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第十三・一 Chapter : CA{+€¥#%…………ちょ、ねえちょっとぉ??ねえタイトル!〜〜②

 



 ギストリオル城は、国王が住んでいるだけあって実に強固な造りとなっている。見張りと巡回を行う兵士と、そこかしこに見える迎撃用の魔導機。さらに城を取り囲む城壁を起点に張られている上空の結界。常に万全の体勢で守りを固めている。

 しかし、この厳重な様相は国王が居るからという理由だけではない。

 私たち魔族がこの浮遊大陸で暮らすための重要な装置【グラン・リバイサー】を守るためでもある。グラン・リバイサーが作る強力な結界兼障壁は、不浄な大地に住む焉魔からの侵入や攻撃を防ぐ役目をしている。実のところ、それを守る要としてこの城は要塞となっているのだ。

 では、そんな王城に入るにはどうしたらいいかというと、分厚い城壁を二つほど潜ってから王城の玄関口に行かねばならない。

 分厚い城壁は、中心の王城から二重になるように建てられており、上から眺めると一番外の城壁が八角形、二番目の城壁が六角形に見える。城壁の角となる場所には小塔があり、その下にある入口から中へ入り、城壁の上へと登ることができる。王城の兵士達は常に城壁の下と上の両方から周囲の警戒・警備を行なっている。

 本城へ入るには先ほども言ったとおり、まず八角形の城壁を潜り、六角形の城壁を潜る必要がある。しかし、戦闘時以外の利便性を捨てたこの城は構造上、門を開けた直ぐ目の前に次の門があるという直線的な造りをしていない。一つ門を潜って次の門を目にするには、お世辞にも近いと言えない距離を移動しなければならなかった。

 言い忘れていたが、それぞれの城門を通るには検問を突破しなければならい。条件に必要なのは、それなりの身分、または許可証・特別通行証の有無だ。

 身分だけで言うと、一門目を潜れるのは貴族位を持つ者のみ。二門目を潜れるのは貴族階級がオクスラーダ以上の者のみ。本城へ入ることができる者はその更に上の階級である、『マイレンビオーツ』と『リスティアングノーツ』だけである。

 あとは、身分に問わず許可証・特別通行証のいずれかがあれば、その内容が許すところまで通ることが出来る。

 ちなみに入れなかった者達が門前まで来て何をするのかというと、各城門の前にあるポーティクルと呼ばれるドーム状の施設を利用するのである。

 ポーティクルでは会議室や個室が設けられており、本城にいる役人や自分よりも上位の貴族らと連絡を取り合うことができる。このシステムには希少な鉱石を使用しているため、城外には普及できない技術らしく、仕事の為にポーティクルに足繁く通う者達も多くいる。

 私の場合は、自分の屋敷で仕事をし、報告があればベラナ様の屋敷へ直接出向くことになっているのでポーティクルを使用することはほとんどない。と言うのも、ここは身分や派閥といった違いから生じる反発や敵対心などが強い。そんな居心地の悪い雰囲気が絶えない所なので、私が我儘を言ってベラナ様にそうしてもらったのである。


「……この壁の威圧感といい、険悪な空気感といい、……やっぱり苦手だわ」


 五つある貴族階級の中で最下級のアマガスタである私は、二門目を通ることを当然許されず、ポーティクル施設内へと入っていった。

 ベラナ様は最高位のリスティアングノーツであるから居るとしたら城内だ。ベラナ様も滅多なことで王城を訪れないので、きっと連絡を取り次いだとしてもこちらに構っている暇はないだろう。ましてや王城から送られてきた重要書類の内容確認という、とても微妙な案件での呼び出しである。仕事中のベラナ様の御手を煩わせるだけになる可能性すらある。……いいえ、そうでしかない気がするわ。

