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第十三・一 〜〜Chapter : score_C・A{Another[Kushana]} ……チャプター:スコア?はい?シーエー……C・Aって、まさかね〜〜③




 セルゲイは言ったーーー。




「ジランのいなくなった席を空けておくのは惜しいと思うわけさ」


「どうせ空いているなら、僕が座っても構わないと思わないかい?」


「反逆?違うだろ。これは全て王の為さ。内政の判断に迷われている今、それを正す人材が必要なんだ。それが僕」


「王の側にこそ僕は相応しい。あのお方を認めさせるだけの力を僕は持っている」


「だけど、人望が厚い僕はやる事が多いのだよ。とても手が足りない」


「そこでだ、クシャナ。貴様の出番だ。お前はコレを使って【収穫】に行ってこい」


「一人でやれ。誰にも気取られるなよ。もしもバレたり、他の貴族どもに話したらその使用人を殺す。今度こそ、殺す」


「抜かりはない。見てみろ、コレを。お前の為に【エルフェンサー】まで用意してやった」


「さあ、適合調整(パッチ)を飲んでそれを付けろ。生成法については聞かない方がマシだろうが、お前の為だ。特別に教えてやろう」


「側に落ちていたジランの肉片だ。抽出するのは意外と簡単だった」


「チッ、手こずらせるなよ。一瓶飲むのにどれだけ時間を取らせるつもりだ」


「【収穫】した“材料”はある程度貯まるまでお前が保管していろ。時期が来たら遣いを寄越してやる」


「当たり前だ。そのまま人界で【収穫】し続けろ」


「そうだ。あと、これを作れ」


「魔導機の設計図だ。劣等種を有効に使えばいい。製造に失敗してもそいつを殺すからな。必死に足掻けよ?」


「楽しみだなぁ。これさえあれば焉魔など瞬殺さ。そうすれば王は必ず僕を認めてくれるはずだ」


「じゃあ、しっかりやれよ。全てはオルデナウト家のために」




 セルゲイが部屋の外へと出ていこうとする。

 私は焦り、後を追った。


 ーーー私はどうなってもいい。だけど。


 無理矢理飲まされたパッチが身体に上手く馴染まないのか、私はやっとのことでセルゲイの服の裾を掴んだ。

 体が重い。

 力が入りづらい。

 五歩にも届かない距離を早足に移動しただけで視界が揺らぎ、呼吸が盛大に乱れた。

 掴んでいるはずの指先の感覚すら怪しい。


「ハァ…………ハァ……ハァ………」

「なんだ、離せ」

「ッ…………」


 セルゲイに手を叩かれ、離されてしまった。力一杯、掴んでいたつもりだったのに。


「なんのつもりだ」

「……ぁあっ、ぐっ」


 反対に私がセルゲイに髪を掴まれ無理矢理顔を上げさせられた。


「貴様に話す事などもう何もない。さっさと人界へ行け」


 セルゲイに従う使用人の一人が私を人界は飛ばすためだろうか、前へ出て来た。


「ま……」


 しかし、私は簡単に振り解かれてしまった手をもう一度掛けた。


「待っ……て」

「ああ?待て?」


 息も絶え絶えで、頭がぼうっとする。


「あの、子を……治して」


 私は小さく掠れた声で言うともう立っていられなかった。髪を掴んでいたセルゲイは何の躊躇いもなく手を離し、私は手を着くこともできずに下手くそに倒れた。


 ーーー早くレィミアスを助けなきゃいけないのに。


 倒れている場合ではない。それが分かっていても立ち上がることすらままならなくなっていた。


「自分で手当すると言ったのはお前だろ。血を止めて。薬を塗って。使用人には充分だ。良いじゃないか。目を覚ませば自分でなんとかするだろ」

「違う……あのまま、じゃ、レィミア、スが死ん……じゃう」


 レィミアスの手当てを始めた時から私はそれに気が付いていた。

 大小様々な切り傷が腕や脚の至る所にあり、大きな傷からできるだけ早く処置を施していった。止血や塗り薬を塗る程度のことであれば私にもなんとかできたのだ。

 しかし、そうでないところは。

 セルゲイの話を耳にしながら、私は薬箱の中とレィミアスの体を何度も視線を往復させていた。

 角は折れ、爪も剥がれ落ち、両の足首は赤く膨れ上がり、右肩の位置は明らかにずれており、左肩から肘にかけては青紫色に変色している。服の下は殴打の痕が幾つもあった。

 初め、レィミアスの痛々しい姿を目にした時に震えだした指先は今や腕の方まで伝わっていた。

 彼女を適切に癒す手段が分からなかった。

 そもそもこんな小さな箱一つでどうにかできる怪我ではなかったのだ。

 そうして私は今、体の自由が利かなくなってしまった。

 頼れるのは、もう。


「レィミアス……を、助けて」


