七組目(あら、いやですわ)
そのようなことでは生き馬の目を抜く社交界を渡っていけませんことよ。
「それでは、双方合意のもとでの婚約の解消でよろしいですね」
「今更な感じもしますけど......」
折り入って話があるっていうから来てみれば、これですの?
それって、今ここで話すべきことかしら?弁護士も立会人もいませんのに。
婚約解消をシプリアノ様自ら伝えたいってことでしたの?わかりませんわ。
「いや、解消ではない。破棄だ。お前のような冷酷な女には婚約破棄が似合いだ」
何が沸点だったのかしら?シプリアノ様。ほら、自慢の黒髪が乱れてましてよ。
巻き毛の美しい黒髪に情熱的なチョコレート色の瞳。そしてオリーブ色の肌。
本当、見た目はかなりレベル高いと思うんだけど、中身が激しく残念なのが。
「ハゲ?ハゲとはなんだ」
今の心の声漏れちゃいました?
「いえ、何も」
私も巻き毛なのよねぇ。今は結い上げてるから目立たないけど。黒髪って巻き毛が多いのかしら。
とりとめのないことを考えながら、紫がかった青い目をくるっと回して髪に手をやったミレイラ。
「だいたい、何が不満でマリアをいじめるのだ」
あーそうきました?婚約者のいる男性に過度なスキンシップ取れば、大概の女性は不満だと思いません?
それに、マリアってあなたの腕にぶら下がってる、そのふわふわのストベリーブロンドの女性ですか?
流行りのレティキュールかと思いましたわ。あ、でも殿方は持たないですわね。レティキュール。
マリアさんって、子犬を思わせるような方ですわね。お小さくていらっしゃる。
自分で言うのもなんですが、顔つきも私はきつめの美人系、マリアさんは可愛らしいお人形さんってとこでしょうか。
私とは何もかも正反対ですわね。シプリアノ様のお好みがマリアさんでしたら、私は、さぞお気に召さなかったでしょう。
しかしですわ、それはそれとして。学園主催とはいえ、正式な夜会に髪を上げてないってどうなのかしら?しかも前髪はコテも当てずに下ろしたままって。
行儀作法の授業、ちゃんと受けてました?
まあ、ちゃんと受けられてたら婚約者のいる殿方にべったりしませんわよね。
「お言葉ですけど、そちらのご令嬢とは今が初対面ですわ。どちらの方でしょう」
「白々しい」
白々しいって、フッ。だって本当に存じ上げておりませんもの。
あ、でも、お名前はかねがね噂には聞いておりましてよ。
仮にも私の婚約者のお相手でしたもの。
それより、そのドレス、マダムのとこのドレスですわね。レース使いが独特だからすぐわかりましてよ。
まさかマリアさんが?いえ、いえ、さすがに男爵ぐらいでは無理でしょう。
と、言うことはシプリアノさまがお仕立てに?お高かったでしょう。
でもマダムの得意とするのは私たちの大先輩。社交界に君臨するようなメリハリのあるご夫人方ですのよ。
そんな見事なまでの幼児体型。マダムもさぞご苦労を……。
「ひどい、今も私のこと幼児体型って」
ま、いやですわ。また心の声がだだ漏れしたみたい。気をつけなくては。
「ほら、みろ。今もこの純真な乙女マリアをこのようにいじめて」
「シプリアノ様、マリア、悲しいです」
そう言って抱き合う二人。
もしもーし、私、まだいるんですけどご存知かしら?
それより私たちの婚約って、先日、公爵家自ら我が家においでになり
無効、つまり白紙撤回になったのご存知ないんでしょうか。
深々とあの公爵さまが頭を下げられて……。痛々しかったですわ。
いくらご自分のお父上だとしても、あのような高貴なお方にさせることではありませんことよ。
でも、今のご様子ではご存知なさそうですわね。
と言うことは廃嫡されたこともご存知なさそう。
教えて差し上げた方がよろしいでしょうか。
それにしてもバカはのんきでいいですわねぇ。
「バカはのんきとはどういうことだ」
あらやだ、また心の声が盛大に漏れちゃったみたいですわ。ほほほ。
「ミレイラ様、どうかなさいました?」
「あら、オリヴィア様」
バルコニーのドアからブロンズヘアを夜会巻きに結い上げ、ダイヤで飾りあげたオリヴィア様が。
ナイスタイミングですわ。オリヴィア様。やはり、将来、社交界に君臨する片鱗が見て取れましてよ。
それにしても、何時見ても素敵な装いで、お勉強になりますわ。
エンジのドレスがまた大人っぽくて。
学園での最後の夜会だから冒険してみた。とおっしゃってましたわね。
未婚の女性は淡い色が基本ですもの。私なんか、まだまだ足元にも及びませんわ。
私の冒険って、背伸びをして金の刺繍をドレスにあしらうぐらいですもの。
「あまりに遅いのでお迎えに参りましたの。いくら元婚約者さまとはいえ、あまりお二人で———って嫌ですわ、シプリアノ様。いくら学園主催とはいえ、正式な夜会にお人形ご持参なんて」
「人形ではない。そなた、マリアを知らんのか」
「あら、ごめんあそばせ、シプリアノ様。私、貴族名鑑に載ってらっしゃる方は
大概、頭には入っているんですけど、ほほほ」
「で、どちらのマリアでしょう?」
さすがの貫禄ですわ。オリヴィア様。私、一生ついてまいりますわ。
「同じ学園にいたではないか。と言うか元婚約者だと?ミレイラが婚約破棄されるとなぜ知っている」
「あら、そのお話はもう古くてよ。今はミレイラ様の新しい婚約者さまの話題で持ちきりですのよ。お相手はシプリアノ様の伯父上ですのにご存じないのですか?ほら、先日、凱旋帰国されました白騎士団の。伯父上といってもお年は10歳ほどしか違いませんけど」
「なっ、どういうことだ。ミレイラ」
「いけません、シプリアノ様。いくら元婚約者といえども、今は、ただのご学友。礼儀は守っていただきませんと」
そう言ってオリヴィアは扇でシプリアノの腕を軽く叩いた。
「さあ、さあ。それよりも白騎士団の誉れプラシド様のお話を早く。
あちらで皆様がお話を聞きたくて集まっていらしてよ」
「まあ、私のお話では退屈でしょうに」
「おい、待て。ミレイラ嬢。話が———」
「そんなことはございませんわ。馴れ初めなどお聞きしたいですわ」
「それでしたら、オリヴィア様の皇子殿下のお話の方が」
「おい、待てというに———」
「シプリアノ様、マリアはどうすれば?」
「いえ、いえ、私の話はもう古くてよ」
「まあ、ご謙遜を」
オリヴィア様とお話をしながら室内に入ると、明るさに一瞬目が。
「おい—————」
あら、今、カチッと音がしましてよ。オリヴィア様、扉の鍵をお閉めになりませんでした?
それより、中の明るさにも慣れて会場を見渡すと、ご令嬢方が数人ソファにお座りになったり、そばに立っていたりと。確かに、お待たせしたようですわ。
それにしても、二人連れだって歩けるのも今だけですわね、オリヴィア様。
いずれ国母になられるお方ですもの、そうそう、親しげにお話しなどできなくなりますわね。
いやですわ、ちょっと感傷的になってしまいました。それより......
「あらやだ、オリヴィア様。私、何か忘れたような気がします。なんだったかしら」
「思い出せないということは、大したことではないのでしょう」
そうでしょうか?
「そうですわね。では参りましょうか」
まだ夜は始まったばかりですわ。
会話って楽しいですよね




