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備品科の魔女   作者: 式式
海猫の非
9/19

黒猫の話

 似て非なる猫が口角を上げる。

 貴方きみは、猫に塗れて終わるだろう。



 確かに、猫は__。

 確かに、それは貴方きみなのだ






 猫

 古くからの伝承として、我々は人間以上の感情を持つように描かれる。それは、人が忘れ零れ落ちた怒りさえも飲み込み。怨念を食い食み。肥大化していく象徴として描かれることが多い。猫は気分屋であるはずだというのに、一途な恨み、辛み、道楽、に浸っている対象ものたちはなんと多く描かれる。

 我々は、我々である。

 だからこそ、自由であるべきだ。笑う事も鳴く事も。祈り、恨み、願う事だって。猫はいつでも自由であり、一途でない自由である事こそがわれわれだ。


「……」

 

 少女は祈っていた。

 母親が先に逝き、物静かな父親と二人で暮らすことになっても、彼女は祈りを止めなかった。父親の為に私生活の手伝いに励み、解体されるはずの神社が親戚の管理下になっても。その上で、彼女は猫を見捨てず、祈りを重ねる。

 自由な我々は不自由となった。

 彼女達に文句がある訳ではない。彼女の母親も、その前も。彼等は我々に対して正しい事を吐き、弔いを述べ、そして、正しく願っていた。我々は正しさの権化ではない。我々は自由の権化だ。正しく自由であるべきなのが我々なのだ。

 我々は自由なのだから。我々は、我々であるために最善を尽くそう。


 「……神様」


 我々は神様ではない。

 我々は、猫である。


 少女は祈る事しか知らない。

 少女は、神社の様式を知らない。


 祈るばかりでは、我々はだめなのだ。

 だから正しい言葉を経て、私は彼女に伝えなければならなかった。

 自由な猫たちを祀るこの神社の習わしを。習慣を。自由たる我々の住処を破壊しない術を。

 猫は自由である。だから、少しばかり喋れる猫がいたとしても……。


 それは、気分屋の猫である為に過ぎない。

 私はその時、特例を称した。


 それがきっと、わたしの始まりだった。


「おい」


 小さい瞳孔が開いていた。

 瞳は此方を映していた。

 そこには、一匹の黒猫わたしがいる。


 喋れる猫は、こうして少女の神様と成った。




 猫はご自慢の黒色を少しばかり揺らし、彼女の元へと寄り添う。

 猫は自由である。静かにあの世へ行くものも居れば、自分みたいに数百年の時を生き続ける者もいる。それは猫の気分次第で、気分次第は生きる理由に他ならない。飽きる興味を持つ。それは我々にとって意味ではない。自由である事こそに意味がある。


 少女は少しばかり大きくなり、私を撫でる小さな手は少しばかり大きくなった。秋ごろの紅葉は、私お気に入りの山が見事である事を静かに語る程度に、私達は、同じ時を過ごした。

 それを楽しそうに聞きながら、彼女はこんな話を切り出していた。


「来週。少し遠くへ行きます」


 それは人間の行事であるらしく、それは絶対的に参加をしなければならないモノらしい。何とも馬鹿馬鹿しい話だ。事由奔放の猫を放っておいて、参加をしなければならない用事などこの世に存在しないだろうに。

 自由な私は、不自由だったのだ。

 少女だった彼女は、私の食事を管理し、私があまり遠くへ行くのに怒り、私が好きな木の上で日にあたるのを嫌がる。果たしてそこに自由は無く、それは不自由に他ならない。

 だが、その聲も、頬を膨らませただけの怒りも、限りが無い心配でさえ。私にとって初めての得難いモノだった。其処にある彼女の言葉と表情度行動は。私にとっての日常と化していたのだ。


 そんな縛られた不自由が好きだった。

 それは、認めたくは無いが、猫を変えたのだ。



 そして、私はその日を知った。

 私と共に歩んだ少女は私の元に帰らない。

 彼女は災害に巻き込まれ、私は二度と彼女に会う事が出来ない。

 それは彼女の運命であり、自由奔放の私は彼女を救う権利が無い。


 私の義務は、他人の様に見捨てる事である。


 彼女を救う事は出来ない。

 二度とこの手が撫でられる事は無い。


 その事実に、私は_____






 猫は自由である。

 猫はどんな時でも、自由であるべきだ。


 誰かに、何を抱いてもいけない。


 だが、私は。


 その時初めて、誰かが居なくなる寂しさを。

 死という消失感を、初めて知った。

 そして、自由を捨ててまで得難い何かを持った。


 現実的ではなかった、”それ”を知った。

 それは、私にとって引き返せない所まで存在していたのだ。


 消失感は罪悪を呼び、自由な私は不自由を求める事になる。

 猫は必ず傍にいる。

 そのために、私は猫を続ける。

 







 唯、不自由なあの日に在り続けていたかった。

 その為に、私は限りある権限を一つの方向性へと導いた。これは自由な猫が初めて犯した大罪である。それは確かに世界を破壊し、世界に影響を与え、その消えない罪は災害となってそちら側の世界を犯すだろう。……だが、猫は自由だ。どれだけの災害を起こそうと、どれだけの犠牲をはらんでも。


 それでも猫は会いに行く。


 私の、たった一つの家族に。

 猫は、その為に居るのだ。







 それは現在に至る。

 この事件の根幹を説明するなら、それは自虐的な思想に他ならない。自由だったネコは、自身の権限を利用しこの場所へ戻ってきた。猫の権限は”循環”であった。絶えず流れるその道を守り、そして支配し、管理するのがネコの権限だった。それは私自身にも当てはまる。私は多数にいるネコの概念の一つであり、私は独立した答えではない。

 血管を模した其れに身を任せ、私はこちら側の世界に戻ってきた。彼女が存在していた世界に戻った私の最初の仕事は、自殺。だった。


 共有した思想を持つ自分を、私は殺した。

 初めて何かを殺した。殺した私は、それを許容していた。そうなることを予期していたのだから当然だ。私は私自身の事を知っている。だが、私が、私として有りながら彼女を守る手段はこれしかない。この世界の私に、彼女を見捨てない選択肢はないのだから。


 猫であることに変わりはない。だが、私はもう、”猫の業務”を放棄していた。


 それでも止まる事は無い。

 彼女を助け、ついでに誰かを助けた。







 目の前の男は、それに気づいているだろうか?

 まぁ。何にしろ。


 猫は君を必ず見ている。

 猫は家族を捨てる事は無い。

 猫はいつも通りに、君と共にある。


 それが海であろうが、山であろうが、知らない何処かであろうが。



 君を必ず見て居よう。



 それが、猫の自由なのだから。


 

 

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