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第十二話 〜〜常識って結局は身内にしか通じない気がするんですけど?〜〜

 



「いい気味だ」


 ザナル・バフの砲手席から降りたマーゼルは地面に空いた大穴を見下ろしていた。そこに生命の息吹はどこにも感じられない。

 命を狙ってきた愚かな男は死んだ。王族に手を挙げるなど、神をも恐れる大罪。ならば、ヤツの両親の様にもっと痛めつけてから殺せばよかっただろうか。

 だが、この光景は気持ちがいい。

 何人も抗えない絶対の力とは正にこの事を言うに違いない。砲撃の寸前、人影のような物が降って来たことを思い出す。しかし、それも瑣末な事。この力の前では、視界に蠅が映り込んできた程度と差して変わらない。これなら世に蔓延る愚か者を根絶やしにすることなど雑作もないだろう。


「全くもって素晴らしいな」

「マーーーゼル様ーーーー!!」


 声のする方へ視線を移すと情けない声と共に執事服を着た老人が走ってきていた。


「ご無事ですかーー!マーーーゼル様ぁあー!」

「遅いぞ、セバス。今まで何をしていた」


 ザナル・バフの上から問うとセバスは神に懇願するように膝を折って見上げてきた。


「もぉおおおおおしわけございませんでしたっ!マーゼル様の第一の執事であるこの私目が、まさかあろうことか貴方様の御命の危機に不在を致してしまうとは!!どんなに言葉尽くし、この気持ちをお詫びようとも仕切れません!どうか今すぐ私に罰をお与えください!」

「チッ。何かある度に罰だ何だのと言っていたら切りがない。罰などどうでも良いわ。それよりも俺は何をしていたのかと聞いている。何度も言わせるな」


 マーゼルは胸に残る鈍い痛みを煩わしげに抑えながら言う。するとセバスは棘のあるその言葉を聞いて居座りを正した。


「は、はい!マーゼル様のご活躍を祝って、宴の用意をしておりました!」

「うた、げ……」


 宴の用意、だと?こやつ、今そう言ったのか?

 一国の王子が命の危険に晒されている中、なんとも、呑気にも程がある。


「……セバス、お前って奴は」


 セバスを連れて来たのは間違いだったかもしれないことにマーゼルはようやく気が付くのだった。だがしかし、そもそも執事は世話係だということにも気が付く。身の回りの世話を第一に考え、側仕え達に的確な指示を出し、俺が望むことを先立って用意するのがセバスの仕事だ。宴もまた俺の思考を読んでのこと。自分の命を狙う脅威を自らの手で片付けた今、問題は解決している。それでセバスを責めて一体何になるというのか。

 己が身の安全のために壁に成るべきは近衛の方だろう。警備体制の更なる改善をさせるか。

 そう考えていくと頭に上っていた血が引いていき、軽い疲れを感じた。


「な!これは不味いですぞ、マーゼル様の顔色が!待っていてくださいまし。今、私がそちらへ行きます!」


 顔色が悪く見えるのはセバスの返答が切っ掛けなのだが、そう言ってはこの執事の口を閉じない。


「いい、不要だ。なんともない。それよりもガスタードを探して伝えろ。魔導機がこの様じゃ、今夜はここから動けない。野営の準備をさせろとな」


 とは言っても、今の砲撃に巻き込まれていなければの話だ。恐らく兵士の何名かは巻き添えを食らったかもしれない。ガスタードもその一人かもしれないが、やる気のない指揮官などいないに越したことはない。であれば、次は副総長に命令するまでのこと。最悪、この国を滅ぼすまで自分が全指揮を執っても構わない。

(何としてもテイルドジード国を滅ぼし、我が国の力が絶対であることを示すのだ)

 その為にはこの魔導機が必要不可欠である。

 しかし、ハボックがマーゼルに放った魔法はザナル・バフの砲手席側面から下部に向けて斜めに貫いており、動力室の装甲を深く抉り取ってしまっていた。それだけでも被害甚大であるのにマーゼルが更に砲撃を行ったせいでザナル・バフのダメージは限界に近いものになっていた。しかし、そうしてしまった当の本人はまるで自覚がなかった。


