第十三・一≡€%°3¥○*+€¥#%…………ちょっ、タイトルどしたん?!〜〜①
真っ暗だ。
目を開けているはずなのに暗闇しか見えない。
体の感覚はある。
でも、何故だかぴくりとも動かせない。
私は一体どうしてしまったのだろうか。
まさか死んでしまったのだろうか。
いったいいつ?どこで?私は自分で死んだのか?誰かに殺されたのか?それとも、事故?病死?
……そんなはずないか。
死んでいるのだったら、こんなことすら考えられない。
それなら、あとは夢の中という可能性か。
これは、闇の底に溶ける様な……、たぶんそんな夢を見ているのだ。
私が私を認識できているのだから夢に決まっている。
久しぶりに見る夢がこんなものとは、つい苦笑してしまう。
ここには私がいるというだけで、他に何もない。
暗闇なんて本来であれば嫌うはずなのに不思議と不安も恐れも何も感じない。
空間には私と闇があるだけ。
そのことに安心感すら覚える。
嫌悪感の一つも感じないのであれば、こんな夢でも別に構わないかと思えてきた。
休めればそれでいい。
だって私はもう何日もゆっくりとした眠りに就いていなかったのだから。
やることが山積していた。
何かに執着していた。
一体、何に?
……なんだったかしら。
多くの時間を使って沢山のことを考えていたはずだったけれど……、上手く思い出せない。
まあ別にいいわ。
眠りに就いた中でくらい、ゆっくりしよう。
あと少し。
もう少しだけ、眠ろう。
そうすればこの酷い疲れも取れるはず。
「……んさ……。ご……じ……んさま。たい……にござい……」
しかし、更に深い眠りに就こうとすると誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。
「どうか……きて……ださい。ご主じ……、起きて……さい!」
途切れ途切れに、しかし、次第にはっきりと聞こえてきたその声に私は瞑っていた目を僅かに開け、そちらを向いた。
「…………ん…………な、……………………に……」
一応返事をしながら顔を向けたのだが、自分でも何を言っているのか分からなかった。ぼやけた視界の中に映る人影は、そんな私を覗き込む様に覆い被さると体に手を回して無理矢理上半身を引っ張り起こした。
「起きて下さいっ!大変なんです!」
「ぅぅぅん……、レィミアス、私もこの通り……ねむく……て……たいへ……………………」
「ご主人様っ!起きてっ!なんで起こしてる最中で寝始めるんですか〜〜〜」
使用人で私の世話係のレィミアスが、私の肩を掴んで前後に揺らしながら苦労にまみれた悲鳴をあげる。
首が……、首が痛いわよ……。
「んんんん……起きるから、いま、がんばっ、……てる……」
「一大事なんですから!後で聞いてなかったとか文句言わないでくださいよ!」
レィミアスの肩を掴み返して揺さぶるのを止めさせると、そのままもたげる様にしてなんとか顔を上げた。それなのに私の努力を前にしてもレィミアスは酷い口ぶりである。可愛い顔をしてなんて意地悪なことを言う使用人なのだろう。本当に私の世話係かと疑ってしまう。
「そんなこと言わないわよ、……ぅぅ、で、どうしたというの?」
「せめて目を開けてから聞いてください」
「うううう、なにするのよ」
未だに鈍く回る頭をなんとか使ってそう聞いたというのに、レィミアスは無理矢理、私の両の瞼をこじ開けてきた。
「まぶじぃ……」
「もう、しっかりなさって下さい。朝食が昼食になってしまいます」
薄桃色の髪と同じ色をした瞳が私の目の前から離れていくと、ホールドされた顔をグッと強制的に回されて扉の前に用意されたワゴンへ向けられた。
いい香りがしたのはレィミアスが顔を近づけてきたから、というだけではなかった様である。