 こんな奴らにレィミアスを渡すなんてそんな手段は取りたくない。たが、レィミアスを助けるにはこれしかなかった。


「わた、くしが……、戻るまで……絶対、に、その子を死なせ、……ないで!」


 レィミアスがもしも死んでしまったら。

 その意味が分からないセルゲイではないはずだ。

 すると、セルゲイは心底嫌そうな顔をしながら言った。


「別にこんな人質を手元に置いておく意味はない。言っただろう?僕は忙しいんだ。その死に損ないに見張りを付けて終わりだ」

「っ、セル、ゲ、イ!」

「だが」


 そこで言葉を切ったセルゲイは私の顔の前にしゃがみ込むと続きを言った。


「それでお前が結果を確約するのであれば。まあ、気に食わないが妹分ということを考慮して、預からなくもない」


 口の端を吊り上げたいやらしいこの笑顔を私はこの先も忘れないだろう。


「殺し、たら……許さ、な、い」

「なあに。気の持ちようは重要だからな。取引として受けてやる。それなら貴様自身、要らん余計なことをしようとは思わないだろう?」

「……」

「おいおい、お前が僕を引き止めたくせに、意識を飛ばさないでくれよ。腹が立つだろう?」

「ーーーあがっっ!!」


 左の頬に強い衝撃を受けたが、私は何をされたのか分からなかった。


「そう言えば、【黄金の血】には万能薬としての効果もあるらしいじゃないか。ベラナ様にくっついていたお前ならその事にも詳しいだろ。せっかくだ。その死に損ないのためにも“材料”を取ってこいよ。瓶の一つくらいは譲歩してやる。精々頑張るんだな」

「……………………」

「設計図を持たせて飛ばせ。僕は先に馬車に乗る。時間を掛けるなよ」


 霞掛かるような視界の中でセルゲイの足が遠ざかっていく中、私は最後にレィミアスに触れたいと思い手を伸ばした。

 だが、その前に、セルゲイの使用人によって人界へ飛ばされた。


「待っていて…………レィミアス」





 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





 人界へと飛ばされた私は数日間、体調が戻らず、森の中を這いずるように彷徨っていた。

 干上がった様な喉の渇きと腹の内側を焦がすような空腹感。なのに、鳩尾を突き上げる酷い吐き気に襲われ、胃液で喉をさらに焦がす。たとえそれが無くとも、笛の音が反響したような鳴り止まない耳鳴りのせいで頭痛し、頭が常に重かった。視界は相変わらず朧げで、見ている物へと焦点が合うまで時間が掛かった。

 要するに、最悪だった。

 エルフェンサーを使うためのパッチが尽く私に合わなかったみたいだ。そもそも私が飲まされたパッチは、セルゲイが無理矢理作った物なので確実な適合が見込めないのは当然の帰結と言えた。

 そのお陰でリーフの違和感は拭えず、魔法すらまともに構築できない状態が続いている。簡単な術式も振り絞るような集中力を必要とした。だから、魔物に遭遇する度に私は死ぬ思いだった。

 しかし、諦めることも投げ出すことも私にはできなかった。死ぬなんて冗談じゃない。そんなことあってはならない。唯一、心から私のことを慕ってくれるレィミアスを私は迎えに行かなければならないのである。彼女が一人で苦しみに耐えていたあの時のことを私はしっかりと謝らなければならない。駆けつけてあげられなかった私は彼女に許しを請わなければいけない。でないと、私が彼女の側に居られやしない。


 ーーー使用人以上に立派な働きをした彼女から私は、「クシャナ」と呼んでもらいたい。


 そんな細糸を手繰り寄せて縋り付くように、私は死に物狂いで森を彷徨い続けた。

 そして、ようやく川を見つけた。

 数日振りに口にする水。

 むせ返りながら飲んだ。

 するとその途中、二つの何かが川沿いを歩いてこちらに近付いてくるのに気が付いた。


「見て、誰かいるよ」

「本当だ。誰かいる」

「どうする?」

「どうしよう?」

「知らない人?私たち叱られない?」

「村の人?お母さんに叱られたくない」

「でも、お話ししたい」

「他の人ともっとお話ししたい」

「じーー」

「じ〜〜〜」

「「行こう!」」


 双子の人種(ヒューラス)の子供が小走りで近寄ってきた。

 だが、極限状態だった私には白い毛並みの魔獣が襲い掛かってくるようにしか見えなかった。

 碌に立てない私は、膝立ちで魔法の構築を始めた。

 ぼやける視界で距離を測り、今なら辛うじて飛びつかれる前にやれる。

 そう考えていた。

 しかし、術式は一向に組み上がらなかった。横で流れる川の音や風で葉を揺らす木々の音が。前からくる魔獣の声が。焦燥感に駆られた心臓が。私の集中力を一気に削いでいった。

