第十一・ニ話 〜〜丘陵地で何やら不穏な動きがあるみたいなんですけど?ん、もしかしてあれか?〜〜
(なぜ王でもない、その子供の言うことを聞かねばならない)
ガスタードは込み上がる怒りを胸の内になんとか押し留めるようにして、行軍を停止した各部隊に指示を飛ばしていた。
とは言え、大した命令は何一つない。敵軍の索敵と、頻繁に現れる魔獣やモンスターへの対処についてである。相手が何であれ、一万という大所帯ゆえに目に付きやすい。未だ相手国の兵士や軍隊の姿は見えないが、自然豊かな土地柄のせいかやたらと魔獣とモンスターの出没頻度が多く、地味に手を焼いている。このままでは本来予想していた戦争の光景になる前に全部隊が疲弊してしまう恐れがあった。
せめて、野営地を築き、魔獣やモンスターが寄り付かないようにセーフティーフィールドを展開できればいいのだが。
(あのバカ王子め。フィールドすら張らせないとは、よほどサバイバルが好きらしいな。夜の散歩はぜひとも一人でやってもらいたいもんだ)
そのマーゼル第一王子はというと、部隊前方に位置する丘陵地の稜線から遠く先に見える小さな集落を見てなにやら呟いていた。流石にガスタードの耳にはその声は聞こえなかったが、時折見えるマーゼルの横顔に浮かぶ不気味な表情から良からぬ内容を口にしていることが見て取れた。
壊れた人間が力を手にするとああなるのか、とガスタードは見兼ねて目を逸らした。その王子のすぐ後ろには例の魔導機が鎮座していた。
(未だに、あんな大掛かりな魔導機がまともに動くなんざ考えられないんだがな。起動して、更に鳥を撃ち落としたと聞いただけでも疑わしかったのだが)
荷馬車を三列に五台並べた程の幅と長さで、高さは大人二人分と言ったところか。全体的に平く細長い形状で、上部には本機体と同じくらい長い砲身が砲手席の区画より伸びている。砲身が筒型ではなくブレードを三枚合わせた形状になっているところを見るに、おそらく放射式の魔法を放つ物なのだろう。
マーゼルはこの魔導機を【移動式魔導砲台ザナル・バフ】と呼んでいた。
(マーゼルめ。冗談で終わらせる気はないらしいな。我々はまだこの国から何の害を受けていない。だというのに、目的でもなんでもない小さな集落に兵器を向けるのか)
奴は、本当にどうかしている。
意見具申をすれば、部下たちを盾に脅しをしてくる始末。
つい数年前まではこんな人間ではなかったはずだと記憶している。マーゼル本人に何があったのかは知るところではない。だが、それを知っている可能性の高い近衛の者たちや側仕え、そして、一番忠実な執事がどうして彼の間違いを正してやろうとしないのか。ガスタードは不思議で堪らなかった。彼らがもっと利口であれば、敵地でこんなことをせずに済んだはずである。
戦争だと、マーゼルは言う。
それも楽しそうにだ。彼に付き従う者はただ首を立てに振るのみ。
しかし、ギオ・ゼランダ帝国正規軍である我々は違った。戦争という言葉に、疑問と違和感と不安ばかりを覚え、顔を強張らせるばかりだった。ーーーこの数百年、内戦も隣国との小競り合いもなく平和を守ってきたギオ・ゼランダがなぜ、自らそれを壊すのか。その必要性はどこにあると言うのだろうか。あの聡明なラオゼル王が命令を下したとは未だに考えられない。海を渡ったその先の地へ、どんな大義を掲げて戦わなければならないというのか。
この戦争に於ける達成目標は大きく分けて二つ。
一つは、特定の危険人物の抹殺。
一つは、テイルドジード国首都ファルケムの陥落。
そこから結びつく我が国の利益が何処にも見当たらない。我々を殺し屋かゲリラの集団だと勘違いしているような指示である。
やはり誰かが裏に居るのだろうか……。
今でさえ、ガスタードはその疑問をずっと考えている。そしてもう既に、戦争をすべきではないとある種の答えを出していたのだった。
(当初の予測では、テイルドジード国の精鋭騎士団が真っ先に我々の前に立ちはだかると踏んでいたのだが、それもいくら待とうとも来やしない)