 しかし、手紙の内容を知らない訳にはいかないのである。

 王城からの手紙がただの通知で終わるはずがない。そこには更に重要な内容が書かれていたに違いないのだ。なぜなら、ジラン様が消息不明という内容を書くだけならそもそも各派閥のトップから傘下の者に周知させるだけでいいはずである。だから、今回そうでなかった理由が必ずあると考えるのが妥当だ。であれば、やはり王が直接家臣に内容を指示して貴族宛てに手紙を発布したということになる。不手際により読めませんでした、では済まない。

 我ら魔族にとって王は絶対である。王にとっての不利益となる行為は身分に関係なく良しとされない。全ては王のため。王は種族全体のため。そうして働きかけることで魔族社会は成り立っているのだ。王の意に背くことは断じてあってはならない。

 だから理由はどうあれ、ベラナ様には大変申し訳ないが、なるべく早く手紙の全容を確認しなければいけないのである。


「本当に申し訳ございません、ベラナ様。お叱りも罰もちゃんと受けますので、私を助けて下さい」


 暗い面持ちで連絡用の鉱石を使い、城内の伝達役に取り次いでもらうように申請する。


「分かったよ。ったく、低級貴族がグランジックスを呼び出すなんて良いご身分だぜ」


 伝達役は悪意を全く隠そうともしないでその言葉を残すと一方的に連絡を切った。


「あんなに露骨だといっそ清々しいわね」


 長年至る所から無遠慮な悪意を向けられてきているからか、自分の目に着く範囲で言われる悪口にはすっかり慣れてしまっていた。それでも、心の奥底では何も思わないわけではない。しかし、それを言ってももう仕様のないことだと理解も諦めもしているのだ。

 伸びをして、天井をひと仰ぎし、机の上にある鉱石を再び見下ろす。頭の動きに合わせて真紅の色をした髪が揺れ動く。前に切ったのはいつだったか。忙しさを理由に切るのを後回しにしていたせいか、いつもは肩に届かなかった髪が気がつけば胸元まで伸びていた。

 レィミアスが「私に切らせてください!」などと言ってくる前に早く整えなければいけない。


「あれ?」


 自分の髪を指先で弄っていると、意外なことに折り返しの連絡が入ってきていた。

 予想ではかなり待たされることを覚悟していたので、まさかこんなに直ぐだとは少し驚きだ。

 私は青白く点滅する鉱石に手を触れた。


「はい、こちらクシャナ・ムルブスーーー」

「クシャナ〜〜!あんた、良いところに来たよ!今すぐこっちへ来てくれないかい?もう大変でさあ。お願いだよ〜」


 名乗ろうとすると、聞き慣れた声と共にビジョンにベラナ様が映った。その後ろには先程、連絡を取り次いだ伝達役の男が狼狽えているのが見える。おそらくベラナ様に無理矢理割り込まれ奪われてしまったのだろう。