「分かったわよ。ちゃんとするから。だから、そろそろ手を離してちょうだい」
「ダメです。そう言って寝るおつもりでしょ!」
「お前は私を失明させたいのか」
「ぁ、そういうことでしたか」
レィミアスは悪びれることもなくぱっと手を離すとベッドからも離れ、その前で畏まった様に姿勢を正した。
私は若干乾いた目をぐしぐしと擦り、恨めしそうにレィミアスを見た。
今更、澄ました顔で起立してどうするのよ……。
小さくため息を吐きながらベットの淵に座る。
「それで?」
「朝食にしますか?」
「ではなくて」
「冷めてますけどいいですよね?」
こういう時だけ満点の笑顔をするのだから、まったく。
「ああもう、悪かったわよ。せっかく作ってくれたのにごめんなさい。気を付けるわ」
「最善を尽くしてください」
やだわ、この子ったら。……本当にいい笑顔。
「ぐっ…………、わ、分かったわ。だから、機嫌を直してくれる?」
「仰せのままに」
ぺこりと礼をするとレィミアスはワゴンからテーブルへと食事を並べ始める。
(なんだか日に日に憎たらしい方向に逞しくなっていくわね、この子)
私は寝不足を訴える重い体を席に付かせた。
彩りが豊かな朝食は湯気の一つも立っていない。普通なら食事を温め直すくらいはするところなのだが、これ以上文句は言うまい。
起きなかった私が本当に悪い。
「それでなんだけど。聞きたかったのは朝食のことではなくて、先程言っていた“大変”ってことについてなんだけど。あれはなんだったの?」
すると、レィミアスはあっ!と声を出すとカップに注いでいた飲み物を溢した。
「そうでしたっ!忘れてましたっ!!大変なんですっ!オルディア様!」
「そうね、あなたの服も敷物も大変になったわね」
「それどころじゃないんです!」
「ぇー……と」
レィミアスはびしょびしょなった足元に目もくれず、「聞いてください!大変なんです」という表情を最大限にして訴えてきた。詰め寄られた私は座ってしまっているために背中を反らすので精一杯だった。
ちなみにオルディアと言うのは、私に与えられた家名【オルデナウト】の愛称だ。
レィミアスを使用人にして間もない頃、
「オルディナァト様!オルディナ……オルデナ……、えと、オルディア様!お掃除終わった!」
「ご苦労様。あと、オルデナウトよ、オ・ル・デ・ナ・ウ・ト。言いにくいならクシャナと呼んでもいいのよ?」
と言うと、
「そんなのわたしには勿体ないわ。本当にわたしが役に立てるようになったらクシャナ様と呼ぶわ。だからあなたはオルディア様よ!」
と宣言されてしまったのだ。
仁王立ちしながら拙い言葉使いでそう言う彼女は実に愛らしかったと記憶している。それ以降、レィミアスは私のことをご主人様、あるいはオルディア様と呼んでいる。
「本当に大変なんです!聞いてますか、オルディア様っ!」
「え、ええ聞いてるわよ!?だから早く教えなさいって」
逸れていた思考を呼び戻され、私は取り繕いながら先を促した。
「実はですね……」
すると、レィミアスは私の両手を握って不安混じりの声音を出す。
「もう、忙しい子ね。どうしたのよ」
私はその様子に手を優しく握り返した。
「ジラン・カイザー・シェルゼロン様が消息不明になりました」
「なんですって!!」
「あうっ!?」
私は聞いた瞬間、レィミアスの手を離して彼女の顔を挟み込む様に持って顔を近づけた。
「ほんふぉうらひぃでふ。てばひぃにかいぺありまふ」
レィミアスは言うと、制服のポケットから一通の手紙を取り出した。勝手に読むな、封を開けるなとあれ程言っていたのにこの子は。
「って、ちょっと濡れちゃってるじゃない!?」
「あれ、ほんとですね。って、私のスカートびちょぬれっ!?」
「レィミアス、あんたって子は……」
「えへへへ……………と………、ごめんなさい」
