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備品科の魔女   作者: 式式
海猫の非
10/19

事の顛末

「ではまた。学校で」


 彼女らしい表情を浮かべた其れは、そう語りながら手を振る。

 その眼は確かに猫の其れであり、それは彼女曰くの化け物というに相応しい。


 何処までが彼女の主観で、何処までが化け物であるのか。俺には図る事が出来なかった。

 自身を化け物だと形容した彼女は、こちらににこやかな表情を見せていた。


 そもそも。

 ”それ”は本当に彼女なのだろうか?


 俺はスマホを取り出し、石段を下りる。

 長い長い石段はあまりに時間がかかる。それでも、降りる頃には言葉は纏まっていた。

 これ以上の調査を行うのなら、情報が足りなすぎる。


 そして、それ以上に理解してるであろう人間を俺は知っていた。

 専門的である彼女に、事の詳細は伝わっているはずなのだから。



「……師匠。お話があります」



 我が師匠。宮式みやのしき

 骨董店の店主であり、そして、近代における著名な魔女。

 曰く付きを見る確かな目は、他の追随を許さない。


 時刻は昼時であり、師匠は昼寝の途中であったのか眠たそうな声を発しながら答える。いつも通りののほほんとした声に、少しばかりの苛立ちを含めた声を向けたのは他でも無い。他の魔法使い以上に、見極める事を得意としている彼女が、この事に気付いていない訳が無い。

 あの時師匠は報酬の話もすると答えたはずだ。しかし、あの話に報酬の話は含まれていない。師匠はまがい物に目が無い。そして、彼女自身が”そういう質”だった。師匠にとって、彼女の事態がまさに報酬に含まれていた。

 それを知った上で、それを経て。師匠は俺に任せた。

 そして、これ以上はどう見ても俺の領分を超えている。


「彼女は、混ぜ物。でしょうか?」


 混ぜ物。

 自身の境界に異物が存在し、自身の人格が犯された状態。

 魔法使いの専門用語で、精神的な異物がある状態を指す。彼女の場合、彼女が崇めるネコがそれに類する。


「"ああ。たぶん君の考えている通りだろう。彼女は曰くつきと混ざっている。それも如何やら神様。……らしいね。彼女の自我が何処までで、曰く付きが何パーセントを占めているかは分からないが。私個人の主観としては、それはもう鴎ではない。名称とするのなら、”海猫”さ"」


 ふざけるな。

 それは冗談では済まされていない。彼女自身が望んでいるかも分からない状態で、魔法を使うものでさえ忌み嫌われる存在に成り下がっているのを、師匠は口角を上げながら語っている。電話越しても伝えるその態度に、俺は怒りを隠しきる事が出来ない。

 そして、こんなことを言われたら。


「"同じような鳥類として、これ以上の傑作は無いだろ?"」

「……冗談を言っているんじゃない。彼女は何故そうなったんです」


 そういう類の人間だって分かっていたとして、軽蔑の言葉を吐き散らすに決まっている。

 その言い分なら、事の詳細だって分かっているはずだ。そもそも、彼女の母親は師匠との交友関係を持っていた。そんな彼女が、俺の師匠に他受を求める事態を想定していない筈がない。何せ、個の魔女は自身の利益に純粋なのだから。


「"私が冗談を言えるのなら、それは大したことではないという事だ。我が弟子。それくらい血が上っても察せるようになれ"」


 ……師匠の言葉には信用がある。

 だが、理解していない人間には信用にならない。

 彼女の理論を俺は知る事は無いが、それが嘘である可能性が無い訳ではない。


「……師匠が仕組んだことですか?」

「"私は仕組んでいないさ。……ただ、少し頼まれたかもしれないが"」


 頼まれた?

 彼女の母親?なら、彼女に対して言伝を運ぶはず。

 それとも?


 彼女自身?


「彼女を元に戻す方法は?」

「"戻すも何も。それは、合意の上での状態だ。彼女の任意で彼女自身に戻るだろう。……大体、我が弟子よ。主観を持つ人間が自分を混ぜ物であると認識する場合は、他人の認識を頼らざる負えない場合だがが。……それが誰であり何であるかは、他人である君だけしか認識できない。君が鴎を認識している限り、彼女は消えんよ」

「……意味が分かりません」


 理解が追い付かない。

 現実的でない他人の話程、分かりにくいモノは無い。例えそれが点と点で繋がったとして実感にある訳ではない。そして、テント店に繋がっていない今は、唯その言葉に耳を傾ける事しか出来ない。


「混ぜ物であろうが本物であろうが。偽物であろうが空虚であろうが。”何”は第三者を通じなければ存在さえできないのさ。君や多数が観測しているからこそ彼女は存在し、彼女や多数が観測しているからこそ君は生きている。……だが、彼は違う。本物に今更成りすまそうとした所で、彼自身を観測しているという訳ではない。同姓同名だけでは成り切れないのさ。何せ」

「何せ?」



 彼女は息を吐くように呟いた。

 それは、俺の心を揺さぶるには十分な一言を。

 電話口の師匠は、躊躇なくそれを語る。


「あやしげは、五日ほど前に死んでいるのだからね」 


 


 そうして、電話は途切れる。


 あやしげという猫は死んでいた。

 何故それを師匠は知っている?


 様々な疑問が浮かぶ。だが、今度は明確な答えは出てきそうに無い。

 彼女を元に戻す方法は?あの猫は何を考え、彼女の一部を牛耳っている?そんな事ばかりが浮かんで、肝心の答えは見つからなかった。


 傘を叩く雨音は相変わらず続いている。

 休日だというのに、何も予定は含まれない。




 そんな日は、珍しくもないというのに。

 日は、唯々無駄に過ぎていくばかりだった。

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