「わ、分かりました。出向いた甲斐がありました……あははは」

「じゃあ待ってるね!おい、お前たち!今から私の可愛い右腕が来るんだから、しっかりと私のところまでエスコートしなさい!変なことしたら許さなーーー!」


 私は大袈裟に泣きついてくる上司に笑顔を引き攣らせながら言うと、ベラナ様は途端に元気を取り戻し、次いで周りの者達にそんなことを言いながら連絡を切られてしまわれた。


「ベラナ様に会えることになってよかったけど、なんだかすごく嫌な予感がするわ」


 そうして、私はポーティクルの個室を出た。

 ベラナ様の命令のお陰か、城内へは何の問題もなく入ることができた。


「貴様がクシャナだな。悪いが俺はここを離れられん。ダリアスバーグ様はいつもの会議室にいると仰っていた。すぐに向かえ」

「エスコートは?」

「行けといっている」

「確かに一人で行けるから構わないけれど」


 城内へ入るとすぐに男にそう言われ、私は記憶にある道順を頼りに広い廊下を進んでいった。

 すると、そこへ向かう途中、私は違う順路の方から聞こえてくる声に気付いた。


「ーーーーーーーーではーーーーーーない!」

「我々ーーーや、領地ーーーしている!」

「ーーーりも、エルーーーの回ーーー」


 思わず足を止めると、複数のしゃがれた声に聞き覚えがあった。


「この声は確か」


 大臣のジュエマンとモズール、それとハザノアか。その他にも知っている声が次々と聞こえてきている。それはまるで言い争いでもしているかのような様子だった。


「…………」


 私は廊下を見渡して誰もいないことを確認すると、声のする方へ行ってみることにした。王より内政を預かり任されている彼らが一堂に集まって、ただならぬ様子で何事かを話しているのだ。気にならないはずがない。

 そうして、辺りを警戒しながらとある扉の前まで来た。


(声が聞こえていたのはこの所為だったのね)


 相当慌てていたのだろう。会議室の扉は半開きになっており、その奥に深刻な面持ちで話し合っている大臣達がいた。


(ここまで聞いた限りだと、ジラン様の居なくなった事への対策……ってところかしら)


 ジラン様に下される処罰の予想や考えられる空席の損失。そして、役職の代替え、各内政関係者や部外者である民衆への情報統制、更にジラン様の派閥の者への対処についてなどなど。同じような事が次々と話題に持ち上がっていく。


(……?)


 そう、同じようなことを何度もである。

 一見して状況確認をしている様にも思える。しかし、改めてよく聞くと話し合いと言うよりは、不安やとばっちりに対する愚痴をただ口にしているだけに過ぎず、実際のところまるで話し合いの体を成していなかった。

 全員が全員、椅子にも座らない状態で汗を垂らしながら“大きな問題についての不満”と“言い逃れを兼ねた対応策”をなすり付けるように口々に上げていっていた。

 その様は威厳も格式もあったものではない。


(実に滑稽だわ)


 が、それ故に茶番でも言葉遊びをしているわけでもないことが伝わってくる。どうやらジラン・カイザー・シェルゼロンがレィミアスの言った通り、突如として姿を消したのは本当のようだ。

 もしかしたら、ここで持ち上がっている議題はまだ誰にも話されていない内容かもしれない。

 これは他の派閥を出し抜く良い機会だ。

 もっと明確な対策か方針を聞ければ、ベラナ様にとって有利になるよう先んじて動くことも出来る。

 そう思ったのだが、更にしばらく聞いてもそんな様子は微塵も窺えなかった。


(さすがにもう行かないと)


 あまりベラナ様の元へ行くのが遅すぎると、誰かが私を探しに来てしまう可能性がある。それに長居し過ぎれば巡回する兵士に見つかる恐れもあった。

 これ以上は危険だと感じ、情報収集を断念しようとする。

 しかし、その間際。


「【エルフェンサー】が一機、紛失してしまった」


 気になる単語が耳朶を打った。

 私は振り返るのを止め、扉に張り付く様にして聞き耳を立てた。


「ジラン様が使用されていたエルフェンサーは、どうやら切り落とされてしまった手脚に装着されていたようなのだ。帰還する際に、ジラン様の部下がその回収を任されたそうなのだが、あろうことか道中でエルフェンサーだけを紛失してしまったらしい」

「貴様、なぜそれをもっと早く言わない!?」

「なんてことだ……、ではあれはまだあちらに」


 私はそれを聞いた途端、身体中にビリビリと刺激が駆け抜けていく感覚を覚えた。


 ーーーそれを手にできれば。


 瞬間的に、とある欲望が蘇る。

 それを成し遂げるにはどうすればいい?手順は?材料は?王に捧げる手土産は何がいい?

