第三話 〜〜死ぬ方法が思いつかないんですけど?〜〜
セリナが作ってくれた料理を食べた後、俺はぼーっとしていた。
「どう、お兄ちゃん。少しは元気出た?」
「……んー」
「あっそ。…………自信作だったのになぁ」
俺を気にしてか声を掛けてくるセリナに俺は適当に相槌めいた声を返し、またぼーっとし始める。
ショック過ぎて思考が回らない。
俺を殺すと言っていたデリバリー・ヘルこと魔族のジランが、もしかしたら既に亡き者になってしまっている説が浮上してしまったのである。
希望が潰えた。もう何もする気が起きない。
息を長時間止めたら簡単に御臨終できないだろうか?
目を閉じた瞬間、永眠できないだろうか?
そんなどうしようもない事ばかり考えてしまう。
「…………」
天井に穴が開くほど見つめた後、視線を下へとずらすと、台所で洗い物を終えたセリナが一息吐いてお茶を飲んでいるのが視界に入った。
「なあに?」
そう言いながら困ったように笑われても、俺が困る。
さっきこいつは何を俺に聞いていたのだろうか。水の音で点で聞こえなかった。
だめだ。話題の一つも思いつかない。
「どーぞ」
「……ん、ぁぁ」
すると、セリナからお茶の入ったカップを差し出され、俺は背もたれから実にゆっくりと体を起こした。
セリナは偉いな。
なんでこんな人間なんかの幼馴染みやってんだうか。俺だったら、近所にこんな面倒臭い奴がいると知った時点で関わらないよう徹するのに。
「……はぁ〜……」
お茶が沁みる。
バッキバキにひび割れた心になんと優しい一杯か。
ああなんだか。
「死にたくなってきた……」
「あのねえ、人の入れたお茶飲んで死にたくなるってどう言うこと〜」
「いやだって」
「だってじゃないでしょ、もぉ」
俺と言う生きる気の全くない人間のすぐ側にセリナみたいな甲斐甲斐しい人間が、こうして俺に施しをしている状況を客観的に見るとだな。こうね、なんとも不釣り合い過ぎて、今すぐにでも俺は世界から滅せられなきゃいけない!みたいに思うじゃないですか。俺が幼馴染みでマジですいません。
どうか俺以外のいい奴がセリナの前に現れますように!
そうですよ、ほんと、セリナさんやい、早くいい人見つけて結婚なされ。
「むぅ。なによ、その目は」
「いやいや、なにも」
「えっち」
「なしてそうなる……」
縁側に座る年寄りが若者を心配するような心持ちで見ていただけだと言うのに。
あれだね、セリナさんはお年頃なんですねはい。
「で、お前はいつまでここにいるつもりなんだ?」
「なに、いちゃいけないの?」
「さあな。俺は特にお前に用はないし。お前の用も済んだんだろ?こんな俺に時間使ってないでちゃんと意味ある時間過ごせよ」
「お兄ちゃん可愛くない。別に意味なくないもん。いていいんだったら放っといて」
気遣って言ったのだが、少しムキになった声が返ってきてしまった。
出ましたよ。これぞ、年頃娘のよく分からん反応。ここに居たいと言うのなら居させてやるのが大人というものだ。伊達に精神年齢を重ねてはいない。
「じゃあ、俺は出るから好きにしててくれ」
「えっ、行っちゃうの!」
ガタッと音を立てて立ち上がったセリナに俺は少し驚きながら振り向いた。
「どした、いきなり」
「だって」
本当にどうした年頃娘よ。
金ならやらんぞ?ないからね!
「……帰るの遅いの?」
「遅いも何も、帰ってくる気はない」
何故かもじもじして言ってくるセリナに俺は無視していつも通りに返事をした。すると、セリナが急にムッとした表情を作った。
何か言いたそうにしているのがすぐに分かる。だが俺はそれが面倒臭いことに繋がりそうな気がして、セリナが口を開く前に先手を切った。
「帰って来れないからに決まってんだろ。なにせ俺は今日こそ死んでくるからな!飯も食って腹もたまったし、淹れてくれたお茶のおかげで気も紛れた。待つのはもう終わり。今なら逝ける気がする!」
「ん〜〜もう、バカっ!せっかく、……せっかく私……」
「はいこれ」
ぷりぷりしながらスカートをぎゅっと握っているセリナに俺はさっと封筒を渡した。
「今日の遺書だ。よろしく」
言うと、セリナは力んでいた手を緩め、盛大に呆れたため息を吐きながらそれを受け取った。
「んじゃ、ちょっと死んでくるわ」
「もお。いらないよ〜。お兄ちゃんには死ぬの無理だってば。それにどうせこれ、一言二言しか書いてないんだから。無事死ぬことができました!!コングラッツレイション!!!とか。もう意味分かんないってばー!」
「っ、読んでないのに書いた内容がバレてしまった件について」
まさか一語一句当てられてしまうとは。
んー、流石に毎度毎度遺書を書いているとネタが尽きるのが否め無い。
次回からは何かの豆知識でも書いておこうか。
「くだらないこと言ってないで。お兄ちゃん、魔法得意なんだから、それ使ってお金でも稼いでくればいいのに。お兄ちゃんこそ、もっと意味ある時間過ごしなよ」
おお、なんか就活前のオカンみたいなセリフだな。
だがしかし、信念ある者には他者の意見など全くの無駄と知れ!