「あの愚民のせいで私の玩具が台無しではないか」


 地面に大穴を開けた反対側、砲手席の後ろに振り返りその傷跡を見てマーゼルはそんな風に言うのだった。

 すると。


「玩具ねえ。そんな大層な物を玩具だなんて頭イカれてんな、あんた」


 誰も聞くものなどいないと思っていたマーゼルは突如背後から掛けられた声に瞬時に振り向く。


「!」


 大穴が開いたそこに男がいた。

 しかも、自分と同じ目線の高さになる空中に浮いていた。


「何者だ貴様!誰の許しを得て、私に話しかけている。さっさと平伏せ。頭が高い!」

「わお。なんだかちょっと安心した」

「何を言ってる。俺の言葉を無視するなど大罪、いや極刑に値する。いいから頭を地面に擦り付けて名を名乗れ!さもなくば、私自らが貴様に鉄槌を下す!」

「いやね。あんたらゼランダ軍でしょ?マリンの時なんて俺を見るなり、変態扱いしてくる兵士ばかりだったからさ。俺のことを知らない人がいる事に安心したのよ」

「ベラベラと口の減らない奴め!死にたいのならさっさとそう言え、愚か者!」


 するとマーゼルは、人の話を聞かず平然と話しをする男に向かって手を突き出した。


「我が力は神より授かりし光の矛。其の輝きは青き空と暗き夜の狭間にあらん」


 突き出された手の先に緑色の光が集まり、やがてそれは青色へと変わる。


「狭間より生まれ出でるは氷塊の矢。敵を穿ちて永久に凍てつかせろ!」


 まるで深海を覗くような暗い青の光に変わったそれは、確かに闇夜の空に似ているかもしれない。それが矢の形を成して凍っていった。

 そして、マーゼルは目の前でへらへら浮遊する男目掛けて魔法を放った。


「【レイジェス・アロー】!!」


 空を切り裂くように放たれた氷の矢は真っ直ぐ男の心臓目掛けて飛んでいき、射速もさることながら至近距離だったこともあり、それはほぼ放ったと同時に着弾した。


「何しに来たのか知らないが、気安くしゃべり掛けおって。こいつみたいなのがこの国の民の大半だとしたら一早く殲滅した方が良いな」


 着弾した魔法が男諸共空気中の水分を凍らせ、氷の霧が広がる。こうなればもう命はないだろう。人の形を成した氷塊が真下の大穴に落ちて終いだ。

 しかし。


「なぜ落ちてこない」


 氷の霧と、その真下にある大穴の間を見ていたマーゼルは眉間に皺を寄せて言った。

 代わりに声が霧の中から聞こえてきた。


「落ちるもなにも、ねえ……。これじゃ落ちられんて。うーん。服の一つも凍らなかったし。【レイジェス・アロー】ってこんなんだったか?」


 声の主は腕を一振りしただけで漂っていた濃い霧を振り払うと、首を捻って聞いてきた。


「な、なんだと!?」


 マーゼルは無傷の男の姿に目を剥き、驚愕した。そして、ようやくその男がザナル・バフの砲撃直前に飛び込んできた異物であったと気が付いた。


「い、いったい貴様、何をした!なぜ生きている!?何者なんだ!何が目的だ!」


 動転するマーゼルの質問に男は肩をすくめる。


「そうだった。俺を知らない奴ってこういう反応もしてくるだった。やっぱショックだわ。はぁ……死にたくなってきた」

「死にた……っ!まさか貴様が、あの【死にたがりの不死身野郎(デ・ナウズ・ロック)】か!!」

「ぁー。やっぱ知ってるんすね。つか、今ので分かっちゃうってどうなの俺」





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 着地場所と着地の入射角、更にはスピードをミスって地面に足を突き刺した俺は、狙ったわけでも何でもないのに『今一番食らってみたい攻撃』を全身から浴びることとなった。

 しかし、結果は残念。

 砲撃を一番最初に触れた右側頭部と右肩ですら髪の毛も上着も無傷で、照射されていた僅か数秒の間に体の向きを変えて真正面で受けてみたりもしたが擦り傷一つできなかった。

 ただただ砲撃の勢いに流され地中奥深くへと押されていくのみだった。

 辛うじて何か影響があったというならば、目だろうか。光を直視しすぎて、太陽を肉眼で眺めていたみたいに視界が明滅している。

 そして、コイツらだ。

 仄暗い穴の底で、魔法で灯りを作って照らすと、そこには兵士の格好をした数人の大人たちがいた。一人だけどこぞの業者の様なよくある作業服を着ているやつもいるが。

 砲撃の直前。射線上にいたコイツらに砲撃が当たらないよう魔法でセーフティーフィールドを張って俺と一緒にここまで押されて来たのである。コイツらを空間転移でも出来たらよかったのだが、光の速度で放たれる砲撃よりも早く、正確な人数と空間を把握して術式構築するなど俺には無理だった。だからとりあえず、大まかな範囲に魔法の空間を展開して砲撃と地面の影響を受けない様にしたということである。

 うちの国に戦争を仕掛けて来てる奴の命を守る義理は確かに無かったが、押しつぶされる彼らの血を背中から浴びるのが嫌だっただけだ。それに、自分が死ぬという時に誰かの断末魔を聞きたくもない。それは自分の家で寝てる時に他人のいびきを聞きながら眠りに付くのと一緒だ。

 寝るなら気持ちよく。死ぬなら遺恨なく、だ。

 しかし、死ねなかったのはまたして誤算だ。

 やはり俺の左足を消し飛ばしたあれは奇跡だったのだろうか。

(いっそのことあの魔導機を奪って俺の自殺実験演習場で使うっのも一つの手だよな)


「そうと決まれば。はい、みなさん。只今より地上に送還しますんで、手荷物をしっかり持ってお喋りはやめてください」

「俺たち助かるのか」


 仲間の安否を確認している兵士がそう聞いてきた。

 それに俺は頷く。


「当たり前でしょ。ここにいたいんなら置いてくけど」

「頼む!早く地上へ帰してくれ!」

「地上と言っても真上じゃないぞ。お前らの国にだ」

「国に、だと?そんなこと出来るはずないだろう。いったいどんな魔法があるっていうんだ。神の奇跡でも見せてくれるというのか?」

「奇跡?んなもんある訳ないだろ。世界の法則舐めんな」

「あんたが我々をあの砲撃から守ってくれたってのは紛れもない事実だ。砲撃を大の字になって受け止めている姿をこの目で見ていたんだ。今でも信じられないがね、命の恩人だっていうことは認めてやる。だがな、我々はこのまま国に帰される訳にはいかない!目的があってここまで来ている!我々を助けるというなら、すぐ真上の地上に戻してくれ!」


 ーーーでなければ。

 そう言ってその兵士は腰に帯剣していた剣を引き抜いた。


「ここでお前を拘束し、我々の言うことを聞く様にするまでだ」


 一眼見ればわかる。

 銀色に光る刀身に薄らと刻まれた異国の字の羅列。その剣は魔獣もモンスターも屠ることができる魔道具だ。接近格闘戦専用なのか、持ち主が直接魔法を放つような仕様ではなさそうだ。

 だがそれでも。


「手合わせしても良いけどさ。それじゃ俺をやれないよ。時間の無駄だ」

「何を小癪な。我がゼランダ軍は世界随一の兵力を持ち、我らは誰にも劣らない力を持っているのだ。如何にも平民の格好をしたお前がどんな魔法使いだろうと、我ら兵士にどうあろうと勝ち目はない。大人しく言うことを聞け」

「勝ち負けじゃないんだけどな。分かった。なんか他の人たちも納得したそうな顔してるし、一度見せておいた方がいいか。問答無用で空間転移させない俺に感謝しろよ?」

「戯言を」


 兵士は俺の言葉に腹を立てながら構えた。対して俺はなんの構えも取らない。

 だからだろうか、いつまで経っても兵士は俺に斬りかかってこなかった。


「え、なに?なにしてんの?ねえまだ?」

「何をしているかはこちらの台詞だ!貴様、ふざけるのも大概にしろ。お前は魔法使いだろう。杖の一つでも持ったらどうだ。丸腰の相手にどうして剣士が斬りかかれる」

「ちょっと、今更どの口がそんなカッコイイこと言ってんだよ。見た目平民だってわかる格好の俺に命救われておきながら、力尽くで無理矢理言うこと聞かせようとしているお前になんでそんなセリフ言えちゃうんだよ」