 心臓の鼓動が速くなるのを抑えるように胸の前で拳を握った。脳裏には冷静な自分がはやる気持ちを押し留める。

 自分が誰のお陰で今の生活が成り立っているのかを思い出すと、それは簡単に治った。不自由はない。だが、不満はある。しかし、その為にベラナ様を裏切る訳にはいかない。私がヘマをすれば使用人のレィミアスも行き場を失うのだ。馬鹿な考えは起こしてはいけない。それよりも、ベラナ様の為にこの話をもっと詳しく聞いて伝えるべきだ。

 私は尚も胸を押さえつけながら息を殺し、聞き耳を立てた。

 話を聞く限り、それは未だ回収出来ていない様子で捜索も難航しているらしい。その原因は、なんでも紛失した周辺で魔素の異常な変動があり、その影響で『エルフェンサー』を完全に見失ってしまったらしい。

 私はそこまで聞くとその場を後にした。

 早足でベラナ様の待つ会議室へ向かう途中も警戒を怠らずに進んだ。廊下は相変わらず、誰一人として往来はなかった。


(ここまで来れば安心よね)


 そうして、ようやく会議室に辿り着いた私は、扉を開けようと手を伸ばす。すると突然、背後で大きな物音がした。それも、真後ろでだ。


「っ!?」


 私はみっともなく肩を撥ね上げて振り向いた。


「誰ッ!」


 もしかして盗み聞きがバレて?

 そう思って叫ぶように威圧した。

 しかし、遅かった。既に間近に迫っていた人影は私の懐に飛び込んできていた。


「私が誰かだって?」

「なっ……!?」


 ダンッという音を立てて扉に背中を打ちつけた私は、押し付けられはすれど倒されることはなかった。しかし、私の胸に顔を押し当てながら見上げてくるその人物を確認した瞬間、私は卒倒しそうになった。


「私に決まってるだろ〜〜、クシャナあああ〜〜!」

「わっ、わわわべベラ、ベラナ様!?」


 稲穂色の長い髪と同じ瞳の色をした上司にして恩人は、獲物を捕らえた肉食獣の様な悪い顔をしていたのだ。


「きゃああああくすぐったいですやめてくだぁぁ〜〜」

「ざんねんやめませーん。遅いクシャナには罰だあ〜」

「くすぐりは……やめ、……最後まで言わせ」

「ここか!ここなのかっ!!ここなのかあ!!!」

「〜〜〜〜〜〜〜!!」


 そうしてベラナ様にガッチリとホールドされた私は、彼女の気が済むまでくすぐり倒されるのだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「酷いです。しかも、あんなところで」

「そんな怒らないでよぉ、クシャナちゃん。お詫びに私が貰った手紙を読ませてあげたじゃない」


 ベラナ様の御仕置きの後、会議室に入った私はその中の異様な雰囲気に終始居た堪らなかった。


「それにさあ、あんな恥ずかしい声出してたクシャナも悪いだよ〜。私まで恥ずかしくなちゃったじゃない」

「〜〜〜!そ、それは、ベラナ様が……っ、ぅぅ」

「クシャ〜、かわええのう」

「はぁ……もういいですよ」


 いじける私にベラナ様は抱きついて頭を撫でる。この人はいつもこうだ。自分を可愛がってくれているのは分かるが、もう少し違った可愛がり方をしてほしいものである。しかし、それを言っても仕方ないことも既に身に染みているのだった。


「そろそろ私はこれで」

「はーい。ありがとね、クシャナ。お陰で支配地域の情勢対策もこれで万全よ。ジランが留守の間にゼフトラングダにも使者を紛れ込ませても面白いかもね」

「分かりました。その様に調整しておきます」

「うん。お願い。お疲れ〜」

「お疲れ様です」


 私はベラナ様と別れてギストリオル城を出た。

 城下町をしばらく歩いて私は大きく伸びをすると、胸に溜まっていた重たい息をようやく吐いた。町の空気がこれほど心地良いと感じたことはない。

 私は結局、大臣達から盗み聞きした話をベラナ様に報告しなかった。

 言い訳に聞こえるかもしれないが伝えるタイミングがなかったのである。あんな恥ずかしい罰を受けた後、平静を装って派閥会議を進行し、まとめていったのだ。

 派閥会議と言っても、王城の役員を交えた報告会の様なものだった。ベラナ様は言葉選びがあまり上手くないためか、役員達が納得のいく受け答えが出来なかったようなのである。いきなり呼び出されたと言うことは派閥の現状確認をする監査と言ったところか。普段は頼りになる方なのに、気が向かないものにはとことん適当なのだ。