 酷い頭痛と迫り来る身の危険。

 私は、まるで死の淵に追い込まれていくような感覚に襲われていった。

 あえなく魔法の構築は失敗する。体に纏うリーフの循環がまた一段と悪くなり、過呼吸にも似た息切れを起こす。

 そんな私を目の前に二匹の魔獣はすぐそばまで来ると、すぐに襲って来ずに品定めする様に覗き見てきた。

 銀の瞳と目が合う。その後ろにいた片割れも私を舐め回すように見てくる。

 私は怖気が走ると同時に飲んだ川の水を吐き出した。


「わっ!どうしたの!大丈夫?」


 魔獣にすら下に見られなんて、私は最悪の気分だった。


「寒くない?これ貸してあげる?」


 片方が遂に背後に回った。

 何やら吠えているようだが、私の耳にはもはや水中にいるようなくぐもった音しか聞こえなくなっており、敵の正確な気性を探ることすらできなかった。


「あっ、なにこれ、背中に何か生えてるよ!」

「生えてるってなに?わたしにも見せて」


 挟み撃ちにするのかと思いきや、もう一匹も私の後ろへ回り込んでいった。

 背後から襲い掛かり両翼をむしり取ろうとでも考えているのだろうか。

 私は、そうはさせまいと相手を正面の位置に捉える。

 すると、二匹は何やら話でもしているのかお互いに鳴き始めた。

 のろまにしか動けない私を蔑み、揶揄っているらしい。

 もう一度。

 もう一度、魔法を。


「……ぅ………………」

「たいへん!お姉ちゃんの元気がない!」

「本当だ!たいへん!元気がない!」

「ねえ、大丈夫?」

「大丈夫?」


 まるで躓くようにして両手を地面に付いた私の目の前に魔物が顔を突っ込ませてきた。


「ーーーッ!!」


 普段であれば、アンチウェアで身体を覆う魔物相手に素手で挑むようなことはしない。魔族である我らですらアンチウェアに触れた面から徐々に自戒していってしまうからだ。

 だが、その時の私はもう正常な判断ができる状態ではなかった。


「「どうしたの?」」


 私の顔を覗き見る二つの頭に手を伸ばし。


「「え?なぁにーーー」」


 二つの頭蓋を掴むと、互いに合わせるように叩きつけた。


「………………………………………………………………」


 騒がしかった魔物の声は止んだ。

 返り血が顔に掛かり、垂れた先が口の中に入ってきた。

 吐き捨てようとした瞬間、舌の先に触れたそれが身体に何かを起こした。

 ドクンッ、と心臓が鳴ったのを今でも覚えている。

 あろうことか。

 私は貪るように、掴んでいた魔物の頭から血を啜り始めた。

 余程、私は力が弱くなっていたらしく、頭を潰すつもりで力一杯叩きつけたのだが、二つの頭は多少の陥没程度だった。しかし、それでよかった。お陰で傷口から流れ出す血をしゃぶることができる。完全に潰れていたら、さぞ勿体無いことをしていたに違いない。


「ぁぁ…………っ、…………」


 死んだと思っていた魔物から声が漏れた。

 なるほど、これは単なる動物だったようだ。


(生き血がこんなに美味しい動物がいるなんて)


 啜り。舐めて。また啜って。

 私は滑らかな舌触りと味わったことのない不思議な味に酷く惹きつけられていった。

 嚥下する度に身体中が熱くなる感覚を覚えた。


(………………)


