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備品科の魔女   作者: 式式
海猫の非
8/19

海猫は鴎のごとく

 七日町から北東。山の麓に点在するロッジとは違う、緑葉に隠れるようにひっそりと存在する”その場所”。鳥居を潜れば、石段の横に看板が見える。

 紅石の道。その名称と、道程だけが書かれた道標は手作り感が漂っていた。


「もう少し歩くことになります。……大丈夫ですか?」

「……少しとは、どのくらいで?」

「二キロくらいです。問題はないと思いますが?」

「……まあ、何とか頑張ります」


 実に肺に来る距離を歩いた。そんな表情が零れていたのか、見透かされていたのか。絶え間なく荒ぶる呼吸さえごまかしていたのに、彼女は少しばかり足を止める。昨日の時点では上手く誤魔化していたはずだ。……多分きっと。

 先程の喫茶店から、この神社までの道のりは五キロ。

 それは運動不足が祟るこの体には少し辛い距離だ。


「行きましょう。もう大丈夫です」


 肺を落ち着かせ、彼女にそう答えた。







 紅石の道は、名護神社を囲むようにできた石畳の道であり、古くから水路として使用されていたそれを改良したものである。そして、足元の石軍は石段とはばかりの丸石達が乱雑に放置されている事で”道”とされている。

 古くはかの神社が出来た時代。

 もしくはそれ以上からある場所とされているが真偽は不明だ。清水が流れていた名水と呼ばれた時代もあるらしいが、今は彼てその面影は人工的な観光資源だけとなった。それは水を循環させ、下流へと流す水路の役割。


 まずは外周を一周。屈んで、点在する赤い石を拾う。

 丸みを帯びた紅い石、それよりも小さな白い小石。まるで均等に放置された其処には、かすかながら異物感を見せる。まるで、その石を懐に入れたくなる欲求を見せる。……だが、思ったほどではなく、そうして反対側へと移動できる。

 この道では、神隠しのうわさが絶えなかった。

 だが、今はめっきり聞かれない。

 その名の通り、紅石と称された赤い石が点在することでその知名度を上げている道となり果てた場所……。


 ……やはり、そうらしい。


「……名護さん」

「何でしょう?」

「最近、業者などは入れましたか?」

「いえ?」

「そうですか」


 人の出入りが見られるのは、この厳かな緑葉の中が森林浴スポットとしても有名だから。

 それだけの理由で観光地としての意義があるのだろうか?この神社は確かに全国的に有名だが、この寂し気な道に、常に人を呼ぶ魅力などあるのか?それは、感動できる建物群でもなく、特別な木々が植えられている訳でもない平たんな道だ。少なくとも、昔使われた旧水路としての価値は、絶え間なく続く観光客の理由にはならない。それこそ、町の観光のついでに行くとしてもこの距離は遠すぎる。

 だが、その循環こそ、この道の有意義な在り方であるとするなら?


「最近、この道を通る人間が少なくなったという事は?」

「……それも無いかと。絶えず。というほどではないですが、この道を目当てに、参拝にくるお客様も居ますので」

「……そうですね。名護さん」


 この場所が、異界として有るのは確実だろう。

 問題は、何のために?”何故”だ。


「最近、この道で迷い人の話を聞きましたか?」

「……確かに」


 だからこそ、この話に特別な何かがいるとするなら。


 それは


「多分、これは。他の誰かの仕業です」


 誰でもない、”他人”が絡んでくるのだろう。


 他人がいる事に思い至ったのは主に二つだ。

 まず、師匠の言葉。この神社は完璧な運営システムであり、綻びが無い。それはいわゆる、内部からの工作、もしくは外部からの強い何かが無ければシステムとして完成しているという意味だ。

 その何者かは誰か分からないが、それはこのシステムに詳しい人間。もしくは、これに関わるような人種。俺たちと同じ魔術師。それ以外が不意に壊すことはあり得ない。そういう手合いは、意識化の一般人さえ許容範囲なのだから。

