彩色主義者
空は青空が広がっている。
山の方にかかる雲を見つけ、そんな天気は続かない事を理解する。
明日は雨が降るだろう。
だが。どのような天候であれ、この関係は変わらない。
雨が降ろうが、晴天だろうが。
この、いつも通りの距離は保たれたままだった。
「何故、俺を頼ろうと?」
紫陽花は花を咲かせない。
だが、明日は?明後日は?その限りでない事は、今までの経験から分かる事だ。花がいつ咲くのかなどと、それは花の気分次第。
他人の事情を深く知らない誰かに、他人を知る権利はない。
それは、横を歩く彼女にも適用されるのだろうか?
信頼という言葉がこれほど重いとは思わなかった。
……俺は、名護鴎に信用をされていることを知らなかった。
正確には、信用されている価値があるとは思っていなかったのだから。
「相木くんなら付き合ってくれると思いました。不思議な人ですから」
「自分は普通だと自覚しておりますが?」
「意地っ張りで。それでも、何も言わずに、私の事に対して尽力してくれる人。相木君。私は、彩色主義者。……です」
彼女は此方に目を向けた。
初めて、その水晶体を見た気がする。
黒く、黒く。何かを飲み込むような黒い目が。
だけど、其処に悪意はなく。深淵という訳でもない。
それは、唯。欲しているように俺を見る。
彩色主義者。
魔法関係の話題で聞いた事は無い。……だが、この町の噂話に、そういった類のモノがある事を思い出した。その名の通り色を食し、無色透明を忌み嫌う。彼等は色に生き、彼等が取り込んだ色彩は、彼女達の血液となって巡廻する。
そんなうわさ話の存在が、横の彼女だと。
馬鹿馬鹿しい話だ。
そんな事がある訳ない。
だが、馬鹿馬鹿しいモノがある事を自分は知っているだろ?
「相木くん。私は、君が魔法使いだって分かっていました」
「……何時頃から?」
「最初からです。私は、相木くんが他とは違う事を知っていました」
彩色主義者と語る彼女は、そう言って距離を詰める。
いつも通りのその距離は、深く深く詰められる。
それは断罪を求めている様にしか思えない。そんな事を語る彼女が、”あの日”を覚えていない筈がない。
体のいい言い訳などを重ねず、突き詰めてほしかった。
……いや、体のいいのは俺の方か。
「俺に頼んだのは、それが理由ですか?」
「君と同じ”秘密”だったというのもあります。でも、君といるのは楽しいです。それは昔から変わりません。……これ以上この秘密を抱えるのは嫌でした。私が化け物だという事を、貴方だけには知って欲しかったんです」
君に伝えられたのは良かった。と彼女は笑顔を向けた。
その感情を、疑いたくはない。
「……相木くん。幻滅しましたか?」
「いえ。逆ならありそうですが」
「私が、嫌う理由なんてありませんよ」
「……」
「曖昧で、純粋で、無垢で。そんな色を見せている貴方は、決して悪い人ではない。そして、私はあなたとの日常に魅かれていたのです」
彼女は手を揚げる。
青空に延ばされた手は、その青に届く事は無い。彼女が彩色主義者だとして、その何処までも広がる蒼をすべて取り除く事は出来ないだろう。それでも彼女はその青に手を伸ばし、海の色だと語りながら、こちらに目を向けた。
「それはとても甘く、ほんのり苦くて。……私が、好きな味なのです」
淡く深い皆底を思い出す。
それでも上げていた手が、青空に向けられていた。
沢山の絶望を胸いっぱいに詰め込んだ。あの惨状と重なってしまう。
そして彼女は、ぽつりと呟く。
「それだけが、私の”救い”なのです」