 しばらくして、私はようやく血を啜るのをやめた。傷口の血が固まり出てこなくなったのと、全てを飲み尽くすには勿体無いと思ったからである。

 そうして、耳朶を打つ傍らに流れる川の音と風に靡く木々の葉の音を聞きながら、両の手にそれぞれ掴んだ二つの頭を私は見下ろした。


「そう。私は運が良い」


 手にしている物がヒューラスのものである事を確認し、そこに尖った耳が付いているのを見て満足気に言った。

 道理で身体の不調が消え去ったわけだ。

 もう何年もこんな清々しい気分を味わっていない。と、そう思えるほど体調は回復していた。


「王がこれを禁ずるわけだわ」


 こんなもの口にしたら、ただの“材料”にするのは勿体なさすぎる。

 皆がこの味を身を持って知ってしまえば、そんな声が多く上がって魔界はみるみるうちに資源不足に陥るだろう。


「あら」


 指先に着いた血を名残惜しく思いながら舐めていると、片方の頭の異変に気がついた。

 よく見れば、目玉が一つ足りなかった。どうやら陥没した勢いで飛び出てしまったようだ。辺りに目を配って軽く見やれば、それはすぐ見つかる。自分の腹部にそれが潰れて付着していた。

 私はセルゲイが切り刻んだ服の上から綺麗に目玉を取り除くと、眼球の元あった場所に無理矢理詰め直した。


「勿体ないわ。辛うじて生きてるようだし、大切にしなきゃ」


 劣等種どもは“忌み子”としてコレを扱っているが、その全容も知らずに言い伝えと偏見でそうしているのだから本当に愚かな種族だ。そのせいで生まれた瞬間殺してしまう馬鹿までいるほどだ。

 元々数が少ないのにそんなことをされてはたまったものではない。

 そこで私は、ふとあることを思い出した。


「パッチの拒絶反応が解消されたってことは、身体に適合したのかしら」


 それとも、汚染が取り除かれたか。

 そのどちらかである。

 適合していれば、問題なく使えるはずである。


「使えないなんてことはよしてほしいわね」


 私は試しに左耳の耳飾りと右手の指輪の形をしたエルフェンサーを起動してみることにした。

 両方のクォーツに刻印された術式が自動で構築されていき、その直ぐにホログラムの地図が目の前に投影された。

 ベラナ様の扱っていた様に操作すると、自分の足元に転がる二匹がマップが確認できた。


「本当に私はついてるみたいね」


 正常に起動できたことにひとまず安堵した。

 ついでに他にもいないかと周囲を調べてみたが、反応は見られなかった。


「それはそうよね。このサイズで二匹も見つかるなんて方が珍しいもの」


 セルゲイは【収穫】する“材料”について明確な量を言っていない。だから、なるべく多く見つけておきたいが、獲物は同じ大陸で一年に一匹見つかるかどうかの希少種である。

 セルゲイが馬鹿な要求をしてこないことを祈るとともに、あと二、三匹は見つけたいところである。


「とにかくこの二匹はこれ以上鮮度が落ちないように加工しなきゃならないわね」


 そうして私は、どこだか分からない森から勝手知ったるとある王城の一室へと転移した。





 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





 ベラナ・トーライル・ダリアスバーグの支配領域、ゼフトラングダ大陸にある大国ギオ・ゼランダ帝国。

 その王城の中にある王室へ、私は転移現体を果たす。

 すると、丁度部屋に入って来た男とばったり出会した。


「これはオルデナウト様。突然の来訪とは、何か急用でございますか」


 男はすぐさま居住いを正し、私の前に平伏した。無様に悲鳴を上げなかったのは、こいつの性だろう。

 流石は現国王ーーーラオゼル・シェイゼ・スレイス・アウグスト・ラヤ=ゼーランドといったところか。


「わざわざ聞くな」


 私はラオゼルに向かって無理矢理持たされた設計図を放り投げた。急いで作れ、と一言告げ、次いで“材料”を保管するための装置を用意するように言った。

 ラオゼルはただ従順に返事をすると、部屋を一度出て城内の者たちに指示を出していった。そして、戻って来たラオゼルに手に掴んでいた貴重な“材料”を渡すと王城を後にした。出ていく間際、体全体を覆うことの出来る男物のローブを拝借していった。

 そして、数日ーーー。

 私はベラナ様の支配領域であるゼフトラングダ大陸を離れ、ジラン様の支配領域であったランフラーブス大陸で【収穫】を行なっていった。

【収穫】は非常に難儀した。

 人種の間で忌み子として扱われているソレは非常に数が少ない。産まれても親や周囲の人間によって殺されてしまう場合もよくある。だから、エルフェンサーを起動したからといっても必ず見つかるわけではないのだ。

 更に、そのエルフェンサーも【収穫】を困難にさせる一つの要因を持っていた。というのも、一度の起動でかなりの体力を必要とするのである。連続で扱い、眩暈や吐き気を被り苦しんだ。

