第二話 〜〜待ってるんですけど?〜〜
「どぉおおおーーーーーーなってんだよぉーーーーーーぉおおお!!!あいつ、こねーじゃんかあああああああああ!!!!!!!」
レトノアの隣町に位置するシェスロンを襲った魔族による襲撃事件。
あれから二週間ーーー。
「俺が何のためにわざわざ居場所まで教えたと思ってんだよ!!何で二週間も放置なわけっ!?音沙汰無しとか、これ忘れられてない!?クレームもんだわ、これ!カスタマーセンターがあったら速攻問い合わせてるっつーの!そもそも、口約束でも約束なんだからさ、大人なら守ろうぜ?契約だろ?仕事しろよ、ちゃんと!!アポは了承してんだよ!さっさと来いやーーーー!!つか、あいつ、あんな格好良いこと言っておいてヤル気もクソもなかったんじゃね!?おいおいおいおいおい!そんなまさかだろ、おいおい。ぬぁあああ゛いつなったら来るんだよー!!!!」
ーーー俺は自宅の床を絶賛転げ回っていた。
あいつ、と言うのは、先のシェスロン襲撃事件の首謀者で魔族であるジラン・カイザー・シェルゼロンの事である。ジランは、俺たちが住むランフラーブス大陸を支配するお偉い魔族らしく、俺が八つ当たりに手足を爆散させるてやると「次会った時は必ず俺を殺しに来る」と言ってくれた俺にとっての希望の星であり、魔族社会へのコネクションの一つである。
そんな彼の再来を毎日心から楽しみにして待っていたというのに、手紙の一つもなく今日まで平和そのもので、これはいったいどういうことなのだろうか。
「クソォッ!あの時、ジランの居場所を聞いていなかったのが本当に裏目に出た。知っていれば俺から行ったのに!あああ〜ぁ、ほんと俺はこういうところで詰めが甘い!なんでいつもこうなのかなぁ!後悔しかない。悔いしかないわ。もうやだ。死にたい……」
ジランの奴、あの噂に名高い魔族なんだろう?
もしかしてまだ怪我が治ってないとかそういう理由で来れないのか?
それともあれか?レトノアって町の名前をそもそも知らないだけか?
ああ、それはあり得るかもしれない。
なにせ、魔族と人間では文化も違えば考え方も多分に違う可能性があるだろうからな。
人の尺度に収まらないのが魔族であり、あいつらの持っている地図には人間の住処などそう詳細に記載されてはいないのかもしれない。
そうか、ふむふむ、なるほどな。
ぁぁぁぁぁ。
じゃあ、尚更、あいつ……、ここに…………。
「来ないやんっ!」
やん、やん、やん、やん……………。
窓を開け放って叫ぶと声がこだまをしていった。
それがなお一層虚しくて、俺は更に凹んだ。
「もぉ〜、お兄ちゃんやめてよー。ご近所さんに迷惑でしょ〜」
「……ん〜、セリナ。なんだよ、いたのかよ」
振り向くとニつ年下の幼馴染みであるセリナが家の扉を開けたところで俺をジトっと見て呆れていた。
「ご飯作りに来てあげたのよ。ありがた〜く思ってよね」
「……ぁりがとうごさいます……」
「感謝の言葉くらい私の顔見てよね。もお」
はいはい、ありがとさん。
そうして振り返る頃にはセリナは台所へ移動し、早速料理に取り掛かり始めていた。
わざわざご飯作らんでも良いのに。
毎度そう言っているのだが、俺の意見は聞いてもらった試しがない。
近所付き合いだからとか。食材が余ったからだとか。俺の不摂生が見てて腹立つだとか、なんだかんだの理由を付けてこうして勝手に俺ん家の台所を使うのである。