折り畳まれた手紙は紅茶色に染まっており、書かれた文字は手遅れとばかりに滲んでしまっていた。慎重に開いてみたが、手紙の端の濡れていない文が辛うじて読めるぐらいだった。
「として……つき……間にて……集……。ダメだわ。これじゃ全然内容が分からない」
「ぅぅ〜〜〜〜、オルディア様、申し訳ございません」
なんとか解読しようとする私の横でレィミアスは床にちょこんと座り、反省の言葉を繰り返している。彼女は不安そうに薄桃色の鱗を持った自分の尻尾をぎゅっと握り締めていた。
「仕方のない子ね」
「〜〜〜〜?」
「ほら、立ちなさい」
俯く頭をぐしぐしと雑に撫でて、それからレィミアスを立ち上がらせる。
「悪気があってこうなってしまったわけじゃないのだし、起きてしまったことは仕方ないわ。だから、落ち込むのは終わりにしましょう」
「ご主人様」
「そこはオルディアと愛称で呼ぶところでしょ?」
「申し訳ありませんでした。絶対もうしません。オルディア様」
「よろしい。私、お腹空いたわ。罰として、私と一緒に楽しく朝食を摂りましょう」
「はい。謹んでお受けします」
私は昼食と変わらない時間に朝食を終え、一人屋敷を出た。
手紙の内容を確認するためである。レィミアスが内容を全て記憶していればその必要はなかったのだが、開封一番にジラン様のことを読んで頭が一杯になっていたらしく、私に伝えてきたこと以外は全く読んでいなかったそうだ。しかし、幸いにも封筒から差出人が簡単に特定出来たため、今そこへ向かっている最中というわけである。
当然、レィミアスも同行すると言ってきたが、そもそも使用人は彼女一人しかいないので屋敷の中の仕事をするように言い付けた。それでも私が門を出る最後の最後まで粘られてしまった。彼女の気持ちを慮れば同行を許してやりたくもなる。しかし、今から行く場所にはどうしても連れていけなかった。
差出人、もとい送り主は『ギストリオル城』と記されていた。それは魔族であれば知らない者などいない名前である。なにせ、魔族の頂点に腰を据え、国を統べる王がいる居城なのである。聞けば場所はおろか、城の形まで詳細に思い浮かべることができる。
そうして私は自分の住む家よりも更に大きな屋敷へと辿り着いた。
「クシャナです。そちらの主人様は今、おられますか?」
門番に名前を告げると、屋敷の中へ一人走っていった。
ギストリオル城に来たのではないのか?
と思うだろうが、低階級の貴族である私では正式な遣いを頼まれてというのならまだしも、王城の前に単身で行ってもどうすることもできない。
その為、同じ派閥で、且つ自分より上の階級の貴族を頼りに来たのである。
これは予想だが、低級貴族の自分のところまであのような情報を載せた手紙が届いたということは、国王が貴族全体を対象に何かを執り行おうとしていると考えられる。なぜなら、普段であれば国の重鎮であるジラン様のことなど私達には知り得ないことなのだ。
それを踏まえると、あの手紙は貴族全員に同じ内容が綴られている可能性が高い。だから、その内容は他の貴族に聞けば簡単に知れるという訳である。
「わざわざ王城に出向くなんて嫌だしね」
私は何度か仕事で訪れた王城の雰囲気を思い出し、顔を顰めた。
貴族は六つある派閥の一つに必ず所属することになっており、貴族はその派閥内で仕事を割り当てられ各々が派閥と国の為に貢献するように組織構成されている。
しかし、王は派閥を作ったのみで、それぞれの派閥の役割は一切決めていないという。
つまりは、派閥を統制するリーダーが六人いて、それぞれがそれぞれの意思で派閥の存在理由を決定し、国の為に活動しているのである。
