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備品科の魔女   作者: 式式
代償を食む
11/19

弾き語る君へ

 侵食された赤は黒蝕に潰されながら、脆く鈍い色に染め上げる。

 咽るような鉄錆の匂いを掻き消すように、それでも君は笑っただろう。

 鼓動の音に合わせるように、落ちていく紅は止まる事が無い。

 鼓動は段々と意味を無くして、空っぽになって消えていく。


 重なる音、鼓動を繋ぐ振動。

 続かなかった君。


 無力な俺は、だからこそ弾こうと思う




 紛れも無い、”君の歌”を















 とても小さな教室。

 元は何某小学校が廃校と成って出来たこの部屋は、数年の時が流れたというのに物品をそのまま残されている。木造建築の古めかしい雰囲気と、独特の雰囲気を持つその場所は、年中その扉を閉める事は無い。

 何の記念だったか、何某の有名な誰かの記念か。地域出資の観光スポットとしても著名なその場所は私にとって関係が無いが由緒正しい学校であったことは間違いない。真夜中になれば、人の気配の代わりに夜の寂しさが支配すだけだというのに。

 身の丈に合った立派な椅子に座りながら、多少の眠気に身を委ねていた。此処が誰しもが恐れる怪談スポット、面白がるように群がる不法侵入者に制裁を与えるのが家主としての務めだ。


 深夜。誰も居ない音楽室。

 歴代の著名人の額縁と、一つのピアノが印象的な部屋。


 私は、この場所を気に入っている。

 そして、今日も懲りずに侵入者はやってくる。

 懲りないバカは、私に一つの果実を投げ寄越す。


「よ。トマト卿」


 レジ袋を引き下げ、学生服の青年は顔を出した。長髪の髪をヘアバンドで纏めた不良は、何時ものように竹刀袋を小さな椅子に掛け、反省の無い顔で私を見る。

 貢物をテーブルに置くと、貪る私の腕を見て嘆息を吐いた。

 私はソレに気付く様子も見せず、ただ投げた貢物を貪った。

 噛み切り、吸い取る様に中身を飲み込む。そうして汚れた手の平を気に掛ける様子も見せず。私は彼の方を睨んだ。


「……そのあだ名は止めろ。人間おおばかやろう

「狂ったようにトマトばっか飲んでいるんだから言われてもしょうがねーだろ?クルス先生。後、その食い方は止めろって。行儀が悪い。人前に出る時には見せるなよ?」

「……人前に出る事なんて無い。そんなことを知っている上で言ってるのか?頭大丈夫か?精神科にでも通院してろ、馬鹿弟子」


 飄々としたこの男の悪気は、私のそれと比べると両手に余る程だというのに。それをこうして親のように注意されるのは大変腹が立った。私が憤怒を隠さず掴みかかろうとすると、我が弟子。青名あおなつづはそれを片腕で制す。

 小学生並みの低身長の私だ。

 私は片腕で怒りを封じられ、苦笑いを見せる彼に一矢を報いるための心構えだけは忘れる事は無くなった。情に深く、嫌味を忘れる事は無い。それが私の信条である。


「ニートを続ける理由もないだろうに。……ほら、今日の仕事だ」


 そういって男は用紙を地面に置く。せっかくの傑作を汚されたら大変だと不敵に笑いながら。

 そこには線と記号が綴られており、それが楽譜だという事は嫌でも分かる。男は音楽を趣味としている。その癖、好きな楽曲以外に興味を持たず、そればかりしか弾く事が出来ない凡人だった。

 彼は、不自由に自身が覚えた曲しか弾く事が出来ない。致命的な才能の欠如と称した彼は、それでも楽譜を置く。

 ある程度の知識を持っている私は、それをご教授する先生らしい。楽譜さえ読めない憎たらしい生徒は、悪気を見せる間もなく語る。


「不機嫌そうだな。先生」

「うるさい。早くトマト寄越せ」

「ジュースもあるが?」

「トマトだ。紅く実ったソレをよこせ。……あの小さい異物ではないよな?」

「農薬は混入している可能性あるけどな。死なないように気を付けろよ?」

「私は、虫か?そんな程度で私は死なない。早く寄越せ。早くしないと、トマトを称える賛美歌に書き換えるぞ?」


 仕方なそうに二個目、三個目を渡すつづ

 私は、渡された其れを貪り食う。

 滴る赤に溺れそうになりながらも、その欲求は止まる意識をか事は無い。不安を、苦味を、痛みを、不愉快極まりない何かを、かき消すように喰らい続ける私は、どこからどう見ても怪物だ。それは外見的な特徴にも含まれている。

 紅い目と、血液を感じない白い肌。

 アルビノというには、私は弱弱しい訳ではない。

 私の爪は、牙は。確かに誰かを傷つけるのだから。


 目の前の人間はその姿に何も言うことなく。面白がる様相も無く。

 少しばかり遠い目をしながら眺める。

 

 三、四個ばかり渡された其れを飲み込み、口元の残りを乱雑に拭い取りながら睨み付けた。


「……タオル」

「ハイハイ」


 子供のようだと景観に浸っているようで腹が立つ。

 何百年の先輩に、自身の先生に対しての謙遜とか尊敬とかが致命的に欠如している馬鹿弟子だった。どう分からせてやろうかと頭の隅で考えながら、貪り終える。

 欲と怨に満たされ続けた私に、今日も此奴は仕事を持ち掛ける。

 それを私は、許容しているのだろうか?



 そいつは古めかしいピアノを指さし、一言を添えるのだ。


「教えてくれ。先生」


 




 私は吸血鬼という奴だ。

 血を貪り、死体を作り。夜に生きる。

 我々は常に孤独であり、一人一人であり、その寿命は永遠だ。

 五百年を生きた私は、その性質であり続ける。



 私の得意な事はピアノを弾く事であり、私の弟子は供物を以て私に教えを乞いている。

 それは決して普通の関係では無いが、其処には理由が在る。

 それは他人に語る程、煌びやかな価値は無い。


 吸血鬼は、血の代わりとしてソレを貪り。

 彼は、彼なりの理由で私と過ごす。

 それがたとえ可笑しかろうと、笑い事だったとしても。

 私は、ソレを笑う事を無く現実として受け止める。


 私の馬鹿弟子は、今日も稚拙なピアノを弾き語る。




 そうして、夜は深く深く過ぎていく。



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