第十一・三話 〜〜今日に限ってこんなに濃い一日を過ごしている俺はおそらくそろそろ死亡フラグが立ち始めてる気がするんですけど〜〜
何かの節目に敵とのバトルが始まるゲームってあるじゃないですか。
地球にいた頃は「いやあるわけねーだろ」とか、「敵さん、よく今までスタンバってたな」とか思って、一切現実的に考えたことなかったけれど。
この世界、地球じゃないだけあって魔獣とかモンスターとかいう、いわゆる魔物が人間の生活領域圏外にいるんですわ。
んで、そいつらは大概、なんやかんやの節目節目に現れてきて邪魔をしてくるんですわ。ホント、タイミングが悪いのなんの。
今だって、ようやく善意の押し売り食堂『名も知らぬ老夫婦の一軒家』から一歩外に出たところだってのに、家の周りにめっちゃいた。めっちゃスタンバってた。
見た瞬間、「うーわっ面倒臭そうっ!」って内心で超引いちゃったもんね。集落の端に位置してるだけあって標的が全部こっち向いてるの丸分かりだもん。
それにさ。
俺の腹は今超パンパンで、昼に俺の家に押しかけて来たパツパツ脂ギッシュなダンクトン並に動き辛い体型なわけで。
「家出た瞬間に襲いかかってこなかったのは褒めてやるけどなぁ……流石に多すぎだろ。どっから来たの?どっから湧いてできちゃったわけ?エキストラ募集したらめっちゃ来すぎて交通規制掛かっちゃったレベルですよ?どんだけバトルシーンに力入れてんの。監督誰よ」
「若ぇの!家に入っておれ!」
「っおわ!?」
俺が機嫌を損ねて、魔物達に心の底から引いて全く意味もない独り言をぶつぶつ言っていると、まさかの爺さんが俺の肩を掴んで家の中に引き込んだ。バランスを崩し、あえなく尻もちを着く俺を置いて、爺さんが前に出る。
(扉を閉めて籠城するつもりか?いくらなんでもそれはーーー)
「行くぞ、婆さん!!」
「あいよ、爺さん!!」
「え…………」
タタタタタタタタタタタタタタッ!
爺さんと婆さんは、農具と包丁をそれぞれ片手に年甲斐もクソもない動きで先陣を切って行った…………。
「誰の許しで畑に入っとるかあああああ!」
「洗い物終わった後に料理させるじゃないよ、まったくもお!」
「ーーーえええええええええええええっ!!」
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「嘘でしょ……」
元気だ、喧しい、厚かましい、だなんて思っていたけれど、まさかここまで動ける老人がこの世にいたとは。
魔獣が放つ魔法の弾と素早い突進を、身を翻し、アクロバティックな跳躍をしながら躱し、僅かの隙も逃さず敵に攻撃を当てて一撃で倒していく。
その動きに一切の無駄がない。
まるで舞台の演劇で予め示し合わせている殺陣のようだ。
「…………?そういえば、なんで」
俺はその光景見入っていたせいで、一つの違和感に気が付くのが遅れてしまった。
「なんで、魔獣に武器が通じてるんだ!?」
あれ、何処にでもある農具と調理器具だろ???
