3話
「王家からの手紙か。俺が開けるぞ」
万が一呪いでも込められていた場合を考え、ナックルはこういった事をいつも率先して引き受けてくれる。元近衛騎士だったナックルは呪い対策も万全らしい、役にたった事は無いけど。
「何も無い、大丈夫だ」
ナックルから手紙を受けとり目を通す。色々と書かれているが、要約すると戻って来いと言いたいらしい。王宮で暫く大人しくしてたら結婚相手も世話してくれるみたいだ。
「私に継承権を与えるから王宮に戻って来いってさ」
「どうするんだ」
「・・・ 今度も着いて来てくれる?」
「ああ、勿論だ」
前回は私と母が王宮を追い出された時、現在の王の即位時だ。まぁ、先王の命令だったんだろうけど。
あれからもう20年か。私も30になった。もうすぐ母の歳も越えそうだ。
「・・・ まぁ行かないんだけどね。それにしても何で急に」
「お前の父である先王陛下が危ないのでは無いか? 在位時より胸の病を患っておられた筈だ」
「・・・ そうなんだ。でも、だとしたらおかしくない? 王宮を離れて何処かに隠棲してるって話よ? 何で王宮に来いって言うの?」
「さあな」
元近衛騎士のナックルでも理由が想像できないようだ。と言うよりも口に出したく無いってとこか。王宮にいた頃、騎士と政治家は仲が悪いと聞いた事がある。ナックルもそのタイプなのかもしれない。
さて、私の処遇が宮廷政治の一環となると、ある程度の予想がつく。大方監禁や拘束の類いだろう。
理由としては『父親に会われて遺言をひっくり返されたくない』『継承権をやるから分不相応な欲を持つな』『全てが終わるまで大人しくしてろ』
こんなとこだろう。結婚相手ってのも体のいい厄介払いだろうし。
気に入らない。
「なんか、俄然会いたくなってきたな」
「それなら北の温泉地が良いだろう。近衛として護衛に就いていた頃、こっそりと話してくれた事がある。あの時はたしか「余生は北の温泉地で過ごしたい」と仰られていた。恐らくそこだろう」
「あぁ、じゃああの慌ただしさってそれか。飛竜便がひっきり無しに飛んでてさ、補助魔法で荒稼ぎしてきた!」
「会いに行くか?」
「勿論! って言いたいとこだけど、父親らしい事された覚え無いんだよね。時々おかし貰ったくらい? そもそも父親て知ったのも追い出された後だしさ」
使用人の子供もまた使用人。ということで貴い血が流れているらしい私も、他の使用人達の子供に混じり幼い頃から王宮で働いていた。特別扱いされた覚えも無い。
強いて言うなら、何故か先王が私の近くを通り掛かる事が多く、私が一人の時はいつもおかしをくれた。
特別扱いもとい、父との思いでなんてその程度だ。
「あの頃は我ら近衛が使用人の仕事を調整し、父娘の時間を作り出していた」
「そうなんだ。・・・ なに話したかまるで覚えて無いわ」
・・・・・・ 母も亡くなって久しいし、父親の死に目くらい見てやるか。
「よし! 貰ったおかし分くらいは娘してやるか」
「ならば竜車の駅に急ごうか」
「そう都合よくあるかな~」
やっぱり無かった。竜車って何で時間で運行しないんだ。
「しょうがない、飛竜便に頼むか」
「待て、飛竜は乗れて二人だ。それに俺は操れない」
「私だってそうよ? 何時も後ろに乗せてもらうだけ。それに、二匹同時に補助魔法掛けるくらい余裕余裕。なんたって私、一流の青魔法使いだからね!」
飛竜便は何の問題もなく北の温泉地まで飛んだ。超スピードにナックルの腰が抜けてしまったが、それは飛竜便の問題ではない。
「・・・ こっちだ」
「大丈夫?」
「ああ、あんなに早いとは思ってなかっただけだ」
「内緒だけどね、あの子達がもっと私に心開いてくれたら、もっと速くなるよ」
ナックルの顔が目に見えて青くなる。私より飛竜便苦手みたいだ。
ナックルに肩を貸しながら案内されたのは、貴族の屋敷でも大きな旅館でもなく、山裾の小さな家だった。
「隠居じじい御用達の仙人風庵って感じだねぇ」
「陛下らしい」
元国王が死にかけてるわりには人が居ない。
「人払いは済んでいる様だな」
中に上がり込むと、ベッドの上で身体を起こした仙人が居た。
「陛下、ご無沙汰しております」
私の記憶と随分違うんだが? まぁいいか。
「久しいな、マーカス。それに」
「チリ様です」
「おお、大きくなったな」
「そっちは老けたね、仙人かと思った」
「似合うだろう、かつらだ」
「・・・ 思ってたより元気だね、もっと死にかけかと思った」
「先は長くない。今日は調子が良いのだ。良く来てくれた」
「昔貰ったおかしの義理だよ、そんだけ」
ついでだし、大量にあるお土産も幾つか渡すか。
「はい、これ。温泉クッキー」
「よい、散々食べた」