「つべこべ言わずに構えろ!」


 ぁぁなんていうか、もう……頑固だなぁ。


「杖も剣も、それと金すら持ってない。はい、だから早よ来い。どっからでも、ほれ!時間の無駄さすな。もぉ〜〜、文句あるなら剣貸してよ。何か持ってればいいんでしょ?じゃあ、ほらこれ!石持った。持ったぞ〜!なに?まだダメなの?ったく、我が儘だなあ〜」


 俺は傍観している別の兵士が腰に刺している剣を空間転移で奪うと、それを構えた。


「魔法使いが剣だと?笑わせるな!」

「おめぇの為に持ったんだろがい!」

「剣士が何たるかをお前に叩き込んでやる!」

「趣旨変わってるじゃん……」


 対峙する兵士はそうしてようやく斬りかかってきた。

 攻めを全面に体現した前傾姿勢。そこから繰り出される素早い大上段の斬撃。しかし、分かりやすくしたその動きはフェイクで、俺が横に身を逸らすのを誘導させるものだった。そうして二撃目、三撃目……と左右、斜め、切り上げと連撃を放ってくる。

 それはさながら、わざと攻撃を受けやすいように順を追って繰り出されてきているようだった。


(なるほど)


 こちらを剣の素人と見越しての稽古をしているつもりだろうか。剣士としての何たるかなんてそんなこと知ったこっちゃない。そんなこと教えられずとも、俺の前世の出身は武士が歴史を作った国だ。俺が剣の道を学んでいなくとも、剣士や武士の道の話は知識として知っている。美学を語るだけなら俺にだってできる。

 そして更に、この世界での俺は。


「な、チィッ!どうなってる!?」

「師匠に魔法以外も叩き込まれてんだよ」


 両手剣を片手で振り回し、目の前の兵士がやってきたことと同じ動きを真似して叩き込んでいく。


「早いッ!」

「あんた剣士なんだろ?本職の人間はこんなのが早いのか?こんなの団扇を仰いでる程度の動きでしかないって」

「うち……うちわとはなんだ!」

「知らないんならいいよ。そんで、本当に早いってのは、こういうことを言う!」


 俺は言いながら後ろに跳躍し切迫していた距離を空け、一拍の間を置いて鋭く踏み込んだ。対して兵士は汗を大量に掻き、息も上がり、剣を持つ腕は辛うじて持ち上げられている状態だった。

 そこに、キーンッとその場一帯に鉄を打ち鳴らしたような音が一つ響いた。


「け、剣が粉々に!」

「それで。剣士がなんだって?」


 手元の柄だけを残して粉々になった剣を見下ろしている兵士に、俺は後ろから声を掛けた。


「いつの間に後ろに」

「ちゃんと見てろよ」


 正面から突っ込んで見えないはずはない速度だったのだが、追い詰められていたこの兵士はそれどころではなかった様だ。


「……参った」


 がくりと肩を落として言う兵士に俺は肩をぽんぽんと叩いた。


「はいはい。おつかれ」


 本当は俺に傷一つ付けられないことを証明するためにサンドバックにでもなるつもりだったのだが、結果として打ちまかして正解だったようだ。周りの兵士たちからも何の文句も聞こえてこない。


「お前、今のはどうやったんだ」

「体術や武術に魔法を応用したんだよ」

「応用だと?」

「そう。体の表面にリーフを纏っているのは知ってるよな?」

「ああ、なんとなくは。私は魔法を得意としないからあまり詳しくはないが」

「それなら、諦めないで勉強することをお勧めするよ。人が纏うリーフの厚みは大体、拳大くらいの厚みって言われていて、魔法を使う時これを媒介にして現象を発現させる。だけど、このリーフはそれ以外にも使い道があるんだ。身体能力の向上とか、武術の力の伝わり方とかを操作したりね」


 自らの意思で操ることの出来るリーフは、頭で筋肉に命令するよりも自由が効く。高くジャンプしたい時は脚の周りのリーフを筋肉と同じ様に操作して跳躍力を何倍にも上げることができるし、武器にリーフを纏わせて斬撃を飛ばすことなども可能だ。しかし、どれも相当な密度のリーフをコントロールしなければならないので一朝一夕でできることではない。それさえ乗り越えれば肉体の限界を超えた動きが可能になる。


「ははは、まさか魔法の類にそんな使い道があったなんてな」

「世界の法則に則ってるから絶対不可能じゃない。やろうとすれば誰だって出来る様になるよ。ちなみに俺の師匠は今のを振り向き様のポニーテールで全部防いでたぞ。所詮は剣なんて道具の一つってことだ。がんばれよ、剣士」

「ああ。精進する」


 久々に体動かしたな。明日、筋肉痛にならなきゃ良いけど。

 そんなことを考えていると、兵士たちとは違う格好をした男が近づいてきた。一人だけ作業服を着ている奴だ。腕から血を流し、如何にも重傷のその男は俺に頭を下げてきた。


「助けてくれてありがとう。あんたがいなかったら俺はあいつに殺されていた。礼を言う」


 あいつ、っていうのはこの兵士のことじゃないよな?んー?

 俺はその男を目をすがめるようにして見て、なんとなく思い出した。

 確か俺が落ちた、もとい着陸したすぐ側にいた奴だ。砲台の砲身が向けられていたのを考えるに、もしかしたらこの男が標的にされ、発射されたのかもしれない。

 見てくれからして兵士とは明らかに違う、非戦闘員だ。

 あんな所で処刑?