モンスターに直接的打撃や斬撃が通用するのは、まだ分かる。でも、魔獣はそうじゃない。
「やっぱり見間違いじゃない。肉を穿って、切り裂いてる……。!!?今、さりげなくモンスターを消滅させなかったか?!おいちょっと、待て……どうなってるんだよ」
魔獣は魔法でしか倒せない。
モンスターは魔法でしかトドメを刺せない。
それはこの世界で誰もが知る常識。
俺の目の前で曲芸を繰り広げている二人は、それを当然とばかりに覆していた。
開いた口が閉じようとしない。
額から頬にかけて汗が滴り落ちていく。
「エーレアの流れを見てもやっぱり爺さん達の武器にしてる物は魔道具でもなんでもない。それなのに……」
なんて綺麗にアンチウェアを破壊してやがるんだ。
渇いた口で生唾を飲み込むようにしたせいか、言葉が声にならなかった。
かつて、魔法という法則を世に知らしめるための初めの足掛かりを作った偉人ーーー【マーチ・クニヒカル・バンボイド】というものがいた。
彼は、「人類と魔獣は違う生物でありながら未知を操る力は同じ原理である。そして、その原理から発生する力も全て同種の物である」という事を説いた人物だ。
当時は、魔法なんて分類も無かったし、人と魔獣が同じような力を使えるはずがないと思われていた。人は聖なる力を神から与えられ、魔獣はこの世ならざる混沌より来た悪魔から呪われし邪悪な力を授かったのだと信じられていた程である。
マーチの言葉は彼が息を引き取った数百年後まで誰にも信じてもらえなかった。だが、それを信じた物達が更なる研究を積み重ね、魔獣の力の性質を解き明かしたのである。
それが。
『アンチウェア』ーーー。
魔獣が纏う、物理的攻撃を無効化するリーフの事だ。つまり、体内に取り込んだエーレアが体外にリーフとして排出された時、魔荷の位相転換が起こり、凝縮・硬化されて体表面を覆うのである。
アンチウェアは魔素の属性変換と同一の法則を持っているという説があり、その為、一種の魔法に分類される。しかし、アンチウェアと同一の性質を持った魔法を発動できた者は未だかつていないと聞く。
人類がアンチウェアの研究を進める理由は、物理的攻撃の無効化という効果に尽きるが、実際どのように無効化するのかというと、それがエゲツないのである。
展開されたアンチウェアに人が手を触れると、触れた先から人体が分解されてしまうのだ。それは人が持っている物が触れても同様で、物の場合はジリジリと削られるように磨耗して使い物にならなくなるのである。何故そうなるのかは人が纏うリーフが関係しているのだが、……今はそれは置いておこう。
要するに魔獣と、魔獣が纏う【アンチウェア】は、それだけの事象を纏っているからこそ人類の脅威であり、一部の者からすれば人殺しに大いに役立つ夢の力でもあるのだ。クォーツを組み込んだ魔道具ならいざ知らず、単なる農具と調理器具が【アンチウェア】に触れても反発も消滅もせず、剰えそれを撃ち破り本体を再起不能にしていくのだから、目を疑うというものだ。
はっきり言って理論的にあり得ない。
どうだろうか?
これでも、目の前の老人達がただ強いだけに見えているだろうか。
彼らは今、確定された世界の法則を覆しているのである。
俺が卒倒しそうになる今の心境を少しでも分かってもらえると良いのだが、……残念ながらこの世界にそんなことを話せる相手いないんでした。
そうして、興奮しながら肩を落としていると戦況に変化が出てきていることにようやく気が付く。
「そりゃそうだよな。ざっと五、六十はいるもんな。いくらなんでも二人じゃ全部は無理だ」
息を切らし始めた二人へ、俺はようやく加勢に入った。
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魔獣とモンスターがそれぞれに群れを作り、馬鹿の一つ覚えみたいな一斉攻撃をし始め、老夫婦は攻撃を躱すことに集中せざるを得なくなっていた。
「婆さんやい。こやつら、いつもより殺気立っておらんか?」
「確かにそうだわね。アタシの料理の香りがどれだけ良かったとしても、こんなにゃ来やしゃあせん」
ズサササッ、と地面に足を滑らせながら跳躍した勢いを殺していく二人は、背中合わせにいつも通りのトーンで話し合う。
「あちゃ〜、すまんな婆さん。囲まれちまったみたいだ」
「んなこと見りゃあわかるよ。普通の獣どもだったらご馳走がやって来たって喜ぶんだけどねえ」
「さすがに婆さんの料理でも、アイツらの肉は……なあ?」
「でも、もし作ったら食ってくれるんだろう?」
「たぁりめぇよっ!」
「あっはっはっはっ!それでこそアタシの爺さんよ」
「なぁに言ってんだ。ワシは婆さんの全てを愛してるけえの!」
「やだもお〜〜〜ッ!」
「がっはっはっはっはっ!」
そんな二人に魔物たちはいつまでも待ってはくれなかった。
魔獣はそれぞれの性質に合った属性魔法を放ち、モンスターは畑の土や草木、空気などのありふれた自然物をそれぞれに操り、一斉に攻撃を仕掛けて来た。
桑と包丁を構える老夫婦は、互いにある種の覚悟をし、そしてーーー。
ーーーグウゥゥゥゥゥン。
と、聞き慣れない音ともに目の前の魔物達が姿を歪ませていく。
「なっ!?」
そして、二人が二歩目を踏み込もうとした時には、既に一匹たりとも視界から消えていた。
「こりゃ……どうなってんだい、爺さん……」
土煙りを立てながら止まった老夫婦は、目を白黒させて周りを見回す。しかし、やはり魔獣の影すらも見つける事ができなかった。
「爺さん、婆さん!すいませんでした。呆気に取られてて手伝うの遅れまして」
俺がそう言って駆け寄ると、ぎこちない動きで二人同時に振り返って来た。
「「お、ぉおおお前さんがやったんかあ!!?」」
「うおうえっ!?」
いっきなり大きな声で叫ぶなよ!
