第十三・二話 〜〜俺は回想シーンすらまだやってないんだが?次はおっさん視点ですか?〜〜
その夜、皆が空を見上げていた。
星が瞬く夜空を覆うように出現した幾何学模様の光。
基本色は緑色だ。
だが、立ち位置や見方によっては水色にも茜色にも見える。その巨大な光の輪はオーロラのように光の燐光を伸ばし、観ている者達を魅了していった。
「私は夢でも見ているのか……?」
その中の一人、ガスタード・フォルグス少将は目を疑わずにはいられなかった。
「あれが現実だとでも言うのか」
魔法陣は、神に選ばれた者にしか出現しない神聖なものの筈だ。それがマーゼル王子とは比べ物にならない規模で展開されていた。見上げても決してその全てを視界に収めることが出来ない。これから何が起こるというのだろうか。引き起こされる事態に、まったく見当がつかなかった。
「……手が」
不意に指先が冷たくなったのを感じて自分の手を見るとガタガタと震えていた。それが魔法による攻撃であれば心の整理もついただろう。だが、残念なことにこの原因は魔法によるものではなかった。
私は、ただ目の前の燦然たる光景に未知という恐怖と単純で純粋な感動を覚えて、訳も分からず震えていただけなのだ。
そしてそれは私だけではなかった。
気付けば、爆風によって吹き飛ばされてきた兵士達もその光景を見て起き上がり、そして、その場で固まっていた。
隊列も指揮伝達もできたものではない。実質、我が軍は壊滅状態だった。
「ヤツは、いったい何者なんだ」
巨大な光の輪を作るその中心を私は睨むように見た。
【死にたがりの不死身野郎】ーーーそう呼ばれている男が醜悪な笑いを浮かべながら空に浮いている。そして、対するは先ほど私が気絶させようと魔法で狙っていた人物、ギオ・ゼランダ帝国第一王子のマーゼル様がいた。
二人は空と地上という位置にいながらお互いに向かい合って何やら話している。しかし、それは単に話しているのではなく、マーゼル様は凍りついた左腕を抱えながら地面に尻餅を付き、一方的に話している【デ・ナウズ・ロック】に恐怖の表情を顔に張り付けて喚き声を上げながら見上げているだけに過ぎなかった。
「……っ、これはいったい……」
帝国兵士であれば真っ先にマーゼル王子に駆け寄り、その盾となるべく馳せ参じるのが自分の正しい在り方だろう。
だが、私はそれができないでいた。
どうしようもない王子なぞ、助ける義理もない。と、そういった話ではない。確かに許せない部分もあるが、腐っても自国の王子だ。助けないわけにはいかない。
だから、これはそれとは異なる理由だった。
「どうしてだ」
足が一歩も動かない。
そんなこと今の今まで気が付かなかった。
しかし、自分がそうなった原因は明確だった。
マーゼル王子の方へ目を向けたその時から底知れない恐怖が体を支配していた。自分は恐怖を感じない人間などと嘯くこともしなければ、虚勢を張るような真似をする性格ではない。だから、今私はそれを感じていると素直に断言できた。
しかし、だとすれば私はいったい何に怯えているというのか。
「なにか……いるのか……」
マーゼル王子の真後ろに鎮座する巨大な人工物ーーー【移動式魔導砲台ザナル・バフ】。
本能的に視線がその中心へと向いていた。
瞬間、ぞわりと背筋に嫌な感覚が走った。
「来るっ!!」
私がそれを口にしたと同時に、ザナル・バフの破損し穿たれた中心部から赤い閃光が空に向かって放たれたのだった。