なんなんすかね、この幼馴染みは。
近所付き合いなんて俺のとある記憶の中には全くなかったから、それを思い出すたびにこの空間に違和感を覚えて落ち着かなくなる。とは言っても、別に悪い気はしないのだけれど。
「それでお兄ちゃん、さっき何を騒いでたの?来ないって、誰か呼んでるの?」
「ああぁ、そうだよ来ねぇんだよ。もう二週間も経ってるのに」
俺はジランのことを再び思い出し、ため息混じりにそう口から漏らした。
「二週間?二週間前って言うとシェスロンが魔族に襲われた日だよね」
「そうそれ」
「私、びっくりしちゃった。お兄ちゃん、急にいなくなったと思ったら、しばらくしていきなり帰ってきてさ。そしたら、今までに見た事ないくらいニヤニヤしてたんだもん。どうしたのか聞いても教えてくれないし。次の日に魔族を追い払った功績をシェスロンのお偉いさんが訪ねてきても、お兄ちゃん真顔で人違いですなんて言って追い返しちゃうし」
「そう言えば、なんか変なのが来てイラッとした記憶はあるな」
「せっかく報奨金貰えたのに〜、もったいな〜」
そんなこと言われてもな。
シェスロン軍代表だかなんだかの集団が俺の家に来た時は、てっきりジランが来たと思って出迎えたのである。高鳴る胸をやっとのことで抑えて扉を開けて見れば、目の前にいたのは似合わない正装で出っ張った腹を無理矢理隠したおっさん達だったのだ。
本当の意味で期待外れである。
あの時、空間ごと消滅させてやりたいくらいに殺意を覚えたものである。はっはっは、思い出しただけでも腹立ってきたわ。
「そーれーで?あの日何があったのか、教えてくれる気になったの?」
「ん、ああ。別に隠してたわけじゃないって。待ってんのよ、俺は」
「誰を?」
「誰って、ジランだよ」
「だから誰それ?どこの人?」
「人じゃないって。魔族だよ魔族」
「ふーん。魔族なんだ。へえ〜」
「そ。魔族、魔族。あの時よりも強くなって俺を殺しに来てくれるんだってさ〜」
ーーーパリンッ!
「ん?」
「今……、なんて言ったの……お兄ちゃん?」
セリナがぷるぷると震えながらぎこちなく振り向いてそう聞いてきた。
その前にセリナさん?
人ん家の皿、割ったらごめんなさいしようね?
「俺を殺しに来てくれるって」
「そうじゃなくて、誰がどんな人だって?」
「だから、人じゃなくてジランは魔族なんだって…………え!?ちょとセリナ、セリナさん?そんな顔してどうしたんです?目が、やめて!そんな目で俺を見ないで!!」
「もおおお、このっ、バカっ!!!!お兄ちゃんのバカァッ!!!!!」
ものすっごい形相でセリナが睨んできたと思ったら耳がキンとするほど怒鳴られた。
え、ええ??なに?いきなりなに???
「何してんのよ、お兄ちゃん!この町にわざわざ魔族を呼んだの!?昔からつくづくバカだと思ってたけど、ほんっとにどうしようもないバカだったのね!!信じらんないっ!」
「ちょちょちょ、落ち着けって。なんだよいきなり。別にバカでも何でも良いけどさ、鍋焦げるから火から離せって。料理しに来たんじゃないのかよ」
「そんなことどうだっていいでしょ!」
わーお。導火線に火を放ったの誰だーい?
いきなり大声出すんだから。ほんと女の情緒って分かんねえわ。
あれか、生理かな?