変な声出ちゃったじゃんか。
「ええ、まあ、そこそこ魔法使えるので」
すると、二人は俺の身体をやけにジロジロと見始め言った。
「ひょろいお前さんが魔法を使うなんて。まあ。へええ。ふうん。どぉーこにそんな力が?」
「畑仕事もなぁんにも出来そうにないってのに、どうなってんだよ?若えのが魔法使いってか?」
なにこれ?怒っていい?怒っていいんだよね?
「あの、すいませんが……。いや、いいやもう。二人とも怪我ないですか?」
「ん、お?おう。ないない、そんなもん」
「アタシらはあんたみたいにひ弱じゃないからね。頑丈なのよ!」
ああくそ、怒っとけば良かった。
でも、二人ともなんともなくて何よりである。あれだけの入り乱れた戦闘をしてたのに無傷とは恐れ入る。
やはり、この二人は何かあると思った方がいいな。
「ところでよ、若えの。あれはお前さんが使った魔法で間違い無いんだよな?どうやったんだ。あんな魔法初めて見たぞ」
「もう、びっくりしちゃったわよ。いきなりグニゃぁあ〜〜〜ってなってって、そしたら急にいなくなっちゃうんだから!やっだわあ〜、アタシに気持ち悪いもん見せるんじゃないよ!」
「え、今俺怒られてるのこれ?なんか、すいません」
「で、ありゃなんじゃ!」
あーもう、それぞれで横入りしながら喋らないでくれないかな。
どうしよう。分かりやすく説明しないと絶対、どんどん喧しくなるよな。
…………ええ〜〜。
「空間を操作する術式があって、それを好きな場所に瞬時に飛ばす事ができるパスを繋いでるんだけど、目的の場所に飛ばす時に対象を覆うセーフティーエリアをイチからゼロに変動させてーーー」
「なに言っとんのか分かるように言わんか!このバカタレがっ!」
「ーーー魔物を虫けらサイズにしながら地中深くに埋めましたっ!!」
「なるほど!すごいなそりゃ!」
このジジイ、分かってない顔で全て理解したと言わんばかりの返事しやがった……。
ちなみに、圧縮された物体が転移先で解放されるとどうなるのかというと、当然元に戻ろうとする力が働くため、何百倍の力で四散する。どのような形状で解放していくかなどを細かく調整することも可能で、圧縮した空気を転移先で前方に向けて解放するなんて芸当もできる。ジランの手脚を切り落としたのもその方法である。
まあ、爺さんが分かったって言うなら、もう余計なことは言うまい。
「それで、俺からも質問が」
「地中に埋めた、って、あんたそれ本当かい?」
相変わらずの様子で俺の会話のターンを無効にして婆さんが聞いてきた。そろそろ、思うように会話が成り立たないことに慣れつつある俺は、首だけを縦振った。
「んなもん埋めて土壌が腐っちまったらどうすんじゃ、バカタレェッ!!」
「ぼっふぁあっ!!……………………な、なんでそこでグーパン……」
腹はあかんやろい……、色々出ちゃうから。
「畑のもんが育たなくなったらどうしてくれんだい!」
「ちょ、それはあり得ないから。なんで、もう一度殴ろうとしてんの!待って!」
「理由をいいんしゃい。殴られるのが嫌なら次は切り落とすよ」
シャキンと、婆さんは件の魔獣をいくつも屠った包丁を構えて見せた。ちょ、いくら自殺志願者とは言え、理不尽に殺されるのは嫌なんですけど!準備ができてないんですけど!
「あああええと」
「なんだい?聞こえないね」
このババア、梅干し顔でなんでそこまで怖い表情作れるの?なにか秘訣でもあるの?ほらちょっと、爺さんが顔逸らして距離取り始めてるから。その顔やめよう。
「だから、その、誰も絶対掘り起こせないほどの場所に」
「は?」
「海よりも深いところに埋めましたっ!!」
「………………」
「…………ぁ、あのぉ〜」
……………ゴクリ。
「なんだい。そうだったのかい。なあら、畑にゃ全然関係ないねえ」
…………………こええええええ。
「そいで?なんかアタシらに聞きたいことがあったんだろう?」
覚えてたんですね。もう聞くのやめてここから逃げ出そうと思ってましたよ。
「えっと、身のこなしとか尋常じゃなかったけど。それよりも、何で二人は魔物を桑と包丁で倒せたんですか?魔獣なんて武器じゃ絶対相手にできないですし、モンスターにはトドメを刺せないはずなんですけど」
「んなことかい」
すると、距離を取っていた爺さんがいつの間にか戻って来ていて、俺の質問に相槌を打った。
「簡単な話じゃ。これはワシらだけの道具だからじゃい」
「それはどういう」
俺がもっと詳しく、と首を捻ると爺さんと婆さんの両方からため息が返ってきた。
うそ。今、俺、呆れられてるの?
