畏怖との関係
鬱陶しい程、雨は続く。
灰色の空は夕暮れ時を支配し、闇が覆っても容赦がない。断片的な音さえ許さず周囲を遮り、聲を掻き消すように続いている。
何も成せない事こそ無意味だとでも言われるようで、この時期の雨が嫌いだ。
あと、一日。
期限を告げた張本人は、その主張を変える事は無かった。
どれだけ方法を探してみても、どれだけ他人を頼ろうと。方法は一つしか存在せず、その方法は正解ではない。
八重がこれ以上生きる事は無く、彼女はこれ以上続かない。
「八重の病状は今でも原因不明だ。器官の全てに問題はないくせに、何故だか衰弱している。唯一分かっているのは、輸血による処置だけが対応可能という事だけだ」
煙を纏う男は語る。
何度言葉を述べても変わる事は無い男は、何時もの銘柄を取り出し屋上へ吐いた。煙は漂い這い上がり続け、遠く彼方へと消えていく。不似合いな髭を伸ばした彼は、顔立ちのわりに三十五を超えない若手の医者だ。
何時も通り夜風が支配する空で、男は用件を並べ吐いている。
「これ以上治る事は無い__と?」
「少なくとも、青葉麗奈以上にどうしようもない。前例がない、彼女はこれ以上治るどころか衰弱している」
「それをどうにかするのが、あんたの仕事だろ」
俺は、男の言葉に耳を貸さない。
その癖、口先だけは自分の理想をペラペラと連ねる。
自分自身でも身勝手だと思う程に、言葉だけが構成されていく。
男は、この医院で医者をしている名護竹文。名護の分家であり、特別な能力を以て医者という役職に生かしている。
彼は全ての未来を理解している。何が起こり、誰が何をし、どう結末を迎えるか。それは全て規則正しい未来であり、彼自身にも代える事が出来ない。
その上で、彼は最善を尽くしてきた。
出来る全てを用いて、最優先にすべきことを行い最小限の被害で人を救い続けた。
全ての人を救う事は神様さえできない。人には寿命があり、生き続ける事は出来ない。其処に例外は存在しない。その上で、人を救う努力を怠らなかった。
「世の中には、どうする事も出来ない事がある。医者は万能の神様じゃない。医者は神様であってはならない。彼女は、今日が関の山だ」
「犯人は俺が何とかする。だから、先生。よろしく頼む」
「__今日だ」
常に未来を知る医者は、そう語る。
「彼女は選択肢を迫られ、その上で自身の運命を決めるだろう。それは君にも私にも介入できない人生の選択だ。其処に彼女の意思が介在する限り、他人は傍観するべきだ」
「二度と化け物を作るかよ」
「お前はそう答えるだろう。だが、それは無意味だ。風邪を引く前に帰り給え、君はどちらにしろ彼女を救う事は出来ない」
「無意味かどうかは俺が決める」
「__君は無責任に、彼女を弄ぶのだな」
「普通に生きてほしいって願う事が、間違いな訳ないだろ!!」
口調がどんどん強くなっていく。
あの時、何もできずに残った感覚だけが纏わりつく。
汚れた手。伸ばされた手。
そのくせ穏やかだった顔が焼き付いて離さない。
「彼女が願うかどうかも別問題だ。君はどう転んでも他人だろ?
親でもなく兄でもなく。唯、彼女の希望でしかない君がやるべきことは何だ?」
「__憧れってのは、そいつを救わなきゃいけねえんだよ」
それが自分の義務である限り。
それが自分の意思である限り。
八重の目標として続く限り。