ロキソニンはこの世界ないしなあ。痛み止めの魔法なんてそんな神経系弄る魔法なんてないし、弱ったなあ。
「お兄ちゃん、自分が何したか分かってんの?」
「え?何したって、何が?」
「もうこれだからバカなのよ!」
んなこと言われても、何したもどうしたもまだ何もしてないし何も起こってないし、更に言えば何もされていないまである。
「魔族がシェスロンを襲ってどれだけの人が死んだと思ってるのよ。それをこの町にわざわざ呼びつけるなんて、お兄ちゃんの考えてること本当にどうかしてるよ!」
「ぁ、……」
「私のお父さんやお母さんは魔法だって得意じゃないし、私だってお兄ちゃんに比べれば全然だよ。魔族なんかがたくさん押し寄せてきたら、私たち……もう、どうしようもできないじゃない……」
ああ、そうか。
ちゃんと考えてなかった。
俺の頭の中ではジラン一人が俺を目当てに来るとばかり考えていた。
確かにそうだ。その可能性の方が低いかもしれない。
シェスロンのように大勢が死ぬ可能性が確かにあった。
言われるまでそれを全く考えていなかった。
そりゃ怖いわな。
普通の人間からしたら。
死ぬのは普通に。
恐ろしく怖い。
「すまん」
俺は目を真っ赤にして今にも涙を溢しそうなセリナを横目にそう言った。
配慮が足りてなかったな、こりゃ。
「…………すまん、って、なによ。そんなので…………そんなのって……あんまりよ」
やっちまった。
まさか、こんなに深刻な話になるとは思いもよらなかった。
仕方ない。別段教える気はなかったが、言っておくか。
「大丈夫だ。セリナ。悪いな、不安にさせちまって」
「お兄ちゃんのこと、もう私嫌い。……こんなことで私死ぬなんて嫌よ」
「別に元々好きでもないだろお前。いいから、ちょっとだけ聞いてくれ。実はな、この町は絶対に安全なんだ」
そんな猫が睨むような顔するなよ。怒らせるようなことまだ何も言ってないだろうに。
「ていうのも、この町には俺がだいぶ前に障壁を張ったんだよ」
「しょへき……?」
「そう、障壁だ。ある一定条件のものを決して町の内側へ通さないっていう、不可視の壁だ。それで町全体を覆ったんだよ」
そう、あれは十年ほど前だっただろうか。
自殺する術を考えた時に高威力を叩き出せる魔法が最適解だという答えに至った幼き俺は、日夜人気のない町の外で魔法の特訓と魔法が自身の人体に与える影響を研究していたのである。
ある時は超高速で走りながら地面に頭を擦り付けて頭部を擦り下ろす実験をしてみたり。
またある時は空間転移魔法を人体の中に発生させようとしたり。
またある時は不完全魔法による魔法則のコンフィデンスを引き起こし、その大爆発に巻き込まれてみたり。
そんな感じで、できる限りの鍛錬と死に方を研究・実験していっていた。
そんなある時、俺と一番親しげにしていたセリナが、村人代表という名目で俺に注意をしてきたのである。
「お兄ちゃんが何してるのかセリナ全然分からないけど、これだけは分かるの。お兄ちゃん、毎日とってもうるさい!セリナ、お兄ちゃんのせいでお昼寝できなくなっちゃった!セリナがおっきくなれなかったらお兄ちゃんのせいだからね!そしたら、お兄ちゃんのこと絶交だからね!」
そんなことを言ってきたのである。
俺は瞬時に大きくなれなかった時のセリナの未来を想像し、低身長と貧乳をコンプレックスに思いながら生きていく姿を脳裏に映し出すと次の日から行動に移したのであった。
音、衝撃波、そこから発生する土煙や大小様々な瓦礫、熱波、視認出来ない程の光やコントロールから離れてしまった魔法の被弾などなど。
セリナのお昼寝を妨げてしまうような原因を考えられるだけ考え出し、それらが町に伝わらないようにする方法を探していった。
そして、俺はある一つの答えに辿り着く。
それはーーー。
『町と、町に住む住人の現状維持を妨げる現象全てを通過不能とする障壁の形成』