その精鋭騎士団の団長を務める人物とは古くからの付き合いだった。その為、会敵直後、話し合いの場を持ち掛け、互いに都合の良い言い訳を手土産に颯爽と母国へ向けて撤退しようと考えていた。
なにせ、港町マリン上陸作戦時とは違い、上陸後の侵攻作戦では自分が総隊長で全軍の指揮官なのである。無用な戦いをせずに済む機会を逃すまいとしていたのだが、まったく当てが外れてしまった。
マリンでの戦いの時、伝令役の人間を数人、敢えて町から逃した手間も意味をなさなかったのだろうか。
そうして、ガスタードがあれこれ思い浮かぶことに納得のいかない気持ち悪さを覚えていると、マーゼルがザナル・バフの甲板に立ち、声を上げた。
「貴様らよく見ていろ!これから、あの先にある村を消し去ってやる。昼間に、俺に無断で観ていた奴らは楽しみにしていろ。特別だ。あんなのとは比べ物にならない最大出力で放ってやる。近衛、仕事だ!見物客をもっと後ろへ下がらせろ。魔素の干渉があっては台無しだ」
マーゼルがそう言うと、ザナル・バフの近くにいた兵士たちは近衛兵によって押し出されるように遠ざけられていき、ガスタードは巻き込まれないようにそれから距離を取った。
耳飾りを付けたマーゼルはそのまま砲身の付け根にあたる砲手席に座ると何やら操作していく。すると、ブレード状の砲身がガコンと音を立てて本体から浮き上がった。三枚の細長い板が側面を互いに合わせるようにして回転を始める。やがて、徐々に赤い光がその内側に形を成して現れていく。
集落が消え去るまでのカウントダウンが始まった。
その光景をやや遠目から見ていたガスタードは、必ずマーゼルの近くにいた側仕えや執事がいないことに気が付く。
(マーゼルが完全に一人になりよった)
ガスタードはゆっくりと目を瞑った。
ギオ・ゼランダとテイルドジードの両国間で何が起こったのかは分からんし、知らん。我らに下された命令の真意も解らん。もしかしたら、そこのデカ物に乗り込んだバカ王子だけは何かを知っているのかもしれない。が、あくまで可能性だ。でなければ、戦争の口火を切る場に王族がどうして付いてくるのか説明がつかないからな。
(…………)
いいや。もう、理由を探る時間は終わりだ。
なにせ、奴はやって良いことと悪いことの区別を分かっちゃいないのだからな。
(年寄りに魔法を使わせるとは、大した王子だ。まあ、この場にいる人間で自身の判断で動ける人間は私しかいないからな。さあて。きっと、帰国したら無職だ。……それで済めば良いが)
しばらくしてガスタードは目を開けると、自然な動きで物資の物陰に隠れた。
そこで籠手型の魔道具を左腕に嵌め、マーゼルへと向ける。すると銀の装飾が施された籠手に刻印が浮かび上がり、弓形の形状をした魔法が発現した。
(砲身を狙ってもいいが、あのエネルギー量でコンフィデンスを起こされたらここにいる全員、無事では済まないな。だからよ、マーゼル王子。容赦無くあんただけを狙わせてもらう。死なない程度の痛みだから、安心して眠れ)
「おい、貴様ッ!そこで何をしている!」
「!!」
ガスタードはその声を聞いて咄嗟に腕を引いた。
(っ、もうバレたか)
伊達に王族の守りを専門にしているだけはある。
そう思ったが、その声が自分へ向いていないことにすぐに気がつく。近衛兵たちの駆け寄る先には、マーゼルの座る砲手席へと歩み寄る一人の男がいたのである。
「あの若いのは何を」
ガスタードはつい声を漏らしたが、それを聞く者はいなかった。
皆の注目はマーゼルに近づく男に集まっており、しかし、その男はこちらを全く見向きもしない。
やがて男はマーゼルの元へ辿り着くと、何かを握った拳を振り下ろしていくのだった。
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移動式魔導砲台ザナル・バフの起動シークエンスが終了し、マーゼルが砲手席へ向かう少し前のことーーー。
ザナル・バフの機体後方には内部に入れる扉がある。