 結局、滝壺の奥で隔離されていた一匹しか捕まえることができなかった。だから、碌に休まずに動いていた私はその一匹から身体の部位を小さく削ぎ落として、口の中で弄ぶように咀嚼しながら染み渡る血の力で体力の回復を図った。

 美酒に寄ったような心地に包まれながら、また獲物を探しに大陸中を駆け回った。


(ベラナ様はこの生き物の味を知っているのだろうか。いや、ベラナ様だけではない。エルフェンサーを使い【収穫】することを義務付けられたグランジックス・ルーラーズの全員、これのことをどこまで知っているのだろうか)


 探索の途中で肉片を口に入れ、その味を感じる度にそんな余計なことを思った。

 ベラナ様の派閥は、ジラン様のように襲撃を装った【収穫】を方針としていなかった。人界に於ける集団の意識を意図的に操作して、労せずして収穫する【宗教】という方法を取っていた。だから、エルフェンサーの使い方は知れども獲物を直接目にしたのはここに来て初めてだった。

 派閥トップの近くにいた私ですら知らないことがある。だからこそ、他の者たちがどれだけコレについて知っているか気になって仕方がなかった。

 数年前にベラナ様に“材料”について聞いたことがあったが、「生きた燃料なんて知らない方がマシだ」などとはぐらかされたのを覚えている。

 王からの命で“材料”の着服を固く禁じられていた私たちは、それが持つ効力を噂程度でしか知らない。

 だけど、その味を知った今の私なら、王であろうとグランジックスであろうと、その言葉に反論してしまうかもしれない。


「こんなにいい、……ぃいもの、なのに」


 また体力の回復に切り落とした指を骨ごと咀嚼する。舌で感じる味がなくなっても尚、噛み続けるのを辞められない。

 これらをセルゲイ達に渡すのが惜しい。

 時が来たら私が【収穫】した全てを奪い、きっとレィミアスに使う分まで取り上げるに違いない。

 もっと探さないと。

 もっと。

 それで付き纏う監視を撒いて、レィミアスを助けに行って。

 それで。


「……ダメだわ」


 それだけじゃ、元の生活に戻れない。

 私が貴族の中で力がないからセルゲイの様な輩が来る。私だけでなく、レィミアスを傷付ける。私のせいでまたあの子が傷付くなんて耐えられない。

 いつまでもベラナ様に縋っている訳にはいかない。

 力が。

 地位が。

 誰にも有無を言わせない権力が。

 私にはいる。

 必要。

 そう。

 やはり、これしかない。

 あの時。

 大臣達の話を盗み聞きした時に私の衝動を掻き立てた、あの考えを。

 現実にさせる必要がある。

 セルゲイを信用なんてしない。

 必ず奴を出し抜いて、レィミアスを助けだす。

 その為の準備をこれからするのよ。


「そろそろ場所を変えるべきね」


 同じ大陸では、これ以上見つからない可能性の方が大きい。地形が把握できるほど探索した私はそこで打ち切った。

 セルゲイに従っている振りをするにしても、自分の計画を実行するにしても、まずは“材料”が多く必要だ。

 もっと効率を考えなければ。

 そうして私は一度、ラオゼルのいる王室へと戻った。

 そこで私はいくつか摘み食いしてしまったその一匹を、殺さない程度に加工し始めた。

 切り刻む度に獲物が絶叫とも言える悲鳴あげ、それを聞きつけてラオゼルが部屋に駆け込んできた。しかし、私は作業を止めることなく、肉片や血を入れる為の容器を用意するように命令し、そのいくつかを自分の【擬位界層(フェイクテクスチャー)】にしまっていく。生きている残りは保存用の魔導機に入れ、ラオゼルに保管庫へしまうように言い渡した。

 そうして。

 夜も更ける頃、私は四匹目を探しに他大陸へ飛んだ。

 セルゲイは王の命に反逆するのではなく、認めさせるだけの手札を私に用意させようとしている。

 それが、【収穫】した“材料”であり、今作らせている大型魔導機だ。

 私はそれを利用する。

 全て私が調達するのだから私の功績を易々と渡すつもりはない。そして、魔導機を作るだけでは詰めが甘い。それを使い、能力の有用性を実証することこそが王を頷かせるに違いない。

 魔導機の的として丁度良い物に、私は心当たりがあった。


 ーーー【死にたがり】という、ジラン様を返り討ちにして啖呵を切った劣等種ーーー。


 その噂はジラン派閥の者が話しているのを聞いて知っている。ジラン様の怪力と魔法すら無効化する魔法を用いているらしい。更にラオゼルに聞いたところ、不死身の身体を有しているという噂もあるらしい。だが、そこまでいくと噂が一人歩きしてふざけている様にしか思えなかった。でも、あの設計図に書かれている魔導機なら、そんなヒューラス如き確実に屠れるはずである。