「こういうのって地元民は食べないもんじゃないの?」
要らないならしょうがない、私が食べよう。まぁ食欲無いんだろうけど。ほんとに先は長くなさそう。
それから暫くは特に会話もなく、私がクッキーを食べるだけの時間が続いた。意外と沈黙が苦痛じゃ無かった。父娘だから? それとも無口なナックルと居る事が多かったから? 恐らく後者だな。
「一人で住んでるの?」
「専属の医師が居る」
「ふーん。・・・ ねえ、なんて呼べばいい?」
「今さら父親ぶるつもりは無い」
「冥土の土産だよ」
「・・・ では、パパと」
「ふざけたじじいだなぁ」
「チリ様は良く似ておられます」
ナックルめ。
「そろそろ本題入ってもいい? これ送ってきたのパパ?」
さっそくパパって呼んでやる。あとギルマスから渡された手紙。
「・・・ 違う。パパではない」
自称もするのか。
「そうなると誰がこんなこと」
「息子か宰相辺りであろう。何を企んでおるのか」
「要らないんだよねぇ、継承権なんてさ。パパの遺言状に書いといてよ、娘の事はほっとけってさ」
「パパの遺産は要らんか?」
「面倒事はごめんだよ」
「・・・ すまんな。遺してやれる物がない」
別に遺品など要らないが、そこまで言うならちょっと家探しでもするか。何か適当に、高すぎない物とかあれば良いのだが。
「う~ん、じゃあさ、」
私が持っててもおかしくなくて、パパの物だと分からんようなものは、っと。
これならどうだろ?
「お! 懐中時計はっけ~ん! これ貰ってもいい?」
「そんな物でいいのか? どうせなら宝石の着いたのを誂えてもいいぞ」
「時計でしょ? シンプルな方が良いって。それとも「パパのやつが良い」って言って欲しかった?」
「フッ。どれ、チリは他に時計持ってるか? 持ってるならパパのと交換しよう。どうだ?」
挑戦的な目。
意趣返しか、嫌味なじじいだ。ほんとに死にかけてんのかね?
「大事にしてよ? 母さんから貰ったやつなんだから」
「・・・ ありがとう」
パパがどの程度母を愛していたかは知らないが、恐らく遺品など持っていないだろう。私は他にも持ってるし、時計くらいなら墓まで持っていかれても問題ない。
「外が騒がしくなってきました。如何しましょう、足留めしますか?」
「よい。お別れの時間だ、チリ」
確かになんかぞろぞろと足音と声が近づいて来てるな。
さてその前に、思い残しが無いように、速やかに成仏できるようにやっておく事がある。
「チリよ、今さらパパに臣下の礼は要らんぞ」
ベッド脇にひざまづく私。これで人が入ってきても大丈夫だろう。
「そんなんじゃないよ。昔さ、手を上げたり下げたりしてたでしょ。何なのかなぁってずっと思ってたけど、頭撫でたかったんでしょ? どうぞ」
「チリ様、大人に成られましたな」
何故お前が泣く、ナックル。
ぎこちなく前後する手の平。お世辞にも上手くはないし、今さら父親らしい事をされても何も感じ無い。
「どうだ? パパは上手か?」
「パパが満足ならそれで良いんでない?」
「そうか、ダメか」
「母さんに習っとくと良いよ、上手だったから。
さて、もう行くよ。じゃあね」
「うむ、またな」
いや、「またな」ってあんた、まったく。
「うん、またね」
庵を出ると、ちょうど大勢の騎士が入ろうとしているところだった。先頭に騎士っぽく無い人もいるけど。
「陛下!」
ナックルがひざまづいてる。私も倣っとこう。と言ってもこっちは騎士でも何でも無い。両膝ついて頭を下げる平民スタイルでいこう。
「私の手紙を受け取った様だな。ここへ連れて来たのはマーカス、貴様か」
「はい陛下」
「女、直答を許す。王位の継承権を欲するか?」
「要らんです」
つまらない、それとたぶん軽蔑の意味もこもってたと思う。王様は鼻を鳴らして庵へと向かった。何となくイラっときたので挑発しておこう。
「王様も意外と俗っぽい小説読むんですね」
「何?」
「あれでしょ? 流行りの小説みたいに「今さら言われてももう遅い」って言って欲しかったんでしょ?」
「貴様!!」
怒った怒った、さあ逃げよう! ナックルの手を取り全力で駆け出す。勿論補助魔法で私達の身体能力を引き上げているし、国王一行にも補助魔法を掛けている。奴らの分は能力を下げる為の補助魔法だ。
街中を適当に駆け回り飛竜便の発着場に逃げ込む。
「撒いたかなっと。あ、ナックル大丈夫?」
「チリ、陛下に喧嘩を売ってどうする気だ。手配書が回っても知らんぞ」
「へーきへーき。王様のけつ穴がそんな小さくてどうすんのよ。大丈夫でしょ、たぶん」
「いくら血を分けた兄妹と言ってもだなぁ」
「私は冒険者らしく売られた喧嘩を買っただけ。それより速く帰ろ~」