「この桑も、婆さんの包丁も、一度も欠けたこともなければ折れたりしたこともない。それがどういうことか、お前さんには分からんのか?魔法使いだろうに」
「ぜんっぜん分かりませんけど。だってそれ、魔道具じゃないですよねそれ」
魔道具には使用者の魔法適正やら、エーレアとリーフの循環効率を最適化するなどの効果がある。
その内部にエーレアの導体マテリアルである鉱物が内蔵されており、特殊な術式を施されている。その術式のお陰で術者は魔道具の恩恵を得られるのだが、魔道具は身に付けるだけではその効果を発揮しない。
使用者のリーフが魔道具に合うように調整しなければいけないのである。その為に魔道具と波長を合わせる為の特殊な薬を飲む。そうすることで体表面から魔道具に伝わるリーフを最適化し、理想のスペックを発揮させるのである。
ちなみに魔導機は予め用意された一つだけの魔法術式を万人が使える様にした汎用型なのでパッチを飲むことはない。その分、発動する魔法にムラが出てしまうデメリットがある。
爺さんと婆さんの桑と包丁は一眼見て分かる通りどこにでもある物で、クォーツーーー【導体マテリアル】は含まれていない。だから、魔道具ではないということだ。
「そうだ。魔道具なんちゅうもんじゃない。こんなん、そこらの家にどこにでもある。だがな。ワシらの物だけは違う。毎日、使う時はいつも、これらに力を流し込みながら使っておる」
「単なる道具にリーフを流し込むんですか?」
「そう。するとな。出来るんじゃよ、己の力を吸って強くなる道具がな。それはもうワシと婆さんにしか扱えんがな。魔道具ではないが、魔道具以上の物がこれだ」
「自分のリーフを吸い込んで、強化される……道具…………!?それって、蓄積変異導体マテリアル!それを作った!?」
「はあ?なあに言っとんのか分からんわい」
【蓄積変異導体マテリアル】ーーー。
リーフ、またはアンチウェアに影響を受け、導体マテリアルとしての特性を得た物質体のこと。とてつもなく長い時間、その個体から発生されるリンク・エーレアに触れていた物は導体・非導体に限らず、導体マテリアルの特性を持つようになる。その場合、元々が持っていた素材の伝導率、透過率とは異なる。これは長時間、装備者のリーフにその物質体が接触していた為に起こる作用である。リーフやアンチウェアは、ニュートリノと違って100%の透過率ではない。それはエーレアも同様である。長い時間接触していることで、それらは如何なる物体に蓄積していき、物質体の持つ特性を変えてしまうのである。
しかし、そうなる事は稀であり、蓄積変異導体マテリアルを作り出すのは並みの生物では不可能である。と、師匠がいつの日か言っていた筈だけど。
(やばい、こんな桑と包丁が伝説級の道具とは。そりゃ、魔獣のアンチウェアなんて紙切れ同然だわ。ぶつかり合うイデアソースの密度が違う。その道具、博物館に展示されてもいいレベルなんだけど)
何があればそんなものを作り出すまでに至るのだろうか。単なる日課や鍛錬、はたまた信念ではなし得ないことである。相当な事情があるのではないだろうか。
(うーーーん)
せっかく会話できてるし、遠慮なく聞いちゃおう。
「何でそんなことしてたんですか」
「何でってそりゃ。単に己の一部となるまで道具を大切に使い込むと『神の力が宿る』という話よ。若えの。お前さん、まさか魔法使いのくせに神の信仰もないのか?」
「神、ですか、あー、いや、……あははははは」
え、神がなんの関係あるんすか?
