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第十話 〜〜どうやら俺は死期を逃したみたいなんですけど〜〜

 



「ほうれ、どんどん食べんか」



 と、日焼けした皺くちゃのジジィが取り皿に料理をてんこ盛りにして、俺の前にーーードゥンッ!



「そうだよ、あんた。食べて体力つけないと、まぁたぶっ倒れちまうよ」



 て、言いながら梅干しみたいなババァが出来立てデカ盛り料理を、俺の前にーーードゥドンッ!!



「あ、いえ、そんなにはっ」



 そして、そんな赤の他人に挟まれている俺は無償の御好意という胃袋攻めにーーーキャァー!!!






 俺は今、小さな村のその端にある老夫婦の家で拷問のような歓迎を受けていた。


「若ぇ者がなあに遠慮なんかしてんだバカタレ」

「そうよお、あんた。今にも死にそうなくらい真っ青な顔色してたくせに。あたしゃ知ってんだからね。最近の若い子はすぐ痩せ我慢したがるんだからもお。それで格好付けてるつもりなのかね。あーやだやだ。そんなのに振り向く女に碌なのはいやしないんだから」

「婆さんの言う通りだ、若えの。男は食って動いてガツガツしとかんと女にゃすぅーぐ逃げられちまうぞ」

「爺さんの言う通ぉりだよお、あんた。そんなひよろっひょろのナヨナヨじゃ畑仕事の一つも碌に出来やしないでしょ。どうやって嫁さん食わしてくんだ。甲斐性無しにでもなりたいんか、あんた?」

「あの、それとこれとは関係が……」

「バァカタレ!口を動かしてる暇あんだったら箸動かさんか。婆さんの料理残したらタダじゃおかねえけぇな」

「やだよう、もう。いっくらあたしの飯が美味いからって褒ぉめすぎだよお。まだ食べるか?もっと作るか?」

「おう、作ったれ作ったれ!わしもまだまだ食ぅぞ!おい、若ぇの!これも食えっ。ある物ぜんっぶ食え!」

「……突発的な過食症状誘発してなんやかんやの奇跡的な展開になって死ねないかな……」



「「箸が止まっとるぞ!!」」



「は、はいぃいい!!」


 俺は前世も含め、生まれて初めて号泣しながら料理を飲み込んでいっていた。

 コワいっ!この夫婦オカシイっ!そして、本当怖いっ!!

(くそぉ、あの時人の手なんか借りようとしなければ)


「おい、若えの。もう、無茶な木登りなんかすんじゃねえぞお。お前さんの腕の細さじゃ木にぶら下がることもできんだろうに」

「あ、あはははは(回想に入る流れを断ち切るジジィ乙!)。その、たまにやってみたくなるんですよ。助けて頂いてありがとうございました」

「別に礼を言われるこたぁなんもしとらんよ。体を起こすのを手伝っただけだ。ひ弱は大変じゃな。老いぼれにすら縋らなきゃならんとはな。これからも飯食えよいっぱい食えよ。嫁さん貰えないぞ」

「あは、あははははは(墓地よりも深いところに埋葬したろかこの筋肉ジジィ!)」


 コホンッ!えっと、だ。

 つまり、左足を失ったあれから何があったのかと言うと、俺は足首からドッバドバ出る自分の血を見て………………情けないことに気を失ってしまったのである。

 ホント、俺としたことが。

 初めてこの体が損傷したことへの感動やら、失った足から来る激痛やら、もしかして何もしなくても出血多量で死ねちゃうとか、こんなことできちゃう一瞬見えた赤い光の正体は?とか、色々喜んだり叫んだり探したりしたかったのに。


「う、気持ち悪い」


 つい、未練と共に血がどくどく流れていく感覚とその色を思い出してしまった。ただでさえ食い過ぎで吐き気がしてるのに。


「なんだ、まだ体調が良くならんのか?婆さんっ、ばぁーさんっ、食材はまだ残ってるか?」

「まって、ちが……っ!」


 俺はそのまま遥か上空から落下していき、真下にたまたま生えていた一本の木へと身を落としていった。その木の近くには畑があって、その畑で作業していたのがこの爺さんである。