 いったい何があったらそんなことになるのやら。

 はっ、もしやこの人も。


「あ、あの。あなたも自殺志願者なんですか?」


 声を押し殺して囁く様に俺は聞いた。


「は?なんだって?自殺志願者ってデ・ナウズ・ロックじゃあるまいし。あのな。死にたい人間が命救われて頭下げる訳ないだろ。何考えてんだあんた」

「あははは、そ、そうですよね。ねー!」


 違うのか。

 ちょっと怒られてしまった。


「それで、相当強いあんたの腕を見込んで頼みがあるんだ。話だけでも聞いてくれないか」


 表情に浮かぶ切羽詰まった様子からして碌でもないことの様に思えて、俺はすぐに口を開いた。


「悪いけど急いでるんだ。それに頼まれごとも一つ受けちゃってるし、これ以上振り回されたくないってのが本音なんだ。悪いな。えーと……」

「ハボックだ」


 物事は上辺だけで答えては断ることができない。だから、俺は正直に本音で断った。

 要するに面倒を回避してさっさと帰りたかったのである。


「ハボック、ほんと悪いな。すぐ国に帰すから近くの医者にでも見てもらった方がいいぞ」

「ぁ、ああ……」


 ハボックと名乗る男はなんとも難しい顔をして相槌を打った。相当思い詰めているのか、彼は俺が断ってもその場を動こうとしなかった。腕から未だに流れ落ちる血が言葉以上にこちらに語りかけてくる。

 だめだめ。無視だ無視っ!


「はいはい。みなさーん!今度こそあんたらの母国に帰ってもらいます。戦争なんてアホなことしに来て、マリンを好き勝手してくれちゃった罪をよく反省し、猛省し、争いのない世界をあんたらの手で作っていってください!じゃ、一気に飛ばすっ!」


 空間転移を行うために俺が集中しようとすると、再び声が上がり遮られた。


「待った!待ってくれ!」


 そう言ったのはハボックだった。彼はもう一度俺の前に出てきた。

 必死な形相が全てを語っている気がして、俺はハボックから目を逸らした。この男が語るのは100%面倒事だ。聞いてなるものか。


「ハボック。悪いけど」

「あんた、デ・ナウズ・ロックだろ!そうなんだろ!」


 いきなり二つ名を叫ばれ俺は再びハボックを見た。鋭い眼光が俺を射抜く様に見ており、それでいていくつもの感情を押し殺したような表情が見て取れ、その様子がまた一層酷く辛そうに俺の目に写る。

 ちなみに周りの兵士たちは俺の二つ名を聞いて動揺していた。きっと名前だけが一人歩きしているのだろう。みんな、俺を見る目が痛々しい。

 でも大抵、そんな反応なんだけど、ゼランダの兵士たちはそれとはどこか違う。なんだ?ピリッとした空気を肌に感じる。痛い。痛いなぁ〜。まあ、別にいいんですけど。


「あー、あのさ。死にたがりとか、デ・ナウズ・ロックとか呼ばれてるけど、アーロック・ザードって名前があるんだよね。一応」


 呼びかけに対する返答にハボックは「すまない。訂正する」と言って近寄ってきた。


「アーロック。あんたに頼み事がある」


 ハボックは軽く頭を下げた。

 不味い。これは悪い流れだ。このままだと絶対、話を一方的に聞かされ、それを俺の善意の天秤に勝手に掛けてくる強制イベントが発生してしまうだろう。聞くだけ、見るだけ、入るだけは絶対、“だけ”で終わらない魔の三段活用なのである。

 ここは、それが発動する前にもう一度きっぱり断らなければ。


「ハボッーーー」

「マーゼルを殺して、仲間を助けてくれ」

「くぅ〜そぉ〜」


 言われたー。


「貴様ッ!マーゼル様を殺せだと!?不敬罪で貴様を今すぐ極刑に処すぞ!」

「なんとか言え!」


 兵士たちがハボックに向けて武器を突きつける様に構える。そして、色の違う兵士が一人、他の兵士たちを押し除ける様にして前に出てきた。


「ハボック、貴様!よくもマーゼル様の暗殺を企ててくれたなっ!お前たち、問答無用だ。その男を捕らえろ!!既にそいつはマーゼル様の命を手にかけようとした罪人だ!」

「やめろ!離せっ!俺にはやらなきゃならないことがあるんだ!こんなところで、アイツにやられっぱなしで帰るわけには行かねぇんだよ!」


 そうして目の前でハボックが兵士たちにもみくちゃにされ拘束されていく中、俺は黙ってそれを見ながら別のことを考えていた。

 (こういうシチュエーションってやつ、いつかはくると思ってたんだよね。殺しの依頼ってやつ。ダンクトンも大概だったけど、こいつのは直球じゃん?それ、もうアウトでしょ。マーゼルって誰よ。どこの駄菓子チョコレートだよ。自分が死ねないのにどうして人を殺さにゃならんのかね?妬まし過ぎて鬱になっちゃうよ俺?)


「抵抗するんじゃないっ!おい、足を抑えろ。俺は腕を押さえる」

「やめろっ!離せっ!」

「もういい。早くやってしまえ!こいつは危険だ!」

「押さえつけていろ。マーゼル様の近衛兵である私が手を下す!」

「アーロックっ!頼む、アーロックっ!」

「地獄に堕ちろ、ハボック!」


 剣を高々と構える近衛兵は、まるで親の仇を撃つようにそれを振り下ろしていった。

 しかし、それが肉を切り裂くことはなかった。


「うるさい」


 俺はやかましい兵士たちを全員、彼らの母国へ転移させた。今頃はどっかの町か土地の上に着地している頃だろう。


「アーロック。あんたにまた救われたな」


 静かになった大穴の中でハボックが息を整えながら言った。

 俺はその礼に対してまともに返そうとせず、どさりと地面に座り込んだ。


「考え事してるのにうるさいから、適当にアイツらの国に飛ばしただけだ。ほんと嫌になるよ」

「それで俺の頼みを聞いてくれる気になったのか?」

「そうじゃない。でも、仲間を助けるってのが気になってさ。殺しはダメだ。胸糞悪い」

「分かった。仲間ってのは整備員の連中のことだ」


 整備員、ってことはこいつはあの砲台の整備士なのか?てことは、あれの仕組みを隅々まで知っているということか。ほほう。話だけでも聞く価値はあるかもしれない。恩を売ればあれと同じのを作ってくれるかもしれないしな。


「なるほどそれで?」


 俺は手を組んで前のめりに聞いた。


「あ、ああ。俺たちを撃ったあれはザナル・バフっていう移動式の魔導砲台だ。俺と上にいる仲間はそれの整備を担当していて、仲間がまだ中に乗ってるはずなんだ。そいつらを助け出してほしい」


