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備品科の魔女   作者: 式式
海猫の非
7/19

ネコの話

 待ち合わせの喫茶店に足を運ぶと、彼女は先に席を確保していた。

 その傍には噂の黒猫。だが、初めてという訳でもない。あやしげと銘打つ彼は、此方を見る。


 七日町の主な通りから少し離れた路地裏。

 C&Wという看板には、様々な写真が貼ってある。店主が参加をしている社会人サークルの命を持つその店は、喫茶店ながら様々な軽食や昼食を取れることで有名だ。店内はカウンター席と、テーブル席が五つ。奥の方にあるテーブル席で、彼女はイヤホンに聞き入っていた。


 昨日。あの後。あやしげの容体に関する話を動物病院で聞き、その足であやしげの様子を見たばかりだった。かの猫は此方を一瞥した後、つまらなそうに丸まっていた。その表情に病気であるとは思えないが、抱き寄せてみるとその体重は思った以上に軽いことが分かる。

 我が家の居候、ぐっしゃんと似たような重みである事は想像に難くない。


 そしてその足で図書館へ行き、必要な資料を纏め、考察に耽っているうちに日は暮れた。

 今は二日目。少し気になる事が頭に引っかかりつつも、自身は持てずに日数だけが過ぎる。


 いつも通りの普段着を着こなす彼女は、特徴的な古風の傘をわきに臥せ、こちらを見定めると片耳にかけていたイヤホンを外した。

 落ち着いた音楽が流れいて、彼女がスマホを操作すればそれは消える。

 

「……待たせました?」

「いえ?相木君、遅かったですね?」


 相変わらずそんなジョークを好む。

 コーヒーを注文すると、店主は穏やかな表情を保ちながら小指を向ける。

 こちらとしては尊昭は無いので、中指を立てて挨拶とすると、その様子に彼女は不思議そうな顔を向けるので、何気も無い挨拶だと答えた。

 そして、先程の嫌味に対しても拾う事にする。


「……嫌味でしょうか?」

「嫌味です。相木君はこういうのが好きでしょう?」


 どのような勘違いをなされているのか分からないが、そんな特筆するべき趣味は持ち合わせていない。揶揄いの言葉を多用する以外は完璧な彼女は、確かに同年代やその他大勢に好かれる程に容姿も性格も完璧である。喫茶店で二人きりであると友人に伝えれば、静かなる真顔で、”〇ね。リア充”などと暴力的な言葉を多用される程だろう、それは別に悪い気はしない。

 だが、生憎だが。


 「生憎、そういう趣味は持ち合わせていないです」


 黒猫は恨めしそうににらみながらも、昨日同様に体調が悪いのか反撃の類を見せず抱かれる。ペット同伴可能なのか店長に聞くと、そうでないのなら叩き出しているよと笑顔で答える。世の中嫌味ばかりが蔓延る。そんな状況を改善する気は毛頭も無く、さいですかと苦笑いを繰り返す。


「まあ、いいですけど。今日は少しばかり気になるところがありまして。……紅石の道。という場所に行きたいのですが?」

「……旧水路。ですか?」

「ええ。少し確認したいことが」

「構いませんが。……何か思い当たることが?」

「強いて言えば」


 強いて言えば。

 言葉を濁すとするなら。


「お守り。です」

「お守り、ですか?」

「ええ。名護神社では、そのようなモノが人気商品だと伺っています」

「……確かに、お守りを秋にくるお客様は多いですね。遠方からはるばる来る方が多い印象です」

「その、”中身”。ですが」

「……悪いモノは入っていませんよ?」

「でも、それに紅石は入っているでしょう?」


 それは、師匠に対してのお土産と称し、二つ程いただいたお守りの一つを解剖した結果わかった。机に置いた資料に置いてきたもので、

 曰く付きを理解している人間としては、それの存在を知らない方がおかしい。

 目の前の彼女はきょとんとした表情でこちらを見る。……それを理解していない様に。

 どうやら彼女は魔術師の存在を知っているものの、その方面落ち式はあまり知らない。……それがどれだけ安堵に至るのか。この学問に通ずる人間なのなら理解できるだろう。……ああ、理解できない人間が大半か。この学問に通じているものは残らず常人ではない。

 それは俺を含め、彼女を含めない。


 世間一般的な彼女のままで、本当に良かった。


「あの赤い石の事でしょうか?」

「ええ。名護さんははお守りの関して何か?」

「この神社で制作してはいます。……それと、確かに赤い石は入れています。……私が知るのは、”それだけ”ですが?」

「そうですか、……ん。そうですね」


 カノジョには関わりは無く、……無自覚だった。

 そこに意識は無い。意識があるのなら、


「……何か、良くないモノなのですか?」

「いえ、アレは良くないモノというより、師匠が好きそうな品の一つで」

「……?」

「アレは貯蔵に分類される”曰く付き”らしいんです。まあ、見てみなければ詳しいことが分からないのですが。……ったく、そうですか」


 赤いモノ。

 それには、散々な思いでしかない。

 それに友人や知人が巻き込まれるのは。……少なくとも、目の前の有人が巻き込まれているとなると。心臓が張り裂けそうな思いになる。


「赤いのは昔から駄目でしてね。少し警戒してしまいましが」

「……詳しいことは分かりませんが、危険はないんですね?」

「それどころか、正しくお守りとして機能していると思いますよ?効率的です。師匠の言い方に合わせると、……ですけど」


 コーヒーカップを置き、こちらを見る彼女の目。

 面と向かっては久しぶりで、その真っすぐな目を避けてしまう。

 黒い眼は、相変わらず淀みを含まない。

 それに対して、それも含めてだろうか?……彼女は不意に、微笑むのだ。


「君は本当に、専門家みたいですね」


 何時もの嫌味でもなく。

 ジョークでもなく。

 吐くように、呼吸の様に。彼女はそう言って笑う。


「慣れましたからね」


 俺は目の前のコーヒーに口を付けた。

 苦く、濃く。その風味は舌を侵食する。

 苦みは頭を冴えさせ、目線を戻す。

 



 少しだけ、浮かべる。




「多分、事件は解決できそうです」


 そう、俺は語るのである。



 


 


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