 そんな会議を終えて、ベラナ様とようやく二人きりになった私は、今しかないと思い言おうとしたのだが。ベラナ様は相変わらず無駄話を吹っかけてきては茶化してくるし、例の手紙を読ませてもらってる時でさえ私をさんざんおもちゃにしてきたのだ。それで言う気が削がれても仕方ないというもの。


「はぁ、どうしようかしら」


 手紙にはジラン様の消息不明についての対応が書かれていた。

 ジラン様の支配領域であった人界のゼフトラングダ大陸は、他派閥で管理区域を決め、一定期間後に各自派閥に吸収するのだそうだ。そして、ジラン様の派閥に属していた貴族を他派閥に再編成し、各派閥はそれに伴う制度再調整や意識統一をせよとのお達しだった。

 その他は明日から一定期間、王城のポーティクルを各派閥ごとに分けて使用したり、書類の申請方法など、期日や注意事項の詳細が記されていた。

 そこには大臣達が話し合っていたような事柄は一切書かれていなかった。

 当然と言えば当然だ。

『エルフェンサー』が紛失したなんて公に出来るはずがない。

 あれは派閥のリーダーである六人ーーー人界六大大陸支配者グランジックス・ルーラーズしか持ち得ない物なのである。

 言い換えれば大陸支配者の証だ。

 しかし、ベラナ様の補佐である私はあれの本当の使い道を知っていた。それを使用する方法も効果も全てベラナ様から伺っていたのである。だから、エルフェンサーの紛失問題は派閥内だけでなく、国全体に関わる重大な問題だということが分かる。

