其の話
雑貨の類と、多少の菓子類で構成された店内。
それ以外の特色として分かるような、一目見れば趣味人の反中であろうゲテモノが奥の棚に所狭しと並んでいる。各地からとり押せた彼女の私物は、堂々と店内に飾られている訳だ。
異端な色を発する本棚に、まがまがしい顔立ちのお面。
そういった曰く付きが所狭しと並んでおり、一目見ても境界線は分かれている。
それを理解しているのか、少しばかり進むのをためらう彼女に、触らなければ危害は無いと困り顔で説明する。物置のスペースが足の踏み場も無いという理由で一般の目にも触れられている道具達は、確かに直ちに影響は出ないが、害悪には変わりない逸品達である事に変わりはない。
その為のルールが実在し、その為のルールは境界線を起点とする。
一言謝り、彼女の手を取って。その境界に足を踏み出した。
境界の外側。この世と別世界への入り口。それは単純で有り触れた境。
禍々しい常識外と、常識の境。
常識の外側は、他人では決して通る事は出来ない。
常識外である事こそ、隣人の証である。
それを知る事が出来る人間は、例外を含めることなく異端なのだ。
「どうしましたか?」
不思議そうな顔をする彼女に、俺は言葉を吐く。
先に踏み出した二人に違和感はなく、その境界は常識としてふるまう。
それはこういう物だ。そう言い聞かせても、慣れる事は無い。
「……鴎さん」
「……はい」
何故、この場所に興味をもったのか。
何故、俺を頼ろうと思ったのか。
何故、異形に巻き込まれたのか。
隠し事は、確かにあったようだ。
「……俺が何者かを知っていますか?」
「……すいません。一般ではない事は知っていました」
「そうですね……。俺は、一般的ではありません」
互に隠し事は確かにあり、それを語れば少しは肩の荷が下りるのだろう。だが、俺達はそこまで他人を捨てきれていない。敬語さえ捨てきれない関係に、これ以上の踏み込みは難しい。そう自分に言い聞かせ、それ以上の言葉を躊躇う。
彼女を救うのは俺ではなく、彼女が依頼する師匠だろう。
そしてそれは、俺にとって無関係の話になる。
事情を踏み切れない人間に、事情に土足で上がる資格は無い。
「でも。それは、お互い様です」
その言葉は、きっと本人が知ることも無く誰かを救うだろう。
少なくとも、今はまだ。
俺達は、他人のままであった。
「そうですね。……お互い様だ」
その先の世界は、別段変わった景色は広がらない。
ただ、まがまがしい気配が現実的となる。薄皮一枚だったそれらは、現実として肌に伝う。其処にある何かに溺れかけそうになるほど、濃く暗く澱んだ何か。それを鬱陶しそうに掻き消し、長い廊下を進むと其処に見えたのは離れ。
さすがに、先程のような物は置かれていない。一般住宅にある客間には、簡素な中古のテレビと長テーブル。そして座布団。部屋の恥には物置があり、其処には支障が蓄えている菓子類と、お気に入りの茶葉が溜まりに溜まっている。
「さて、我が弟子に聲を掛けた。という事は、我々が何であるかは大抵予想がついているだろう?その上で、此処が何処であるか理解しているようだ。……”あれ”を見て、気が動転をしていないというのなら、私達の客に間違いはない。お嬢さん。”私の家へようこそ”」
茶を入れてくると先に台所へと向かった千歳にぃは、師匠の目を盗んで茶葉を何事も無く取り、ついでに菓子折りを拝借していた。
師匠が見えない所で余裕綽々を見せながら奥へと消えていく。
「改めまして。名護鴎です。一応、名護神社で巫女として精進を重ねております。本日はよろしくお願いします」
「……ああ、あの名護の家か。母君は、確か」
「ええ。先代とは、仲良くしてくださったみたいで。先程は申し訳ありませんでした。…・・実は、この店の方。としか聞き及んでいなかったもので……」
「一緒に研鑽に励んだ程度の中さ。ここへは、君の母の遺言で?」
「はい。……困ったら、助けてほしいと」
弟子との関係を問われたら、ライバルと答えるのだろうか?鴎さんは。
「弟子。名護の家はどれくらい知っている?」
「……そうですね」
名護家。この街で一番大きな神社を取り仕切る家。
この一帯を治める程度には力のあった地主出である事。
祭事の際は、年々多くの観光客でにぎわう事。
後、健康第一のお守が観光客に人気である事。
「最後の一文は必要ないがな。……まあ、不勉強ではなさそうだ」
「ありがたき言葉」
「全然ほめていないぞ?赤点ぎりぎりの生徒に、もう二度と取るなよと言ったぐらいの気持ちだ」
「俺の回答は三十点と?」
「二十九点だ」
随分と辛口でいらっしゃる。
「名護家が祭っているのは、どんな神様だ?」
「確か」
平凡な鳥居、その傍には、可愛らしい猫を象った狛犬が見えていた。犬ではなく猫なのか。そんな一般常識が通用しない神社である事に幼心から思い続けていて。ライバルたる彼女が言うには……。
「猫?」
「正確には、黒猫だ」
猫。黒猫。
猫を崇める神社は珍しいモノではない。全国に幾分かではあるが伝承と共に存在するのは知っている。その上で、彼女達が信仰するそれも又、猫に由来する神社である事は確かに知っていた。
だが、ピンポイントで黒猫とは。
猫は古くから魔法使いと欠かせないモノであり、従者であると共に色濃い性質を併せ持つ。師匠が言うには、黒猫という物はもっともそれに合った性質を持つものらしい。猫はともかく、黒猫はどちらかというと負のイメージが拭えない。
それは魔法使いの常識としてであり、その意味で言えば。
「それは、”荒神”。という事ですか?」
「ほう。案外的外れではないな」
「それは少しばかり訂正が入るような言い方ですが?」
「訂正というより修正だがな」
地域信仰の上で良し悪しは変わると師匠は語る。
魔術面ではそれに類ずるものも、事、神様の性質としては例外らしい。
それでも、負の側面が多いことは事実らしいが。
「確かに、どのような形であれ彼等には負の性質を持つ者が多い。だが、あの神社にいるあれは例外だ。あの黒猫は、紛れも無い神様だよ。清く正しい神様だ」
「……余計な事をするような神様ですか?」
「いや、あれ自体にそんな機能は無い。……、はずだが」
機能。ね。
「まあ、そういう事もあるのだろう。どういう話であるかは知らないがね」
「お二人は、仲がよろしいのですね?」
「ええ。師匠の世話をすることが弟子の役割なモノで」
そのニュアンスは、少しばかり羨ましさが含まれているようだった。