私が所属する派閥は、ベラナ・トーライル・ダリアスバーグという人物がリーダーで、私の仕事は彼女の補佐である。私の身分が低いせいで未だに同派閥の他貴族から後ろ指をさされるが、ベラナ様は私の能力を身分に関係なく評価してくださっている。彼女はとても尊敬できる方だ。私が今、頼ろうとしている人物もベラナ様である。
ちなみにジラン・カイザー・シェルゼロンという人物は、ベラナ様とは違う派閥のリーダーであり、更に国政の一翼をも担っていた。残虐非道とも恐れられる一方で忠誠心は魔族一とも言われていた。小耳に挟んだ噂によると数日前、人種に反撃され敗走したとかなんとか。俄には信じられないが、もしかすると消息を絶ったのにはそんな噂が起因しているのかもしれない。
そんなことを考えていると、黒服に身を包んだ男性が一人、こちらへ走ってきた。
「オルデナウト様、大変お待たせを致しました」
「ベルケーさん。突然押し掛けてすいません。仕事の手を邪魔していないといいのですが」
「いいえ。とんでもございません。ご心配なさらず」
屋敷から走ってきて息も切らさず礼をするベルケーは、レィミアスとは比べものにならないくらい礼儀正しかった。素晴らしいの一言である。
実は、レィミアスに使用人の仕事を教えてくれたのも彼である。しかし、レィミアスが途中でよく逃亡を図った為、使用人がなんたるかの全てを習得するには至らなかった。ベルケーは根気よくレィミアスに仕事を教えてくれていたのだが、申し訳なさすぎて私が辞めさせたのである。
そんこともあり、正直なところ彼にはベラナ様の次に頭が上がらない。
「オルデナウト様。大変申し訳ないのですが、只今、当家の主は王城に出向かれており不在に御座います」
「そうでしたか。これはとんだお邪魔をしてしまいました」
ベラナ様が王城へ……。しまった。
そんな表情が出てしまっていたのか、ベルケーは少し声音を明るくして話し掛けてきた。
「何を仰いますか。オルデナウト様が我が主を支えて下さるお陰で様々な業務に余裕ができているのです。我ら使用人もベラナ様と同じくらいとても感謝しているのです。寧ろ、オルデナウト様の睡眠時間を奪わないで頂くよう、いつも強く進言しております」
「あははは。それはありがとうございます。皆さんに心配かけないようもっと頑張ります」
「オルデナウト様、我らに出来ることがあれば、前の時のようにいつでもお力になります」
「そ、それは、そう言って頂けるだけでも充分私の力になります。お気持ち、ありがたく頂きます」
観劇している様子のベルケーに感謝され嬉しいと感じる反面、これ以上は絶対に迷惑掛けられないと私は笑顔を作りながら密かに思った。
ベルケーは頷くと、次いで屋敷の方へと手を差し伸べた。
「せっかく来られたのです。お茶を飲まれていかれませんか?オルデナウト様の為に疲れた体にとっても効く薬茶をご用意致します」
そのお誘いは素直に嬉しかったが、私は首を横に振った。
「ご好意感謝します。ですが、今回はお断り致します」
「そうですか、残念です。ですが、貴方様であればいつでも歓迎しております故、是非気軽にお越し下さい」
ああ、この所作は絶対にレィミアスには真似できないな。
私はベルケーの対応の素晴らしさにいちいち感動しながら、自分の屋敷にいる唯一の使用人と比べて心内で苦笑した。
立ち去る前に私は、ダメもとでベラナ様に聞こうとしていたことをベルケーに確認してみる。
「代わりと言っては失礼ですが、昨日今日に王城から届いた手紙の内容を知っていますか」
「申し訳ございません。重要書類は全て主様以外、閲覧することを許されておりませんので」
「そうでした。変なことを伺ってしまい、こちらこそすいません」
そうして深く御辞儀をするベルケーを背に、私はベラナ様に会うためにしぶしぶ王城へと脚を運ぶこととなった。
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