 木登りに間違えられているのはそのせいである。

 落下してすぐに駆けつけてきたらしい爺さんに俺は叩き起こされて目を覚ました。気を失っていたのはほんの僅かだったのだろう。その時の空の色は気を失う前と同じで、まだ青かった。


「たんまりあるよ〜」

「ひぃ!」


 そうして、手を差し伸べてくれた爺さんは俺の顔色があまりにも悪かったのを見兼ねて、家へ無理矢理俺を引っ張って連れて行った。中で待ち受けていた婆さんの世話にもなり、先程のフードファイトに至ると言う訳である。

 いや、二回戦目が俺の意思とは関係なく始まろうとしている気が!!?


「ああっ!やっだわ〜、野菜が足らないじゃないのぉ」


 セーーーフッ!!

 あっぶね!!

 無理だから、ほんっと無理だからね!

 人の回想中に会話挟んできて俺の肝まで冷やすとは、どんだけお節介の塊なんだよこの老夫婦はっ!世話焼きレベルカンストしてんだろ、おい!!

(ああ、セリナ。君はまだまだ序の口の世話焼きだったんだね。将来こうならないように遺言にしっかり書いておかなくちゃ)

 とにかく、野菜に助けられた。


「ふぅ」


 俺は椅子の背もたれにだらりと寄りかかり、脚を前に投げ出した。靴を履いてる右足と、裾先が千切れて靴も履いていない左足。

 見間違いでも夢でもない。

 そう考える時間は遠の昔に過ぎている。

 なにせ、爺さんに手を借りて立ち上がった時には既に、何事もなかったかのように左足はあったのだから。


「どうしようかしらねえ」

「変な声出して、どうしたんだ婆さん。指でも切ったか?」


 初めに言っておくが、この世界では漫画やアニメなどのようなご都合ファンタジー世界では決してない。魔法で傷が治ったり、死者が生き返ることなど有りはしないのである。

 だから。

 当然、自己修復とかそんな夢見たいな魔法はないし、時を戻して無かったことになんてこともあり得ない。

 俺がよく使う時空間魔法は、分散したエーレアの形跡を追って限定空間内で特定対象をその場に戻す術式だ。故に体から切り離されたり、傷ついて流れ出て失った物は元に戻らない。


「違うのよお。見てこれ」

「なんだよ。ありゃ随分広くなった」

「でしょぉ。もうお野菜切らしちゃって」


【時空間魔法】とは簡単に言えば、対象物の相対位置を限定した空間内で指定した時間まで巻き戻すだけである。腕が切れた状態で巻き戻れば、時間が動き出した瞬間足元に腕が落ちるだけ。壊れた物も元には戻らない。正常な部分の感覚器官は時間を戻りリセットされたりするがーーー、今はそんなことどうでもいい。

 今あるべきことが現実なのだ。それは信じられないことを込みでこの現状を胃の中へと嚥下するしかない。

 あの時、視界の端から太い赤い光が俺を横切り、避け切れなかった左足は消失した。その後、俺は純粋に気を失って、落ちて、目を覚まして、失ったはずの左足を地に着けて立ち上がったのである。


「お肉だけじゃ味気ないと思って、お鍋にしようかと思ったんだよ」

「婆さん、これで鍋にするのは無理があるだろ」

「そうよねえ。仕方ないわ、もお」


(はぁ……)

 またしても、この体の解明できない謎が一つ増えてしまった。


「あの光に飛び込んでおけばこんな事悩まずに済んだのに。どこのどいつがあんな事をしたのやら。狙うなら頭か心臓にしろよ。……はぁ。ジラン以来の千載一遇を逃した……うぷっ。やば、本当に食い過ぎた。もう食えない」


 とりあえず、腹がもう少し軽くなったらここを出よう。リーフの循環に若干の違和感を感じるけど、このくらいならいつも通り魔法を使えるだろう。

 侵攻途中のゼランダ軍を一気に母国へ送り返してやらなきゃいけないし、やることはまだ残っているのだ。


「もう外も暗いけど。爺さん、ちょっと畑に行って採ってきて。あたしゃ水汲んでくるからさ」

「あいよー、任せい!」


 っておぃいいっ!!