 なにせ、この世に六基しか存在しない希少な魔道具なのだ。


「大臣達が慌てふためくのもわかりますわ」


 あの時、ベラナ様に報告できていたらどんなに楽だったか。これは完全に自分には扱いきれない事柄である。


「私が手にしたらなんて、……考えてはいけないわね」


 欲が出そうになるのを抑えて私は自分の屋敷へと脚を向けた。

 町を出てからは馬車も使わず、自分の羽を広げて空を飛ぶ。

 じっとしていると嫌な考えが浮かびそうだった。

 帰ったら汗を流して今日は早めに横になろう。そうして、明日もう一度ベラナ様にこの事をお伝えするのだ。

 簡単な計画を立てながら、やがて屋敷へと降り立つ。

 普段、飛んで帰ってきた時に屋敷の上の階から入ってくると決まってレィミアスが私に「はしたない」などと怒ってくるのだが、今日くらいは勘弁してもらおう。


「レィミアス、今帰りました。帰って早々悪いけれど、先に汗を流すわ。着替えを用意しておいて貰えるかしら」

「…………………………………………」

「ん?」


 しかし、一向に返事が返って来なかった。

 珍しいこともある物である。いつもであれば、ぷんすか怒りながら走ってくるのに。


「聞こえなかったのかしら。レィミアスー?帰ったわよー!」


 浴室を目指しながらもう一度レィミアスを呼んだがやはり返事はない。

 外出しているのだろうか。

 そう思ったが、日も落ちたこの時間に市場はもう出ていない。彼女も滅多な事では夜に屋敷を空けたりしないので居ないはずがないのだが。


「なにかあったのかしら」


 私は不審に思い、下の階に続く階段まで来るともう一度彼女の名を呼んだ。


「レィミアスーー!どこに居るのー?」

「ご主人様ッ!わ、私はここです!ちゃんといます!」


 すると、一階の先にある使用人室の方からレィミアスの声が聞こえてきた。声がいくらかくぐもって聞こえるのは、奥の部屋にいるからだろうか。


「レィミアス、そこで何をしているの?大丈夫ですか?」

「だっ、大丈夫ですっ!!ご主人様はこ、こっちに来ちゃいけません!き着替え、着替えは用意しますのでどうか先に汗を流していて下さい」


 一階のホールへと続く階段を降りていくと、レィミアスの必死の声に呼び止められてしまった。

 様子が明らかにおかしい。

 いったい何をやらかしたというのだろうか。

 しかし、彼女はいつも悪いことは隠さず全て私に自白してくるので今回もそれを待つことにした。


「そう。分かったわ。じゃあお願いするわね」

「はいっ!」


 階段を登り始めると遅れて返事が聞こえた。

 私はとりあえず、レィミアスがいることを確認できて安心する。

 昔はレィミアスが一人で外へ出ると他の貴族の回し者から狙われて大怪我をして帰ってくることがよくあった。私が教えた自衛手段を覚えてからはそういったこともぱったりと止んだため、彼女の怪我も減っている。

 そんな過去もあって私はひやひやしていたのだ。

 出来れば姿を確認したかったが、使用人室まで主人が押しかけるのも野暮というもの。


「もし怪我をしているのならちゃんと言うのよ。手当ぐらいは手伝うわよ」


 そう言って私はホールの階段を上がり、二階の奥にある浴室へと向かった。湯に浸かるのなら一階の広い浴場を使うのだが、長居するつもりはないので仕事の合間に使う小さな湯浴み場を選んだ。中は水を温めて上から湯を降り注ぐ魔導機が備え付けられている。さほど広くもない簡素な造りだ。

 私は服を脱ぎ、湯を浴び始めた。

 そうして、さっぱりした心地で浴室を出ると、着替えが用意されていない事に気が付いた。いやむしろ、脱いだ服がばらばらに切り刻まれていることに目をとめていた。


「……なにこれ、どういうこと?」


 私が動揺していると、扉が開かれた。

 カツッ、と靴の音を響かせながら入ってきた者は当然レィミアスではない。


「ーーーっ!?貴様は」


 私は後悔した。

 レィミアスの元へ行かなかったことに。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「やあやあお邪魔してますよ、クシャナ嬢。それは僕からのプレゼントだ。貧相な服にアレンジを加えたんだ。是非着ておくれ」


 短く刈り上げれた緑の髪をかき上げながら言うその男は、卑しい笑みを作って私を舐め回すように見てきた。

 私はすぐさまタオルで体を隠し、陰湿な視線を睨み返した。


「これは何の真似ですか」

「何ってサプライズに決まってるじゃないか。好きだろう?楽しいだろう?こういうのは多忙な君にピッタリだろう?」

「ふざけないでください」

「つれないなあ」


 私はこの男をよく知っていた。

 セルゲイ・オルガ・オルデナウト。

『オクスラーダ』という私より二つ高い貴族階級の魔族で、私同様にベラナ様の派閥に属する者だ。そして、オルデナウトという家名を分けた兄貴分でもある。しかし、それ以外は実際に血の連りも何もない、赤の他人だ。