これにより、俺の魔法実験によるあらゆる余波や、モンスターによる被害、それに自然災害なども障壁によって防がれる結果となったのである。
流石に町の中で起こった火事や盗難、殺傷事件や不慮の事故などは防ぐことができないが、町の外からやってくる”町の中で何らかの被害を起こす未来がある因子”は全て排除されるようになっている。
簡単に言えば、今からレトノアで盗みを働こうとか、一時間後に暴発してしまう銃がたまたまレトノアに流通してきたりとか、そう言った危険因子は町に入ることすら出来ないのである。
だから、たまにレトノアの税関門の前で物が落ちたり、パントマイムを始める人などが多々目撃されることがあるが、あれこそが障壁の効果のせいなのである。
とは言っても、そんなことをこの場で(立派に成長した)セリナに説明しても仕方がないので、俺は簡単に言うことにした。
「悪い奴は絶対に俺の作った魔法の壁を通れないんだ」
すると、セリナは疑わしそうな目を向けてきたが、この町って本当に平和だろ?と言ってやると、なんとなく心当たりがあるのかセリナは頷いて目元を拭った。
「お兄ちゃんが、そう言うんだったら、信じてあげる。……でも、次はないからね!」
セリナは不安と怒りと安心をないまぜにしたような表情を作って言うと料理に戻っていった。
床に散らばった皿は後で直しておこう。
エーレアの分子間力を使えば接着できるだろうか。でも、その場合の力の操作はどうしたものか……。
そんなことを考えながらセリナの料理を待っていると、ふとその幼馴染みが言った。
「魔族がこの町に入れないなんて。やっぱりお兄ちゃんの魔法って凄いんだね」
「別にこんなことくらい。やろうと思えば誰にでも……でき………………」
あれ?
魔族が、なんだって?
「どうしたの?お兄ちゃんまた変な顔してる」
「魔族が入れないって……あれ、どこに入れないんだっけ?」
「もう、お兄ちゃんどうちゃったのよ。自分で言ってたじゃない。この町に悪い奴は入って来れないって」
「っ!!!」
「ちょちょ、ちょっと!お兄ちゃん!?どうしたの!ねえ、いきなり倒れないでよ!ねえ、ねえってば!」
あー、そうか、あいつ。
ジランって、魔族やないかーい。
殺意を持って俺を訪ねてレトノア来たら、そもそも入れないやないかーい。
…………
………………
…………………………………
………………………………………………………っ
ばっかじゃねえの!?
まじ、ばっかじゃねえの!?!!?
何を楽しみしてたんだよ!俺は!!?
来るわけねえじゃん!
来れるわけねえじゃん!!
だってあいつ魔族じゃん!
殺意持って来ちゃったら障壁に引っ掛かって門前払いじゃんっ!!
早く気付けよ、俺ぇええ!!
だってそんな…………!
シカトされた、とか。
無視された、とか。
口約束無効、とか。
実はヤル気ありませんでした、とか。
一人でいじけてる場合じゃなかったあああ!
はっず!めっちゃはっずかしい!!!
やばいやばいやばい!
一人で浮かれていじけて勝手に来ないこと恨んで、何そのマッチポンプ!!そりゃ、よう燃えますわ!
恥ずかしすぎて、マジで身体中熱いわっ!!
きゃーーー、ほんっとどうしよ。
あいつ障壁に突っ込んで存在が消失してたらどーーーしよ!!
大きな声でぴりかぴりらら、しても治らないよ絶対!
死者蘇生とかそんな魔法ないし!
もう、絶対ジランの奴、消えてるわ。
もうほんと、絶対手遅れだわ。
だって、あいつ弱いし。
強くなって必ず俺を屠りに来るとか言ってたけど、俺が期待してた魔族の強さより全っ然弱かったし、子供時代に作った俺の障壁でおさらばしてる可能性絶対あるわ。
うーわ、もう、ほんと、うーわ。
最悪だぁ。
魔族とのコネなくなったー。
死ぬより辛いわこれ。
あー、本当にこんな体にした神様恨むわー。
ああ、もうやだ、死にたい……。