 だからこそ、意識的である同業者の仕業であり、尚且つ、目の前の彼女は犯人ではない。彼女が犯人だとすれば、……可能性は全くもってないとは言えない。だけど俺は否定する。自身の猫を傷つけて到る事は思いつかないのだから。

 彼女は、家族を傷つけてまでの大事をしない。


「この道は、人の体で言う血管を示していた。その機能を模していた。……そして、紅石の役割は、俗にいう赤血球。循環し、ため込み、吐き出す事を主にしている。ここはそういうシステムだったんです。紅い石を拾い、出口へと迷い人を導かせ、それを循環とさせていた。だけど、今この場所にはその機能が無い」


 この神社は、だからこそ健全な体に対しての効能を宿していた。

 循環器が正確に動き、そのすべての機能に対してご利益を持っていた。


 ……古くからの伝承は、ほとんど消えたままであり、謎が多い部分も確かにある。これがこの神社の一部の機能である可能性は高い。多分、これが全てではない。

 だが、少なくとも。これが異常をしてしていることは分かる。


「最近、この神社の噂話を聞かなくなっていました。こんなにもアーティファクトに埋もれている神社です、一つ二つあってもおかしいというのに、元々あった噂話それさえ聞かれなくなった。それでも観光客は訪れている。”何もないこんな所”に。

 たぶん、それもこの神社の機能だと思います。定期的に迷い人を生み出すシステムに、何者かがそれを壊した。……もしくは、無くした」

「……」


 彼女は、傾聴を続ける。


「循環し、血流と模すことで保ってきたんです。迷い人を、循環器として活用しながら。師匠に確認を取って、術式の解読とスペックを調べてもらわなければ推察にしかならない。……どちらにしろ、あやしげは絶対助かります。俺の師匠は有能ですから」


 最後に、長話をこう締める。

 雨音が五月蠅く、彼女がどのような顔をしているのか雨傘が見切れた今では判別が付けれない。この話を本気で耳に入れるのか。それともそんな事は無いと否定されるのか。正しい理由だけを拾ってきた自分の推論が赤点であるかさえ分からない。

 だが、これしか思いつかない。

 この事態に対して、どのような結論に至るか。


 五十点の真実さえ信用ならない俺は、これを黒点だと語る事は出来ない。


「相木君」

「何でしょう?」

「……本当に、あやしげは元に戻るのですか?」

「俺がジョークが嫌いなの知っているでしょ?名護さん」


 自分が信用ならなくても、彼女は違う。

 それは藁にもすがる思いな筈だ。何せ、彼女の話では最善を尽くしたうえで俺に話を持ち掛けたのだから。そうでなくては、魔法使いだとほら話のようなことを吹き込んだ俺に頼むはずがない。それがたとえ、その存在を理解していたとしても。彼女が、化け物であったとしても。


「……ありがとうございます。助かるって言ってくれて」


 嗚咽を漏らしていた。

 声で分かり、表情で分かり。

 そして、一滴で理解した。

 

「……助かってから、礼に答えます」

「そうしてください」

「何時まで天邪鬼でいる気ですか?」


 彼女は。


「私は私ですよ?」


 名護鴎は、こちらを見る。

 それは、笑っているように目元を上げて、雫を溢している。


「……貴方はそういう人でした。だから、いえ。だからこそ」


 彼女はそう言うと片腕を上げ、俺を引いて、胸元に寄せる。

 小さく、弱弱しい空っぽと、清々しい香りと。……そして、言葉が繋がれる。


「猫は恩義を忘れないのです。猫は必ず傍にいるのです。……だから、稚拙な言葉でしか語る事は出来ないけど。……相木君。今度こそ、優しい貴方を守ります。期待していて下さい」


 何かに似ていると思った。

 正確には、何かに。

 その動向は確かに黒く、しかして真っ黒という訳でもなく。それは縁が収縮するように細くなる。


 それは、紛れもなく。

 それは、猫のように。


「猫は、必ず居ますから」





 名護さんは、猫のように笑っていた。





 


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