「出ていってくださいますか。お話があるならその後で伺います」

「出ていくわけないだろ。僕はそれを着ろと言ってるんだ。目の前でそれを着るまではここを動く気はない」

「……貴様」

「おおっと。二度も僕のことを貴様と言ったな?ゴミ溜めから生まれたアマガスタの分際で。それだけで処罰に値する。服が着やすいように羽を捥いでやろうか」


 そう言いながらセルゲイはずかずかと中に入ってきた。

 私は吐き気がする思いで、差し出された手を振り払った。


「近寄らないで。私に何かあればベラナ様が許しておかないわよ」

「チッ。厄介なコネを振り翳しやがって」

「応接間で待っていてください。すぐに向かいますので」

「はいはい、そうしますよ〜」


 振り払われた手を摩りながらセルゲイは返事をした。


「レィミアス!セルゲイ様を応接間に案内して差し上げて」

「ふん」

「レィミアス、お願いよ。セルゲイ様はこちらにおられるわ」

「……ふくく」


 しかし、私が大声を出して呼んでも一向に返事はなく、来る気配すらない。


「お願い。レィミアス!どうしたの、レィミアス!」

「ぶっぅぅっ!!はっはっはっははははははは!!」


 さらに声を張り上げて呼ぶと、目の前で道を塞ぐセルゲイが盛大に吹き出し笑い声を上げた。


「あーーはっはっはっはははははははは」

「な、なによ」

「いや、あはははははは!こいつはバカだ、傑作だあはははははは」

「まさか!?レィミアスに何をしたの!!」


 私はセルゲイに飛び掛かり襟首を掴み上げた。

 しかし、男は笑うことをやめなかった。


「いぃぃいまさらっ!今更かよっ!!あっははははは、どんだけ、はあ、どんだけ僕を笑わせれあああばあっはははは」

「この下衆が!レィミアスに何をしたっ!」


 私は自分の尾の先をセルゲイの首元に突き付けて問いただす。


「ああ??僕にっ、くくくく、僕にそんなことして、くっくくく、何するつもりだ?殺すのか?くくく、ああダメだ、笑いが治まらくくく」

「答えなさいっ、セルゲイ!」


 いつまでも笑い続けるセルゲイを私は強く揺さぶり、突き付けた尾の先を首に食い込ませた。


「ーーーッ」

「これで笑いが治まったでしょう?さあ、早くいいなさーーーぐっああ……」

「痛えな。何すんだゴミ女」

「……ぁぁ……ぁぐ」


 更に問いただそうとした瞬間、セルゲイは私の尻尾と首をまとめて掴み上げた。床から足が離れ、体に巻いたタオルは落ちていった。


「褐色の肌に赤い目、赤い髪、赤い鱗に龍の翼。古いだけが取り柄の種族がどうして今もこうして、我がオルデナウト家の名を語っているんだ!」

「あぐっ……」

「貴様を見ていると胸糞悪くて反吐が出る。貧民街からたまたま拾われただけの貴様がこの僕と同じ家名であることがこの上なく許せない!」

「……わた、し、だって」

「ベラナ様の補佐をなぜ貴様なんぞが仰せ使っている!?答えろ売女!」

「……しらな、い」


 私だってそんなこと知らない。

 生きる伸びることに必死でそんなこと知るわけがない。知らず、そうなっていた。ムルブスもカインもオルデナウトも、その家名は私が欲して授かったものではない。全て誰かから用意されていたものなのだ。遠の昔に貧民街で死ぬはずだった私にそんなこと知るわけがない。


「僕に傷を付けたこと忘れないからな」


 言うとセルゲイは私を振り落とすように手を離した。しかし、むせ返る私を見下ろしたまま出て行こうとしない。私が顔を上げた瞬間、切り刻まれた服を投げつけられた。


「使用人が心配なのだろう?さっさと着ろ。生きてるかどうかはそれから確認すればいい」

「っく」

「発言に気を付けろよ」


 私はその言葉に今度こそ逆らえず、黙って服を着た。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 服を着た後に連れて来られたのは屋敷の半地下にある使用人室だった。

 そこはレィミアスの部屋で、彼女のお気に入りの物や勉強道具などが置いてあって、私が覗こうとすると顔を真っ赤にして「乙女の園です!立ち入り禁止です!」と言って絶対に入らせてくれなかった場所だ。