 なにせ、対焉魔用の魔導機なのだから。その威力は、魔導機に使われる動力のことを考慮しても理論的に保証されていると言っていい。

 セルゲイはあの時、設計図の出所を一切口にしていなかったが、これほどの物を入手するのにきっとまともな方法を使ってはいまい。焉魔を一撃で倒すほどの魔導機というのは、その価値は【グラン・リバイサー】に匹敵する程の物である。

 そんな物を魔族に歯向かう生意気な劣等種に向けたらどうなるか。

 魔法の無力化?

 不死身?

 そんな道理は全く意味を成さないだろう。

 性能の証明に打って付けだ。

 だからこその、試験運用。

【死にたがり】を殺し、ジラン様の敵討ちとして骸の一つでも献上すれば、王は必ず私の能力を認めてくれるはず。

 それでやっと、レィミアスを守ることができる。





 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





 それから約二週間ーーー。

 転移とエルフェンサーの使用を繰り返し、私は四つの大陸を渡り、計二匹の“材料”を手に入れ戻ってきた。

 無傷で手に入れた二匹を保管庫へしまうと、私はその足で大型魔導機の様子を確認しに行った。

 ラオゼルが言うには、国中の専門家や技師を掻き集めて建造に取り掛かっていると聞いた。そして、その現場に息子である第一王子が割り込んできて勝手に舵取りを始めているらしかった。

 私としては完成さえすれば誰が作ろうとも構わない。むしろ不都合が生じるのはラオゼルの方だろう。魔族との関係が国王以外の人間が知るのは不味いらしい。それも全て人の歴史が犯した過ちのせいだ。もしも、私の計画の邪魔になると感じれば、その第一王子とやらの息の根を止めるだけだ。

 第一王子が死んだところで、国政には何の影響もない。それはつまり、ベラナ様の【宗教】政策にも支障がないということである。

 さて、どんな奴だっただろうか?

 私は格納庫へ続く従業員隔壁を開けて、その場に立ち入った。


「ーーーてくれ!私たちの話を聞いてくれ」

「マーゼル王子、どうか!」

「ええいっ!なんてしつこい!貴様らは俺の言うことをただ聞いていればいいんだよ!いちいち歯向かって手を止めるなっ!」

「ですが、アレはどう考えたっておかしい!王子はアレを見て、なんとも思わないのですか!?」

「はっ!アレがなんだと言うのだ?情がわくとでも言いたいのか?あんな死に掛け、もはや人ではないだろ。試作動力の稼動実験は問題無く終わったんだ。さっさと主動力の製作に取り掛かれ!」

「できません。それだけはなんとしてもできません」

「き、貴様」

「私も夫と同じ意見です」


 入って早々、私は言い争う劣等種どもに出会してしまった。


(コイツらは何をしているの)


 この騒ぎを周りで見ているだけの連中も作業の手を止めて見守っている。どうやら誰も私に気が付いていないようだった。だから、私は遠慮なく近寄って行った。

 ラオゼルと同じく仕立ての良い服を着ている方に私は声を掛けた。


「おい、貴様が第一王子だな」


 記憶が正しければ確か名前はマーゼルとか言ったはずである。直接会うのはこれが初めてだが、間違いないだろう。


「チッ、誰だ貴様は!?取り込み中が分からないのか?貴様から処断してやってもいいんだぞ。分かったら黙って……ろ?」


 大変に威勢が良かったマーゼルは、全身を包んでいたローブのフードを取って顔を見せた私を見て声の力を無くしていった。正確には、私の角を見てのことだろう。


「ま、ぞ…………ひやああああああっ!!魔族!魔族魔族魔族まぞくまぞくが、まぞくがまぞっ、なんでっ!殺されるっ!だれか、だれか助けろっ!!!近衛えぇええええ!!!」

「はぁ……うるさい奴ね」


 マーゼルの悲鳴で言い争いをしていた空気は一変し、私を中心に全員が距離を取っていった。その空間にマーゼルの呼んだ近衛兵が割り込み、武器を構えていく。中には魔法を使う者もいるようで戦闘準備に入る様子が視界に映った。


