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備品科の魔女   作者: 式式
代償を食む
18/19

畏怖との関係

 鬱陶しい程、雨は続く。

 灰色の空は夕暮れ時を支配し、闇が覆っても容赦がない。断片的な音さえ許さず周囲を遮り、聲を掻き消すように続いている。

 何も成せない事こそ無意味だとでも言われるようで、この時期の雨が嫌いだ。

 あと、一日。

 期限を告げた張本人は、その主張を変える事は無かった。

 どれだけ方法を探してみても、どれだけ他人を頼ろうと。方法は一つしか存在せず、その方法は正解ではない。

 八重がこれ以上生きる事は無く、彼女はこれ以上続かない。


「八重の病状は今でも原因不明だ。器官の全てに問題はないくせに、何故だか衰弱している。唯一分かっているのは、輸血による処置だけが対応可能という事だけだ」


 煙を纏う男は語る。

 何度言葉を述べても変わる事は無い男は、何時もの銘柄を取り出し屋上へ吐いた。煙は漂い這い上がり続け、遠く彼方へと消えていく。不似合いな髭を伸ばした彼は、顔立ちのわりに三十五を超えない若手の医者だ。

 何時も通り夜風が支配する空で、男は用件を並べ吐いている。


「これ以上治る事は無い__と?」

「少なくとも、青葉麗奈あおばれいな以上にどうしようもない。前例がない、彼女はこれ以上治るどころか衰弱している」

「それをどうにかするのが、あんたの仕事だろ」


 俺は、男の言葉に耳を貸さない。

 その癖、口先だけは自分の理想をペラペラと連ねる。

 自分自身でも身勝手だと思う程に、言葉だけが構成されていく。


 男は、この医院で医者をしている名護竹文なごたけふみ。名護の分家であり、特別な能力を以て医者という役職に生かしている。

 彼は全ての未来を理解している。何が起こり、誰が何をし、どう結末を迎えるか。それは全て規則正しい未来であり、彼自身にも代える事が出来ない。

 その上で、彼は最善を尽くしてきた。

 出来る全てを用いて、最優先にすべきことを行い最小限の被害で人を救い続けた。

 全ての人を救う事は神様さえできない。人には寿命があり、生き続ける事は出来ない。其処に例外は存在しない。その上で、人を救う努力を怠らなかった。

  

「世の中には、どうする事も出来ない事がある。医者は万能の神様じゃない。医者は神様であってはならない。彼女は、今日が関の山だ」

「犯人は俺が何とかする。だから、先生。よろしく頼む」

「__今日だ」


 常に未来を知る医者は、そう語る。


「彼女は選択肢を迫られ、その上で自身の運命を決めるだろう。それは君にも私にも介入できない人生の選択だ。其処に彼女の意思が介在する限り、他人は傍観するべきだ」

「二度と化け物を作るかよ」

「お前はそう答えるだろう。だが、それは無意味だ。風邪を引く前に帰り給え、君はどちらにしろ彼女を救う事は出来ない」

「無意味かどうかは俺が決める」

「__君は無責任に、彼女を弄ぶのだな」

「普通に生きてほしいって願う事が、間違いな訳ないだろ!!」


 口調がどんどん強くなっていく。

 あの時、何もできずに残った感覚だけが纏わりつく。

 汚れた手。伸ばされた手。

 そのくせ穏やかだった顔が焼き付いて離さない。


「彼女が願うかどうかも別問題だ。君はどう転んでも他人だろ?

 親でもなく兄でもなく。唯、彼女の希望でしかない君がやるべきことは何だ?」

「__憧れってのは、そいつを救わなきゃいけねえんだよ」


 それが自分の義務である限り。

 それが自分の意思である限り。


 八重の目標として続く限り。



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