鍵の掛けられた最奥の部屋には大型魔導機の心臓に当たる動力炉があり、その部屋から伸びるケーブルは魔素を調節する為の部屋に繋がっている。所謂、機関室と制御室だ。
動力炉のある機関室に入れるのはマーゼルか整備長のハボックだけであり、その他の隊員たちは術式コンソールの置かれた制御室で各々の作業をしている。
現在、ハボックは一人、動力炉で魔素の出力調整を行なっていた。
術式調整画面を開き、属性補完変価機と合わせてエーレアの循環を最適化していく。調整を行うたびに、動力炉の中に満たされた半透明の赤い液体が泡ぶくを立てていく。いや、正確にはその中に入っているモノがであるが。
ハボックは中の様子を見ずに淡々と作業を進めて行く。
ーーーボコボコボコ………………ボコボコ…………。
「……」
コイツの調整の難しさはもう何度となく味わっている。調整を掛けるたびに“そうなること”は分かっているのだが、この音だけは未だに慣れない。聞くたびに鳥肌が立っては治らなかった。
今日の昼間に負担を掛けるような撃ち方をしてしまった為か、なかなか価電子の位相が基準値に達しない。
ハボックは追加で器具を取り付け、術式調整画面をいくつも開いたりとしていく。するとやはり、なにかしらの負荷を掛けるたびに泡ぶくがボコボコと立っていった。
苦い表情をつい作ってしまう。
「俺だって優しく出来たらそうしたいさ。苦しいのはあと少しだからよ」
ハボックはつい、そんな独り言を口にしてしまう。目線はあくまで画面を見たままだったが、見ないでも液体の中がどうなっているのか簡単に想像できた。いや、できてしまうのだ。
きっとまた直接見てしまうと、手が止まってしまう。残念ながら今、俺はソレをどうこうする事ができない。だから、見ないふりをするしかない。
(胸糞悪いモノを動力に使いやがって)
何度、そう吐き捨てたか分からない。
両親がこれを巡って騒動を起こした気持ちが痛いほど分かる。俺だって気が狂いそうだ。だが、これをどうにかしようとするものなら両親と同じ轍を踏んでしまう。きっと、自分の死に気が付かぬ間に殺されてしまうだろう。
(コレをマーゼルに与えたっていうあの化け物だけはどうしようもできない。なんの報いも無く殺されてたまるか。死ぬのなら、奴だけは先に葬らなければ)
全てを狂わせてくれた元凶に裁きの鉄槌を喰らわす。
その後であれば俺はどうなったっていい。
マーゼルを殺し、こんなモノを強制的に作らせる軍を一掃して、逃亡でもしてやろうか。そうしたらば、マーゼルに手を貸している化け物のことを後でじっくり考えることにしようか。
ーーーボコボコ……ボコボコボコ…………。
「お前も、今日で楽になれるかもしれないぞ。約束はできないが、俺がもし、まだ生きてたら。な」
ーーー……………ボコ……ボコボコボコボコ………………。
「だから、少し力を借せ。辛いだろうが耐えてくれ」
ハボックは術式調整を終えると接続していた小型の魔導機を取り除き、調整用とは関係なしに繋いでいたソケットから六角柱型のクォーツを取り出した。そうして誰もいなくなった機関室には鍵が掛けられ、内部は動力部から漏れ出る薄赤色の光のみが支配していった。
「マーゼル。お前の我儘はここまでだ」
そう小さく呟くハボックは、制御室でパラメータを管理している同僚たちの間を通り抜けていく。
一瞬、メリダから視線を感じたが無視した。
(お前たちが言い逃れできるよう、アリバイ工作もしてやるから安心しろ)
機関制御室を出たハボックは、偶然目の合ったマーゼルの近衛兵の一人に皮肉な笑みを送ってやったのだった。
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そうして現在ーーー。
ハボックは大勢の目の前でマーゼル第一王子に向かって魔法を放とうとしていた。
近衛兵たちは声を飛ばて足を動かし、マーゼルの元へ駆けつけようとする。対して、ゼランダ軍の兵士たちは何が起こっているのか理解が追いついておらず、誰もが唖然とそれを眺めている。