 そんな場所に今、私は彼女の許可なく無断で足を踏み入れている。


「ーーーーーー!」


 目に飛び込んで来た光景に息を飲まずにいられなかった。

 抵抗した魔法の痕跡が部屋のそこかしこに刻まれていて、机も寝台も何もかもが壊れて床に散らばっている。そして、その中に一番見たくなかった“絵”があった。


「レ……レィミ……アス…………レィミアスっ!」


 体中引き裂かれ血溜まりを作る、我が屋敷唯一の使用人が横たわっていた。

 駆け寄るとまだ息があった。しかし、手足を縛られ自由を奪われた彼女はもう虫の息だった。


「ぁぁ、レィミアス、あなた……角が」


 手足の紐を解いて上半身を優しく抱き起こすと、額の中心から生えていた真紅の角が根本から折れて、中の神経だけで繋がっている状態になっていた。角の色が私の髪や鱗と同じ色であることを喜んで自慢していたのに。


「なんて……」


 なんて痛々しい姿に。

 私へ返事をしていたあの時、この子はいったいどんな状態だったのか。考えただけでも胸がはち切れそうになる。


「良かったじゃないか。ちゃんと生きてた」

「っく!」

「そんな睨むなよ。僕の洗礼された使用人の凄さが証明されたってことだ。ぎりぎりで殺さない絶妙な手加減。うん、素晴らしいねえ」

「私に用があるなら初めから私だけを狙えばいいでしょ!」


 扉の枠組みに背を預けて胸糞悪いことを言うセルゲイに私は我慢できずに叫んだ。しかし、その男は更に醜悪な表情を作って返してきた。


「はあ?それじゃ、嫌がらせにならないでしょ」

「ーーー!」


 私はその言葉に目を剥いた。

 色々な感情がいっぺんに沸き起こり、声にできなかった。


「あのさあ?僕が貴様の醜い体なんか目当てにするとでも思うか?あ?するわけないだろ?現実見ろよ。どれだけ自己評価高いんだ、お前は。一番効果的な憂さ晴らしを考えたらこれしかないでしょ」

「それ……それだ、け、のために」


 涙が、溢れ出てきた。


「たった、それだけの為に、レィミアスは」


 こんな男の前で泣きたくなかった。

 でも、私が受けるはずだった痛みを負ったレィミアスを考えると、どうしても涙が止まらなかった。


「こんなのって……」

「図太くいつまでも生きてるお前が悪い。言っとくが、その使用人をヤったのは僕じゃないからな。勘違いを正しておくと、僕の狙う女性はベラナ様ただ一人だけだ。分かったか?」

「……下衆が」

「はい?なんだって?僕が下衆?」

「下衆野郎!あんたなんか絶対、ベラナ様は受け入れない!絶対だ!」


 こんな奴があの人の隣りに立つなんてあり得ない。絶対にあり得ない。


「おうおうおう、無知っていうのは見ていて滑稽だな。見ていて辛いよ。心が痛むね。そんなことより、もうこっちの要件言っていいか?そいつの手当ては話しながらしてやるから、お前は僕の言うことに“はい”とだけ言え。それで終いだ」

「やめて!レィミアスに触るな!」

「おおこわいこわい」


 レィミアスに近づいてきたセルゲイの使用人を押し退けると、セルゲイは治療道具だけを寄越した。

 そうして、私はレィミアスの手当てをしながらセルゲイの話を聞いた。

 私はそれを拒否することは出来なかった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「…………なんじゃ、こやつの記憶は。思っていたのと大分違うのじゃが……、たった少し見ただけでもうお腹いっぱいなのじゃが」


 我はクシャナという名の女魔族の背中と後頭部から手を離し、一息入れる。

 たった数秒、【エンジャー曲線】を辿って記憶を覗き見たのだが、いかんせん内容重すぎて息が詰まってしまった。

『エルフェンサー』の部分とアレをしまった空間が分かる記憶を見るつもりだったのだが、要らぬところまで見てしまった。


「我に立ちはだかるくらいなら全てを悪に染めてから来て欲しいものじゃな……、これでは我が悪者ではないか」


 まあ、この手を使ってしまった時点でもう知ったことではないのだが。


「さあて、時間もない。続きじゃ」


 もう一度同じように背中と、そして後頭部に手を添えた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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