「何を言っている!意味だと?大有りだたわけよ!魔法とは自殺する為に身に付けた技術なんだぞ!金稼ぎだの人助けだのと、そんなくだらない事に使えるか!こうなったら絶対に今日死んでやる!!じゃあ、行ってきます!」
痛々しい人を見るような視線から逃れる為、俺は逃げるように自宅を飛び出した。
「はぁ〜。夜までには戻ってきてね〜」
「死ぬから戻ってこれない!」
「ばかっ!」
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と言うわけでやって参りました、我が自殺実演試験研究広場!
レトノアの町から目と鼻の先にある、山の麓の広場である。リーリャ峠のすぐ近くにあります!と言えば近隣住民ならすぐに分かる場所である。
大通りから逸れたここは、遮蔽物の無い平原となっており縦横無尽に動くことができ、尚且つ人が立ち寄ることもごく稀だ。だから、多少無茶をしても誰かに迷惑を掛ける心配が少ない。
まさに全力で自殺をするには打って付けの場所!
ちなみに近隣の町の人たちは近頃、『終焉の境界線』なんて勝手に呼んでいたりするらしい。
まあ、他人からしたら得体の知れない魔法を日々ぶっ放している訳で。その光景を客観的に観れば今にも世界が終わるのではないかと思われなくもないだろう。
俺だったら絶対に近づきたくないし、関わりたくもない。
「最近は大人しく家でジランの奴を待ってたからな。準備運動も兼ねて徐々に体動かさないとな。そしたら、フルパワーでいきますかね」
と、その前に。
「雨が降りそうなんだよな。濡れんの嫌だし、先に雲を吹き飛ばしてからしよ」
せい。
と、軽く腕を振って石ころを上空へと投げた。
石ころは高く高く上がっていく。
雲に吸い込まれるように上がっていくと、やがて石ころが雲に包まれて見えなくなった彼方で突然景色が歪み、次の瞬間、重く垂れ下がっていた雨雲が光の粒子になって霧散していった。
「じょーでき、じょーでき。おっかないエアルストラスト現象も使いようによっては天候操作にも有効ってね」
エアルストラスト現象とは、簡単に言えば魔法に必要なエネルギーの急激なる枯渇による爆縮作用のことである。
火に例えるなら、バックドラフト。
水に例えるなら、津波の引き戻し。
光に例えるなら、超新星爆発だろうか。いや、それは大袈裟か。
つまりは、足りなくなった分を補う為に周囲から回復作用が押し寄せて、その力が更なる作用を引き起こして何倍ものエネルギーを生み出す、ってことだ。
世の中に存在するものは、全て形や空間を保つ為に現状維持をしようとしているのである。その力を利用したのがさっきのあれだ。
とは言っても、あの石ころには先に必要な魔法の力を発動後に吸収するという部分的遅延術式を施してあったから雲がエーレアに変換され消え失せたってことなんだけど、誰も魔法に興味ないよねそうですねはい。
ちなみに、エーレアの薄い上空だから雲が散る程度で済んでいるけど、地上でやったら簡単に地形が変わっちゃうから、みんなは真似しちゃダメだぞ!
「いててて……。体、凝ってるな」
俺は降り注ぐ日射しの中、着々と準備運動をしていった。
「二週間動かないだけで結構感覚が狂うもんだな。体を動かすことよりも、魔法操作に注力した方が全力を出せそうだな」
幸い、この周囲のエーレア濃度は俺が二週間来なかったおかげなのか、かなり満ち満ちていた。それは普段あんまり使えない出力の魔法が使えそうなほどに。
「…………」
これはもしかすると、もしかするかもしれない……。
自殺出来る可能性がぐんとあがった気がする!
「まあ、この体に一度も傷を付けられたことないから憶測でしかないけどさー。だがしかし!今日は最悪、傷だけでも付けられる可能性があるのは事実。それはまさに、大いなる一歩と言えよう!ふむ。今日は、プランを入念に練る必要があるようだな」
俺の体は多少の痛覚までは受けるようにできているのだけれど、そこまでなんだよな。ちょっと皮膚をつねった以上の“強さ”と言いますか、“威力”と言いますか、衝撃?攻撃力?……まあ、だいたいそんな感じアレが効かないんですよねはい。
マッサージのつぼ押しで痛気持ちいいまでは感じるけど激痛にはならない、みたいなそんな感じといえばいいだろうか。
とにかく、何をしても体を傷つけることができないのである。
人体的かつ生命的活動停止を物理的にも、魔法的にも負荷を掛けてたってこの体はものともしない。
毒もダメ。
窒息もダメ。
体内破壊もダメ。
もっといえば、目と瞼の間にあらゆる魔法を撃ち込んでも傷は愚か涙の一つもでやしないまである。それってどうなの?逆に泣けちゃうんですけど。
別に体組織が高硬度な訳ではなく、普通の人体の質と何ら変わらない。
しかし、何も通さないのである。
鳩尾を殴られたって、衝撃が体内に全く来ない程である。
そういえば、マグマに飛び込んで窒息実験をしたこともあったな。平然と陸に帰ってきた時は流石に笑ったっけ。
「……死ねない体」
絶体なる死の無効化。
そういう力がこの体に働いているとしか考えられない。
それをぶち破ることのできる【必然の死】をこの体に叩き込まなければ、俺は死ねないということだ。
魔族の腕力ですら腕の一つも千切れなかったし、さて、どうしたものか。
「魔法以上の爆発的な力で体表面を、いや、内部から致命傷を与えるには……」
俺はふと、今日一番の高い位置に昇った太陽を見上げた。
「……そうか!その手があった!!!」