「遊んでる暇なんてないのよ」


 私はそう口にすると、戦闘の火蓋を切りながらも同時に終幕の帳を下ろす一撃を放った。


「!?」


 青紫に光を放つ閃光が筆の太さ程の鋭さを以って立ちはだかる近衛兵全員の額目掛けて照射されると、一斉に崩れるようにして倒れていくのだった。

 ーーーガシャァアアア………と。

 兵士達の身に付ける武具が床を打ち鳴らす。

 ふっ、と息を吐く私以外、誰も声を発さなかった。

 もはや辺りからは呼吸する音すら聞こえてきやしない。


「立ったまま死んだ振りをする風習でもあるの?そんな暇があるなら、早く魔導機を完成させなさい。でないと次は自分の額に穴が開くわよ」


 睨みをきかせるようにして見回すと、最後に視線の先にマーゼルを捉えた。


「貴様は私の邪魔をしにここで油を売っているのか?」

「ち、ちがう!俺は」


 尻餅をつきながら後ろへ後ずさるマーゼルに私は容赦なく距離を詰めていった。


「何が違う?貴様があの専門家達の邪魔をしていたのだろう」

「違うんだ、本当だ!聞いてくれ!ザナル・バフは今、重要な工程まで製作段階が進んでいる!それで、きさまぁああではなく、貴方様が用意してくださった動力の核を使用して主動力の単独試験稼動に取り掛かるところだったんだ!それを担当に割り振っていたあいつらがやりたくないだなどとほざきやがって。だ、だから、俺はそれの対処をしようと」


 必死になって捲し立てるマーゼルの言葉を聞きながら、私は骨組みと外装がバラバラに鎮座する区画と様々な機器が点在する場所を見た。


「だからっ!お願いだ!貴方様の言うことなら何でも聞く!だからっ!だからっ、俺を殺さないでくれ!」

「そう」


 進捗を確認した私はマーゼルから離れ、作り掛けの動力部がある場所へ向かって歩き出した。

 思っていたよりも製作は順調のようだった。てっきりまだ動力回路の構築段階程度だと思っていた私は正直、驚いていた。


「ギオ・ゼランダが喧伝する魔法技術は本物みたいね」


 すると後から追ってきたマーゼルが私の前へ出てきた。


「そ、そうだとも。ゼロから作る事も可能だ。だが、今回は精密な設計図があったからな。まさか、これを持って来られたのが貴方様だったとは」

「あら、不満?」

「いや、いいえ、そんなことはっ!」

「それで、完成はいつになるのかしら」

「作業工程に遅れがなければ、来月の上旬には」


 あと二週間。

 おそらくその頃には、セルゲイの言っていたジラン様の空席を狙う者達の争いが表面化してくる頃でしょうね。

 そろそろ、私も頃合いを見るべきかしら。


「じゃあ、引き続き任せるわ。歯向かう者がいたら手足を縛って私の前に連れてきなさい。私が始末するわ。その代わり、穴埋めの要員は先に確保しておきなさい」

「わかっ、かしこまりました。……と、それと、貴方様を見込んで、一つお願いしたく思う望みがあります。どうか、聞いてくださいますか」


 私は未完成の動力路の中で苦しみ踠く“材料”を見て生唾を飲み込むと、マーゼルの言葉に適当に頷いた。

 ああ、これを見ているだけで身体が反応してしまう。全身を満たすような満足感と高揚感、そして万能感が想起されるのだ。

 もっと欲しくなってしまう。

 マーゼルの言うことを話半分に聞き流していくと、私はすぐさまその場から出ていった。なにやら、力を見せつけたいだの。自分の正しさを知らしめたいだの。あたかも自分の考えが崇高なような口調で話していた。

 私の邪魔をしなければ何をしても構わない。それよりも早く、あの血が欲しい。手元の物はもう数が少ない。取りに行かなければ。見つけて、切り刻んで、全て吸い尽くしてしまいたい。

 もう衝動を抑えられなかった。

 転移魔法で他の大陸に飛ぼうとした時、私の体に異変が現れた。


「ーーーガハッ」


 突然の咳に口を手で抑えた。咳は一度だけでなく、しばらく続いた。そうして、止まった頃に手を見ると灰白色に石化した何かが手の上に乗っていた。それどころか、いくつも手からこぼれ落ちており、足元に広がっていた。


「なによ、これ」


 握ると砂のように砕けて手から溢れ落ちていく。

 まさか、エルフェンサーの使い過ぎによるものだろうか?それとも、パッチの拒絶反応が体内に残っていた?