「待て待て待ていっ!俺もう、元気リンリン超血色良過ぎて勇気百倍意気揚々だから畑行かなくていいからっ!」

「「なぁーに言ってんだ??」」


 俺も分かんねえよッ!

 たく、人が腹パンパンにして苦しいの我慢しながら頭抱えて考え事してるってのに。どうしてもフードファイト開催する気かっ!どんだけ食わせりゃ気が済むんだよ!


「あの、もう夜ですし、モンスターとか魔獣とか出る可能性もありますし」

「うーん、しょうがないね」

「そうだな、婆さん」


 初めて話を聞いてくれたっ。


「残りの物だけでサクッと作るかね。あんたらは座っとき」

「あいよ〜。食える時に食っとかんとな」

「俺の話を聞けっ!てか、まだ食うのかっ!?」

「婆さんの料理は無限に食える自信がわしにはある」


 えなにそれカッコい……。


「やっだよぉ〜、あんたったら〜。今晩あたしに何する気だい、もお〜」

「な〜んもせんよ。な〜んも」

「なんにもしないの?」

「してほしいのか?」


 ギャーーーァアーーー!絵面を考えろっ!!本気で胃の中ぶち撒けそうになったわッ!


「じゃ、お世話になりましたっ!!!」


 こんな所早く出よう!失礼とかそんなんもうどうでもいいわ!


「あ、これ!待て若いの!」


 ガシッ!!


「なっ!?」


 見兼ねて逃走を図った俺は、低い姿勢から飛び付いてきたジジィに即刻ホールドされてしまう。


「え」

「だからそんなんじゃ嫁を貰えないと言うんじゃぁあ」

「おわっ!?」


 そして、ムキムキと腕に力を入れるジジィが俺を抱えて宙に浮かせていき、ぐるんと俺の世界が回った。


「ゴパァアッ……!」


 逃走開始から約二秒。

 見事に逃走未遂で捕まった俺はジャーマン・スープレックスという極刑を食らった。

 なんて、俊敏なジジィだ。


「っていきなり何すんだ、爺さん」


 大した痛みはないけど、マジ危ない!食道から出かかったからっ!


「ひ弱の癖に意識があるのか。意外だな、若ぇの」

「いい加減、俺と会話してくれませんかねっ!」


 すると、ジジィはまたあの時のようにすっと手を差し伸べて俺を引っ張り起こした。


「行くなら弁当にしてやる。なあ、婆さん」

「すぐ出来っからねえ」

「いや、だから」

「飯食って立派になれ、若ぇの!」

「爺さんの言う通りだよ、あんた!」


 だから、会話になってないっての……。

 この二人ときたら、厚かましいにも程があるお節介夫婦だな。見ず知らずの他人にここまでする必要ないだろ。義理や人情とかいう江戸時代でもあるまいし。いいや、江戸時代でもそんなことする人間はいなかったに違いない。知らんけど。


「わしも手伝うかの」

「爺さんは洗い物しとくれ」

「あい、わかった」


 まったく、さっきから何するにしても笑顔ばかり振り撒いてからに。


「……」


 それが愛想笑いとか社交辞令でないことがすぐに分かる。前世でそればかりしていた俺が見抜けないはずがない。俺だったらとっくに笑顔が引き攣ってきている頃だ。

 いい加減、他人の俺が居て邪魔だとか思わないんだろうか。

 どうしたらそんなに楽しく生きられるんだよ。

 どうしたらそんな。


「……歳の取り方ができんだよ」


 生まれ育った環境か?元々の性格か?出会った人の影響か?やっている仕事の影響か?人種か?宗教か?文化?分からない。何がそうさせる?



