?いつでもどこでも銃を撃てることと同義なんだぞ?なのに、この世界は人々はその事に触れようとしない。魔法への理解度が歪んでいる気がしてならないのは俺だけなのだろうか。
それは、まるでいつでも人を殺せる手段が自分達にあるということを意図的に意識から外されているように……。
まぁ、そんな話は今はいい。
俺は自分が死ねればそれでいいのだから。
「あいつらどこだっけか」
日の傾き具合から言って、だいたい午後三時から四時ってところだろうか。暗くなると魔獣が活発化するから面倒なんだよなあ。相手してもあいつら俺を殺せないし。
そうして俺が空を飛びながら進軍途中だったあの集団を探しているとーーー。
「ーーーえ、と。俺の左足どこ行った?」
突如、地上から照射された赤い光を体を逸らして躱した俺は、自分の左足首から下が消失している事に思わず困惑するのだった。