 まあ、あれだけデカイとそれなりの手間と仕組みがあるだろうことは想像できる。でもまさか、中に人が乗れるとは。すげえ。この世界で初めて馬車以外の乗り物見たわ。


「中にいる整備士たちを助けるっていうのは分かったけど。そいつらはハボックを含めてみんな嫌々働かされてるのか?」

「そうだ。元は全員、魔法関連の学者や専門家だ」

「その人たちを無理矢理集めてあれを作った。そう言うことか」


 ありがちだなぁ。

 と言うか、専門家集めるとあんなの出来るのかよ。よく今まで誰も作らなかったな。


「話が早くて助かる。時間がない。早く俺の仲間を助けに行ってやってくれないか」

「なんだか奴隷の様にひどく扱われてるみたいな言い方だけど、そんなに酷いのか?俺をわざと、砲撃してきた奴に当てようとしてないか?」


 おそらくそいつがマーなんとかっていう奴なんだろう。にしても、あの大型魔導機を扱えるほどの奴となると、魔法使い、いや魔導師か。相当の手練れであることは間違い無いだろう。俺を殺せる力は無いにしても、黙らせるのには多少なりとも時間がいるかもしれない。何せ魔法戦は頭脳戦とほぼ変わらないからだ。面倒だなぁ。

 そう考えているとハボックが貧血を起こしたのか地面に手をついた。


「おい、あんま無理すんなよ。俺の前で死ぬとか羨ましことすんなよ。泣くよ、俺」

「掛ける言葉がおかしいだろ。これぐらいなんともない」

「ならいいけど」

「お願いだ。これだけは聞いてくれ。俺たちを撃ったマーゼルって野郎はうちの国の王子だ。そいつが権力を翳して俺たちに無理矢理あれを作らせた。逃げ出すことも逆らうことも許されない環境で。俺の両親はそこで殺された。仲間もいつ殺されるか分からない。俺たちの魔法技術は人を殺すためにあるんじゃない。あんな醜悪な塊はあっちゃいけねぇんだ。だからマーゼルを殺してくれ。アイツがこの戦争を持ちかけた張本人なんだ。俺たちを苦しめる元凶だ。頼む。俺一人どうなったって構わない。だが、アイツらだけは無事に帰してやってくれ」


 息を荒げて必死に語るその言葉に俺はまた胸に熱いものを感じてしまった。

 演技ではない。それが分かる言葉だ。声に重みがあった。怒りだけではなく、虚しさや自分だけではどうにもならなかったという無力感すら入り混じっていた。

 俺は本当に影響されやすい。

 俺は何をしても傷つかない体を持ち、ただ少し魔法が使えるだけ。そんな取ってつけた特徴しかない人間にまたしても誰かを助けろなどと頼むのか。俺の内面も何も知らないくせに。俺がなんで死にたいのかも何も知らないくせに。誰かを助けろ、誰かを倒せ、殺せ、止めろと言う。

 やだねえ、ほんと。

 どいつもこいつもちゃんとこの世界を生きてやがる。


「マーゼルって奴が王子ってことしか分からないし。魔導機の扉の場所も、何人整備士が乗り込んでるかも詳しいこと全然分かんないけど」


 俺はハボックの肩に手を置いた。


「出来るだけのことはする。細かいことはお前が片付けろ」


 そうしてハボックを転移させた。転移先はあの爺さん婆さんのいた集落だ。こんなことを俺に押し付けてきた腹いせである。さあ、死ぬほどもてなされるがいい。


「さて、行きますか」


 俺は空の星灯さえ届かない大穴の底から地上目掛けて飛んだ。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 そして、今。

 自分が死にたがりだと垢バレした俺は、氷の矢の魔法を放って来た男に向かって指さした。


「じゃあお前がマーゼルだな!」


 すると、男は俺が魔法でも撃つのかと警戒して肩からかけている煌びやかなマントを翻し身を隠した。しかし、すぐにただの動作であったことに気が付き、半ば拍子抜けしたようにこちらを見てきた。


「い、いかにもその通りだ。だが俺様の名を軽々しく呼ぶな!特に貴様みたいな薄汚い者からは敬称を付けられたとて呼ばれたくないわ」


 ビクビクと震えながらもマーゼルの威勢は衰えない。流石は王子。それとも、単にプライドが高いだけか。


「安心しろよ。別に友達申請しにきたわけでもなんでもないから。ただの確認だ」


 そんないかにも金持ちっぽい服着てる奴、他に居るはずないしな。見間違えるはずもない。しかし、こいつが魔導機を撃ったとは思えないほどしょぼい魔法だったな。

(怪しい)

 こいつの魔素の扱える総量をざっと見てみることにする。


「何をじろじろと見ている。下劣な。そ、そうか。分かったぞ。貴様は俺様の着ている服がさぞ珍しいのだな。貧相な貴様に恵んでやってもいいが、これを着こなせるのは俺様だけだ。諦めろ」

「うるせ」

「なんだと!」

「俺が何してるかも見破れない奴がごちゃごちゃ言うな。そんな服より高品質な服、俺の故郷で腐るほどあったわ」


 ウニクロとか、しまむーとかな。

 マーゼルの着ている様な生産性のないただ良い素材を無駄に使ってる服とは比べ物にならない。

 言葉使いに身なり、そして、この貧弱な魔素の反応。

 酷いもんだ。


「おい、マーゼル。お前が本当にそれを撃ったのか?」

「口の利き方に気をつけろよ、死にたがり」

「どうなんだよ。早く答えろ」

「はっ、その通りだが。それがどうした。なんならもう一度貴様に撃ってやろうか。先程はどうやって躱したかは知らんが、次こそは消し去ってやる。よもや、死にたがりがこれを避けるはずないだろうな?」

「ぜひ、お願いします!この私にザナルなんたらを撃ち込んで下さい!」


 っ!口が勝手に!!


