第十一・一話 〜〜主人公の俺以外に何やら専門的なこと語り始めてる奴がいるんですけど?〜〜
クォーツの集合体とも言い表すことができる【移動式魔導砲台ザナル・バフ】は、地面にアンカーを打ち込み、砲撃術式の起動シークエンスに入っていた。
【クォーツ】ーーー。
魔法を行使する際に術者の技量を補助・最適化する効力のある鉱物や宝石を指し示す総称として使われる言葉だ。だが、それは魔法技術が進歩し、魔道具にそうした効力のある媒介が組み込まれるようになってからの、所謂現代からの言い表し方なのである。
では。
本来、【クォーツ】とは、遥か昔の言葉で「伝える」という意味が元々で、石ころ染みた意味はどこにも含まれていなかった。それを、魔法技術を研究する当時の学者たちが“エーレアが物体を通り抜ける伝わりやすさ”の意味に利用し始め、【クォーツ】という単語が魔学の世界で『エーレアの伝導率』を表す言葉として用いられるようになっていったのである。
だから、魔法技術を研究する学者や魔道具の製作、加えてその商いに携わる者の間では、決して鉱物をクォーツと呼びはしないのである。しかし、素人相手にそれを言ったところで仕方がない面もあるため、時と場合を分け、名称を言い表しているのが現状である。
しかし、もしかしたら素人か専門家なんて区別はもう不要なのかもしれない。なにせ、魔法自体の用語ですら、魔法現象のエネルギー源をエーレアと言わず、間違って伝わっているエーテルという単語で覚えてしまっている魔法使いが多くいるほどなのだ。示す内容が合っていれば名称はなんだっていいのかもしれない。
それはつまり。
ーーー要は、魔法が使えればそれでいい。
そういうことなのだろう。
魔道具に刻印された術式の配列や、使われている素材とそれが組まれている順番、大きさやフォルムなど本当はどうでもいいのだ。そうでなかったら、些細な言葉の言い表し方だって昔から変わるはずがない。
今の世界を見ていると俺は堪らなく嫌気がさす。
自身の鍛錬や勉学を疎かにしようとも、使いたい魔法の術式とエーレアのコントロールを補助してくれる魔道具さえあれば、簡単に力を誇示できてしまうのである。
魔学の発展。そして、魔法技術の進歩。
それがあったからこそ、教養のない者でも魔法を扱うことのできる常用魔法が開発され、生活をより豊かにしていったというのに。今では魔法使いの質は年々落ちていく一方だ。
俺は魔道具店を営み、その中でそれを欲する魔法使いと何千何万人と会ってきた。だが、どいつもこいつも中身スカスカの馬鹿ばかりだった。それこそ「威力の高い魔法が撃てればいいから適当に用意して」と、そんなことを言ってくる者もいるほどだ。
だから、俺には分かる。
この大型魔導機を撃ちたがっている男が、どれだけ馬鹿でどうしようもないクズ野郎ということを。
ギオ・ゼランダ帝国第一王子、マーゼル・シェイゼ・スレイス・ラヤ・ゼーランド。
こいつこそ、その典型なのだ。
自らの身分を自身の力だと勘違いしているこの碌でなし。
力を誇示できれば、それでいいと思っている人種だ。
(こいつの好きにさせてたまるか)
マーゼルは、魔法技術学者である俺の両親を殺した張本人でもある。それも、俺の目の前で理不尽な罪状を笑いながら歌い上げるように言ってだ。
大人しく言いなりになるつもりは毛頭ない。
俺はここで刺し違えてでも奴をーーー殺す。
二度と母国の地を踏ませるものか。
「あの、整備長?……ハボック整備長?」
不意に肩を叩かれて、ハボックはそこでようやく我に返った。
叩かれた方を見ると、背の低い薄赤髪の女性が立っていた。
「またお前か。メリダ」
「また、って何ですか」
「何のようだ。要件を早く言え」
「いえ……その、整備長がなんだかまた凄い怖い顔していたので、だ……大丈夫、かなって」
自分としては顔色一つ変えているつもりはなかった。
(三十も近い年上の自分が、二十そこらの女にそんな指摘をされるとは)
これでは行動を起こす前にマーゼルに気づかれてしまう。もっと冷静にならなければ。
「俺は至って平気だ」
「でも、整備長……」
「言いたいことはわかる。気を遣わせたな。頭はとっくに冷えてる。お前達も俺みたいにカッとなってアレに口出しするなよ。何をされるか分からない」
そこまで言うと、俺は自分の持ち場に戻るようにとメリダに指示した。
その後ろ姿を見送るように眺め、ハボックはすまないと心の内で謝った。
これから俺が起こそうとしていることで、もしかしたらコイツらにも迷惑をかけるかもしれない。
ザナル・バフの起動シークエンスが順調に進む中、それでもハボックの決意は揺らぐことはなかった。