「こんなの、なんだって言うのよ」


 咳も止まり、痛みもない。

 私は大丈夫だ。

 そう思い、これ以上考えないようにした。

 そうして再び転移魔法を構築していった。





 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





 計画が最終段階に入った今日、殺した両親の子供である作業員が私に歯向かってきた。

 すぐにそいつも殺してやろうとしたが、マーゼルが動力路の管理を任せている奴だからと言って止めてきた。

 仕方なく、その場はマーゼルに任せた。

 私は、懐柔した監視役の者ーーーつまりセルゲイの元使用人から魔界の現状とレィミアスのことについて報告を聞いていった。

 どうやら魔界は思っていた以上に大変な状況らしかった。王城内外から各派閥の貴族に至るまで王の支持派と反支持派に別れ、その中からいくつもジラン様の空席を狙う者が行動し始めたそうだ。

 そのせいで、内政は大いに傾いてしまっているらしい。そもそも、グランジックス・ルーラーズに突如として空席ができること自体、異例なのだ。その時点で、既にアンバランスだったのだ。あの時、書簡で広めた王の対応は時期も遅く、策も悪かった。ここまで広がってしまっては収束は容易くないだろう。

 そして、レィミアスはもう傷が癒えており、私の帰りをずっと待っているとのことだった。『黄金の血』のお陰で折れた角はすっかり治ったことも聞いた。

 魔界の内政の混乱に乗じて私は成り上がり、レィミアスを助ける。

 私は再度、決意を固めた。

 計画の実行についてマーゼルを呼び出し、二人してランフラーブス大陸に飛んだ。

 場所は、王都ファルケム。リビ=ジードという国王が統治する国だ。

 例の如く王城に無断で乗り込むと、その国王を捕まえた。どうやらこの王はジラン様がいなくなったことで気が抜けていたらしかった。

 魔族の支配から劣等種如きが逃れられると思っているなんて余程頭が腐ってるようだった。

 だから、私は宣言した。


「ここの新しい支配者、クシャナ・ムルブス・カイン・オルデナウトよ。これから貴様は私の計画の手伝いをしなさい。まず手始めに、国ごと滅んでもらうわ」


 青ざめた王が縋り付いてきたが、一蹴してやる。

 何があろうとも軍の使用を禁止し、町や村に於ける公的な連絡網の凍結を命じた。

 マーゼルは国家間の正式契約としてサインを王に書かせていった。

 これで準備の大半が終わった。

 私はマーゼルを連れてギオ・ゼランダに帰った。



 そうして、私の描いた計画は実行されていったーーー。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「うむむ、だいぶ長く見てしまった。はぁ、クシャナとやら。貴様は馬鹿よなあ。我に突っかかって来なければ、もう少しだけ足掻くことができたんじゃないかや?」


 クシャナから手を離して言うと、空を仰ぎ見て、少ししてから横たわる彼女を見下ろした。

擬位界層(フェイクテクスチャー)】の位置を記憶から確認していた我は、そこを無理矢理抉じ開け、クシャナの言う“材料”を全て奪い取った。

 その間、クシャナは全く動かなかった。それもそのはずで、リエナの拘束から逃れたとしても他者に『エンジャー曲線』を弄られてしまったのだからもう二度と動けなくて当然だ。回復魔法というものがない原因も『エンジャー曲線』にあるほどである。

 クシャナは間も無く、死を迎える道しかない。


「このまま倒れ伏すにしても、貴様は死に切れんじゃろ。貴様が溺れたコレを最期に飲ませてやる。人種の敵らしく、暴れてこい」


 我はうつ伏せに倒れるクシャナの顔を横に向け、奪った瓶の一つを開けると中身を彼女の口に無理矢理流し込んでいった。


「さあ、我が弟子よ。夜遊びなんぞしとらんで早う帰ってこぬと、大変なことになるぞ」


 そんなことを言った直後、空に緑色の光が幾何学な模様を作って広がってくる様子を視界の端に捉えた。

 振り向いて空を見上げてみると、様々な形状の術式の構築陣がまるでオーロラの様に錯綜していた。大きすぎてその全体像を見ることは叶わないが、それが何であるかを見破れない我ではなかった。


「ぷっ!ぶははっはっはははははははははっ!!!なんっじゃ、あれは!あっははははははっ!馬鹿じゃ!バカがおる!あんな、あっははははは、なんじゃあれはははは!エンプティーってっ!あはははははは、貴様はいつから空に向かって落書きをするようなったんじゃ!これは傑作じゃっ、あーだめじゃ、笑いが止まらぬっ、ここまできたら芸術じゃなあははははっははははは」


 我は直感でアーロックがやっていることだと察し、術式構築文の内容を見て盛大に腹を抱えて笑うのだった。

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