そして、狙われたマーゼルは砲撃術式用の聴覚保護をする魔道具を耳に付けていた為、耳飾りに入ってくる通信以外、一切音が聞こえていなかった。無論、騒ぎには気が付いていなかった。
マーゼルが気がついたのは、ハボックが拳に握った六角柱型のクォーツを振り翳し、自身に星空の光が届かなくなってからである。
(これで終わりだ)
そうしてーーー。
「死に去らせええええ!マァーーゼルゥウーーーッ!!!」
「……貴、ッ様ーーーーーーーー!?!!」
ハボックに気付くのがやや遅れたマーゼルの首元に、ゼロ距離でそれが突き付けられた。
「ゼルド=シン=ギグスッ!【ブレイズ・ファズマ・カノン】!!!!」
赤色の瞬きーーー。
そして、音と爆風ーーー。
瞬きをする暇もない刹那に、色と音が過ぎ去り、衝撃波によって生み出された爆風がその場にいた全ての者たちを襲った。
予想だにしない高威力の魔法によって吹き飛ばされた兵士たちは、流石は日々厳しい訓練を行っていることだけあってすぐに起き上がり、状況把握と仲間の安否確認及び点呼を取っていった。
大量の土煙と舞い上がった石ころが未だ晴れないそんな中、小さな笑い声をあげる者がいた。
「はは……ははははは…………っげほ、けほ……ああははは……げほっけほっけほ」
咳き込みながら笑い声を出していたのは、ハボックだった。彼は魔法を使った右腕を血だらけにしながら、仰向けになって倒れていた。笑うだけの体力はあるが起き上がるのはまだ少し掛かるようで、しばらくの間、憎きマーゼルを殺すことができた達成感に浸っていた。
両親の名誉と自身の尊厳を守ることができた。
これでもうマーゼルに振り回され、不幸を被る者はいなくなった。
俺は、やってやったのだ。
視力と聴力がようやく定まってきたハボックは、そうしてようやく起き上がった。
(俺の部下たちを逃さなきゃな。部隊が混乱している間にザナル・バフで奴らを一掃するんだ。マーゼルを殺した光景を知る者さえ居なくなれば、魔導機の事故だなんだって理由を付けられる。元よりあんな代物を動力に使っていたんだ。証拠として、設計図と一緒に王に渡してしまえば、禁忌にも等しい非人道的行いをしたマーゼルが罪を全て背負うことになる。死して人柱になるんだ。奴も本望だろう)
想定外の出力を持った魔法を放ってしまったため、体の負担がだいぶ掛かってしまっていた。術式自体は正常だった筈なのだが、やはり『黄金の血』を通して作られた魔素のせいか。
刻印術式にクォーツが粒子化して飲み込まれるのを初めて見た。右手にまだその感覚が残っている。
(しかし、魔法が得意じゃないのに無理するもんじゃないな。くそ、身体中が重くて仕方がねぇ)
そうして土煙が少しずつ晴れていく中、ハボックは足を引き摺るようにして飛ばされてきた方角を目指して歩いた。
そして、探していた大型魔導機は案外すぐに見つかったのである。
「なんで、砲身が赤く光ってんだ……。あり得ない……!?誰だ、そいつを動かしているのは!!」
あの時、ハボックはマーゼルに魔法を撃ち込む寸前、マーゼルが誤って術式発動のクォーツに触れていたのを見ていた。照準も定まっていないザナル・バフの収束砲は集落には決してあたっていない筈であるが、問題はそこではない。
どこの誰が再び術式を起動し、それを俺に向けているのか、だ。
砲手席に誰がいるというんだ。
「俺に決まってんだろ。ハボック整備長ォ!!」
「ーーーッ!?……う、そだ……」
ハボックは足に力が入らないのを自覚できなかった。
ドサっと膝が折れた。あの体勢からどうやって逃れたのか。皆目検討が付かない。
「よくも……よくもよくもよくもっ!!よくもこの俺様に手を掛けてくれたなっ!!魔族からもらった首飾りがなかったら、危うく死ぬところだったじゃねえか。王族に牙を剥いた覚悟、できてんだろうな?」
ザナル・バフのブレード状の砲身が一層赤い光を増していき、機体が唸り声を上げるように振動していくと、砲身からは激しい紫電が発生していった。
「これが出力最大だ。死んどけ、愚か者」
 