「く、くはははははっ!やはり噂は確かだった様だな。よかろう。特別に貴様だけに放ってやるわ」


 そう言ってマーゼルは砲手席に腰を下ろした。片耳に耳飾りを付け何かを話し始める。

(あれ通信用か?あんな物までゼランダは持ってんのか。やっぱすげえなゼランダ。行きたくなってきた)


「ってこんな事してて良いのか、俺」


(んー、マーゼルがこれを扱ってるってことは、マーゼルが魔導機の動力源のはずだしな。この質量の魔導機を扱える人間はそうそういないから、ここでこいつを拘束しちゃうと誰も俺に撃ってくれなくなるって事だし。よし、一発だけ。そう、一発だけ撃ってもらおう。それで死ねたら万々歳ってことで。死ねなかったらマーゼルぶっ飛ばして整備士たち助けて、ゼランダ軍追い返して家に帰る。完璧だな)

 俺が悩んでいると砲座が回転し、俺へと砲身が向けられた。

 見た目ボロボロだけど、ちゃんと動くらしい。さあ、あとは撃たれるだけ。


「こっちは準備万端です。いつでもどうぞ」


 俺は射線が空に向く様に空中へ少し高く上がる。そして、左右に軽く腕を開いて受け止める体勢を整えた。

 しかし、どうしたのか。いつまで経っても砲身にエネルギーは貯まらず、放ってくる気配がない。


「どうしたんですかー?ドラブルですか?手伝いますかー?」

「やかましいっ!貴様はそこで黙って見ていろ!ーーーおい、どうなってるんだ!アレはまだ生きてるだろ。さっさとザナル・バフの術式を起動させろ!」


 なにしてんだか。

 LIVEでよくあるアクシデントってやつか?CM入れた方がいいんじゃないですかね。

 俺は暇になりザナル・バフをざっと眺める。

(砲身は回転浮遊式で素材はライアムフルダイトか。たしか、伝導率20.68le/c%、魔荷分散率0.009yn%、変換純度98.4iだったよな。ああ、内側に絶縁塗料を塗って魔素の反射をしてるのか。それなら透過せずにエネルギーを保持できるもんな。機体の装甲は……、あれはベナントクォーツか?外敵からの攻撃を意識して硬度を上げたのか。実用性はそこそこだな。機体が損傷している箇所みたいに、一点集中の魔法を当てられると分散させることが出来ない。まあ、保険程度の改造ってとこか。ふーん。それによく見ると視認阻害の術式も彫られてるな。見えなかったのはこれのせいか。んー、内部構造は流石に見通せないな。やたらと色んなクォーツを組み合わせて作られてるのはわかるんだけど。中身が見えるのは損傷箇所か。なんだ?漏れてるのか、あれ?ヤバいエーレアの流れがするけど……)


「おい貴様、何者だ。ん、その死んだ魚のような気迫ない顔……、お前もしかして【死にたがり】か!」


 いつまでも撃ってこないザナル・バフを遠目から観察していると、土煙も氷の霧も晴れた地上から声が掛かった。なんとも酷い言われ様である。


「なんだよ、その判断基準!?死んだ魚って、みんなそんなので俺を見分けてた訳っ!?」

「全部隊に通達。作戦の第一目標視認。総員、戦闘体勢に移行!」

「作戦の第一目標って?ねえ、それ俺のこと言ってんの?ねえ!?ちょっと?ねえってば!?」

「放てェッ!」


 下にわらわら集まってきた兵士たちが総出で俺に魔法やら弓やらを撃ってきた。


「撃たれるのはいいけど、おい、俺の質問に答えろーー!」


 下は騒然となっていて俺の声は全く聞こえていない様子だった。

 攻撃は容赦なく向けられ、当たるたびに爪楊枝でチクチク刺される感覚がする。それでも全く体は血一つ流れでない。時折、イラっとするのは目や口、鼻、それと股間に直撃してきた時だ。いくらある程度痛みが感じないからと言って、人間の本能は変わらない。人体の急所にあたれば不快に思うものである。

 だから、そこばかり狙う様になってきた兵士たちに俺は容赦なく反撃を開始した。


「魔法で金的狙う幼稚な奴はどこのどいつだ!」


 広範囲の大気を圧縮して、からの空間転移先での凝縮解放!

 それにより、風の大爆発が至るところで起き始める。兵士たちは爆発的に襲いかかる突風になす術もなく飛んでいった。


「はっはっはっはっ!どうだ!これぞ、金的の報いよ!!」


 見渡しただけでもざっと四千、いや五千はいたが、もう立ち上がっている者はごく僅かだった。

 これでザナルなんたらに集中できる。もう時間もたっぷり過ぎたし、いい加減術式も構築出来たでしょ。

 そう思って見下ろしてみると、砲手席に居たはずのマーゼルが消えていた。焦って見渡すとザナル・バフの機体の後方にその姿を見つけた。

 そこにはハボックと似たような服を着た数人の男女がいて、彼らの視線の先にはド派手な服を着たマーゼルが近づいて来ていた。


「あいつ何するつもりだ?」


 マーゼルの世話係だろうか。女性二人が彼の歩く先へと順に綺麗な布を置いていき道を作っていく。そして、整備士たちの前まで来ると、マーゼルは若い女性の整備士の胸ぐらを掴み引き寄せた。

 その険悪な状況に俺は急いでその場へと向かう。するとマーゼルがその女性を力一杯顔面を殴り飛ばした。


「ッ!」


 俺は倒れようとするその女性を寸手のところで受け止めることに成功する。

 しかし、マーゼルは割り込んできた俺の事など見ておらず、殴られて気を失う女性目掛けて手を突き出した。


「お前、これはどういうつもりだ」

「黙れよ、無礼者。貴様には関係のないことだ。そいつを始末する。巻き添えを喰らいたければ、死にたがりもそうしていろ。すぐに楽にしてやる」


 そこには卑劣な表情を浮かべ口を歪めているマーゼルがいた。下衆な野郎だとは薄々思っていたが、本物だなコイツは。

 ハボックが仲間だと言う彼ら整備士達の安否を気にかけていた理由がようやく理解できた。


「王族の血を舐めるなよ。俺のことを侮るなよ。これは我が国のことを第一に考えるが故の命令なのだ。だから、俺の言葉に背くことは決して許さん。俺に意見することは断じてならん。俺様に牙を剥くことなどあってはならない!次代の王、自らが手を下してやるのだ喜べ愚民」


 するとマーゼルの足元に円形の光が現れた。マーゼルを中心として描かれるように発生した光の内側に見慣れない文字が記載されていく。それはこのザナル・バフにも刻印されていた文字によく似ていた。