 ーーー何でそんな生き生きとしてるんだ。



「なんか言ったか、若ぇの?」

「なな、何にも!」


 俺としたことが、自室でもないのに知らぬ間に自分の世界に埋没してしまっていたらしい。集中すると考え事をそのまま延々とぶつぶつ言い出す癖がある、とセリナに注意されていたんだった。

(あぶないあぶない)

 要らぬことまで口走ったかとも思い、洗い物を続ける爺さんの様子をもう一度伺ってみるが、どうやら気にし過ぎだったようだ。肉を叩く婆さんのお陰か、本当に何も聞こえていないようだ。

 ったく、俺の言うこと聞かない癖になんでそこだけ反応するかね。


「はいよ。お弁当だよ」

「って、デカッ!?」

「そんなことないよ。あんた目がおかしいんじゃないかい?一番小さいのに決まってんだろお」

「お言葉ですが、お婆さん。俺の知ってる弁当文化ではそれを弁当とは呼ばず、業者の納品って言うんですよ」


 両手持ちの大きな木箱に皿に盛られた様々な料理が仕切りに区切られて満載されている。

 いったい何人分あるのやら。


「またこの若ぇのは訳分かんねえこと言って。遠慮しようたってそうはいかねえぞ、こんちきしょうっ!」

「つべこべ言わずにほら持つんだよ!ほら、手ぇ離すよ」


 理不尽なほどに強引なおもてなしだ。だが、もうそれももう慣れつつある。

 俺は不器用に笑みを返し、それを受け取った。

(流石に貰いっぱなしと言うわけにもいかないよな)

 そこで俺はマリンを占拠していたゼランダ軍から掠め取ってきた物を渡すことにした。


「あの、これ今日の食費の足しになるか分かりませんが」


 それは海の色を吸い込んだ様な色をした宝石である。

 この宝石はエーレアの結晶体で学術上は【クォーツ】と呼ばれる代物だ。

 かの有名なゼランダ軍と言うだけあって、マリンに残された魔道具の備品は大した物だった。魔道具の核となるそのクォーツは人差し指ほどのサイズもある。売ればそれなりに値が付くはずだ。


「なんだこれは?新しい肥料か?」

「綺麗だけど、塩?料理に使えるのかしら」


 本当はこのクォーツを使って新たに自殺実験を模索しようと考えていたのだが、今回ばかりはお礼をしない訳にはいかない。

 生きている以上、最低限には人としての行いをして置かないと、いざと言うときに気持ち良く死ねないというものだ。


「ふむ」

「うーん」


 手に取り二人交互に宝石を眺め回していきーーー。


「「いらない」」


 声を揃えて受取拒否された。


「って拒否すんのかいっ!!」


 散々人に“おもてなし”という名の物量攻めをしてきた癖に、人の好意を無碍にするとはなんたるか。


「若ぇの。そんなもんわしらにゃいらんよ」

「そうだよ。おまえさんみたいな、ひょろひょろな奴から何も取りゃしないよお」

「あのね、別に俺そこまでひょろくはーーー」

「おい、若ぇの!」


 な、なに?いきなり大声出すなよ。

 すると、ジジィは俺が受取拒否され弄んでいたクォーツをズボンのポケットに仕舞わせてきた。


「そんなもんより、言うことあるだろ」

「い、言うこと?」

「婆さんの飯食ったろ。美味かったか?」

「ああ、……はい。美味しかったですが」

「で?」


 ……ぁぁ。

 そういうことか。

 まどろっこしい言い回しを。これたがら年寄りは話が通じないんだ。

 散々俺の言うことスルーしてきたのに、なんだかなあ。

 ほんと。


「ご馳走様でした」

「「お粗末様でした」」


 そうして二人から向けられた笑顔に、俺は俺らしくもない老夫婦と同じ笑顔を返すのだった。





 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「ガスタード。全軍を止めさせろ」

「は」

「ようやく獲物が見えた。セバス。ハボックどもを呼んでアレの準備をさせろ」

「ただちに!」


 ゼランダ侵攻軍一万を率いる総隊長のガスタードは行軍停止を指示していき、その声の主の執事であるセバスはすぐさまその命に従っていく。

 彼らに命令を下す者の名を皆は、マーゼル様と呼んでいた。

 マーゼル・シェイゼ・スレイス・ラヤ・ゼーランド。

 ギオ・ゼランダ帝国第一王子、その人である。


「些か獲物としては小さい集落だが、致し方ない。夜も更けた。松明の代わりにはなるだろう」


 そうして、マーゼルのすぐ横に列車砲の様な大型の魔導機が用意されていくのだった。



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