魔女の興味
「そうです。お話の通り、私どもの神社では黒猫を祀っております。……そして、それは」
「生き上。なのだろう?」
「はい」
「生き神。ですか?」
「生き上だ」
「猫の?」
「猫の」
随分と珍しい。
いや、動物を駅長やら何らやに就任させるのは、もはや非常識ではないが。空想としての役割を、人ではなく生きた動物に課せるのはどうなのだろうか?特段、神事に詳しい訳ではないが。
「どうなのですか?其れ」
「どう。……と言われてもな。常識の反中としか言いようがないぞ?大体、人を神様の依代とする事はお前も知っているだろう?それは猫であろうが熊であろうが猪であろうが変わりない。姿形に関係があるとすれば、そいつの名称だ」
名称。
それは、この場での意味合いでは名前と異なる。名前とは、人が持つ固有の意味。名前の意味は、その人間の在り方、過去、現在、未来。構成するすべてを含む力の名。そして名称は、物の名。意味という力を含まない断片。
縛られるものと、縛られないモノ。
力がある為に縛られるものと、無いために縛られないモノ。
そして、縛られないモノは別途の力を持つ可能性がある。
「人間だけが神を持たない。だからこそ、人は特別ではない。忘れたか?」
「……そういう訳では」
「人間は神様になれないよ。人間だけが神様になれない。何故なら、人間だけが名前を持つのだから。名前を持った其れは、それ以外の何物にも生れない。我々が特別であると仮定するなら、たったそれだけが特別だ」
特別であるのは人間ではない。
特別になる事は出来ない。
何故なら、名称を持つそれらが、真に特別なのだから。
「そうですね。確かに、私達だけが名前を持ちます」
「名称は名前になれないのさ。神様も同様にね」
我が弟子とは違い、君は勤勉だと師匠は口角を上げる。
弟子を虐めるのはこれくらいにして。
長い前置きを、彼女はそう締めた。
「だが、話は見えないな。君の神様の在り方に不便があるとは思えない。私は、アレを知っているよ。その上で断言するが、あの機能に綻びは無い。一般的な神様としては満点を与えたいくらいに。アレは有害になり得ない」
「……そうです。猫には。……あやしげには、何の落ち度もありません」
「さりとて、君自身が勉学不足とでも思えないがね。……何があったい?」
少しばかりの間をおいて。鴎さんは現状を語る。
少しばかりの震えと、どうにか吐き出した言葉を含めながら。
「あやしげが、倒れたんです」
「……ほう」
「毎日エサはちゃんとやっていました。健康にだって気を付けています。……それに、祭事はいつも通り行い、毎日の祈祷も欠かしていません。……其れなのに。あやしげは元気になってくれないんです」
「生き神が」
「……息も絶え絶えで、どうすればいいか分からなくて。お父さんは、社の事を知らないから。……私だけでどうにかしなくちゃいけなくて」
「なるほど。……生き神が弱っていると」
師匠はその言葉を聞くと、深く考えるように手を口に当てた。
「信仰が途切れた。……という訳でもないですね」
「少なくとも、一日に数人は、熱心な方がお参りに来てくれます。信仰が関係しているとは思えません」
「体に異常も、勿論?」
「……ありません。確かに、今はご飯ものどを通らなかった。……でも、その前は」
その情景を思い出したのだろう。
たどたどしく語っていた彼女は言葉を区切り、少しばかり目を伏せた。その表情で、あやしげという猫がどれほど大切な存在なのか理解できる。神様としてではなく、個人として。彼女はあやし気を大切に思っている。
それをくみ取るのなら。
この場で、余計な慰めの言葉を吐く事は出来ないだろう。
「……成程。……いや」
「師匠?」
「……そうだな」
我が弟子。
彼女はそう語る。
「この件はお前に任せよう」
「師匠?」
「たまには、自分一人でやってみなさい」
「……それは責任放棄では?」
「少なくとも、彼女は否定しないだろう。それに、出来ない事を押し付けるのが責任放棄の意味さ。そんなものを任せた事なんてないだろ?」
それに。
彼女は、君に頼っているのだろう?
そんな訳はあるまいに、師匠は言葉を紡ぐ。
鴎さんは、こちらを見ていた。
「……まあ、努力しますよ」
「努力はしろ。だが、赤点はなしだ」
「……ありがとうございます、相木くん」
宜しく。
彼女は、花のような表情を見せた。