 そして、その円形の光はマーゼルの突き出した手の先にも現れる。空中に浮かぶ光の輪は足元と連動して構築されていく。


「驚いたか?愚民ども。俺様はな、選ばれし人間なんだよ。これがその証拠だ。人よりも強い魔力を持つこの俺は神に愛されてる。この魔法陣はその証さ。おい、死にたがりのデ・ナウズ・ロック。俺を本気にさせたこと、今更後悔しても遅いからな」


 そこまで言うとマーゼルは詠唱を始めた。

 実に不快な声で楽しそうに紡ぐ。


「出でよ氷塊、礫に砕けろ、切り裂く刃を持って、我が障害を穿て」


 マーゼルの手元と足元で構築展開された魔法陣が黄色から緑色へと行ったり来たり色を変えていく中、詠唱が終わった途端、金色の光を放ち始めた。


「さあ、終わりだ!全員、あの世で泣き叫べ!【イオ・スコール・アイスブレード】」


 魔法陣と同じ色をした球体の光がいくつも現れ、そこからレーザーのように細い光が照射された。いや、実際には違う。

 目で捉えきれない程の速度で白く透き通った氷の弾丸がいくつも放たれているのだ。

 至近距離で放たれる氷の弾丸に整備士達が悲鳴をあげる。マーゼルの後ろで待機する侍女たちも目を逸らしていた。

 一分ほど続いただろうか。

 放たれ続けた魔法の氷は砕けて粒子へと変わっていき、光の靄を作り出していた。


「どうだ?流石に死んだろう?く、くくく、くはははははは。なんて様だ!ああ、いい気味だ。さあ、死体に用はない。整備員がいないのならザナル・バフは解体して、動力だけ持っていくとするか。まだ息があれば利用可能だ」

「おい待て」

「ーーーチッ」


 踵を返して侍女を引き連れて行こうとするマーゼルはその声に振り向いた。


「まだ死なないのか。不死身と言われるだけあるな。だったら、思う存分叩き込んでやろう」


 マーゼルが構えると靄の中から手が伸び、その手を掴み取った。


「もういいよ。黙れ、バカ王子」

「ば、バカ?!バカだと貴様ッ!離さぬか!誰の許可を得て俺様の腕を掴んでるっ!」

「黙れっつったろ?」


 瞬間、掴まれたマーゼルの左腕が凍り付いた。


「ぅあああああああああッ!あーぁぁあああ痛いっ!痛いッ!!俺の腕、腕エェエエエッ!」


 手を離すとマーゼルは転がるようにして悶え始める。

 余計うるさくなったか、最悪だ。

 俺は振り向くと整備士達にそのままそこから動かないように言い、マーゼルの凍った腕をもう一度掴んだ。


「お前、実は魔法について素人だろ?」

「やめろおおお、やめてくれ、うでが、腕が千切れてしまう!」

「千切れねえよ、バカ!期待した俺のこの気持ち返せコラッ!」

「ひいっ!」


 あそこまで偉ぶっていたと言うのに腕が凍ったくらいでこれか。情けなさを通り越して滑稽だ。

 しかし、それでも俺の怒りは収まらなかった。


「魔力だ、魔法陣だなんてそんなのてめえ誰に教わったんだ?言ってみろおい!碌に知識もなく持て囃されてた証拠だろうが。何が選ばれし、だ!バカも休み休み言え!なあ、自覚なしとかお前の周りもバカ揃いか?」

「なんだ、何を言っているんだこいつは!」

「魔力ってなんだ?何アンペア何ボルト何ワットだ馬鹿野郎!魔法を電力と一緒にすんじゃねえよ。魔力なんて言葉、ある訳ねえだろ!いったいそれは何を表す言葉なんですか?え?俺に分かるように教えてくださいよ?おいこら?聞いてんのか?」

「ま、まま魔力は魔力だ!魔法の力の強さに決まっ」

「てる訳ねえっ、つってんだよ!ふんっ!」

「ぐはっ」


 我慢できずに俺はマーゼルに頭突きを喰らわせた。

 魔法の力の強さ?なんだその指標はそんな曖昧な言葉を魔力なんて言う一括りの言葉で表すって?いったいどの歴史上のどいつが決めた!?


「いいか、バカ王子?魔法を研究する学者はな、どんな時代でも『魔力』なんて御伽噺の言葉は使ったことがねえんだよ。もちろん魔法を扱う者達もだ。不確かな用語を使って魔法の歴史を汚してんじゃねえぞ」

「おれ、は、選ばれた人間なん、……だ、おれは、魔法に……、神に、愛され」

「はっ、何が神に愛されて、だよ。笑わせんじゃねえ。笑えない冗談ついでにお前があまりにも可哀想だから一つ真実を教えてやる。飛びそうな意識堪えて、よく見てろ素人!」


 俺は捨てるようにマーゼルを離すと傍に大きく空いた大穴に飛んだ。落ちたわけでなく、その上に俺は浮遊しているのだ。わざわざ全員が見やすい位置に移動する俺の優しさに感謝して欲しいもんだ。


「マーゼル。お前、魔法陣が特別とか言ったよな?それ、普通だからな」

「……な、なにを……ばかな」


 俺には聞こえない声で何かを言っているマーゼルを無視し、俺は珍しく詠唱した。


「出でよ氷塊、礫に砕けろ、切り裂く刃を持って、我が障害を穿て」


 それは先程マーゼルが放ってきた【イオ・スコール・アイスブレード】の詠唱文だ。そして、一つ違うことがあった。


「魔法陣がない、とか思ってるだろ。ちげぇよ。そもそも魔法陣なんて言葉がねえんだよ。それを表す言葉は【円環陣】っていう列記とした学術用語だ。そして、これが、正常な円環陣の状態だ。見えない?当たり前だ!見えなくするための構築文が初めから術式に組み込まれてんだよ!」


 そこまで言って俺はマーゼルの傍で同じくこちらを見上げる整備士たちの顔に気が付いた。

 全員、ぽかんとした顔をしていた。

 ハボックの話では魔法関連の学者達だとか聞いていたのだが……、え、マジで?


「おい、嘘だろ。この場の全員、俺の言ってること分かんねえとか言うなよ」




「「…………………………」」



 沈黙が返ってきた。先程吹っ飛ばした兵士たちが起き出して俺を見上げているが、そいつらからも何一つ声が上がらない。

 独自の魔法技術体系を確立しているはずの、あの大国ゼランダが魔法の基礎の基礎を知らない?本当に?


