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備品科の魔女   作者: 式式
代償を食む
13/19

血が這う家族






 時刻は六時を過ぎ、日が落ちる気配はまだない。





 紅い雫は点々と落ちる。

 一定のリズムで刻まれ、テンポよく続き、それは決して尽きる事は無い。

 その状態を吸血鬼だと例えたのは何時だろうか?それが吸血鬼だなどと笑っていたのは何時頃だったか。それすらも曖昧になって、現在進行形で繰り返される毎日をどうにかできれば、その誰かはもう少しまともに過ごせただろう。

 それを彼女に言う事は無い。

 肩代わりが出来るのなら。……そんな思いだけが日々募る。


「あっ、兄貴じゃん」


 彼女は、悪戯っぽく微笑みながらその細腕を此方に延ばす。

 二人部屋に当てられた彼女は、腕を振って此方にアピールをするのだが、その先には赤く細い血管のようなモノが繋がっているのが分かる。消毒液の何とも言えない香りと、人が織りなす喧騒。それは何時まで経っても変わらない。

 静かであるはずの病院は騒がしさで満ち溢れている。


 今日も、何処の誰かも知らない隣人が死んだらしい。


「元気そうだね。八重」

「超元気。このまま退院できるくらいに超元気」


 そんな事を言って、パイプ椅子を指し示す八重。その様子は言葉通りに晴れやかでは有るが、その体は遜色なく健全ではない。

 それを一番に理解しているのはほかでもない自分自身だろう。

 それを理解している上で彼女はその表情を続ける。


 短髪の妹は、日に日にその血色を白く彩を無くしている。

 その癖、向ける表情は毎日変わる事がない。

 元気だと言葉を向けながら、それとは対照的に体は衰えていく。


 さわやかな表情を。

 曇りさえ見えないその顔を。


「そか。良かった……ん」

「それよりも雑誌ある? やっぱつまんなくてさ! 大兄いも来てくれたんだけど、直ぐ帰っちゃったから」

つづが?」

「何でも、最近習い事に励んでいるみたいだよ? 弟子を放っておいて楽しい事しているんだって。だからモテないんだよ、兄貴と同様に」


 青名あおなつづ

 俺のクラスメイトであると同様に、小学生からの知り合いであり親友。その頃から剣道を嗜んでおり、その腕前は剣道雑誌に取り上げられる程だ。試合を観戦した八重は、その技と迫力に魅入られ、いつの間にか弟子入りをしたらしい。

 

 言葉だけの師弟関係だったが、その関係は今でも続いている。


「俺はモテモテなんです。アレと一緒にしないでいただけますかな?」

「……ほんとうかなぁ。ま、そーいうことにしておきますけど。……ね、兄貴」

「ん?」

「手、握って」

「ん」


 か細い腕を取った。

 気丈に振舞っていた身の丈以上の表情は、曇りなき晴天の様だった表情は其処にはなかった。それを見ないように目を伏せ、言われるままに手を握り続ける。

 冷たい細腕には生気が無い。

 それでも、それを温めるように手を重ねる。

 

 圧し潰されるような現実が圧し掛かる。

 それを認めたく無いからこそ、力は入る。


「これは今でも夢じゃないよね」

「ああ。紛れも無い現実だよ。大丈夫。お前はまだ生きている」

「……ならいいや」


 いつも通りの言葉をかけ、俺は離れた。

 年相応の不安を抱えている。それは気丈に振舞ったとしても現れる。それを理解して吐き出せるのは、ほかならぬ自分以外に居ない。


 それは責任であり義務だ。


「ごめんね、手間かけて」

「気にしないで。それが俺の務めだからね」


 魔法使いなら、全てを解決できると思った。

 だが、彼等もまた全能ではない。有限だからこそ限られていて、限られる最善を求めている。

 俺が魔法使いの弟子になった理由は此処に有る。ただでさえ停滞化する絶望を変えたかった。

 毎日、変わらないように努める妹を、普通にしたかった。

 

 それに犠牲が必要であったとしても、その犠牲が己一人程度なら払うつもりだ。


「兄貴。今の言葉はモテポイント高いよ」

「好感度をポイント化すんな。」

「兄貴。私、ハーゲンダッツが食べたい」

「元気になったら買ってあげるよ」

「超元気なんですけど?」

「超元気な奴に俺が見えたらね。医者を殴っても連れ出してやるけど。今は違うでしょ?」

「……ムウ」

「そんな顔をしてもだめ。だから」


 現実は甘くない。

 それをこの一年、身をもって知り続けている。

 人は完璧になれない。神様だって怪しいのだから。解決法の兆しさえ見えなく、絶望だけが埃のように積もっていく。それでも考える事も、諦める事も出来ない。

 時間は殆ど無い。

 やれるべき事をしなきゃいけない。


「また明日。妹様」

「しょうがないなぁ。あ。今度あやしげも連れてきてよ?」

「あやしげは病院内で禁止されてんの。アイツは衛生的じゃないから」

「清潔です。ちゃんと毎日シャンプーしてるんでしょ?」

「それに、猫アレルギーで殺人なんてしたら俺が捕まる」

「捕まらないように努力しなさい。兄貴」


 これ以上の努力を重ねれば、八重が普通になるのなら。

 それでも笑って努力を重ね、何時か俺は普通に戻す。


「そんな努力はしないよ。んじゃ」

「……もうちょっといなよ、兄貴」







 実に、鮮やかさを含めながら。

 実に、不安の一切を持ち合わせていないように振舞う。


 八重は、何時までも変わる事が無い。



「やる事があるんだよ。お兄様にはね」


 限りない努力を続けよう。

 有限の、時間おまえの為に。

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