「しょうのないやつよぉ。神の有難い言葉にあるだろうて。『信じる心は全てに力を。信仰は万物に宿り、常に己を助ける支えとなる』てな」
「そーなんですねー」
神に恨みしか持っていない俺がテキトーな相槌を打つと、爺さんは肩をすくめて桑を担ぎ直した。その目は、俺と同じで神を心から信じてる者の瞳ではない気がしたのだが、今は聞いてはいけない雰囲気になってしまった。
たがら、話題を変える為にもう一つ気になっていたことを聞いた。
「そう言えば、なんで二人はここにいるんですか?戦争が始まったって話、伝わってないんですか?」
「ん、戦争?婆さん知ってるか?」
「いいや、アタシゃなんも聞いてないね。他の家の者もなんも知らんと思うよ」
「だよなあ。そんな話してたらすぐ村に伝わるしなあ」
戦争が始まったって俺のいた町では騒ぎが起きていたというのに、何だこの差は?
レトノアよりここはマリンに近いはずだ。なのに何で?
「まあ、戦争も肥大化しないですぐ終わると思うだけど、念のためどっか身を隠した方がいいよ」
正直、侵攻してきていた兵達は俺の作った障壁に閉じ込めてるし、この後、そいつらを一斉に転移させれば大事に至らず済むはずなのだ。
ああ、そういえばこの国の騎士団とかどっかの町の兵隊がそいつら見つけちゃったらどうしよう。話がややこしくなってそうで想像したくないなぁ。
お互いに通り抜けられない見えない壁に敵同士、睨みを効かせて競り合ってる光景なんて。
(想像できちゃったわ……うーわ、それめんどくさ)
とりあえず、二人には念のため魔物が簡単には近寄れない市壁にでも身を寄せた方がいいだろう。他の家の人にも呼びかけておくか。
ところで。
「この村の市壁ってどこにあるんです?」
俺は考えてみれば見当たらないそれをぐるっと首を振って探してみた。
小さい集落のはずだけど、あるのは夜空の星灯りを受ける丘陵地と広い畑、それにぽつぽつと遠くに見える民家のみ。
「なあにまたバカみてえなこと言ってやがる。市壁がねえから魔物らがそこらにわんさか出てくるんだろうが。疲れてんなら、婆さんの作ったあの弁当食え」
「………………」
市壁がない?
それって、つまりどういうことだ。
「妙なこと考え始めんでええわ、バカタレ。お前さん、用があるんだろう?」
「そうだよ、あんた。さっさと行きな。弁当もちゃんと持ってくんだよ」
「ああ、えっと、おわっ!重っ」
まるで触れてほしくない事でもあるかのようにあれ程厚かましかった二人は俺をせっついてきた。俺は言われるがまま重たい弁当を持たされる。
口を開いて何かを言おうとしても二人の無言の視線に俺は噤むしかなかった。
俺が早くゼランダ軍を向こうの大陸に転移させてしまえば、この人たちにも被害は及ばない。それだけの話だ。
ちょっと気持ち良くない別れ方だけど、落ち着いたらもう一度この二人に会いに来よう。その時はこの二人こと、詳しく聞けたら良いな。この世界に来て、師匠以外に珍しく他人に興味を向けた俺は、そうして、名も知らない集落を後にしようとした。
だが、俺は忘れていた。
この世界は間が悪いことを。
節目節目の切りの良いところで、必ずと言って良いほど邪魔が入ることを。
「あのさ、また今度会いにーーー」
ーーー振り向いた俺の目の前に例の赤い光が通り過ぎていった。
まるで照準の定まっていないその光は地面を一通り穿っていくとやがて天へと消えていった。
「ーーーーーー!」
目を剥く俺の目の前には、お節介な老夫婦の住む家がぽつんとあるだけで、先程までいたはずのその二人は穿たれた地面と共に姿を消していた。
「どこだ!どこから撃ちやがった!」
丘陵地の稜線からこちらを見下ろす様に撃たれたと思った俺はそちらへ振り返るがそれらしき物は見えなかった。
だが、代わりに土煙撒き散らす一点を見つけた。目を凝らすと砂埃を受けて光が歪んでいるところがあった。
なるほど。
「視認阻害が掛けられた魔道具か。それとも魔導機か?道理で見晴らしのいいこの場所で、砲撃に気がつかなかったわけだ。相手が何にせよ、分かりやすく土煙りが上がってやがるんだ。ただじゃおかねぇ。目の前で人を殺されて黙ってられる俺じゃないんだよね」
この世界に来てから一番最悪な気分かもしれない。
俺は、自殺する以上に本気で魔法をぶち込んでやろうと構えを取り、
「「勝手に殺すな、バカタレッ!!!」」
真後ろから放たれた二つの拳骨に脳を揺らされるのだった。