「エンバイス、レゾナード、プラグテット。魔法発動の公式が違えどそのどれもに共通することだぞ?!本当に知らないのか、お前らっ!?その中でも円環陣は第一魔法術式サークレットブラムの分類だぞ?遥か昔から知られる初歩の初歩だぞ!」


 俺はそう叫んで全員に問いかけたが、またしても誰も言葉を返さない。

(おいおいおいおい、これ現実か?師匠はこれが世界の常識だって笑って言ってたんだぞ?知らなきゃ笑われるほどだって俺のこと馬鹿にして言ってたのに。マジなの?)

 するとふらついた足取りでマーゼルが立ち上がり、凍傷を負った手を突き出し、自称“魔法陣”を展開させた。


「この力が、……偽りなわけなかろう。俺様……は、特別なんだ」


 その姿に、この中で魔法知識に関して長けている整備士達は何一つ意を唱えない。

 視線を戻した先のマーゼルはまだ俺に魔法を放とうとしていた。

 俺は片手で顔を覆い、カルチャーショックさながらの面持ちでため息が尽きなかった。

 どうやら彼らは本当に知らないらしい。これは異文化だからなのか。それとも歴史がどこかで潰えて伝わっていなかったのか。それとも間違って伝わり、自然淘汰されていったからなのか。原因はわからない。だが、そうなればやるしかなくなる。

 間違ったことを正す義務がある。

 それは魔法を扱うものとしての責務だ。命を賭して魔法を研究し生きてきた者達に、敬意を持つ者として。彼らの生きた証を正さなければならない。


「答え合わせをしてやるよ、バカ王子」

「答え、合わせ?」

「ああ。お前の言う魔法陣がどうして可視化しているのか。そして、なぜ黄色から緑色、そして発動時に金色に光るのか」


 これで伝わらなかったらどうしようか。いや、その時はもう諦めよう。偉人達には申し訳ないがな。

 そんなことを思いながら俺は言葉を選んで口を開いた。


「お前の自称“魔力”ってのが不安定だからだ」

「でまかせを言うな」

「嘘じゃない。お前の纏っているリーフの極性が常時乱立してるんだよ。それは先天的な体質が原因だろうな。極性が不安定だから魔法構築の術式にどうしても誤差が出る。だが、通常はその誤差を埋めるために術式が存在してるんだが、お前の場合はそれを庇い切れる誤差に留まっていないんだ。公式に当て嵌めても、どこにも属さない余分な力が出てる状態だ」

「それとこれとでは魔法陣には何の関係もない」

「あるんだよ。つーか、円環陣だ。もう魔法陣とか恥ずかしいファンタジー用語使うなよ。過去の記憶がぶり返すわ。いいから、人の話は最後まで聞け」


 俺がこいつを気に食わないように、マーゼルもまた俺のことが大嫌いのようである。

 まあ、いいんだけど。


「術式ってのは魔法を使う際にその公式を用いれば同じ結果を得られるようにできているものだ。そこには様々な構築文が存在している。その一つに円環陣の隠蔽がある。だから通常、円環陣は見えないように出来ている。本来は存在しているんだよ。そして、お前の乱立したリーフが魔素に変換される際に公式に書かれている術式構築文を破壊し、円環陣が無自覚に可視化されてしまっている。そういうことだ。ちなみに発光する色にばらつきが出るのはお前がちゃんと出力調整できていないからだ。正常なエネルギー循環が行われている時は緑色に発行する。金色に光って見えたのは、力が強すぎて黄色がそう見えただけだ。どうだ?これでよく分かっただろ?」


 マーゼルの体質は先天的なもので間違い無いだろうが、この状態で魔法を使うのはあまりお勧めしない。体内と体外を循環するエーレアとリーフを正常に保つ薬を服用したり、その効果を持つクォーツを身に付けなければ、正直言って、この男に魔法の才能はない。

 マーゼルが初めて俺に放ってきた【レイジェス・アロー】ーーー。あれが本来の力で放たれていれば、俺の体は遙か後方に飛ばされて体の表面は少なからず凍っていたはずだったのだから。


「……ぅ、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!こいつの語ることは何の根拠もないでまかせだ!!誰が【死にたがり】の貴様なんぞの言葉を信じるか!俺様は選ばれし家系の王族なのだぞ。特別でない訳がないだろうがッ!!死ね!死ね!貴様なんぞ死んでしまえっ!!」


 マーゼルが懲りずに魔法を構築しようと円環陣を展開し始める。

 俺はもう、彼を説き伏せようなどと思いもしない。


 ーーーただ、見せてやることにした。


 先ほどよりも少し高く上がった場所で、元から詠唱していた【イオ・スコール・アイスブレード】を破棄し、新たな魔法を構築していった。

 そして、その術式に円環陣(サークレット)、更にそれに付随する帯状陣(ロール)の隠蔽を無効化し可視化させる。


「何で円環陣が不可視なのか分かるか?それは、そこに全ての情報が書いてあるからだよ。この魔法はどういう大きさでどんな効果を持ってこんな属性で構築されます。事象構築にどれくらいの時間を要し現象発生後、どこにどうしてどうなるか。本当に全部書かれてるんだよ。かつての魔法使い。いや、魔導師と呼べる者達は皆、これが読めていた。見られれば阻害され、そうでなくても簡単に避けられた。それでは魔法の意味がない。だから隠した。通常、魔導師の戦いともなると円環陣の暴き合いになるんだが、今の時代、それもないようだな。師匠から聞いていた現代社会事情とは全然違ってほんと最悪な気分だ」


 しかし、それを正常な状態で聞けている者はいなかった。誰もが目を剥き、口を開け、ある者は息を呑んで、それをただ見ている。

 そんな中でマーゼルだけが苦し紛れに声を出した。


「な、んだ、それは、……そんな物が、貴様はいったい!?」


 俺の足元から上空まで、見た目複雑怪奇な模様と文字の羅列を伴った光が現れていた。

 それはマーゼルが見せた円環陣の比ではない規模で、例え見上げても見渡しきれない広大な陣だった。

 俺は答えた。


「何って、魔法だ。そして、俺はお前らのよく知る、ただの死にたがりだ」


 その日俺は、初めて他人に本気を見せた。




 本物の、魔法というやつを。






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